三蔵×悟能(7)

驚くことに。
 こんなふうになってしまったのに、三蔵と悟能はこの後に及んで、ふたりの関係は周囲に隠しおおせていると思っていた。
 悟能が傍にいればもうそれだけで盛ってしまうような状態なのに、そう、神聖な講堂でだって諸仏の前でだって抱いてしまうくらい欲望を止められないのに、秘密にしておけるわけがなかった。
 ただでさえ目立つ最高僧様のこと、壁に耳あり障子に目あり、噂にならぬわけがなかった。
 それに、悟能は不自然なくらい美しくなった。もともと美童ではあったが、年頃を向かえて花ひらいたように綺麗になった。
 背が伸び、手足がすらりと長くなった。ふっくらとした少年らしい頬はやや肉が落ちて細くなり、いままでの可愛らしいという印象がどちらかというと綺麗に変わった。
 美少年から美青年に変化する前の危うくも儚げな美しさだ。整った顔立ちに浮かぶ優しい笑顔など見惚れてしまうほどだった。
 そして、何より以前よりも艶めかしい。子供の無邪気さが消え、万事控えめで、その癖、恥らうようになった。しかも、そんな様子がよけいに男心をそそる。
 というわけで、誰かが悟能の瞳にうっかり心奪われていたりすると、金の髪をした最高僧様がいつの間にか飛んで来て、悟能を自分の背後に隠し、ボディガードよろしくガンを飛ばしてくる。
 そんな有様だった。
 悟能に言い寄ろうとして、三蔵様に咥えタバコで睨まれた者は数知れない。人を殺せそうな目つきで睨んでくる。これではふたりの関係を邪推するなというのが無理だった。
――――三蔵様はあの稚児を毎晩、抱いておられるそうな。
――――灌頂の儀式もされないでか。
――――破戒僧とは言っても、それは……。
 周囲の人々は何かと取り沙汰した。困ったことだと言い合った。慶雲院のこの美しい一対は、耳目を集めるに充分だった。
 三蔵様が非公式に美童に狂っておられる。毎朝の勤行もないがしろにするほど、稚児に溺れておられる。そんな不名誉な噂が桃源郷に流れるのは、目に見えていた。



 そんな日々が続いたある日。
 とうとう、三蔵はまた院内の僧に呼び出された。
 朝の勤行を済ませた後、今度は本堂の隣の部屋へ強引に引っ張っていかれたのだ。



「以前から申し上げているとおり、灌頂をあの稚児にして頂きます」
 メガネの学僧はむっつりと三蔵に言った。
「何? 」
「あの悟能とかいう童(わらわ)ですよ。――――いえ」
 学僧はごほん、とひとつ咳をした。
「もう、童という風情ではありませんな。もう、なにやら――――」
 確かに、悟能はもう童とは呼べない。オスの欲望を常に受け止めさせられているので、もう無邪気な少年の雰囲気はなくなってしまっていた。今は三蔵の欲望を煽ってやまない。ひたすらに艶めかしかった。
「愛人、みたいな」
 学僧はぼそり、と言った。かけているメガネが白く光った。
「何が言いたいんだ、てめぇは」
 三蔵は不機嫌だった。
「もう、ごまかせません」
 きっぱりと学僧は言った。
「……」
 三蔵はむっつりと黙り込んだ。スネに傷を持つ身の悲しさ、あまり正面から反発することもできない。舌打ちしながら、懐を探り、マルボロに火を点ける。
「ですから、最初から手順を踏まれるよう、おすすめしたのです」
 学僧はうつむくとメガネのブリッジを指で押さえた。
「うるせぇ」
 三蔵は横を向いたまま、タバコの煙を吐き出した。
「このままでは噂になります。いえ――――」
 学僧は言いにくそうに続けた。
「もう、みんな既に噂をしております」
「なんてだ」
「三蔵様は黒髪の稚児に夢中で、毎晩のように抱いておられると」
「…………」
 本当にそのとおりだったので、反論もできなかった。
 もう、一日だって抱かずには躰が疼いてすまなかったのだ。悟能のいない夜など、考えたくとも考えられなかった。
 学僧は一瞬、三蔵の目に浮かんだ動揺を見逃さなかった。
「灌頂の日取りはこの辺りなどがよろしいかと」
 自分の手帳を取り出すと彼は素早くカレンダーを指し示した。
「クソ面倒臭ぇ」
 三蔵は眉間に皺を寄せてぼやいた。しかし、もうどうにもならなかった。
 何しろ、この儀式をしないことには、悟能を傍に置いておけない。もう、そんな状況になってきていたのだ。
 稚児灌頂とは、言ってみれば高僧と稚児の結婚式のことだ。この儀式を済ませることで、晴れて稚児は菩薩の化身となり、正式に僧と契りを交わすのだ。
「面倒臭ぇ」
 三蔵は誰もいないのをいいことに、昼の間中、ずっと自分の執務室で密かに唸っていた。



――――そんな日の夜。
「上手になったな」
 三蔵は悟能の黒髪を指でもてあそび、大きな手で優しく撫でた。従順な下僕に対するご褒美といったところだ。
「は……」
 悟能は三蔵に教えられたとおり、舌先を三蔵の先端へ這わせ、突付き、舐めまわしている。
「ふ……」
 しばらく、肉冠の先端にある割れ目にいたずらするように舌を絡める。ちろちろと踊る赤い舌が卑猥だ。
「口を開けろ」
 悟能は命ぜられるがまま、小さく口を開けた。そこへ太くて硬く猛ったものが突っ込まれる。
「ぐ……」
「ちゃんと舌を使え」
「ふ……」
 ぴちゃぴちゃという淫らな音が、薄暗い灯火のみの部屋に響く。中華風の窓の格子がぼんやりと浮かびあがっている。
「は……む」
 必死で奉仕する悟能だったが、まだ三蔵のを全部は口に咥えられない。
「ん……ん」
「くすぐってぇ」
 三蔵が喉で笑った。
「もっと強くだ」
 膝の側面で悟能の頭をこづく。少年はいじらしくも、頭をかすかに上下に振った。わがままな主人のいいなりになってすべてを受け入れている。
「そうだ……そう」
 悟能の舌が、イイトコロを這ったらしく、三蔵は一瞬、躰を反射的に仰け反らせた。
「ぐ……」
 奥まで咥えすぎて、苦しくなったらしい。
「ふ……ぐッ」
 一瞬、苦しさに離れようとした下僕の頭を三蔵は手で押さえつけた。悟能の黒髪をわしづかみにする。
「……ぐ! 」
 ふさがれた悟能の口から、苦しげな声が漏れた。三蔵は自分から快楽を追い、悟能の喉の奥をつく勢いで動いた。
「ぐふッ……ぐッ」
 むせることも許されない。悟能の目の端に涙が滲む。永遠かと思うほど長く、悟能は口を犯されていた。
「かはッ」
 三蔵に押さえつけられていたものの、隙を見て悟能は首を振って口から怒張を外した。ねばつく体液が口と性器に橋をかける。悟能は咳き込みつつ言った。
「さんぞ……さんぞ、無理で」
 弁解は許されなかった。叱るような激しい勢いで、再び大人の男の腕が――――三蔵の腕が伸びた。
「誰が止めていいと言った」
 閉じた歯の間へ、張り詰めた肉塊が突きつけられる。
 今まで、念入りに仕込まれていた成果だろう、悟能はどこまでも三蔵に逆らえなかった。健気に口を開けた。
「ううッ」
 幼い悟能に比べると、三蔵はおそろしく長く太かった。
「最初に俺のを抜いといて、てめぇを楽にしてやろうってんじゃねぇか。ありがたいと思って、ちゃんと舐めろ」
「ひ……」
 やがて。
「……!」
 激しく三蔵は腰を使うと、悟能の口中に放出した。口いっぱいに生々しい精液の味が広がる。三蔵はようやく、悟能から自分の性器を引き抜いた。
「飲め」
「う……」
 自分の白い体液で汚した悟能の唇を見つめ、三蔵はその細いおとがいを指でつまみあげる。やがて、こくん、と悟能の小さな喉仏が蠢き、三蔵のものを嚥下した。
「ん……」
 苦しげに咳きこんだ。夜毎、要求される濃密な性交に、まだ幼い躰がついていかない。
 息の乱れた稚児を、最高僧はしばらく自分の腕に抱いていた。先ほどまでの激しいふるまいに比べ、優しい手つきだ。しかし、そのうちまた我慢ができなくなったらしい。
「脚を開け」
「さん……」
 ようやく、息の整った悟能は三蔵の腕の中で厭々と首を振った。
 できない。翡翠色の瞳の端には涙が滲み、きらきらと光っている。
「うるさい。脚、開け。さっさとしろ」
 最高僧はどこまでも権高だった。折檻に似た激しい行為を挑まれ、ぐったりした躰を開かされる。
「さ……! 」
 悟能は、最後までご主人様の名前を呼べなかった。三蔵はそっと自分の顔を寄せ、そのまま――――悟能の敏感なところを舐め上げた。
「あ……! 」
 悟能の甘美な地獄はここからが本番だった。



「三蔵×悟能(8)」に続く