放浪の王子 第19章 -2-

「それはそうと、これだけは確かめておかねばな」
 セダス公はそういうとオーズに目で合図した。
「はっ」
 そう応じると、近衛隊長オーズは縛られたナシジを前に引っ張り出した。
「そなたが持っていた神剣は、まことにアルクマルトから預かったものか?」
「……」
「答えよ、命が惜しいのならな」
 抜き身の剣を喉もとに当てられ、ナシジは仕方なくといったふうに答えた。
「た、たしかに……殿下からお預かり……いたしました」
「よかろう」
 オーズが部下から受けとった剣を、アルクマルトに差し出した。
「……私にどうしろと?」
 アルクマルトはオーズではなくセダス公のほうを向いて尋ねた。
「その神剣は本物か? ……抜いてみせるがいい」
「……」
 そこで周囲に配された近衛兵たちがいっせいに弓をかまえた。
「変な真似をすればそなたの命はない、それだけだ」
「……」
 この剣でセダス公に斬りかかれば、アルクマルトは弓で射られる。矢の飛ぶ速さならアルクマルトが一歩踏み出したところで全身を射ぬくだろう。近衛兵たちがためらわないのであれば、だが。
 アルクマルトはしかたなく剣の柄に手をかけた。そのとき、誰の目にも触れずにうしろに控えていたサンジェリスがなにかを唱えるのが聞こえた。
 するりと抜く。すると刃はゆらめく青白い炎をまとった。
「……おお」
 ナシジがおもわず声をあげた。いや彼だけではない。弓をかまえる近衛兵たちもまた動揺していた。
 この剣はふつうのものではない。見ると聞くとではまったく印象も違うだろう。
「くだらぬ言い伝えだと思っていたのに、神剣というのは本当だというのか……」
 抜き身の剣を手にしたアルクマルトをまえに、セダス公はなにか不気味なものでも見るような目つきになった。それはそうだろう。自分もその剣を抜いたことがあるのだ。しかもそのときは、とくになんの変哲もない剣にすぎなかった。
「なぜだ。……なぜそなたが王なのだ? その価値がどこにある? 誰が認めた?」
「おじうえ……」
「王になるのに、そんな剣など必要ない。そんなことで王になれるというのが馬鹿げている!」
 セダス公は表情をゆがめて、アルクマルトに唾を吐きかけた。
「……っ」
 ほほに飛んだ唾液にアルクマルトはわずかに眉根を寄せたが、動かなかった。
「もうよい。神剣をよこせ」
「……」
 そっと神剣を鞘におさめ、アルクマルトはそれを差し出した。セダス公の代わりにオーズがそれを受けとる。
「儂が王になれば、アルダーナはもっと繁栄するぞ。義兄上もローディオスも、生ぬるいやり方しかしてこなかったが、儂はちがう」
「……」
「もっと諸外国に攻め入ればいい。領土を広げて国を豊かにするのだ。そうすれば民ももっと贅沢が出来るというもの」
「戦争を起こすおつもりか?」
「そうだ、戦争すればいい。我が国ほど豊かで軍事物資がととのっている国は少ないぞ。……フィオリなど一日で落とせるくらいの田舎の国だ」
「無理に国を大きくすれば、内側に反乱因子をかかえこむことになる。大きければかならずしも豊かになれるとは限りません。……まして戦争で必ず勝てるかどうかもわからない。負ければ人も物資も多く失います」
 セダス公は外務大臣という任をつうじて諸外国の事情には明るいのだろう。だが見えていることだけが全てではない。どこの国でも他国からの侵略にたいして備えはしているはずなのだ。
「フン……つまらぬ。こんな軟弱が世継ぎとは、義兄上も血迷ったものよ」
「……」
「そのくせその顔で、腹違いの兄をふたりも惑わせおった。……たいしたタマだ」
「……えっ」
 なんのことか解らなかった。ひとりはローディオスのことを言っているのだとは理解できたが、ふたりと言われてもあとひとりが誰なのか、アルクマルトには思い当たらなかったのだ。
「知らんかったのか、どこまでもめでたいのう」
「……おじうえ、それは」
「イダのやつだ。もともと小姓趣味はあったが、ローディオスが王として即位したらそなたを寵童に欲しいなどと申し出て、斬られおった」
「!」
 イダ王子はアルクマルトのすぐ上の兄だが、アルクマルトは彼にあまり親切にされた覚えもない。自分が詩を披露すればイダは取り巻きとともに女々しいヤツだと嘲笑さえした。彼が自分のことをそんなふうに見ていたというのは、意外でしかなかった。
「もともと頭の良いタイプではない。とうてい王は務まらぬが王子である以上邪魔は邪魔だ。いずれザグデナスのように殺しておくつもりではあったが……」
「まさか……ザグデナス義兄上はあなたが……!」
 声がふるえた。邪魔であれば殺す、そのやり方はローディオスのものではなかったのだ。アルクマルトもその対象だったのだが、ローディオスが庇わなければいずれ殺されていたのだろう。
 そうまでする必要がどこに——いや、一度はローディオスを王にするけれども、いずれは自分が王になることを目論んでいたのだ。そのためには王位継承権のある先王ムートの子は出来るだけ排除しておきたかったということか。
 にぎったこぶしが震えた。呆れと驚愕、そして怒りがアルクマルトの身体を支配していく。
 セダス公が空をみあげた。
「そろそろ初雪がふるか」
 空は重い雲におおわれ、まだ昼間だというのにあたりは暗くなっていた。
「そなたを生かしておいてローディオスをおびき寄せる餌にしてもいいと思ったが……」
 近衛兵がふたり寄ってきて、アルクマルトを後ろ手に縛りあげた。
「おじうえ……!」
「……今ここで殺しておいても、餌にはなるな」
 怒りをこめて睨みつけるアルクマルトを、セダス公は冷ややかに見下ろした。
「そもそもムートが王になったことが間違いだ。王太子は私がなるはずだった……それなのにあの義兄のほうが……。フン、同じような境遇のくせに、そなたはそうは思わぬのか?」
「……思いません! 私は兄上の助けになれればそれで良かった。王になるつもりなど……」
「こざかしい! 戯れ言などあの世で言え!」
 アルクマルトはセダス公に肩をつかまれて後ろへ突き飛ばされた。
「……っ」
 地面にしりもちをついた自分に向かって、射手が弓矢をかまえるのが見えた。
「さらば——」

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