第十二夜「契約、という喪失」



 丈太郎には、気づいたことがあった。知らない人間と幼なじみが絡む姿を見ていたら、否応なく気づかされてしまった。優が温に向ける感情と、自分が温に向ける感情は異なっている、と。他人だから当然、というのではない。
 優のそれが強烈な愛情と呼べるものならば、丈太郎は好意どころかただ庇護欲を、温に求めていることに。そんな狡さを直視するのが嫌だから、恋愛にすりかえようとしたのだ、自分は。一人きりになるのが怖くて、縋ろうとした。
(…これ以上、温に迷惑をかけるわけにはいかない。ああもう、しっかりしろ!)
 そう。誘いが告げた通り能力だけは、この身体に備わっているはずなのだから。目を閉じて、意識を集中させる。感覚を研ぎ澄まして、自分が知りたい情報へ向ける。

「そうして、あなたは一体何を見るのでしょうか?御堂くん」

 皮肉な問いかけを間近で聞いて、丈太郎は思わず集中を解いて目を開けた。神津が幽霊のような青白い顔をして、相変わらずの無表情で丈太郎を見つめていたのだった。同じ建物の中に神津がいるのはおかしいと思わないが、こういう登場の仕方は…心臓に、悪い。
「お、驚かすなよ!いつも、いつも…」
 気配がないから、驚いてしまう。生気がない、といった方が正しいのか。
 どこかで安堵し落胆し、そんな自分はどうしようもないとも思う。温でなくて、よかった。なんと言えばいいのか、どう説明すればいいのか、この身勝手な生き方を。丈太郎が正直な気持ちを打ち明ければ、きっと温は間違いなく、本気で怒るだろう。今まではそのギリギリのところで、感情の暴発は避けられてきたけれど…。
「フフ、見えたのは私でしたね」
「…神津は、何を知ってるんだ?お前がここにいるっていうことは、王崎も一緒なのか?」
「一度に訊かないでください。知っているというか、見えるだけです。何度も言いましたが、私とあなたは同じ存在なんですよ」
「……………」
 丈太郎にはもう、反論する気もなかった。同じだが違う。それが事実で、だから何だということもない。
「あなたに、私の知っていることをすべてお話します。楽園の中は今何派にも別れ、内部分裂しています。天根矜持を待つ、その息子天根優もその中に含まれますが…基本思想の最大派閥。それから教授を筆頭とした、楽園の中でも手段を選ばない過激派。あなたの家を爆撃したのは、この一派です。そして…充様を新しい代表とする、楽園に革命を起こそうという」
「な、何を言ってるんだ?馬鹿言うなよ、王崎が…」
 思わず言葉を遮って、丈太郎は表情を引きつらせた。
(王崎が、新しい代表だって!?そんなの、ありえないだろ!)
「あの方こそ、我々に君臨するに相応しい器の持ち主なのです。御堂くん」
「正気なのか!?お前だってわかってるだろ、王崎自身がそんなこと望むわけないって!」
 冷えた沈黙が、二人の間を支配する。この温度差が焦れったくて、丈太郎はきつく唇を噛んだ。王崎のことを好きだからとか、そんなこと関係なく…望んでいるかいないか程度は、丈太郎にすら判別がつく。
「御堂くんがどれだけ、充様のことをご存じだと言うのですか?」
「…それは」
「本来であれば、ご兄弟である充様と優様が支え合い、天根矜持の帰りを待つというのが美談で望ましいですが…優様は兄である充様を嫌悪しており、充様もまた、自分の運命を狂わせた天根家を快く思っていないのです」
「………」
(それで、それで神津は本当に…)
 王崎が望まない未来を切望して、それで幸せなのか?そんなことが、丈太郎にわかるはずもなかった。価値観のズレは、今更だ。 
「教授は楽園を、天根の手から乗っ取ろうと企んでいます。その為に、邪魔な充様を殺そうとまでしたのですよ。優様は自分の息子である伏見くんの言いなりですから、残る充様が目障りなわけです」
「殺そうとしたって…王崎は!?無事、なんだろうな……」
 ずっと嫌な感じがしていた、王崎のことを考えていると。それは丈太郎の本能的な勘であるのかもしれないし、刷り込まれた主人への思慕なのかもしれない。
「私が生きている限り、あの方が死ぬようなことはありません。充様は、本当の楽園をお造りになるのです」 
「神津の言っていることもやっていることも、俺には理解できない…。おかしいよ」
 わからないし、わかりたくもない。
「私の頭がおかしいとしたら、それは御堂くんのせいですね」
「…だって、お前王崎のことを好きな」
「止めてください。その言葉をあなたが口にしたら、殺しますよ」
「わかるか?こういうの、感覚が捩れてるって言うんだよ」
「あなたのせいです」
 丈太郎を責めるでもなくただ事実を告げ、神津は静かに微笑んだ。
 何を言えるというんだろう。何も言える資格なんてなかった、その通りなんだろう。本人が、言うなら。お互いの間にある、大きく横たわって越えられそうもないもの。それは一体、何なんだろう…。楽園の信者と会話する度に、丈太郎が思うことだった。何なんだろう、このモヤモヤとした感じは。世界が違うのだ、同じ場所に立っているにも関わらず…。はっきりとした境界線を、越えることができない。
 根本的に、違う。そうとしか表現できないお互いの立場を、責めることなんてできやしない。洗脳教育を受けていた時にも、ずっと考えていた。何かが矛盾しているような気がして、落ち着かなかった。一言でも違和感を発してしまったら、その感情の揺れ動きさえ消されてしまいそうで、黙るしかなかった。
「俺は、どうして戻ってきたんだろう。ここはやっぱり、俺の居場所なんかじゃなかった」
 ぽつりと丈太郎は呟いて、言葉にしてしまうと現実はあんまりにも素っ気ないから、泣きたくなった。もう散々涙は流したし、仮に今丈太郎が泣いたとしても神津には意味がない。
「道は最初から、分かたれていたのです」
「ああ。寂しいな」
 笑おうとしたけれど、無理だった。
 もう、知らない振りができるほど子供でもない。誰も彼もが。それでも目を閉じていればずっと温といられると、幸せな錯覚をしていたかっただけ。
「わかったよ。ここに答えを求めること自体、間違っていたんだ。楽園は、あの頃から何も変わっちゃいない。昔の俺はそれを知っていて外へ出たのに、長い時間が、それを忘れさせてしまった」
「思い出したなら、大丈夫ですよ。あなたは強い」
 どうして、そんなことを言うのだろう。
「私は充様のもとへお連れしようと、あなたの前に立ちました。それは、楽園で生きることを意味します。伏見くんの考えは存じませんが、御堂くんはどうしたいですか?」
「…俺は、ここで生きられる人間じゃないんだ」
 何故か神津は、穏やかだった。この間までは丈太郎に対して憎悪に近い感情を剥き出しだったというのに、まるで双子の兄弟のような目で丈太郎を一瞥すると、小さく頷く。
「私は、ここでしか生きられないのです。ですが…、違う可能性を見てみたいという気持ちが、ないわけではありません」
「神津…」
「私は誘いと契約することで、自分の中の充様以外への感情を喪失しました。痛みも辛さも、全部余計なものだったからです。充様は気高くて美しい、私の世界はそれだけで素晴らしい」
「………」
「さようなら、御堂くん。そこの窓から、あなたの…っ!?」
 考えてみれば、当たり前のことだったかもしれない。
 ここは温の部屋で、真眼を持っているというならば、尚のこと。温が、戻ってくることは。
「行くな!丈太郎、俺から離れないでくれ」
 神津よりよほど青い顔をして、幼なじみは悲痛な願いを口にする。
「温…」
「お願いだから。お前が傍にいないと、俺は」 
 いつでも昔からその手を取って、温には助けてもらってきた。これからもずっとこんな風に頼りきっては、生きていくことなど出来ないと知っていながらも。
 静かな指輪を撫でながら、丈太郎は深呼吸して、別れの言葉を告げる。
「いつかこんな風な別れが来るって、お互いわかってたはずだろ?俺は、温のことが好きだよ。だけどそれだけじゃ、生きていけない。温も、俺も。だから、」
「だから手を離せ、と?」
 温の中にある触れてはいけないスイッチを押してしまったとしたら、この時だった。
「伏見くん、あなたには優様が―――」
「勝手に決めないでくれないか。ふざけるな、何度も言わせるなよ!丈太郎。俺がどれだけ、何を犠牲にしてきたのか…全部、全部お前と一緒に過ごすためだ!それをっ」
 怒りのあまり言葉に詰まる温を、丈太郎と神津は呆然と見ているだけだった。
「…温……」
「俺はそんなこと、絶対に赦さない」
 丈太郎ですら初めて見たその全てを、神津が予測できるはずもない。
 その時、懐からさりげなく取り出された注射針があまりにもあっという間に、自分の肌を刺したことに丈太郎は驚いた。意識を失う直前に見た温の顔は初めて見るような怖い表情で、それ以上見たくなかったから、気を失うというのはこの場合都合がいいのかもしれない。それだけを思った。
「誘い、俺はお前と契約する。丈太郎の中から、俺以外のことなんて全部消してしまってくれ。全部、全部だ…!」
「伏見くん!」
 裏切り者を冷めた目で一瞥し、腕の中の幼なじみをきつく抱きしめると、温は唇を歪めた。
「楽園がどうなろうが、どうでもいいんだよ。俺は。神津は王崎のことだけを、考えていればいいだろう?俺たちのことは、放っておいてくれないか」
「誘いと契約するとどうなるか、あなたは知っているはずです!」
 誰の為にそんな大声を出しているのか、考えるのも滑稽だと温は笑う。二人の間に、いつの間に友情が芽生えたのか、馬鹿馬鹿しい。ほんの少し、目を離した隙に。
「俺は、手段を選ばない。神津と同じようにな」
 出て行ってくれ。そう言う温の目には丈太郎しか、映ってはいないんだろう。やり方を間違えたと思った時には、もう手遅れなのだ。神津はそう思って、無言で踵を返した。


   ***


 丈太郎は夢の中にいて、大好きな洋菓子店で矢代と向かい合っていた。テーブルの上にはショートケーキとダージリンの紅茶が、二つずつ並んでいる。見慣れた光景。
「やっぱりここに来ると、ショートケーキは外せないなあ」
「…矢代さん。俺、怖いよ」
 紅茶にもケーキを手をつける気になれず、丈太郎はぽつりと呟く。
 視界の隅で接客をするみほこが、笑顔を見せている。その微笑みに、胸が苦しくなった。この場所は、この人は、この甘いすべてのものは…丈太郎にとって、幸福そのものだったのだ。
「怖いって思えるうちは、まだ大丈夫。何も問題ないよ」
「矢代さん…」
「君が忘れても、おれはずっと丈太郎くんと一緒にいるから。だから、大丈夫」
「忘れたくないよ。俺、どうなるのかな。怖いよ…」
「大丈夫。伏見温が死ねば、君の記憶は元に戻るから」
 何でもないことのように口にする矢代を、丈太郎は凝視する。今、この人はとんでもないことを言った。自分にとっては大変なことを、さも些細なことのように。
「矢代、さん」
「最悪の場合は、おれが手を下すことになる。ごめんね。先に謝っておくよ。…丈太郎くんには、どうしても約束を守ってもらわなくちゃ困るんだ」
 約束。正純を守ること…確かにこのままの状態では、それもままならない。けれど、そんな言い方はあんまりだ。矢代がひどい男というのは、前から知ってはいたにしてもだ。
「………そんなの、嫌だ」
「抱えきれないなら、手放すことも一つの選択だよ」
「嫌だ!」
 叫んだのと飛び起きたのが、ほぼ同時。
 丈太郎はあたりを見渡して、真っ白な部屋の中にいることを確認すると、怯えたように身体を竦ませる。昔にタイムスリップしたような錯覚を起こして、一瞬言葉が出てこなかった。何か、大事な夢を見ていたような気がする。幽かに脳裏を揺らぐだけで、それすら思い出せそうもない。
(え?…どうして俺、ここに戻って……)
「目が覚めたんだな。丈太郎」
 ああ、これは珍しくない光景…の、はずなのに。
「あっちゃん…。俺、何も…思い出せないんだけど…」
「思い出す必要なんて、ないだろう?愛してるよ、丈太郎」 
 優しく抱きしめられたのに、何かが変だった。どこに違和感を感じたのか明確に説明がつかないことを、丈太郎は不思議に思う。この部屋には、他に誰もいない。教授も、ロボットみたいな研究員も。だから、大丈夫なはずで。
「あっちゃん?」
「温だろう、丈太郎?」
 低い呼びかけ。丈太郎の疑問は、温の地雷を踏んでしまったらしい。
「…何か、嫌なことでもあったのか?」
「俺は多分、今まで丈太郎に優しくしすぎたんだ。だから、勘違いしたんだろ?」
「ど、どうしたんだよ。あっちゃん…」
 笑っているのに、笑っていないような気がする。いつもの温ではないような。温なのに、これは温じゃない。何となくそんなことを思って、丈太郎は身体を引かせた。
「温だって言ってるだろ。丈太郎は、俺の気持ちをちゃんと思い知るべきなんだ」
 押し倒されたというよりは、突き飛ばされたというのがこの場合、正しいかもしれない。
 ベットが軋んだ音を立て、丈太郎は頭を強かに打ちつけてしまった。力一杯手首を握りしめられて、丈太郎の表情が引きつる。自分が何故か服を着ていない、と気づいた。
「い、いたっ…」
 肌をなぞられる。温に嫌悪感を抱く日が来るなんて、思わなかった。何回か、温とはしたことがあるはずなのに。どうしてしたのかきっかけは、思い出すことができないが。
「すぐに気持ち良くなる。知ってるだろ、初めてじゃないんだから」
「嫌だ。温、やめっ、ろって!」
 無理やり、押さえつけられる力が痛い。丈太郎は解放されようと必死でもがくが、温は鼻で笑うだけだ。その視線に、憎悪さえ感じる。
「やめろ?丈太郎、お前に拒む権利ないんだよ。お前は、俺のものなんだから」
「温、何で?」
 せめてどういうことなのか何が起こっているのかくらい、説明してもらえないだろうか。
「反抗しないでくれないか。お前には優しくしたいんだ、丈太郎」
「温!?」
「なあ、そんな目で見ないでくれよ。傷つくだろ?…見えないようにすればいいかな。ついでに暴れないように縛って、そうしたら大人しく俺のを銜えられるだろ?丈太郎」
 別人に触れられているような冷たさに、無意識に身体が震えてしまう。丈太郎の視界が真っ暗な闇に変わる。きつく縛られた腕より何より、心臓がズキズキと痛んだ。
「俺、何かしたのか?だったら、謝るから。なあ、温…」
「煩いな…。口も塞ぐか」
 信じられなかった。信じたくなかった。夢なら今すぐ醒めてほしいのに、何より痛みが現実だと丈太郎に知らせている。後ろ手に縄で縛られて、…本当に温が、こんなことを?
「んんっ、んっ!」
「いい格好だな、丈太郎。すごく興奮する。ほら、脚を開いて」
「………」
 せめて意思表示したくて、丈太郎は首を横に振る。これは一体、何だ。このおかしさ、不自然さ、一体何が温をそうさせているのだろう。
「泣くのは、まだ早いだろ?」
 もしかしたらこれは温の皮を被ったまったくの別人で、そういう別の生き物に好きな風に扱われているならまだいいと、丈太郎は嗚咽を堪えながら考えた。
(何も思い出せない。何も、何も…!)
 そうして多分、丈太郎がどうしてこんなことになっているのかを温は知っているのだろう。
 温の機嫌は最悪で、こんな風に怒りの矛先を向けられたことは、一度だってなかったのに。
「俺の愛が信じられないなら、今からたっぷり身体に教えてあげる。思い出させてあげるよ、丈太郎…。たまにはこういうのも、刺激的でいいかもしれない。快感に集中できる分、いつもより気持ち良いかもしれない。俺の知らない丈太郎があるなんて、許せない…」
「う、う…」
 温は丹念に、丈太郎の足の指を舐め始めた。これから時間をかけて、身体中その愛撫が続くのかと思うと、おかしくなってしまいそうだ。肌が粟立つ。
「ほら、思い出してきただろ?感じてきたんだろ?俺の身体を…。こんなにヌルヌルさせて」
 荒い息を吐きだしながら、丈太郎は絶望的な気分になった。温は忘れているらしいが、目隠しをされたところで、自分にはまったく意味がないのだ。温のぎらついた目。視姦しながら上気する頬…。
「何か嫌なことが、あったかだって?…あったさ、今のお前に話しても意味不明だろうけど」
 吐き捨てるように呟きながら、温は丈太郎の脚を広げた。観察するようにまじまじと秘部を見つめられ、死にたいような気持ちになる。温は苦々しい表情で、こう続けた。
「どうせ嫌われるとわかっていたら、俺が一番最初に、丈太郎に触れていたかったよ…」
 ツプリという音を立て、抵抗もなく簡単に、丈太郎のアナルは温の指を飲み込んでしまう。もしこれが初めてだったなら、こんなに上手くはいかないだろう。痛いと泣いて叫んで…でもそんな姿、見ることもできなかった。丈太郎に初めてペニスを挿入した時のことを、温は今でもはっきりと憶えている。
 あの時の、幸福感と絶望感。戸惑いこそすれ抵抗はなく、濡れた声音は誰かの存在を示していた。この声を、痴態を、自分ではない見知らぬ誰かが独占していたのだと思うと、温は殺してやりたくなった。その人間は、もう死んでいるのだけれど。
 舌をねじ込んで、中をねぶる。わざと音を立てるようにすると、いつも丈太郎は恥ずかしがって、それが温にはいとおしく感じられたものだ。
「…ん、ふっ…んぐ……!」
「嫌だなんて言っても、お尻の中はぐっしょり濡れてる。気持ちいいよな?丈太郎。恥ずかしがるなよ、俺との仲だろう?こんなにお汁を垂らしておいて…。なあ、誰にどんな風に弄られれば、こんなになるんだよ。お前が他の男に、ぶち込まれてるとこなんて…!」
 どうにもこうにもやるせない。許せない。何よりもさっき、丈太郎が自分の手を離れて遠くへ行こう…そう、決断したことが。怒りに任せ、ペニスを思いきり、ほぐしたアナルに挿入する。温は腰を動かして、奥へ奥へと律動を開始した。満たされていく感覚が今はひどく、せつなく感じてしまう。
「はっ…ぁ……は、は…んん!?」
 先にイカせる気にはなれなくて、温は丈太郎の根元を掴んだ。そういえば丈太郎は、袋を触られるのにも弱い。でも今は何より、丈太郎の中を、突いて突いて突きまくってやりたい!
「う…っく…いいよ、丈太郎。熱くて、ヒクヒクして……ア、ア、ここ、だよな?丈太郎が、すぐイッちゃう気持ちいいところ。うん、わかってる…こう、こうだろ?」
 きつく締めつけられるのが、気持ちいい。ほんの一瞬、温は苛立つような現実を忘れて丈太郎に腰を打ちつけた。遠慮無く中で吐精して、自分の精液が零れてくるのを確認する。
 口の中に詰めていたものを取ってやると、丈太郎は苦しそうな息をし、涙を溜めた目で真っ直ぐに温を見上げた。怒りと呼ぶよりそれは疑問で、またそれに答える気は温にない。
「なん、で……」
「無くしてしまったんだ。お前も、俺も」
 悲しい声音が白い世界に響いて、それが何なのか丈太郎にはわからないけれど寂しいことなのだ…そう理解して、世界で二人だけというのは、随分と静かなのだなと思った。


  2007.01.18


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