放浪の王子 第20章 -2-

 急ぎ馬を走らせていると、前方に大勢の兵が見えた。だが戦っているというわけでもないようだった。
(……?)
 騎馬の近衛兵たちが抜き身の剣を手にして、なにかを取り囲んでいる。
(あれは……)
 彼らの向こうに見えたのは、騎馬のまま取り囲まれているセダス公とオーズ、そして付き従っていた近衛たちであった。
 そしてセダス公のむこうには、葦毛の馬に乗った金髪の王の姿もあった。
(あにうえ……!)
 直接その姿を見るのは三年ぶりだ。整った顔立ちはそのまま、精悍さをましたローディオスのたたずまいに、アルクマルトは胸が熱くなった。
 アルクマルトに同行していた小隊長ブリッドが、声をあげた。
「アルクマルト殿下をお連れいたしました!」
「!」
 馬をとめて近衛たちの後ろに控えると、こちらを見たローディオスと目があった。
 アルクマルトはすぐにでも駆けよりたかったが、兵の前ではそれも出来なかった。それに彼のもとから逃亡した身を思えば、やや気後れもした。
「叔父上。馬をおりて大人しく近衛に従っていただこう。……でなければ力尽くであなたを捕らえることになる」
 ローディオスがそう言うや、セダス公は剣をふりかざし、吐き捨てるような口調で叫んだ。
「私を捕らえるだと? 自分ひとりでは王にもなれなかった若造が、ずいぶんと大きな口をたたくようになったな」
「王は私だ。そしてそなたは王ではない」
「私情に負けていちばん大きな敵を殺せなかったくせに」
「……セダス公を捕らえよ。共謀者の名を聞き出す必要があるから殺してはならぬ。だが生きていれば四肢は切ってもよい」
 王ローディオスがそう命じて、近衛兵たちはセダス公を周囲からじりじりと追いつめていった。
 ——そのとき
 王が率いていた近衛兵のうち数名がきびすをかえし、主君であるはずの王に斬りかかった。
「!」
 とっさに別の近衛が王の前に立ちはだかる。が、いきなりのことで防御が上手くいかずに斃されていく。
「あにうえ!」
 馬に乗っていては動きづらいと判断したアルクマルトは、すばやく鹿毛からおりた。
「殿下!」
 エリアスもあわてて青毛からおりてあとを追う。たしかに徒歩は動きやすいが、馬上から狙われれば避けきれない。
 馬の間をぬうようにしてローディオスのもとへ。近衛兵同士が斬り合いをする混乱した状況で、王を守護するはずの近衛兵も本来の役目を果たせていなかった。
「矢を使え! 」
 セダス公が叫んだ。
(馬鹿な!)
 至近距離で矢を使えば味方も撃たれる危険がある。それをわかっていて命じたのだろうか。
「ローディオスを殺してしまえ!」
 幾人かの兵が弓をつがえるのが見えた。
 アルクマルトは足をはやめたが、敵味方入り乱れた状況では思うように動けない。
「兄上! あぶない!」
 アルクマルトはとっさに右手の神剣を弓兵に向かって槍のように投げつけた。
 重さは感じなかった。神剣は優美な弧を描き、弓をつがえた兵を二人ほどつづけて貫いた。
 しかし——
 貫かれた兵が倒れる瞬間、力のゆるんだ手もとから矢が放たれた。
「——!」
「あぶない、殿下!」
 兵がかまえていたのは数本の矢をまとめて放つ強弓で、狙いをしぼりきれないまま放たれた矢はバラバラの方角に飛んだ。そのうち何本かが自分に向かって飛んできたのをアルクマルトは見た。だが避けきれるものではなかった。そこへエリアスが飛びかかってきた。
「エリアス!」
 神剣を手から離した自分にはいつものような守護の力は働かないはずだった。それをエリアスはかばったのだ。
 ダメだと思った瞬間、自分たちが蒼白い光に包まれているのをアルクマルトは感じた。神剣の力とはすこし違う。
 エリアスに覆いかぶさられて地面に横たわったまま、視線を自分たちが来たほうに向けると、馬に乗ったサンジェリスとその後ろにもう一人神官ベレウスらしき人物が見えた。だがサンジェリスは今の流れ矢を受けたらしく、血のにじむ肩をおさえて馬にもたれかかっていた。
(助かった——?)
 息をのんだアルクマルトの耳に、セダス公の声がひびく。
「やったぞ!」
(え——)
 エリアスに抱えられて身体を起こした。その目には信じられない光景が飛び込んできた。
 矢が二本、ローディオスの肩と腹部を貫いていたのである。

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