三蔵×悟能(5)

それから
 慶雲院で、
 悟能は色気が出てきたと、もっぱらの評判だった。
「おい、拾われッ子」
 周囲の坊主どもは、はやしたてた。
「三蔵様はたっぷり可愛がってくれるみたいだな、ええ? 」
 無言で悟能は黒縁のメガネをかけなおした。不愉快だった。翡翠色の瞳がきつく細められる。
「何を言ってるんですか、くだらない。暇ですねぇ貴方がたは。全く」
 減らず口は相変わらずだった。
 人々とすれ違うとき、たいてい、悟能は三蔵の使う仏具を盆に載せて掲げ、稚児の装束を着込んでいた。
 絹のごとく光る黒髪は額を飾り、花に似た唇は皮肉な調子につりあがっている。綺麗な悟能が悪態をつくと、それはそれで風情があった。薔薇に棘というやつだ。
 どこの格式のある寺にだって、これほど美貌の中童子はおるまい。
 すんなりした柳腰を捻り人々へ背を向けると、長い袖が風を受けてそよぐ。まるで一幅の絵のようだ。そんな悟能の様子を懲りもせずに周囲は噂した。
「隠したってわかる。悟能の奴。ありゃ、最近、抱かれたに違いない」
「そうよ、子供子供していたのがいつの間にかすっかり色っぽくなっちまって」
「下男がいうにゃ、最近、三蔵様の部屋から、すすり泣くような声が聞こえるとよ」
「悟能の声か」
「違いない。やけにあのガキ綺麗になった」
「見てるとたまらねぇ」
 口々に呟かれる言葉には、欲望と羨望と嫉妬が滲んでいる。
「ヤってみてぇ。あんなガキを一晩自由にして――――」
「シッ。聞こえるぞ」
「稚児を持ちたきゃ、高僧にでもなるんだな」
 卑猥な口調で僧達は囁きあった。
「全く、三蔵様が羨ましい。あんな綺麗なガキと毎晩おたのしみなんだからな」
「高僧でもねぇ俺らなんかにゃ、一生そんないい目なんかあるモンかよ」
「あーあ」
 あるものは羨み、あるものはぼやきながら、小さくなってゆく悟能の後ろ姿を食い入るように眺めていた。



「三蔵様」
 悟能は本堂で経を上げている三蔵の背後へ近寄った。法要の真っ最中だ。
「こちらを」
 盆をかかげて座り、畏まって頭を下げた。金色の仏具が並んでいる。
「ああ」
 壇上の三蔵は短く答えると金づくりの鈴を手にとりあげた。仏敵退散の鈴だ。仏を歓喜させ衆生を目覚めさせるといわれている。経にあわせて荘厳な鈴の音が本堂に響いた。
 今日の三蔵は正式な法師の格好をしている。絹の頭巾を被った上から輝く金冠をつけ、白い衣に金襴の袈裟を身に着けている。
 頭巾で隠し切れない金色の髪、高貴な紫色の瞳とあいまって、まさに仏神の化身かと思われるほどだ。
 三蔵が壇上で経を唱えれば、その声はろうろうと堂内に響き渡る。周囲の僧達は厳粛な面持ちで合掌した。九重の天へも届くと思われるようなありがたい経が流れる。
 そんな儀式を取り仕切る三蔵の横顔は、最高僧としての権威に満ちて美々しい。厳かな経の音と、香の匂いが充満し、聞くものに生きながらにして涅槃に到ったとの錯覚を与える。
 悟能は役目が終わると、その場を目立たぬように退いた。戻って三蔵の居室を整えたり、方丈の前の庭で花を摘んだり、他の僧にからかわれたりしていた。



「クソ面倒くせぇ」
 居室にお戻りになると、玄奘三蔵法師様はすかさず舌打ちをひとつくれ悪態をついた。
 黙っていれば、人ではなく神かと思われるほどの美々しさなのに、見た目と中身は天と地ほど違うというよい見本だ。
「あんな法要、やる必要ねぇ。馬鹿くせぇ」
 三蔵様は今日も不機嫌だった。悟能の掲げた盆の上から、酒のとっくりをひょいと取り上げる。ストレスがたまっていて飲まずにはいられないようだ。
「しかし、今日の法会は観世音菩薩様のための」
 悟能が朱塗りの盆を抱えたままおずおずと言った。寺は行事が多い。小さなものなら毎日、大きなものなら一週間に一度は仏事がある。今日は観音経を読むための法要だった。
「だからだ」
 三蔵は眉間に皺を寄せたまま口を歪める。
「あんなババァのために読む経なんざねぇだろが。くっだらねぇ」
 手元に置かれた白い陶器の猪口を手にとった。すかさず悟能が酒を注ぐ。
「明日は経なんざ俺はあげねぇ。連中にそう言っとけ」
「さ、三蔵様」
「うるせぇ」
 三蔵は猪口に口をつけると一気に飲み干した。
「それに……知ってるか。お前ら稚児は観世音の化身なんだとよ」
「え」
 悟能がびっくりしたように、目を大きく見開く。
「気色悪ィな。オマエがよりにもよってあんなババァの身代わりなんざ」
 じろりと横目で三蔵は悟能を見た。
「さ、三蔵」
「要するにな」
 三蔵は酒を飲みながら悟能の細腰へ手を伸ばした。浅黄の水干に紫色の袴、そんな装束の彼の腰帯を解いてゆく。
「さ、三蔵……様」
 構わず三蔵は指を唾で濡らし、悟能の袴(はかま)の中へ腕を差し入れた。これでは、まるっきりエロ坊主だ。
「……オマエのココで」
 三蔵の指が尻へと伸び、悟能の双丘の間まで這ってきた。きゅっとつぼんだ可愛らしい蕾を、三蔵の長い指がいたずらに突付きまわす。
「清められるんだとよ。ま、坊主が稚児を置くための方便の一種だな」
「……あ! 」
 まだ、悟能は三蔵をちゃんと後ろで受け入れていない。幼かったし、何より怖がるのでなかなか上手くいかなかったのだ。
「や……そんな……」
 三蔵の中指が侵入してきて、第一関節まで差し入れられると、悟能は躰を震わせた。
「なんだ、イヤか」
 三蔵は低い声で囁いた。酒のせいか、白い頬はうす赤く朱が差している。
「……今日は我慢できねぇ」
「三蔵様ッ」
 稚児は観世音菩薩の化身だから、契っても淫したことにならぬ、などと言うのは、確かに女を犯すことを許されぬ坊主どもの詭弁に違いなかった。
 とはいえ、悟能のような稚児の肛を「法華花」などと称し、契れば契るほど功徳が増し涅槃へ近づけるなどといっているのだから、ある意味、罪なことではあった。
「さん……さんぞ……さま」
 いつの間にか、三蔵は相手の衣を剥ぎ取り、床へと押し倒していた。
「袴を脱いで尻をこっちに向けろ」
「さん……! 」
「いいから、早くしろ」
 気短な調子でいうと、悟能の頬を舐めた。
「う……」
 悟能の役目は三蔵様のお世話全般だった。そして、もちろんそのお世話には夜の伽も入っているのだと知ったのは、つい最近のことだった。悟能は縋るように三蔵を見上げた。紫暗の鋭い視線とぶつかり、身を竦める。悟能は忠実でけなげだった。三蔵に逆らうなんてまねはできなかった。

 そんなわけで。
「あ……」
 観念したように、うつ伏せになって悟能は三蔵に裸の尻を向けていた。水干の衣は剥ぎ取られ、一番下にきている簡易な着物を身に着けているだけだ。
 帯はとかれ、三蔵の指の腹で、乳首を捏ねるようにされている。そんな状態で悟能は三蔵に尻を捧げていた。
「よく見えねぇ。もっと高くあげろ。これじゃ上手く舐められないだろが」
「……ッ」
 恥ずかしい命令に、悟能は目元を赤くしながら、健気に従っている。
「あッ」
 三蔵の舌が、後孔の窄まった場所を這った。舐めすすられる。
「さんッ……さんぞ……さ」
 ひくんひくんと敏感な肌がおののく。甘美な感覚が三蔵に舐められるたびに走った。ぴちゃ、ぴちゃという音が、下肢から立ち、悟能は脱がされた自分の着物を手に握り締めた。
「あっあっああッ」
 ぞろり、と三蔵の舌が粘膜の内側へ差し入れられた。
「やっ……やっ」
 熱い感覚が内部に走り抜ける。肉筒がひくついた。
「『環抜き』ってのを念入りにやらねぇと入らねぇな」
 三蔵が指を出し入れするたびに、卑猥な音が立つ。悟能はいやいやするように頭を横へ振った。
「さん……」
 いつもこれ以上は我慢できぬ濃密な愛撫を加えられ、のたうって三蔵に許しを請う悟能だったが、三蔵のを躰に受け入れるのは、まだ怖くてできなかった。
 三蔵も幼い悟能相手には、憐憫が湧くのか、この男にしては珍しいことに無理強いしなかった。
 しかし、今日は多少酔っていたのかもしれない。
「いい加減、挿れさせろ。もうこれ以上は我慢できねぇ」
「あ……」
 三蔵はどこからか香油を取り出し、悟能の肉の環へ垂らした。そのまま指にも香油を塗れさせると、容赦なく指で肛を穿った。
「ひっ……! 」
 悟能は悲鳴をあげた。きつい愛撫に身悶えした。ぬりゅ、と簡単に三蔵の指が次々と飲み込まれる。
 初めて自慰を覚えさせられてからというもの、毎夜のように悟能は三蔵にもてあそばれていた。眠れぬ夜の聖なる儀式のごとく、三蔵は悟能と性的な快楽を共にしていた。
 そんな毎夜の行為にならされたのか、いつの間にか少年は、三蔵の指が怖くなくなっていた。
 いや、怖いどころか、この長く優雅で、しかし銃を使い慣れた男っぽい指に、肉筒をかきまぜられると、すぐに涙を流して躰を震わせ達してしまう。
「さんぞ……さんぞ」
 今日は念入りに香油まで塗ったので、ことさら深く指を飲み込んでしまっていた。
「今日は抱く。いいな」
 権高な調子で三蔵は宣言した。びくんと悟能の白い肌が震える。
「さんぞ」
「我がままいうな。もう耐えられねぇ」
 ぬる、と熱い感触が走った。息づく三蔵の怒張が押し当てられたのだ。三蔵は丁寧に自分の太いそれにも香油を塗した。
「いいか、力を抜け」
「や……」
 三蔵の手は悟能の前を卑猥な手つきで扱いた。敏感な肉体はひとたまりもなかった。
 香油に塗れた指で、亀頭や裏筋を擦り上げられると、悟能はすぐに悲鳴のような声で喘いだ。
「ああッああッ」
 内股の筋がびん、と張った。尻肉がふるえ、ひくひくとわななく。快美に緩んだ淫らな肉を、三蔵は許さなかった。
「う……! 」
 肉の蕾に押し当てられていた三蔵の性器が、めり込むように挿入される。
「や……無理……で」
 悟能はあがいた。脱がされた衣の袖を握り締め、悲鳴を上げてしまう口を塞ごうと布を咥える。
「ん……! 」
「く……」
 三蔵は荒い息を吐いた。なだめるように犯している肉体の背中を手で撫でさする。
「ああッ……ッぐぅッ」
 布だけでは足りぬと、悟能は自分の手を噛んだ。叫んでしまいそうだった。
「ううッ……うっ」
 自分の内部で、三蔵の性器が息づき、いっぱいになっているのが分かる。
「あ、ああ」
 悟能は頭を振った。気がおかしくなりそうだった。
「少しは、入ったな」
「え……」
 三蔵の呟きに、悟能は閉じていた目を見開いた。尻の孔はこれ以上ないほど熱かったが、まだ完全に三蔵を受け入れきってはいないらしい。
 獣の体位で交わることを強要されていたので、首をねじまげなければ三蔵の姿は見えなかった。
「あ! 」
 三蔵が腰を引いた。内部に蕩けるような熱さが広がった。
「んぅッ」
 ざわざわと鳥肌の立つのに似た快楽が肌を走り、腰をぐずぐずに崩れさせ溶かしてゆく。悟能は初めての感覚にわなないた。ひたすら熱かった。
「ひぃッ」
「クソ……」
 三蔵といえば、身動きできなくなっていた。悟能の肉体は甘美だった。
 しかし、華奢で欲望のまま抱いたら壊してしまいそうな未成熟な躰だった。三蔵の全てを収めるには、まだ悟能は幼かった。
 しかし抱かずに許してやるわけにはいかなかった。既に三蔵はこの艶めかしい肉の虜になりつつあった。
「きつい。少しはゆるめろ、食いちぎる気か」
 経験のない悟能に向って、三蔵は非情なことを要求した。
「ひろげたり、締めたりしてみろ。てめぇのは締まるばっかりだ」
「あ……! 」
 無理だった。
「ああっ……さんぞ」
 三蔵が腰を引くたびに、きゅうきゅうとナカが収縮し、三蔵が突き入れるたびに、条件反射でやはり肛の孔を締めてしまう。
「……きついってんのが、聞こえねぇのか」
「あぅッ」
 悟能は口をぱくぱくと開けたり閉じたりした。三蔵に抱かれるのは甘美な経験だっ
たが、なんにせよ、初心すぎて性的な技術がついていかない。
「ひぐっ」
三蔵は、悲鳴をあげる悟能の背に舌を這わせた、同時に胸の乳首に指を這わせてつまみ、捏ねまわした。
「あッあッあああああッ」
 逆効果だった。緩めるどころか、悟能は躰を捩るようにして、きゅうきゅうに三蔵を締め上げる。
「クソ……」
 三蔵は舌打ちすると、力任せに突き上げた。悟能が苦痛とない交ぜになった声をあげる。
「痛ッ……さんぞ」
 しょうがなかった。三蔵が快楽を追おうとすれば、悟能を傷つけてしまう。
「……もう抜くからオマエが手で扱け。いいな」
 三蔵は諦めたように告げると、後ろから自分を抜いた。悟能が寄せていた眉の間をほっとした様子で開く。不慣れな性行為にガチガチに緊張していた。
「ったく」
 三蔵は自分を抜くと、悟能の躰をあおむけに裏返した。
「は……」
 悟能は言われるがままに、太いペニスへ手を伸ばして指を走らせた。裏筋をうまく刺激しようとおぼつかない手で扱きあげる。ぬちゅぬちゅ、と先走りの体液と潤滑油が指の間で交じり合い、卑猥な音を立てた。
「……イイ」
 三蔵が呻いた。引き締まった腹筋に快楽の汗が滲んでいる。
「どこに出して欲しい。言え。顔か、それとも躰か」
「……さん……」
 恥ずかしい三蔵の言葉に、頬を染めていると、突然、頭の髪の毛をわしづかみにされた。
「ぐずぐずすんな。決められねぇのか。オマエが決めないなら俺が決めてやる」
「……! 」
 血管の浮き出た怒張を眼前につきつけられた。
「う……」
 瞬間。
 悟能の綺麗な顔に精液がかけられる。粘凋な白い体液は、悟能の鼻筋を汚し、頬を流れあごへと滴った。
 一番最初に吐き出した分だけではおさまらなかった。三蔵は整った悟能の顔を汚すことで意外なほどの興奮を得てしまったらしい。次々と放出される熱い体液で悟能の顔は汚れきった。
「さん……」
 目があけられない。かなりまともに被ってしまったのだ。
 まだ、セックスのことも
 三蔵のことも、大人の男の生理もよくわからず、言いなりのまま白い体液に塗れている。
「口を開けろ」
 欲望で熱く掠れた声がした。
「……! 」
 悟能に拒否する間もあたえず、まだ張り詰めて硬さを失わない三蔵のモノが唇に押し当てられる。
 先端からねばねばとした白い精液を滴らせたソレ特有の匂いに、悟能が反射的に顔を背けるが、三蔵は許さなかった。
「吸え」
 内部に残る最後の一滴まで吸い出すのを要求される。オスの性器で唇を嬲られた。
「うぐ……」
 悟能がその口を小さく開ける。白い清潔そうな歯が上下におずおずと開いた。たちまち荒々しく肉棒を突っ込まれる。
「はぐ……ぐ」
 涙を滲ませながら、舌で奉仕し、三蔵のを吸出し飲み込む。
「そうだ上手い。上手だ」
 そんな悟能に三蔵ははじめて優しい声をかけた。
「あ……」
 きつく容赦なく抱かれているのに、背徳的な行為に意識も脳も痺れた。悟能がむせて咳き込み口を開けペニスを吐き出した。苦しかった。
 三蔵のは大きくて咥えきれないのだ。三蔵の性器の先端と、悟能の舌に透明な体液が糸を引く。もう、悟能の唾液なのだか、三蔵の精液なのか、よくわからなくなっている。
「さんぞ……」
 悟能はそのまま、三蔵に髪をわしづかみにされたまま、崩れ落ちた。前のめりに倒れる。散々いままで貪った可憐な肉体を、三蔵はあわてて支えた。
「おい! 」
 まだまだ、不慣れで初心なのに、夢中になってしまった。少々無体なことを強いてしまったのだった。
 考えてみれば、何度も肌を合わせ、お互いを慰める行為を交わしてはきたものの、本格的に後孔で三蔵を受け入れるのは悟能にとって初めての経験なのだ。
「チッ」
そうと気がついたときは遅かった。もう悟能との行為に溺れきっていた。
 三蔵はその後、詫びるように悟能の躰をしばらく抱き締めていた。
「悪ィ」
 三蔵は自分の体液で汚れた悟能の顔を、枕元に置いた懐紙でふき取った。精液が目に入ってはいないことを確認すると、胸を撫で下ろした。
 精液が大量に目に入ると失明する危険がある。まだ無垢で良く分かってない悟能はまったくの無防備だった。
「悪ィ」
 三蔵は再び呟いた。愛しくてしょうがないのに、可愛いあまりむちゃくちゃにしてしまいたい衝動に襲われてしまう自分をもてあましていた。
 悟能の顔にくちづけると、そのまま彼の額へ自分の額を押し付けた。
 今度こそ、子供に添い寝する要領で、美貌の寵童を敷布へ横たえると、三蔵は自分もその傍らで安心したように目を閉じた。
 今夜、玄奘三蔵が悪い夢を見ることはなさそうだった。
 そんな調子で日々は過ぎていった。


「三蔵×悟能(6)」に続く