三蔵×悟能(6)

 そんな調子で日々は過ぎていった。
 三蔵の姿を見ただけで躰が疼く。そんなふうに悟能は三蔵に仕込まれつつあった。残酷で甘い拷問のような毎日だった。
 そう。三蔵は悟能にとって全てだった。
 夜がくればもちろん。昼だろうと三蔵が空いている時間があればふたりで抱きあうようになってしまった。
 悟能が嫌がるのも構わず、誰もいない講堂の片隅で交わったことすらあった。 三蔵が大きな法要の際に、講堂で説法をした後のことだ。迎えにきた悟能のことを犯したのだ。
 三蔵法師の正式な衣を身につけたまま。



 厳粛な講堂に、悟能の喘ぎ声が漏れる。ヒノキでできた太い梁の間へ艶めかしい声が反響する。
「はぁッ……はぁッ」
 悟能は三蔵ので突きまわされればされるほどに熱く蕩けていった。
「誰か……誰か来……ます」
「来ねぇよ」
 三蔵が妖しく囁く。説法が終わったときの華やかな袈裟やら冠やらをつけた格好のまま、悟能を犯していた。
「オマエが大声を立てなきゃな」
「……! 」
 講堂の板張りの床に、悟能は引き倒されている。三蔵の着けている煌びやかな袈裟が、肌に直接、当たって冷たい。
「はぁ……あ」
「イイか。イイんだな」
 どうしてこんなことになったのかも、悟能には分からなかった。説法の済んだ三蔵を、お迎えに来たら、黙って抱き寄せられた。
 それがきっかけだった。抱き寄せられれば、肌と肌をあわせれば、もっと深く繋がりたくなってしまう。ただそれだけだったと思うのだが、いかんせん場所が問題だった。
「いけません……いけませ」
 悟能の声を最高僧は傍若無人な調子でさえぎった。
「うるせぇ」
「あぐッ」
 三蔵が一層強く腰を使い出した。
「はぁッはぁッ」
 悟能は仰け反った。もう声は抑えようもなかった。
「おい」
 喘ぐ悟能の手をとり、三蔵は自分と繋がっている箇所にまで導いた。
「分かるか」
「……? 」
 無理な体位で悟能は腕を伸ばすのを強要されていた。犯されている後孔と、三蔵の肉棒の感触が指にあたった。
 肉の環はとろけて柔らかく、くにゅくにゅになって三蔵の太くて硬いのを受け入れていた。恥ずかしくて、悟能は目を伏せた。顔を三蔵からそむけようとする。
「分からねぇのか」
 三蔵は薄く笑った。自分のペニスの幹を、悟能に触れさせる。
「確かに、オマエん中に挿ってるよな」
「さ、さんぞ……」
 どうしてこんなことを訊ねるのだろうと、悟能が首を捻る前に三蔵は続けた。
「でも、まだココが余ってるだろ」
「え……」
 悟能は目を見開いた。
「要するに」
 三蔵は唇の端をつりあげた。
「まだ、全部俺のが入ってねぇんだ」
 妖しい笑みだった。嗜虐的な表情だ。
「コレを全部最後まで挿入してやる」
「や……! 」
 悟能は悲鳴を上げた。悟能を抱くとき、三蔵は半分くらいの浅い挿入で、ずっと我慢していたというのだ。
「やめ……さんぞ……許し」
 悟能がうわ言のように呟くのもかまわず、三蔵は深く突き入れた。
「あぐッ」
「根元まで……入ったぞ」
 三蔵が熱い声で囁く。
 悟能はいままで感じたことのない強烈な感覚に仰け反った。
「どうだ」
 ぐいぐいと三蔵が腰を突き出す。生え際まで肉の環に触れるくらい深く躰を重ねあっている。
「ああッ……あああッああーッ」
 悟能はがくがくと痙攣した。脳が真っ白になるくらいの感覚が、全身を襲った。
「はぁっはぁっ」
 耐え切れなかった。勃ちあがって収まらなくなった屹立から、白い体液を吐き出してしまった。
「……てめぇ」
 三蔵は嗜虐的な表情を浮かべた。遂情の声をあげて悦がる悟能に構わず、これでもかと突き上げる。
「もう、イッたのか」
 ぺろり、と三蔵は悟能の耳を舐めた。
「深い方がイイんだな。奥まで犯されるのが好きか」
「さんぞ……さま……ああ……」
 しなやかに筋肉のついた腹部を自分の吐き出した精液で汚したまま、悟能は三蔵の肉棒を受け入れている。
「ひとが……ひとが来……たら」
 腰から下が蕩けてなくなってしまいそうな感覚に襲われながらも、悟能は言葉を継いだ。
「さんぞ……さまが」
「破滅だな」
 三蔵は冷静な声で返事をした。
「オマエはどうする。尻剥き出しで俺のを叩き込まれて、ぐちゃぐちゃにヤられちまってるとこを他のヤツに見られたら……どうする」
「……! 」
 悟能は首を振った。三蔵がなんでこんなことをするのか、分からなかった。
「それとも、見られたいか」
「止め……ッ」
「嘘つけ。すっげぇ感じてんじゃねぇか」
「さんぞ……さま」
「きゅうきゅうに締め付けてくるぞ。……本当は見られたいのか。こういうのが好きか」
 毒に似た言葉を注ぎ込まれる。ほんの少し前までは、性のことなど何も知らなかったのに、今や悟能は三蔵から与えられる被虐的な快楽の虜になってしまっていた。
「くぅッ」
 悟能は耐え切れずに喘いだ。歯を食いしばっても噛み締めても、悦がり声が漏れてしまう。
「さん……」
 悟能は下肢いっぱいに三蔵のを叩き込まれながら、薄目を開いて三蔵の姿を見つめた。視界いっぱいに三蔵の美々しい姿が映る。高い位を示す尊き金の冠、高貴さ漂う頭巾、白い法衣に金襴の袈裟。
 そんな姿で情欲に取り付かれ、法衣の前を開けて悟能を穿っている。
「ああッ」
 悟能は溺れるひとのように、三蔵の美々しい法衣に手をのばした。必死になってつかむ。
「ひぃッ……ッ」
 腰をまわして肉棒で悟能を捏ねるような動きを、三蔵は繰り返した。眉根を寄せて、初々しい悟能の肢体を貪り味わっている。
「イイ……たまらねぇ」
 押し殺した呻き声と共に、三蔵が呟く。
「あッ……ッ」
 悟能の細腰が、三蔵の動きにあわせて上下する。まだ、完全に男になりきらない中性的な色香が、三蔵の理性を粉々にし、根こそぎ奪い尽くす。
「悟能……俺は」
 三蔵は一瞬、穿ちながら、相手の躰をきつく抱き締めた。
 まるで、それは――――
 そのままひとつに溶け合ってしまえばいいかと願っているような様子だった。
「くぅッ」
 穿たれ、男の肉塊を奥まで咥えこまされ悟能が震える。限界が近い。
「あああッ」
 三蔵の腕に抱え込まれている悟能の脚が痙攣する。感じ過ぎて脚のつま先まで反った。足の指をきゅう、と丸め足裏の方へ折りたたむ。
「あーッあーッああ……ッ」
 悟能の遂情する声が、講堂に響いた。こればかりは抑えようがない。淫らな歓喜の声だ。
「……く」
 収縮する内部に誘われ、三蔵も自分の全てを悟能の中へ吐き出した。腰を震わせて射精し、悟能の中へ精液を注ぎ込んでいるのが、着衣のままでもよく分かる。
「……はぁ」
 最後の一滴まで注ぎ込むと、三蔵はようやく悟能から躰を離した。ずるり、と粘膜と粘膜が擦りあう艶めかしい感覚とともに肉棒が抜かれる。
 感じ過ぎて一指も動かせない余韻にひたりながら、悟能は三蔵と唇を絡め合わせた。
「あ」
 悟能は、今の今まで自分が三蔵の白い絹の法衣を握り締めていたことにようやく気がついた。
 慌てて手を放したが、それは悟能がつかんだ形に沿ってひどい皺になり、手を放したくらいでは布地が戻りそうになかった。
「す、すいません。すいません戻ったらすぐ……」
 悟能は手で、なんとか皺を元に戻そうと両手で上等の布地を擦った。
「おい」
三蔵は慌てている悟能に声をかけた。
「そんなに指で触るな。……余計、いろいろつくだろうが」
 三蔵の指摘どおりだった。長い間躰を絡め合っていたので、悟能の手には、三蔵のとも悟能のとも知れぬ体液がべっとりとついていたのだ。
 おかげで、三蔵法師の正式な衣裳である白衣は皺になった上、あっという間に精液で汚れてしまった。
「わ、わわッ」
 悟能は慌てたが、どうにもならなかった。
「洗いに出すしかねぇな」
 悟能の着ている、普段着の水干だの衣だのとはわけが違う。桃源郷、最高僧様のハレの日のお召し物だ。
 こうした衣裳は、洗うのを専門にしている下働きの僧や業者にやらせるのが普通だ。なにしろ高価な正装である。手洗いで丁寧に汚れを落としてくれることだろう。
「だ、だめです」
 悟能は顔を真っ赤にして言った。
「あ、洗ったりなんかしたら」
 何の汚れか専門の業者ならばピンとくるに違いない。
「フン。それじゃどうすんだ」
 三蔵は乱れた髪を軽く手で整えながら言った。懐へ手をやってタバコを探している。
「僕が洗います」
「無理だろ」
「僕が洗います。僕が……」
「……」
 三蔵が覗き込むと、悟能は恥ずかしそうに顔を下に向けてうつむき、涙ぐんでいた。
「三蔵様が悪いんです。僕に、こんな……」
 泣きそうなのをこらえようとしているらしい。悟能は歯を食いしばった。
「こんな……恥ずかしいことばかり」
 悟能の着ていた着物は、三蔵に肩のところが破かれていたし、他に着ていた衣もみな、交合の下敷きにしてしまったため、ふたりぶんの体液だの汗だのでぐしゃぐしゃだった。
「おい」
「僕のことがお嫌いですか」
「おい」
 悟能は多感な時期の少年だった。自分に加えられた無体について、いろいろ思い出したらしい。勝手に落ち込んでいる。
「いいえ。三蔵様は僕のことが嫌いなんです。嫌いじゃなかったら苛めたいんです。じゃなかったら、こんな……こんなところで」
 それ以上、悟能は言葉を続けられなかった。ぎりぎりのところで泣くのを我慢していた。
「分かった」
 三蔵は珍しく優しい声を出した。
「泣くな」
「僕は泣いてなんかいません」
「泣くな」
「僕は泣いてなんかいません」
「ガキが」
「僕はガキなんかじゃありません。貴方は意地悪です。意地悪で意地悪で意地悪で意地悪で……」
 目元を涙で濡らしながら、悟能は言った。そんな悟能に、三蔵が腕を伸ばした。長い袖の衣で包むように優しく抱き締める。
「俺が悪かった」
 漏れたのは、意外な言葉だった。傲慢不遜な三蔵様の言葉とも思えない。
「だから、泣くな」
「……あ」
「泣くな」
 三蔵は悟能を抱きかかえたまま、そっと囁いた。珍しいこともあったものだった。
「俺はオマエを」
 言葉は途切れた。三蔵が悟能のおとがいを指で上へ向け唇を重ねたからだ。
 甘いくちづけだった。
 可愛いのに、めちゃめちゃにしてしまいたくなる。そんな三蔵の心境を悟能が理解できるはずはなかった。

そして。
 この後、三蔵はこの日着ていた白絹の法衣について、誰に尋ねられても「無くした」と言い張ったという。



「三蔵×悟能(7)」に続く