放浪の王子 第2章 -2-

 王宮内での王子王女は母親がほとんと違う。そのためもともと仲がそれほど良かったわけではない。紛糾の原因となったローディオスとアルクマルトはとても仲が良かったのだが、それは例外中の例外であった。
 第二王子ザグデナスと第三王子イダは、ローディオスだけでなくアルクマルトまでが世継ぎ候補にあがったのが面白くなかったらしく、あからさまにアルクマルトに辛く当たった。
 宮廷詩人に師事して歌を学ぶアルクマルトを、とても王子の品格にあらずと取り巻きとともに嘲笑したのはイダ王子であっただろうか。
 もともと王太子でない王子は、長じてのち王の重臣として臣下に下るか、辺境の領主として封じられるかくらいしか道がなかった。そのための八つ当たりでもあったのだろう。
 ローディオスが王宮内の勢力のほとんどを掌握したころ、唐突に第二王子ザグデナスが亡くなった。食事の席でいきなり苦しみだし息絶えたのだという。その苦しみかたや急な絶命は、誰の目にも明らかな毒殺だった。
 さらに数日後、第三王子イダはローディオスによって斬殺された。直前に二人が言い合っていた声を聞いた者もいるというが、真相は明らかではない。
 自分の邪魔になる弟たちをローディオスが自ら殺したのだと、誰もがそう思った。
 アルクマルト王子にはすでに母親がなく、後ろ盾もほとんどなかったのは不運だった。最後まで彼を王にと主張していたのは、神官長だけだった。神官長以外の者たちは、ローディオスを恐れてアルクマルトの後押しをやめてしまったのだ。
 そういう情勢のなか、侍従たちは次に殺されるのはアルクマルト王子に違いないと危ぶみ、おだやかなその人柄を慕っていた者たちは、ひそかにアルクマルト王子を落とそうとした。
 だがあともう少しで王宮を脱出できるという時に、アルクマルトは近衛兵によって捕らえられてしまった。
 そうして連れていかれたのは、牢ではなくなぜか後宮だった。そこは王の妃と愛妾と王の子が暮らす場所である。そして男子たる王子は、十二歳になると出ていくよう定められてもいる。
 その後宮のなか、先王の妃であるセイラインのためにしつらえられた部屋で、アルクマルトはローディオスによって鎖につながれ、犯されたのだ。
 ローディオスは二十を超えたばかりの年齢であったが、すでに隣国のラスデラより妃を迎えていた。とくに稚児趣味があったわけでもないという。
 それなのに彼はそれからも夜ごとに後宮に通いつめ、まるで何かに取り憑かれたかのように執拗にアルクマルトを陵辱した。日がたつにつれてアルクマルト王子は次第に生気をうしない、人形のような生活を送るようになった。
 もしローディオスがアルクマルトの心身を苛むつもりで幽閉したのならば、目的は果たしたことになる。
 しかし亡き父が東国生まれの美しい王妃のために用意した部屋に幽閉し、衣類も調度品も望むかぎりの贅沢なものを与えてよいと女官たちに告げ、妃を放り出して毎夜通うという王の真意を、誰も問いただせなかった。
 一年後、静養のために王都郊外のヒースという村の荘園に送り込まれたアルクマルト王子は、あろうことかそこで警護の近衛兵たちを振り切り逃亡した。
 その手に神殿にあるはずの神剣が握られているのを見た者がいたかどうか。
 王ローディオスは激怒し、すぐにゆくえを探させたが、王都から西へ逃亡したところまでは追えたものの、それから先は手がかりもなかった。
 アルクマルト王子が行方知れずになったことも、神剣を持ち去ったことも、すべて極秘とされたので、国民はそのことをいっさい知らない。第五王子と第六王子がそうなったように、アルクマルトもまた狂王によってずっと牢に幽閉されているのだと、民はそう思っている。
 アルクマルト逃亡からのローディオスは、アルダーナの兵を増強し、辺境の小競り合いからじょじょにではあるが領地を拡大していくようになった。
 国境周辺にはどちらの国にも属さない古い領主や山賊などが住んでいた。今はまだそれらを併合したという形をとっているために、隣国と全面的にぶつかるまでには至っていない。
 だがこのままいけばいつかはそうなるだろう。ここマグニスの町のように、表だってではないものの隣国たちも戦争に備えて兵力を増強するようになっていった。

「失礼をいたしました、殿下……」
 アルクマルトが落ちついたとみると、エリアスは申しわけなさそうに床に膝をついて頭をさげた。
 エリアスは近衛にいるあいだも、アルクマルト王子を間近で見たことがなかった。警護をするといっても基本は王宮内外の要所の警戒が主な仕事である。王族のごく近くに侍る機会はそうそうまわってこないのだ。
 今目の前にいる王子は、エリアスが伝え聞いていたよりもずっと秀麗な顔立ちをしていた。ひと目でこれは王子ではないかと思ったほどだった。
 そまつな身なり、荒れた手足はその放浪生活がかなり過酷であったことをうかがわせる。だがさきほどからのエリアスに対する口調や態度は、まぎれもなく王子の風格をそなえていた。
「われわれがおさがし申しあげていたのは、まぎれもなくあなた様なのです。きっと生きておいでだと……神官長がそのようにおっしゃいました。何名かが神殿より各地に派遣されております。……わたくしめは傭兵暮らしをしながら、各地を巡っておりました」
「……」
「陛下の手のものも探索に遣わされているようです。……おそれながら、殿下のご容貌はめだちますから、向こうに見つかるのも時間の問題だったかと……」
「そう……か」
 諸国に逃亡した王子を捕らえて引き渡すように要請しなかったのは、おそらく内紛をおおごとにしたくなかったためだろう。あるいはその国が逆に王子を取り込んでアルダーナに敵対する口実をつくらせないよう用心したのもあるだろう。
 アルクマルト王子はローディオスに次いで文武両道に秀でていた。兵や各地の砦についても詳しい彼なら、ローディオスに引き渡すより食客として迎える国も出てくるかもしれない。
「……ここのところは、行商人にやつした間諜が遣わされているとのことです」
「その情報は……エルフィード神殿から?」
「はい」
「神殿は……私が知っていたのと違って、ずいぶんと情報通なのだな」
 王子の青い目がまっすぐにエリアスを見た。印象的なその色はどこか神秘的でもあった。
「……殿下。神殿もただ天空神ザイデスの祭祀のみで生活しているわけではございません。……それは殿下自身の目で確かめていただきとうございます」
「私に、アルダーナに戻って神殿の庇護のもと王を名乗れと……そういうことか?」
「そういうことです」
 それはアルクマルトに今の王ローディオスに真っ向から対立せよということであり、神殿が反体制派であるという宣言でもあった。
 近衛とはいえ一介の兵士と王子がこのような距離で、目を合わせて話すということなど王宮ではあり得なかった。おたがいの表情の変化もすぐわかるほどの距離だ。
 エリアスはあえてアルクマルトにハッキリと事実を告げた。
 嘘やごまかしがきくとも思えなかったし、いずれ神官のもとに彼を送り届けたらいやでもわかることだった。
 いま後ろ盾となるのは神殿だけなのだと、アルクマルト自身もわかっているだろう。

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