放浪の王子 第12章 -4-
「殿下?」
「……なんでもない」
「どうかなさいましたか? お顔が……」
「ちょっと酔った。……もう……寝る」
「殿下……」
アルクマルトは食卓からはなれ、寝台にむかう。エリアスは慌てたふうに追いかけてきた。
転がるように横になる。この気分はなんだろう。酒のせいなのだろうか。
「そのままではお体が冷えます」
エリアスが毛布をかけようとする。
「寒いと言ったらあたためてくれるのか……?」
このていどの酒でそんなに酔うだろうか。まるでこれでは酔って絡んでいるようだ。
だがエリアスは、真面目な表情でアルクマルトの目をまっすぐに見て答えた。
「……殿下がお望みなら」
「!」
アルクマルトはエリアスの目を見かえしたまま、かたまってしまった。自分でふっておきながら、どう応えたらいいのか解らなくなってしまったのだ。
今夜の自分はさっきからどこかおかしい。どこがどうとはハッキリとわからないのだが、普通ではない。
「……あ」
言葉も出なかった。ただ顔が熱くなっていることだけはわかった。
「そ……その……」
じっと見つめられて目をそらしてしまう。
身体は欲しがっているのに、心はどこか怖じけている。そんな自分に気づいてしまった。
「……そんなお顔をなさらないでください」
「……」
「あなた様がお望みでないことは、いたしませんから……」
やさしく毛布をかけると、エリアスはそっとアルクマルトの髪をなでた。
「……てくれ」
「えっ……」
「抱いて……くれ」
声に力がはいらない。だがいま言わねば、エリアスは自分の寝台へと去っていってしまうだろう。
「殿下……」
「……」
アルクマルトはいたたまれなくなり、毛布で顔をかくした。
「……失礼いたします」
毛布のはしを持ちあげると、そのままエリアスは横にもぐりこんできた。
アルクマルトを抱き込むように、やさしく身体を寄せてくる。肌寒い夜に、彼の体温がとてもあたたかかった。
密着する身体の感触に、おびえていたはずの心が甘くとろけてしまう。たまらずエリアスに抱きついていた。
「さむい……さむいから……もっと」
「……あたためて……さしあげますから」
「ああ……エリアス」
どちらからともなく、口づける。身体はまたたくまに昂ぶっていった。
ふたりは毛布のしたでゆっくりとおたがいの身体にふれあった。エリアスはアルクマルトの服をできるだけ脱がせず、触れる部分だけたくしあげていた。それがもどかしい反面、期待をあおった。
じっくりと時間をかけての愛撫だった。あの初めての夜ほどの激しさや勢いはないのに、最後には泣いて乞うほどアルクマルトは感じてしまった。
横たわり向かいあって密着したまま、アルクマルトは片足をエリアスの腰にまたがせるようにして、彼をうけいれた。
けっして無理はせず、様子をうかがいながらゆっくりと腰を動かしてくれる。こんなに満たされた気持ちになるのは初めてだった。
「あっ……ああ……す……ごく……いい」
エリアスの額や髪に口づけながら、アルクマルトは熱い吐息のあいまにささやいた。
「でんかが……感じていらっしゃるのが……わかります」
さすがにエリアスも息があらい。
「……エリア……ス……もう……」
「いいですよ……いつでも……。あなたが……かんじてくだされば……それで」
自分のことは気にせずに達してもいいのだと、言うのだ。
「……やさしいのだな……そなたは」
アルクマルトはエリアスの腰にまわした足に力をいれ、彼のものを締めつけた。
「あっ……ダメです……でんか……っ」
「……いっしょが……いい」
不自由な体勢ながらも、アルクマルトは自分も動いて刺激を強めた。
「くっ……これは……」
エリアスの表情がいかにも気持ちよさそうなのを見て、心が熱くなる。
自分だけの快楽を求めて抱かれるのではダメなのだ。エリアスがアルクマルトを欲しいと思ってくれなければ意味がない。そして抱くからには思い切り快楽を得てほしいのだ。
彼の立場を思えば、向こうから迫ってくることはまずないだろう。こうやって誘わなければ手が出せないのもよくわかる。
それでも——
(私を欲しいと言ってくれ——)
アルクマルトの腰をおさえ、エリアスはなかをこすりあげるように強く抽挿をくりかえす。
感じる場所を攻めたてられて、身体がたちまち絶頂へのぼりつめていく。
「あっあっ……っ……あああ——」
「でんか……わたくしも……うっ……」
その瞬間、自分のなかでエリアスの男根がいっそう太くかたくなり、つよく脈動するのを感じた。
すこし息が落ちついたころに、口づけをかわす。欲望をたかめる口づけではなく、気持ちを落ち着けるような、おだやかでやさしい口づけだった。目が熱くうるんでいるのが自分でもわかった。
「エリアス……」
「殿下……明日は早うございます。……もうお休みになられたほうが」
「……ばか。こんなときにそんな無粋なことを言うな……」
「もうしわけ……ございません」
「ばか……」
せっかくの余韻から現実に引き戻され、アルクマルトは気落ちした。
こんなときまで任務のことを考えている冷静さは立派なものだが、嬉しくはない。もう少しでいいから甘い気持ちでいさせてほしかった。
「……殿下、あの」
「なんだ……」
「わたくしはその……気が利かなくて……」
「……謝るのは聞き飽きた」
「え……」
アルクマルトはエリアスの瞳を見つめた。淡い灰色の瞳が、どこか不安そうに次の言葉を待っている。
「いや……。もうすこし気が利くようになってくれれば……それでいい」
「……はい。努力します」
どちらからともなく、ふたたび口づける。
センティアットに着けば、こうやって二人きりですごすことは難しくなるだろう。神殿の規模もバルームよりはよほど大きいと聞くし、神官の数も多いにちがいない。
「お願いだから……今夜は私のよこで寝てくれ」
「はい」
後始末をしてから、エリアスは自分の毛布を持って言われたとおりにアルクマルトのよこにやってきた。
二人ぶんの毛布よりも、こうやって身体を寄せ合っていること。ただそれだけなのに、それがとてもあたたかいことをアルクマルトはしみじみと実感していた。