放浪の王子 第19章 -4-

 蹄の音にまじり聞こえるのは、近衛兵が合図のときに吹く金属の楽器の音だった。
「近衛兵——」
 近衛とはすなわち王直属の正規兵である。だが一部の者が離反し今このセダス公のもとにいるのもおなじ近衛兵だ。
 どちらに属するものかそれによって自分たちのとるべき行動が変わってくる。アルクマルトが動きを止め、エリアスが後ろをかばうように背中合わせになった。
「殿下」
「なんだ?」
「ここの兵たちが動揺しています。……近づいているのは、本来の近衛兵ではないかと」
「……」
 弓を射るために城の前庭を取り囲むように配されていた数名の兵が、焦りの表情でお互いを見交わしていた。
 扉をまもっていたオーズの表情もまた変わっていくのをアルクマルトは見逃さなかった。
 そこへサンジェリスの声が響いた。
「近衛兵長オーズどの、陛下のご命令で王都より近衛兵が到着しました。もはやそなたらの不利は明らか。それでも今ここで殿下に対して剣を抜かれるか? いや——」
 姿を隠す秘術を解いたのだろう。するどく場を圧倒する声音は、ふだんの穏やかな彼とは違ったものだ。
「これいじょうは、天空神に逆らう者としてわれわれ神官もあなたと——セダス公を滅するために力を尽くしますぞ?」
 オーズはその言葉を聞いてもひるむ様子は見せなかった。
「……神官? どこから紛れ込んできたか知らんが、神殿の出る幕ではないわ」
 彼が神官長サンジェリスを知らないはずはない。だが見習い神官の格好をしているために、そうとは気づかないのだろう。
 ふたたび楽器の音が届いた。正規兵たちはかなり近くまで迫ってきている。
「ちっ——時間がない。みなのもの、ここは退くぞ!」
 そう言うや、オーズは自分が守っていた扉の向こうに消えていった。
 兵たちは動揺していた。退くぞ、と言われセダス公についていくべきかどうか迷っているふうだった。
 アルクマルトはそんな兵たちの心の動きを見逃さなかった。
「そなたら、この後におよんでもまだセダス公に従うというのか?」
「——」
「ここで逃げても反逆の加担をしたと処刑されるのがオチだ。それでもあの男に従うというのか?」
「……」
 そこへサンジェリスの声が割ってはいった。
「そなたたち、神剣を見たであろう? 真の王が誰なのか、その目で見ておいてなおも迷うのか?」
 この国の民であり、王家に近しい場所にいる近衛兵たちが神剣の言い伝えを知らないことはないだろう。あれほど妖しい光を発するのを見ておいて、それが神剣でないと否定することはできないはずだった。
 何人かがガクリと膝をついて武器を投げ出した。
 エリアスは傭兵たちに指示し、降伏の意をあらわした兵たちを見張らせた。
 敵対者が減ったことは喜ばしいが、アルクマルトはそこで満足しているわけにはいかなかった。
「この城の裏門は?」
 どんな城にも必ず表門と裏門がある。セダス公はここで近衛兵たちに時間稼ぎをさせて逃げるつもりなのではないか。
 正規の近衛兵が来たからには、叛意を王が認めたと言うことだ。セダス公にはこの地に残っても重罪人としての咎を背負わねばならないだろう。
 それを避けようと思えば、近衛兵すべてを打ち倒し王をも弑逆して自身が王となるか、すべてを捨てて他国へ逃げるしかない。
 おとなしく処刑されるような人物には思えなかった。だとすれば他国へと逃げようとするに違いない。アルクマルトはそう考えたのだ。
「……この前庭とは正反対の方向です。が——」
 エリアスは眉をひそめた。
「裏門から脱出をはかれば、おそらく方角的に王都からの近衛とかちあうでしょう」
「……」
「セダス公に勝ち目があるとも思えません」
「それならそれでもよい。……だがこのままあの男を黙って行かせたくはない」
「殿下——」
 抜き身のままの神剣が青白く揺らめいた。

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