放浪の王子 第20章 -1-

「閣下、バステール海まで逃れることが出来ますれば、そこからはすぐ……」
「頼むぞ」
「ははっ。皆のもの、弓を用意して馬を進めよ」
 馬に乗って狭い道を駆け抜けようとする一隊があった。
 街道をおおぜいの騎馬隊が進んでくる気配をよそに、彼らは細い裏道を抜けていこうとしているのである。
「おのれ、アルクマルトめ。神剣の偽物まで用意してくるとは……」
 馬上で憎々しげに毒づく男は、セダス公である。
「あやつはおとなしく後宮でローディオスの相手をしておれば良かったのだ。そうすればローディオスもろとも殺してやれたのに」
「閣下! 馬をおとめください!」
「なにぃ?」
 オーズに制止され、セダス公も馬をとめた。付き従っていた十数名の近衛兵も同じく。
「……前方に……近衛兵が」
「!」
 道の向こうに甲冑を身につけた兵士が馬にまたがって待ち構えているのが見えた。掲げる旗は王の印——正規の近衛兵である。
「……おのれ。おとなしく捕まるものか」
 セダス公がオーズを見た。オーズはうなずき、兵たちに
「弓兵、射かけよ!」
 と命じた。
 大きな街道を来ると考えていたが、この裏道も把握して二手に分かれたのだろう。だがそのぶん兵の数は少なくなっている。
 勝機があると見たのか、それとも——

 傭兵を引き連れ、アルクマルトとエリアスは城の裏門から街道へと出た。
「しっかり走ってくれよ……」
 そっと首をたたくと、鹿毛はかるく鼻を鳴らし、力強く駆けていく。アルクマルトが馬車で運ばれていたとき、鹿毛はおなじように連れてこられていたのだ。馬を操るにはそれなりの意思の疎通が必要だし、お互いに慣れているほうが、こういう時には助かる。
 空を見れば雲は重い。雪が降ってきては身軽に動けない。いまのうちに早くなんとかせねばならない。
 勢いで逃げた一隊を正規兵と挟み撃ちにできれば、兵力差でこちらが有利だ。
 だが、セダス公の一派の気配はどこにもなかった。見つけられないまますぐにアルクマルトたちは近衛兵の一隊と行きあったのである。
「なにものか! 我らは王都より遣わされし近衛であるぞ! 進軍の邪魔をするなら容赦はせぬ」
 先頭の兵士おそらくは小隊長と思われる男が、アルクマルトたちを止めるべく立ちはだかった。傭兵をふくめ十名足らずではあるが、武器を手にした出で立ちを見ればだいたいの状況は察するはずだった。
「我が名はアルクマルト。先の王ムートの第四王子である」
 アルクマルトは短くそう告げた。時間をかけたくないのだ。
「……! 殿下! ではご無事で?」
「センティアットが用意してくれた傭兵の一団に助けられたのだ」
 セダス公に奪われたアルクマルトを追ってきたのは間違いなさそうだった。だとすれば王宮はセダス公の策略をはやくに見抜いて兵を差し向けてきたことになる。
「そなた、名は?」
「ははっ。小隊を預かりますブリッドと申します」
「ではブリッド。我々はセダス公を追ってきた。……だがそのすがたが見あたらぬ」
「おそれながら殿下。……セブリヤの城の裏門からはもうひとつ細い道がございます。おそらくセダス公はそちらではないかと」
「なに! では我々も行くぞ」
「お待ちください。もう一隊がそちらを押さえに向かっております。しかも陛下がじきじきに指揮を」
「!」
 馬の向きを変えようとして、アルクマルトは驚き目を見ひらいた。
「兄上が? ここに?」
「みなでお諫めしたのですが、殿下の身を案じられまして、どうしてもと……」
 アルクマルトは我が耳を疑うしかなかった。兄が——一国の王ともあろう者が、小隊だけを率いて反逆者を征伐に来るなど信じられなかったのだ。来るならもっと大がかりな兵を率いてくるべきであり、この人数では王自身も剣を手に戦わねばならないことも出てくる。危険なことだった。
「そちらの隊はセダス公の手のものと討ちあっているのであろう?」
「いま殿下がこちらに来られたのでしたら、おそらくは」
「……救援に向かうぞ!」
 エリアスを振り返ると、彼はそっとうなずき傭兵隊に指示を出した。
 アルクマルトは小隊長であるブリッドに命じた。
「ブリッド、そなたも来い。道案内をせよ」
「承知いたしました」
 二手に分かれてセダス公を挟みうちする作戦だったのだ。そこまではいい。だがその片方に王みずから加わっているとなると話は別だ。
(セダス公がそうと知れば、兄上が狙われる)
 ローディオスを討ちセダス公が王位に即けば、叛逆の事実など消えてしまうのだ。勝った者こそ正義なのだから。

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