放浪の王子 第15章 -5-

「神官長さま、大丈夫ですか?」
 玉座の間を出てから、神官長は重い息を吐くと身体の力を抜いた。
「……大丈夫です」
「顔色がお悪いですよ」
「すこし……緊張しすぎましたから」
 どこかおぼつかない足どりに、若い神官二人が横から支えながら廊下を進んでいく。
 行き交う侍従や女官たちはみな神官長の姿を見るとうやうやしく頭をさげた。
「神殿に帰って……熱いお茶でも飲みたいものです」
「はい」
 独特の衣装を身にまとって静かに歩いていくそのまえに、ふとひとりの人物が姿をあらわした。
「お体の具合はいかがかな、神官長どの?」
 口ひげと、身につけた豪奢な衣装はセダス公であった。
「——これは閣下。病み上がりゆえにお見苦しいさまで申し訳ございません」
 神官長は頭をさげた。王宮内の廊下では、貴人にたいして膝を折る姿勢は取らなくてよいことになっている。
「病み上がり? そなたのことだから、神殿で男でもくわえ込んでいたのではないのか?」
「……!」
 付き添いの若い神官たちが表情をこわばらせる。彼らにとって神官長を侮辱する言葉は許せないものだろう。ただ相手がセダス公では、言い返すことすらできない。
「まさか、そのような。……そもそもわたくしめはもう、薹が立っておりますゆえ」
 サンジェリスはどこか飄々とした様子で、セダス公の嫌味をかるく受けながした。
「ふん、食えぬやつよな」
 セダス公は、冷ややかな眼差しで神官長を見た。
「……」
「アルクマルトのやつ、そなたのように身体でも売って生き延びおったのか」
「……」
 サンジェリスは視線をそらさず、セダス公の目をじっと見かえした。
「私には、それほど男がよいとも思えぬが……な」
「……」
「輿を用意させよう、神官長どの。病の身で歩いては、障ろう」
「ありがとうございます、閣下。ですが神殿はそう遠くはありませんので、このまま……」
「遠慮は要らぬぞ?」
「すこし外の空気を吸って頭を冷やしたいと思いますので……」
 そう言うやいなや、神官長とその付き添いの二人は、そのままセダス公のそばから離れていこうと歩調をはやめた。
「……神官長どの」
「なんでございましょう?」
 歩んだ距離はそのまま、顔だけふり向いて神官長はセダス公に答えた。
「取引したいことがあれば、話は聞くぞ。私の屋敷あてに使者をたてても、監視の近衛兵は目をつぶるだろう」
「……」
 人の気配はないとはいえ、廊下でこんなことを口にするということは大胆なことだ。
「みすみす神殿をつぶしたくはなかろうが?」
「……お気にかけていただけて、光栄でございます。ですがわれわれは、天空神を崇める者ですから」
「ふん。……まあ気が変わったらいつでもよいぞ」
「これにて失礼いたします」
 セダス公はそのまま、去っていく神官たちの後ろ姿をいまいましそうな目つきで見送った。
 神官長はまもなく王宮から離れ、すぐ近くにある神殿へと戻っていった。その様子は王宮から監視のために使わされた近衛兵によって、逐一報告されるのである。王そしてセダス公に——

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