第十五夜「おかえり」



 流れていたのは、賛美歌だった。もし天国という場所が存在したとして、自分がそこに辿り着けると、御堂丈太郎は思わない。だからこの映像が音楽が、妄想だとしても暫くの間は、それに全てを委ねたいと願ったのだ。ほんの少しだけ、今はただ、穏やかな気持ちでいようと目を閉じて、ゆらりと揺れる感覚に身を任せていた。
 誰かの鼻歌が耳に届き、寝言のような問いかけが零れる。
「…天使?」
「まさか」
 笑い声が楽しそうに返事をし、丈太郎はようやく重い瞼を開いた。眩しい光。
「天国?」
「キャロライン・マークUはオレの愛車だが、あいにく天国じゃない」
(俺は、死んでないんだ。…何がどうなったか、まるきりわからないけど)
 揺れているように感じたのは、今自分が車に乗っているからだ、と状況をおぼろげに理解する。車を運転している男が、ちらりとミラー越しに丈太郎の様子を確認してくるのが、何となくわかった。
「オレは、安生 信之介。信でいい、みんなそう呼ぶから。丈太郎くんを助けたのは、オレじゃない。矢代甲斐ってわかるかな?オレの仲間であり、君の特別な人だ」
「矢代甲斐?…さあ、思い出せない」
 記憶を手繰ろうとすると、頭の中で激しい痛みが想い出を拒む。自分の意志というよりはそこに何らかの力が働いているような気がして、丈太郎は眉を寄せた。温なら、丈太郎が記憶を失った理由を知っているのだ。結局何も、教えてはくれなかったけれど…。
「どうやら君が記憶喪失だっていうのは、本当の話らしいな」
「伏見温はどうなった?俺がいなくなったのに、温が放っておくはずがない」
「楽園は今、大変なことが起きている。正直、君に構っている場合じゃないんだ。あの、伏見温でも」
 この男は一体、どこまで何の情報を理解しているのだろう?わからないことだらけだったが、幸か不幸か、今は他に指針は何一つ、丈太郎の前にない。
「大変なこと…?」
「天根矜持が死んだ」
「まさか!」
 思わず、大声を張り上げてしまった。
 丈太郎は純粋な楽園の信者では、ない。それでも、その事実は受け入れがたいものだった。嘘だと思いたいのだろうか。上手に気持ちを示せるような、他に言葉が出てこない。
 天根矜持が死ぬ?そんなこと、考えたこともなかった。逮捕された時でさえ、いずれ釈放されるだろうと変な思いこみをしていた。おそらく丈太郎だけでなく、その考えは信者に共通するものだろうが。人間だとはわかっている。けれど、こんなに早く死んでしまうなんて、想像もつかなかった。
「本当だよ、その証拠に」
 ラジオからアナウンサーの声が、楽園の訃報を報せている。天根矜持の生涯、功績を淡々と告げる音が、ようやく丈太郎の目を覚まし、現実感をはっきりと取り戻させた。テレビ画面のような映像が脳裏に浮かび、天根の死に混乱する楽園の実情を知る。はっきりと見える、悲しい色。その場の信者一人一人の動揺が伝わってくるようで、気分が悪くなる。
 丈太郎は溜息をつき、この忌々しい能力になんの支障もないことを、疎ましく思うのだった。暫く監禁されていた部屋で、今まで以上にこの感覚は、研ぎ澄まされてしまったのだ。…そう、僅かなチャンスさえあれば。脱出経路は既に丈太郎の中で何度もシミュレートされており、こんな風に外の世界に出られると、ずっと信じていた。
「…なんだか、色んなことが、ありすぎて。その早さに、取り残されそうだ」
「同感だな。世間は急ぎすぎている」
 その言葉通りの安全運転で、信之介はそんな風に言う。不思議な人だな、と丈太郎は思った。うさんくさいと言えばそれまでなのに、何故か信じられそうな気がする。
(いや、信じたいのかもしれない。信さんのことを)
「…俺には、帰る場所がないんだ。なあ、信さん。この車は、どこへ向かってる?」
「そうだな。明るい未来へ、なんてどうかな」
「……………」
 照れたようにハハ、と笑って誤魔化すと信之介は真面目な口調で続ける。
「なに、帰る場所を忘れているだけさ。オレは、君の味方であり仲間だ。君もオレも『什宝会』という組織の一員で、オレたちは今、その拠点である和ノ宮家へ向かっている」
「……………」
 誰かが広い屋敷の中で、自分を案じているのが見えた。とても大切な人のような気がしたが、やはり何も思い出すことはできない。
 丈太郎はきつく目を閉じ、息を吐く。大きな一歩。それだけでも随分、世界が違って見える。息苦しくない。景色につけられた色が、丈太郎の不安を落ち着かせてくれる…。
「什宝会っていうのは、誘い対策の為に立ち上げられた組織で、大きくは情報班と戦闘班の、二つに分かれている。他にも医療班とか色々あるんだが…オレは情報班の、その中でも特殊な潜りっていう仕事を任されてる。まあ、わかりやすくいうとスパイ活動だな。丈太郎くんは戦闘班で、直接誘いを浄化したり退治したりしていたんだ。パートナーは確か、正純だったかな。いい子だよ」
「正純…。その名前は、知っているような……」
 先ほど見えた少年がもっと鮮明に、丈太郎の脳裏に映る。彼が、正純なのだろう。その真剣な表情はどこか懐かしいような、胸が痛いような、そんな気持ちを丈太郎に抱かせる。憶えていないのに、早く彼に会いたいという感情が芽生え、段々と近づく距離にドキドキした。

「着いたよ、丈太郎くん。君を歓迎するよ。ようこそ、和ノ宮家…什宝会へ」
 信之介が、恭しく一礼してみせる。やがて止まった車の前で、出迎えるようにずらりと並んだ青年たち。その中には、正純の姿もある。
 丈太郎は緊張と昂揚の入り交じった目を、これからの仲間へと向けた。
「おかえり、御堂」
 一番最初に丈太郎へ声をかけたのは、穏やかに微笑む白鳥正純だ。
「ああ、ただいま。待たせてごめん」
 どうしてそんな返事をしたのか、何も憶えていないのに…。自分でも、説明はし難かったのだけれど。正純は瞬きし、すぐに表情を隠すように俯いてしまう。それから顔を上げ、真っ直ぐに丈太郎を見た。
「すごく心配したんだよ。僕は」
「うん。でも、大丈夫だっただろ?」
 会いたかった。今胸に流れる安堵感は、おそらく丈太郎だけが感じているものじゃない。
「何も始まっていないのに、御堂がこのまま戻らなかったらどうしようって思った。そんなのは、嫌だった。お互いのことをよく知らないまま、僕が君に冷たくしたまま、離れてしまうのは絶対に嫌だった」
「白鳥…」
「え?名前…。確か何も、憶えてないって」
「あ、うん。でも、…なんでかな。今、」
 思い出したというより、これは単なる直感だ。何かが丈太郎にそう伝えている、大切な人はこの少年だと。
「僕にとっては、まだ単なる仕事のパートナーでしかないけど。でも…、これから先のことは、わからない。もしかしたら御堂が、すごく大切な人になるかもしれない。…そうなったら、いいと、思うよ」
 正純にとっては、ここまで思えるようになるまで、大分長い時間を要したのだ。矢代のことがもう、全て吹っ切れたわけじゃない。それでも、いつまでもグズグズしていたくはない。
「お取り込み中悪いけど、話は中でゆっくりしたらええ。宴会の準備はバッチリやしな」
「えーと…」
 露骨に誰かわからない、ときょとんとする丈太郎に苦笑いを浮かべ、周防は握手を求める。
「周防広大。よろしく、丈太郎」
 その笑顔に昔の同僚の面影なんて、微塵も見あたらないはずなのに。

 御堂丈太郎歓迎会と安生信之介帰還祝賀会を兼ねた宴会は、珍しく和やかな雰囲気で終了した。特に信之介を慕っている、百瀬太一のはしゃぎぶりなんて日頃の態度とはかけ離れたもので、それはもう大騒ぎだった。
 一通り顔合わせして、それぞれが良い感じに酔ってきた頃、何となく周防は丈太郎の変化に気づいたのだった。周防はこういう席で、他の人間の状態を一応観察する癖があるというか、それが仕事のようなものなのだけれど…記憶を失っているとはいえ、丈太郎は離れる前と何ら変わらない空気をまとっていたのだ。それが、どこか変だった。何度か感じたことのある違和感は、周防の顔色をなくす。ゆとりがいれば即解決できそうな疑問ではあるのだが、あいにく忙しい副会長は、今日も留守だった。
「周防さん、どうかした?さっきから、御堂のことじっと見て」
 犬上はほんのり赤い顔で、ようやく周防に声をかけることに成功した。
「ああ、清貴。お前確か、あんま酒強くないやろ?無理しられんよ」
「…うん。今日は新尾も一緒だから大丈夫。いざとなったら、ちゃんとオレのフォローしてくれるし」
 犬上のパートナーである新尾は、普段はあまり相手にしてくれないのだが、いざとなると優しい。女女で忙しい彼も、今日ばかりは什宝会の用事に付き合ってくれた。それが犬上には、とても嬉しかった。
「そうやな〜。あ、スマン。ちょっと席外すわ」
 不本意にも慣れてしまった、上の空な返答。部屋を出て行く丈太郎の後を追いかけて、周防は席を立つ。その時正純の視線に気がついていれば、不要な戸惑いは避けられたかもしれなかった。…気づくべきだった。
「丈太郎。どこ行くん?」
「トイレでうがい、したくて」
 気持ち悪そうにそれだけ言うと、丈太郎はよろよろと歩きだす。彼も酒と煙草は昔から嫌いで、宴席はいつも欠席していたほどだった。周防は、そんなことを思い出す。
「お前、場所知らんやろ。迷子になるで。広い屋敷やけん」
「あ、そうか」
 それは今気がつきました、というような口ぶりだ。これだけでは周防も、判断はできかねる。観察されていると感じたのか、丈太郎は可笑しそうに唇を歪めるのだった。
「俺の顔、何かついてる?周防さん」
「…いや、そういうわけやないけど」
 やはり、何かがおかしかった。でも、その疑問を口にするには勇気がいる。とても。煮え切らない態度に焦れたように笑い、丈太郎は周防の気持ちなど、見透かしたような目を向けるのだ。…そう、いつだって気持ちは知られていた。
「言いたいことがあるなら、どうぞ」 
 その空気、喋り方、それは…丈太郎のものというよりは、間違いなく―――
「………甲斐、なんか?」
 周防が問いかけた声は、情けなく震えた。
 一度口に出してしまうと、目の前の男がそうとしか思えなくなって泣きそうになる。立っているのは丈太郎のはずだ。それなのに、どうしてそう感じるのかわからないがともかく、今この場で自分と対峙しているのは、矢代甲斐以外の何者でもない気がする。
「さっきまでは、確かに丈太郎やった。けど、お前は違うやろ。…俺には、わかる」
「酔ってる?大丈夫?顔色が悪い」
 目を逸らしてしまうのは、誰に対する罪悪感なのだろう。
「真面目に答えてくれ。丈太郎はどうなっとんや?ちゃんと説明してくれんと、困る。一体、どういうことなん?なあ、」
「おれに対して言いたいことは、それだけ?」
「質問に質問で返すな」
「嬉しいくせに。広大は、昔から素直じゃないね」
 堪えるように右手で握りしめた左腕は、もう動揺を隠せそうもない。変な汗が出る。矢代はまたも丈太郎の姿で、何事もないかのように周防の前に佇んでいるのだ。何だこれは、
「なん、で」
「信之介から、報告がなかった?楽園から逃げ出せたのは、おれが丈太郎くんと交代できたから。少し状態が不安定みたいだね、丈太郎くんは。だからこうして今、おれがここにいるわけだし」
「……………」
 なんだかもう、色んなことがどうでもよくなってくる。振り払おうとしても振り払おうとしても、矢代の存在は消えてくれない。周防の中で。今起きていることが自分の妄想の産物なら、どんなにか気が楽だろうか。本当に疲れた。
「そうだ、一つ教えておくよ。今までそうじゃないかとは思っていたけど、はっきりわかったことがある。丈太郎くんは、真眼の持ち主だ。そして、今のおれもその能力を使える」
「……………」
 こういう形で知りたくはなかったが、反応することすら今の周防には困難だ。どうしていいかわからない。どういう態度を示せばいいのか、…わかっているのに、出来ていない。
「やっぱり、おれの思った通りだった。彼は、使える」
「もうええ…。わかった、丈太郎と代わってくれ。前にも言うたが、その身体はお前のもんやない。お前はそれをわかってない」
「お互いの意志が関係ないんだよ、勝手に表面に出てきてしまうんだ。多分、今回は酒のせいだろうね。そのうち、多分自然に丈太郎くんに戻れると思うけど…。それがいつになるかは、おれにもわからない」
 ぼそぼそとした懇願は、あっさりと跳ね返されてしまう。いつだって、そうだった。
「ホンマ、嫌がらせされとる気がするわ」
「ねえ、広大。真眼ってすごいんだよ。お前がおれのことを考えて何をしていたのか、全部見えてる。抜いてあげようか?」
「な、な、なっ…!」
 存分に甘さを含んだ低いからかいに、周防の顔が発火したように赤くなる。死んでしまいたい気持ちになった。自分の趣味の悪さ、この男の性格の悪さ、状況。どれ一つとっても、最悪といって差し支えない。どうしてと嘆いたところで、もう全ては遅いのだから。身動きが取れなかった。そう、言い訳をしていいだろうか?
 確かにそんな妄想はした。こんな最低の男相手でも、好きなんだからしょうがない。死人相手に叶う願いでもない。寂しい夜の密かな秘め事を、そんな風に言われても困る。

「これは一体、どういうこと?」
 
 怪訝な表情をした正純に、狼狽えたのは周防よりも矢代の方だった。
 何歳も年下の少年に、惚れ込んだたちの悪い大人は、たちまち大人しくなってしまう。それがクソ面白くないような、むしろそこに縋りつきたいような、複雑な気持ちを周防は抱く。こんな不毛な三角関係は終われたと思いこもうとしていたのに、どういうことだと説明を求められても困る。
「矢代さん、なの?」
 ひどく真剣で、何かを期待するような問い。矢代は、泣きそうな顔で笑った。
「ねえ、周防さん。何とか言ってよ」
 滑稽すぎて、笑いそうになる。それでも、何も言えず首を横に振るしか周防には出来なかった。説明を放棄する。今まで散々逃げてきた男が、こんな時くらい責任を果たせばいい。
「正純」
 きっと他の誰にもそんな顔は見せないのだろう、そんな優しい声も。理解者の振りをして、気持ちを散々利用して、あの丈太郎でさえ。それなのに、正純への態度ときたら。
 周防はこの場には居たくない、逃げ出したい衝動にかられる。見たくない、聞きたくない。矢代は恋の為ならば、他の一切を捨てることすら選べる男なのだ。そしてそれを、正純は知らない。愛染の制約は、今でもまだ有効なのだろうか?―――持ち主の愛する人を、殺そうとする呪い。今の持ち主は丈太郎で、丈太郎の想い人はどう考えても、正純ではないだろう。けれど意識は周防が支配していて…、
「ずっと、聞きたいことがあったよ。沢山…、ねえ、どうして」
 正純は言葉を詰まらせて、不意に零れた涙を拭う。無理もなかった。ずっと想っていた矢代が突然死んだと聞かされて、自分が何も知らない間に色んなことが起きていて…、その全てに気持ちの処理をつけるには、まだ正純は若すぎる。周防でさえ、割り切れていないことを。 
「ごめんね、正純」
 さすがの矢代も打算計算が正純に対してだけは、上手く機能してないらしい。
 駆け寄って丈太郎の身体にむせび泣く、一瞬硬直した矢代は、やがて優しく正純を抱きしめる。生前はこんな風に抱きしめるなんて、考えもしなかった。触れることは禁忌だったから、あり得なかった。
「ごめん、ごめんね…」
 矢代の死以降、正純の塞ぎようときたらなかった。淡々と仕事をこなし、あまり笑うこともなくなった。必死で悲しさ寂しさに耐えてきた少年は、ようやくその発露に、枯れるほど涙を流す。周防には子供の素直さが、その特権が憎らしいほど羨ましくなる。
 どうやら、愛染の効力は無効らしい。初めて触れられるのがこんな形で、それはどちらにとっても少しも良い意味を持たない。周防は丈太郎に対して、心から申し訳なく思った。未だ未練がましい自分が、本当に嫌だった。
 

   ***


 和ノ宮邸、大広間。祭りの後、昂揚した疲れがメンバーを心地よくさせている。勿論、百瀬もその中の一人だった。今だけは仕事の一切を忘れて盛り上がった百瀬は、はしゃぎ疲れてぐったりとお茶を流し込む。
「モモって、ほんっと信サンのこと好きだよな。キャラ変わりすぎ」
「信さんのこと、嫌いな人なんているの?シゲ、頭おかしいよ」
「…はいはい。そうですか」
 同僚の重松は溜息をつき、確かに人望は厚い我らが上司をぼんやりと観察する。いや本当にいい男すぎて難癖つけがたいところが、欠点といえば欠点なくらい、できた人。百瀬の理想が高いのは重松も知っているが、信之介に憧れているなら自分はおそらく、分が悪すぎる。
「信さん見てると、世の中も捨てたもんじゃないって思うんだよね」
「あの人ああ見えて結構、えげつないこともしてるけど」
「何、ヤキモチ?気持ち悪いよ、シゲ」
「…気持ち悪くて悪かったな」
 呟いた声は、百瀬が幻聴だと思いこみたくなるほど意味不明。
「えっ、そこは否定しようよ!?」
 どことなく不機嫌な重松は、肩を竦めて部屋を出て行ってしまった。いや、深くは考えまい。表情を引きつらせて百瀬は何杯目かわからない酒に、手を伸ばす。…苦い。
 しかめっ面をする百瀬の前に現れる犬上は、毎度のことながら空気が読めていない。犬上ときたら、人を苛々させる天才なのだ。そんな失礼なことを、百瀬は心の中で考える。
「なあ、モモ。周防さん知らね?」
「僕は今考え事してるから、犬は向こう行ってて」
「どっからどう見てもただ単に、ボーっとしてるだけだろうよ!!」
 ファイティングポーズを取る犬上の腕を、パートナーである新尾が制した。
「あー、悪いな百瀬さん。うちの清がご迷惑おかけして…。ほら、あっち行こう。清。な?」
「…馬鹿にしやがって!」
「気にするなよ、清。百瀬さんは俺たちの若さに嫉妬しているから、まともに対応してくれないんだよ。大人って大変なんだ」
「(な、なんか笑顔ですっごい失礼なこと、言われてるんですけどー!?)」
 確かに、百瀬は子供嫌いだ。子供は好き勝手だし残酷だし、あんまり近づきたくはない。
 昔はずっと、早く大人になりたいと願ったものだ。そんなことを以前信之介に話したら、そういうモモが一番子供っぽくないか?と軽快に笑うので、それ以降口にしていないけれど。
「黄昏れてるなあ、百瀬。酒が足りてないか?御堂は前評判より、全然いい奴そうだったし。良かったな。什宝会の未来が、明るいものになればいいな」
「確かに、前評判は最悪だったよね。でも、アレじゃ悪口を言う気にはなれないな」
「矢代の愛染を受け継いでるんだから、結構なタマだと思うが。白鳥と、いいコンビになれそうだよ。期待してもいいんじゃないか」
「ま、白鳥もしっかりしてるしね。周防さんよりはよっぽど…。期待はしてもいいかな。信さんも帰ってきたし、僕らも頑張らないと。柄じゃないけど、しっかりチームワーク強化して、精を出しますか」
 百瀬がおかえりなさいと嬉しそうに信之介に抱きついても、嫌な顔ひとつせず、ただいまと微笑んでくれた。たまに什宝会のやり方に苛つくことがあったとして、それでもそこに信之介がいるからきっと大丈夫だと盲目的な信頼を、百瀬は信之介においている。
 そういう気を抜ける部分が、少しでもないと疲労、ストレスで死んでしまいそうだし。まあ、重松に癒される部分も多いのだが。協力し合って、日々を乗り越えていかなければいけない。(幹部のの人間曰く)班の違いに関わらず、皆で。
「天根が死んで楽園は崩壊するのか、それとも…。僕たちはこれからもずっと、こんなしんどい毎日を続けていかなきゃいけないのかな」
 百瀬にとって今日は、久しぶりの休日だった。久しぶりに、パソコンと離れた時間を過ごすことができた。戦闘班の大変さに比べれば、それはまた種類の違った疲労感だろうけれど。
「さあな。誘いがいれば浄化する、俺にはそれだけだ」
「シンプルでいいね、桜内さん。ところで本当、周防組はどこ行ったの?」
 周防組とは、周防が贔屓している正純、丈太郎を含めた三人を示す百瀬の造語だ。その状況を知ったらきっと、誰もが同情するに違いない空気の中、三人は静かな廊下に居た。

 ただし、矢代一人だけは偶然の幸福感に酔いしれながら。


  2007.05.15


 /  / タイトル一覧 / web拍手