放浪の王子 第9章 -3-

 あらい息のあいまにアルクマルトが寝台わきの小卓のほうへと手を伸ばし、小さな容器を手にとった。
「……これ……を」
 わたされたものを受けとって蓋をあけると、中身はやわらかな軟膏だった。エリアスも国境警備隊や傭兵時代に男を抱いたことはあったので、それを何に使うかはすぐわかった。
 こうやって男と交わることは、王子にとっては初めてではない。わかっていたことだが、あらためて見せつけられる思いだった。
「……いいのですか? ほんと……う……に?」
 アルクマルトはそっとうなずいた。
 足を抱えあげ、アルクマルトの秘部をあらわにする。容器からすくいあげたものを塗りつけるようにしながら、指を侵入させた。
「……っ」
 狭いそこを指でならしながら身体をずらし、下腹部でそりかえって透明なしずくを垂らしているアルクマルト自身を口と舌で愛撫した。
「あああっ……くっ……はあ……はあっ」
 アルクマルトはあられもない声をあげながら、快感にからだをふるわせる。
「ああ……その声……」
 この人にもっとみだらな顔をさせたい。もっとみだらな声をあげさせたい。エリアスはあせる自分の身体をおさえながら、アルクマルトを悦ばせることを優先させた。
「……うう……っ……エリ……アス……。はや……く」
 焦れたらしいアルクマルトが急かしてくる。
「まだ、ダメ……です」
「イヤだ……はやく……ほしい」
「……いけません」
「う……くっ」
 結わえていた細紐が切れたらしく、長い黒髪が寝台のうえに広がっている。
 指をふやし中をさぐるだけで、アルクマルトの足がこらえきれないといったふうに震えた。
「うっ……あっああっ……」
 あまり焦って入れても、受けいれるほうはつらいという。できるだけ痛い思いをさせたくはなかった。
 それにぎりぎりまで焦らしたほうが快感が強いのをエリアスは知っている。そろそろ限界なのはお互いさまだった。
 指を抜き、アルクマルトの太ももを押さえつけるようにのしかかりながら、ゆっくりと自分のものを挿入する。
「……いっ……つ」
 さほど抵抗は感じなかったが、アルクマルトがきつそうなのが気にかかった。
「いたい……ですか?」
 アルクマルトは首をふった。そしてエリアスの肩に腕をまわして引きよせ、耳もとにささやいた。
「……あっ……そなた……おおき……っ」
「……」
「もっと……ゆっくり……おくまで……んっ……」
「ああ……でんか……」
 すぐにも奥まで入れたいのをこらえながら、エリアスはすこしずつ中へと自分を埋めていく。
「……すご……い……すごい……ああ」
 うわごとのような言葉が、熱い吐息とともに吐き出された。エリアスはそっと、その喉もとに吸いついた。痕がのこらないようにごく軽く。
 できることなら、この身体にもっとしるしを残してしまいたい。自分が抱いた証をきざみつけておきたい。
「……うごいても……だいじょうぶですか?」
 アルクマルトがうなずいた。
 エリアスがゆっくりと腰を動かすたびにアルクマルトは身体をふるわせて声をあげる。それは苦痛ではなく、あきらかによろこびの声だった。
「いい……あ……っ……」
「……はあ……っ……ああ……なんて……」
 なんていやらしい顔をするのだと口にしかけて、エリアスは焦った。感じている表情を見るだけでもうたまらないのだ。
「もっと……もっとほし……い……っ……」
 アルクマルトは押さえつけられた姿勢のまま、動きにあわせてわずかながらも腰を動かし、快楽をむさぼっている。
「……きもちいい……ですか?」
「す……ごい……エリ……アス……っ。ああっ……そこ……ん……きもちいい……すご……い……っ」
 旅のあいだは少しもそんなそぶりを見せなかったのに、このかわりようはどうだろう。なにかが王子の心のなかの堰を切ってしまったのだ。
「ああ……イイ……っ……もう……だめ……っ」
 切羽詰まったようにアルクマルトが叫ぶ。
「いいです……よ。わたしも……もう……っ」
 エリアスはさいごに勢いをつけて奥までなんども突き入れる。自分のなかの想いも欲望もすべてぶつけるように。
「あ……あああああ——っ」
 ひときわ高い声をあげてアルクマルトは達した。下腹部や足がびくびくと痙攣し、それにあわせて白濁液がとびちる。
「あっ……はあ……はあ……っ」
「……うう……っ……」
 自分のはなったものがアルクマルトの身体の中へどくどくと流れこんでいく。それがたとえようもなく背徳的だった。
 あらい息と、ところどころほんのり赤みをおびた身体がまだ快感の余韻をさがしている。エリアスは腰をひこうとしたのだが、アルクマルトはみずからの足でエリアスの腰をおさえこみ、それを許さなかった。
「……すぐに……はなれるな……ばか……」
 聞いたこともない甘えた口調でそんなことを言われると、エリアスはおもわず口もとがゆるんでしまう。
「わかりました……」
「……おかしくなど……ないぞ」
「……はい」
 つながったまま、かるく口づけをかわす。長い黒髪をなでながら、うるんだアルクマルトの瞳をしずかに見つめた。
「なにを……そんなに見ている? 私は……へんなかおを……しているか?」
「……いえ、そうではありません」
「……?」
「ただ見ていたいのです……あなたを」
 ころあいを見はからって、エリアスは身体を離した。名残惜しいのはやまやまなのだが、いつまでもそうしているわけにもいかないだろう。
 それからエリアスはおたがいの汚れた身体を布できれいに拭った。ここが神殿でなければアルクマルトを抱いて一緒に湯浴みしたいところだったが、さすがに無理だ。
「殿下……」
 汗で額にはりついていた黒髪をそっとかきわけ、ひたいに口づけた。
「……」
「これで……お休みになれますか?」
 もし廊下で会ったのが自分でなくても、王子はこうやって相手を誘っただろうか。自分だからだと、すこしは思いあがってもいいのだろうか。
 やさしく頬をなでると、アルクマルトはそっと手を重ねてきた。まるで頬ずりするように。
「……いや」
 青い瞳がじっとエリアスを見た。
「殿下?」
「こんやひと晩……そばにいてくれ」
「……」
「おねがいだ……」
 王子は寂しいのだろう。身体だけでなく心も。
 ふしぎな切なさだけが心にあふれてくる。たとえ今だけであっても、求められているのなら彼の心を癒したかった。
 そうすることが自分にできるせめてもの愛情表現だった。
「……おおせのままに」
 そう言うとエリアスは、アルクマルトのとなりにしずかに横たわった。
「よかった……」
 アルクマルトが身体をよせてくる。
「そなたは……あたたかいな」
 おなじ寝台に寝たことはあっても、こんなふうに素肌でふれあうのはもちろん初めてだ。
「殿下……」
「……エリアス」
「はい」
 王子はそっとつぶやいた。
「甘えて……すまない……」
 それには答えず、エリアスはアルクマルトのほそい肢体を抱きよせた。
 つよく強く、力をこめて。

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