三蔵×悟能(19)


 次の日、
 疲れきっていたのだろう。三蔵は次の日の朝まで起きなかった。

 悟能はそっと身体に回された三蔵の腕を自分から外した。
 それは、一番初めのころの、自分をぬいぐるみのクマか何かと間違えているときのようだった。安心しきった表情で最高僧様は寝ていた。

(三蔵様のお世話をしなくては)
 もう、腰は痛くなかった。若いから回復が早い。そっと木の床に足を着いた。なるべく三蔵を起こさないように静かに歩く。
 簡単に朝の掃除をすませ、いつも三蔵が読む新聞をとりに行く。
 そして、朝食をとりに行こうと身支度をしていると、三蔵が起きた気配がした。
「おはようございます。よくお眠りでしたよ」
 悟能は微笑んだ。実際、いつも傲岸不遜ごうがんふそんな三蔵だったが寝ているときは若干無邪気な表情になった。まるで獅子の子供だ。起きていると凛々しい百獣の王だが、寝ていると猫っぽくなって可愛い。そんな三蔵の寝顔を、明け方こっそり眺めていられたのは幸福だった。
「お食事をお持ちしてもよろしいですか? まだ早いですか? 」
「……おい」
 最高僧様は寝起きだからとばかり言えぬどこか不機嫌な声を出した。
「食事って……お前、どこに取りに行く気だ」
 三蔵は眠そうに顔を手で覆っていた。あまりにも深く眠り過ぎて、きちんと覚醒しきっていない。そんな様子だった。
「え? 庫裡くり(台所)ですけど……」
「……俺も行く」
 三蔵はベッドの上であくびをかみ殺した。
「え?」
「ちょっと顔洗ってくる。待ってろ」

 爽やかな朝だった。
 磨き抜かれた鏡のような廊下には他にひとけはない。三蔵と悟能の歩く足音のみが響く。廊下の曲がり角をいくつか通り過ぎると、気持ちのいい風が通りぬけた。渡り廊下に出たのだ。小鳥の鳴き声が、もみじのこずえの間をくぐるようにして聞こえてくる。この先に庫裡はあった。 
 忙しい時間のせいか、庫裡の木戸は閉じられてはいない。
「すいません」
 悟能は中へと声をかけた。数人の作務衣さむえを着た僧たちが素早い動きで立ち働いている。米のける匂いや味噌の香りがぷん、と立った。野菜の刻まれる音が聞こえ、青菜の水気のある匂いもそこかしこに漂っている。相変わらず、きりりとして清潔な印象の台所だ。
「すいません。三蔵様の朝食を――――」
 手前で青菜をまな板の上で切っていた僧が悟能に気がついた。
「おう。今日は、『あのお方』 じゃねぇんだな。よかった」
 にやにやと相手は笑った。
「なんでお前、昨日は来なかった。どうせ起き上がれなかったんだろ? すっげぇ可愛がられちまったのか? どんな風にヤられたんだ――――ケツの穴が閉じられなくなるくらい、ヤられまくられたのか」
 粘っこく卑猥な口調でからかわれる。悟能の細い身体の上に舐めまわすような視線を走らせた。
悟能は真っ赤になってうつむいた。すっかり昨日のことが噂になってるのだ。
「しかしよ、昨日みたいなことが続くのは勘弁して欲しいぜ。お前じゃなくって最高僧様がわざわざ庫裡へ来るなんて、ぞっとす――――」
「俺が来ちゃマズイのか」
 突然、
 横から口を挟まれて下働きの僧は硬直した。確かにその低音の声には聞き覚えがあった。

 金の髪、紫暗の瞳、整い過ぎて怖いような凍れる美貌。
 確かに可憐な稚児の後ろから現れたのは、
 第三十一代目唐亜玄奘三蔵そのひとだった。
「ひ、ひええええ」
 下働きの僧は、手に包丁を持ったまま、後ずさった。顔が青ざめている。
「くだらねぇこと言いやがって、ゲス野郎が。殺すぞ」
 その紫色の瞳が機嫌悪そうに細められるのを見て、僧は思わず床に突っ伏した。取り落とした包丁が、土間の床に当たり耳障りな金属音を立てる。
「も、申し訳ございませんッ」
 両の手を床の上に揃えて土下座する。
 悟能に手をだそうとした連中が、どんな目に遭ったか、慶雲院中が声をひそめて噂していた。それは凄惨さを極めて過ぎていて、まだそれほど日も経っておらぬのに既に伝説に近かった。
 そう、三蔵の方丈は天井も壁も床も男たちの血で血まみれになってしまい、どう掃除しても汚れがとれない有様だったのだ。
 悟能を汚そうと三蔵の結界に入った僧たちの末路は悲惨だった。あのような無残な姿のまま生きていくのなら、死んだ方がよかったに違いないと誰もが言った。あれでは生きること自体が苦行となっているに違いないと噂していた。

 恐ろしかった。
 この慶雲院の最高僧様はまさに通力広大で、怖いお方だった。
 そう、人というより、その力は神仏に近しい。その額のチャクラはまさに聖別された者のみが許される神威しんいの輝きを放っていて神々しい。
 眼前の僧は、床に額をつけたまま、ぴくりとも動かない。ただ、その背だけがぶるぶると恐怖で震えている。
 悟能といえば、三蔵の後ろでひどく困っていた。三蔵の僧衣の裾をそっと握っている。どうしたらいいか分からなかった。三蔵が怒っているのは自分のせいだと思った。
「もういい。早くメシを持ってこい。早く渡せ」
 三蔵は冷たく厳しい声で命令した。淫らな軽口を叩いた相手を心の底から怒っていた。凍れる炎に似た美貌を嫌悪に歪めている。相手を足蹴にでもしかねない勢いだった。




 帰りも再び、渡り廊下を過ぎ、回廊のような長い廊下を渡って三蔵の新しい居室へ急いだ。
「三蔵様、もう僕は大丈夫ですから、明日からは僕ひとりで――――」
 悟能は朱塗りの長四角のお盆を掲げている。その上には湯気を立てている五穀の少し入ったご飯や、味噌汁などの菜が並んでいる。
「この廊下、ひとけがねぇな」
 三蔵は悟能の言葉へ返事もせず、長い廊下を見渡して、ぼそっと呟いた。三蔵も、両手で盆を持っている。どうもそちらは三蔵法師様ご自身の朝食らしい。
「ひとりでもう、僕は大丈夫ですから」
 悟能は一生懸命に言った。三蔵に恥をかかせたくなかったのだ。
 しかし、
「ひとりで大丈夫だ? 」
 三蔵は悟能の言葉を聞いて、癇症な細い眉をつりあげた。
「大丈夫じゃねぇだろうが」
――――三蔵は怒っていた。
「灌頂の前の日」
 三蔵は感情を無理に押し殺した声を出した。口元を忌々しそうにゆがめる。
「襲われそうになったじゃねぇか。馬鹿が」
 最高僧は朝食を載せた盆を手にしたまま言った。
 悟能はびくっと身体を震わせた。盆を掲げた手が少し震えた。三蔵が口にしているのは、おぞましい出来事だった。思い出したくもなかった。
 ひとりで夕食をとりにいった帰り、渡り廊下で複数の僧たちに襲われた。悟能を輪姦するつもりの男たちに追いかけられ、そして――――。
 あの恐ろしい出来事以来、悟能は多少、感情の起伏が変だった。以前の悟能なら歯を食いしばるようにして耐えたのに、最近はささいなことですぐに涙ぐんでしまうのだ。
「心配してた」
 三蔵は淡々と告げた。
「本当に心配ばっかりしてた。お前をひとりにしたくなかった」
 訥々と三蔵は喋った。少し照れているに違いない。
 こんな風に食事を運んでいるのでなかったら、恐らく悟能を身体ごと抱き寄せていただろう。
「さん――――」
 悟能は顔を赤らめた。こんなに真剣に三蔵に心配されているのが少しうれしかった。
 しかし次の瞬間、三蔵の口から出たのは、恐ろしい言葉だった。
「殺しておけばよかったな。アイツら。運のいい虫ケラめが」
 目つきが、ぞっとするほど冷酷なものに変わっている。
「で、でも」
 悟能は口ごもった。
 結界に触れた僧どもがどんな目にあったか、悟能はその目で逐一見ていたのだ。小皿が盆の上でかたかたと鳴った。恐ろしいことを思い出してしまい、手が震えてしまう。
「彼らは――――大僧正様が、死を選ばせてやった方が慈悲かもしれぬと仰ったくらい、ひどい姿に」
「ハッ」
 鬼畜坊主はその口元に冷笑を浮かべた。人とは思えぬくらい華麗で邪悪な笑いだ。止める間もあらばこそ、声を立てて笑い出した。それは十一面観音の裏側の顔、世の衆生どもの煩悩を嘲笑う暴悪大笑面に良く似ていた。
 果たして、その天人のごとく整った唇から出たのは、
「虫ケラどもが苦行林へ行かずとも、仏と同じ苦行が出来るようにしてやったんじゃねぇか。やつら畜生をこの最高僧様が直々に菩薩の道へ導いてやったんだ。ありがたいと思いやがれ」
 そんな慈愛に満ちたお言葉だった。
「さん――――」
 悟能はなんといっていいか分からず、盆を手にうつむいた。木目も美しく鏡のごとく磨きこまれた床に、三蔵と自分の影が映っている。廊下は終わりに近かった。もう、すぐ曲がれば三蔵の新しい方丈というところまで来ていた。
「ひとりになんか、なってんじゃねぇよ。あぶなっかしい」
 金の髪の法師様は横を向き、独り言のように呟いた。
「ずっと一緒にいろ」
 三蔵は命令した。
「ずっと俺と一緒にいろ」
「さん……」
 悟能はなんと返答していいか分からず、耳まで真っ赤になった。ふらふらと三蔵の後ろについて、方丈へと入るだけでやっとだった。





 三蔵の部屋に入って、食事用の卓へ朝食が載った盆を置くと突然、後ろから抱きしめられた。
「さっきの返事、聞いてねぇ」
 耳朶に熱い吐息がかかる。
「さんぞ……さま」
 卓上で、朱塗りの盆がかたかたと鳴った。豆腐や青菜の菜を載せたまま、皿が震える。
「あ……」
 悟能は両手を卓上へついた。後ろから三蔵に抱きしめられ、首筋にくちづけられた。
「ずっと俺と一緒にいろ」
「さん……」
「返事は」
 悟能の簡単な、膝小僧までしか長さのない、童の服の裾を三蔵はまくりあげた。
「やぁッ」
 白いすべすべした小さく肉の薄い尻を大人の男の手でつるりと撫でられる。13、14歳の美少年しか持つことのできぬ艶かしい色香が男を誘う。
「俺と一緒にいるな」
「……はい」
 くち、と長い指で尻孔をいじられる。悟能は目を閉じた。
「さんぞ……さま……お食事が……」
「うるせぇ」
 三蔵の腕は、稚児の前にも回された。長い指で弄ばれる。
「ひとりで大丈夫だ? 」
 透明な涙をこぼしはじめた屹立を指で扱く。手首に反動をつけて、ぐちゃぐちゃと音を立ててシコった。悟能が悲鳴に似た甘い声をあげた。
「今日も、あんな庫裡にいたゲス野郎に、いやらしいこと言われやがって」
 三蔵は我慢できなかった。三蔵が傍に居ないとき、悟能がどんなに淫らな言葉をぶつけられているのか、知らなかったのだ。
「あの野郎、絶対にお前でヌイてやがる。絶対――――」
「さん……」
 肉筒を、穿つ三蔵の指が増やされる。悟能は眉根を悩ましげに寄せた。
「どんな風に俺に抱かれたのか、想像してる。悟能、てめぇのケツ穴にどんな風に精液注がれたのか、想像されてんだぞ。分かってるのか」
 美童は慶雲院に来た最初から、卑猥なことを言われていた。もう、悟能はそんなことを言われるのは既に習い性になっていて、気がついていなかった。周囲の僧たちにとって、悟能は触れてはいけない禁断の花だ。高僧である三蔵様のお気に入りの稚児、秘中の秘、高嶺の花だ。
 だから――――周囲の僧たちは想像の中で悟能を犯していた。その痩躯をたっぷりと視姦していたのだった。想像の中で、その生真面目に着こんだ、童らしい裾と袖に糸の縫い取りのある綺麗な着物を剥ぎ取って、しなやかな肉のついた子鹿のような身体を舐めまわし、それから
――――その、きゅっと引き締まった尻肉を割り広げ、己の怒張を宛がって、貫いて、そのおきれいな顔が歪むのを構わず犯して犯して――――
 人の想像力まで防ぐ方法はない。高僧の目を盗んで美貌の稚児と姦通する。それは一種の夢だ。
 まさに古来から伝わる 「稚児草子」 そのままの世界がそこには広がっているのだ。
「耐えられねぇ」
 三蔵は悟能の前を扱きながら、後ろを粘膜を擦りあげ円を描くように指を回した。上の方を押すようにして前立腺を刺激してやる。
「ああッ」
「お前を箱にでも入れて、鍵かけてしまっておきたい――――」
 三蔵は背後から悟能を抱いたまま、唸るように言った。指を悟能から抜き取ると、かわりに自分を宛がった。
「あああ――あッあッ」
 オスを狭い肉筒で受け入れさせられ、悟能の背が震える。いささか床急ぎというか、性急な求めだった。喰われてしまいそうな性交だ。
「他の野郎に見せたくない」
 悟能は卓上に両手をつき、尻を突き出すような格好で、背後の三蔵を受け入れていた。その、肉環に硬い肉棒が擦り付けられ、そして、くちくちと浅いところで抜き挿しをされる。
「ああッあんッあんッ」
 甘い甘い淫ら声が悟能の唇から漏れた。
「悟能ッ……ごの……」
背後から、尻を犯しながら胸の薄ピンク色の乳首を摘み、指の腹でそっと撫で回す。
「ひぃッひぃッッあああッあッ」
 悟能の後ろが、三蔵の打ち込みに合わせるように、ひくひくと痙攣する。もう、三蔵の硬い怒張が気持ちよくてしょうがない。しゃぶるように締め付けてしまう。
「ふッ……」
 弛緩と痙攣を繰り返す淫らな粘膜。三蔵の先走りをたっぷりと擦りつけられている。悟能は仰け反った。卓についた手が震える。腰奥の神経が快楽でとろけて、身体が支えられない。
「ああ……」
 崩れそうになる、淫らな身体を三蔵が抱きとめた。そのまま両手で悟能の腰を支え、突きまくった。
「ッ! ああッああッああああッ」
 悟能は身体を軽く痙攣させた。ぶるぶると肌におののきが走り抜ける。絶頂が近い。
「悟能……」
 三蔵は尻を震わせて、悟能の粘膜へ白濁液を吐きだした。肛の中を白い沸騰するような淫液で焼かれて、悟能は声にならない悲鳴をあげた。
「…………! 」
 悟能は達して、卓の上へ突っ伏した。


 朝だった。
 そう、まだ朝食前だった。
 卓の上に、いくつか皿がひっくり返っている。
「…………」
 奇跡的に味噌汁の入った椀は無事だった。それだけでも良しとしなければなるまい。しかし、当然だが味噌汁は既に冷え切っている。
 悟能は、脱がされていた着物を身につけると、のろのろとしたしぐさで、食卓を整えだした。

 三蔵はきまり悪げにマルボロを懐から出すと口にくわえた。いつもならすかさずどこからか悟能が火のついたライターをさしだすが、それもない。
「おい、火」
「……知りません」
 悟能は下を向いてぼそりと言った。こぼれてしまった豆腐の載った皿を下げているところだった。お盆の上だっから、こぼれても被害はマシだった。朱塗りの盆の上に飛び散った出汁を布巾でぬぐう。
「おい」
 悟能は答えない。食卓の上はあらかた綺麗になった。盆を下げ、白いご飯と味噌汁、漬け菜、煮大根などが載った皿を配膳する。
「怒ってんのか」
「…………」
「おい」
 三蔵が悟能の肩をつかんだ。そのまま下を向いてる稚児の顔をのぞきこむ。
少年は綺麗な緑色の瞳を丸く見開いていた。そこからぽたりと丸い水晶のような涙がしたたり落ちる。
「う……」
 涙は次から次へと止まらない。せきを切ったように瞳からこぼれ、悟能はその細い肩を震わせだした。
「ひっく……ひっくひっく……」
 可憐な泣き声が、その唇から漏れ出す。三蔵の情人として、激情のままに身体をむさぼり喰われる日々だ。多感なお年頃の少年として、耐え切れないものもあるのかもしれない。
「おい」
 さすがの三蔵もどうしていいか分からない。いまさらのように罪悪感がべっとりと背筋を這い登ってくる。
「泣くな」
 可愛い悟能に泣かれると弱かった。
「僕は泣いてません」
「泣いてるじゃねぇか」
「泣いてません」
 三蔵は黙って稚児を抱き寄せた。目の前の美少年は多少意地になっているらしく身体を強張らせていた。しかし、抵抗はされなかった。三蔵はそのまなじりを伝う透明な涙を舌で舐め取った。
「俺が悪かった」
 抱きしめたまま、その耳元で優しくささやく。
「さん……」
「俺が悪かった」
 そのまま額に唇をつけて少年の細身を掻き抱いた。
「許せ」
「…………っ」
 ようやく悟能から、仲なおりのように細い腕が三蔵の背へと回され、ふたりはひしとばかりに抱き合った。




「喰ったら、外に行ってみるか」
 冷めた味噌汁を手に三蔵が言った。以前だったら、悟能が飛ぶようにして庫裡へ暖かい味噌汁と取替えに行っただろうに、もうそれもさせない。恐ろしいような執着ぶりだ。
「え」
「隣の寺の住職に挨拶しに行く。つきあえ」
 悟能は記憶をたぐった。確か隣の寺には美童狂いの老住職がいたはずである。
「あのくたばりぞこないは、他の寺へ行ったようだ」
 悟能の考えを読んだように、三蔵が言った。
「今度は若いのが来たらしい。先方は一度こちらへ挨拶に来たようだが、お前の稚児灌頂を控えていたし会ってねぇ」




「三蔵×悟能(20)」に続く