三蔵×悟能(11)

 しばらくの沈黙の後、三蔵の腕がいっそう強く悟能を引き寄せた。
「さん……」
 そのまま、もてあそんでいた手を休めず、黒髪の少年の肌へ舌を這わせ、指で秘所を穿つ。
部屋に満ちた不吉な空気を、打ち消そうとでもいうかのような行為だ。
「クソ……」
 長く嬲っていた悟能の肉蕾は、いたぶられて内部の粘間がもの欲しそうに赤く充血している。
 男の情欲をそそる淫らな肉孔から指を引き抜くと、その細い腰をとらえ、三蔵は自分を叩き込んだ。
 相手の腕を手で押さえつけて犯す。肉棒で掻き混ぜるようにすると、一見、清楚な少年の口元から、嬌声があがる。感じきり、達しきってしまっている声だ。
「ああ……さん……」
 激しい交合に、幼い躰が悲鳴をあげる。ついていけない。
「く……」
「あ……」
 打ち込む三蔵に合わせて、無意識に悟能の腰が蠢く。
「ひ……」
 くちゅくちゅ、くちゅ、と肉と肉の合わさる狭間から、卑猥な音が漏れる。




――――非生産的で退廃的な関係。

 むかし、むかしから、
 寺社の密かな暗がりで、飽きもせず綿々と続けらてきた、お決まりの淫靡な主従関係。犯される年少のものが圧倒的に不利でいびつな力関係。
 それは、搾取する愛だ。歪んでいる。
 一瞬、三蔵は悟能を押さえつけていた力を緩めた。
「さんぞ……さんぞ……さ」
 自分の身を貫く相手を、悟能はうわごとのように呼び、解放された腕を伸ばし、 手探りで求めてくる。
「悟能」
 三蔵の胸に暖かい何かが広がった。甘い感情だった。
「あ……」
 三蔵は悟能を抱き締めた。黒髪の少年の吐息が、金髪の最高僧の耳にかかる。
「さん……ぞ」
 卑怯でも構わなかった。この少年が欲しかったのだ。
 たぶん、ずっと前から。
「はぁ……は……さ……ぞ」
 声がわりだけとはいえぬ、かすれた声で、悟能は愛しげに三蔵の名をつむごうとした。
 よくわからないのをいいことに、躰を開かされ、夜毎のように犯されているというのに、ひたむきで、ひたすら忠義だった。
「あ……!」
 三蔵が激しく腰を打ち付けだすと、悟能は、けなげに躰を差し出した。両の手で、自分の膝裏を抱え、三蔵が抱きやすいようにする。
「ああ」
 奥の奥まで穿たれたとき、悟能は白い喉元をさらした。汗できらきらと肌が濡れて光る。
「あ、ああっ」
 三蔵の腰が震え、内部に生温かい精液を注ぎ込まれる。金の髪、紫の瞳が情欲で煌めく。
 悟能は、その目を見つめたまま、うわ言のように三蔵の名を呼び、何度も達した。やがて、脳も神経も快楽に食い荒らされ、目の前の何もかもが白くなって溶けた。



 それから。
 しばらく何日かは、そんな調子で飛ぶように過ぎた。



 三蔵の部屋に薄日が差し込む。午後の気だるく柔らかい空気の中、包み込むかのごとく、ぼんやりと部屋の内部を照らしている。
 寝椅子も、その上に敷いた異国風の絨毯も、窓に嵌められた花板格子の影も、どこかぼんやりとしていて現実感がない。
 木の床の上に落ちている格子の影は、華麗な細工の切り絵に似ている。三蔵はそんな床の上に直に座り込み、ずっと考え事をしていた。
 そんなとき、小さなものがふわふわと飛び込んできた。紙細工を思わせる羽を、優雅にひらめかせ、三蔵の傍へ気まぐれな様子で近づいてくる。
 思わず、三蔵はそれを見つめた。
 まろやかな日の光を浴びて、透けた白い羽が眩しい。舞うたびにその羽からきらきらした燐粉がかすかに舞いあがる、葉脈に似た筋が羽の表面を走り、生き物というよりも、精巧なオブジェか飾りのようだ。
 三蔵と蝶が一匹。
 窓をしめきり、部屋を孤独で満たしていた三蔵の、闖入者だ。
 邪魔な奴はまた、他にもいるがな。三蔵はそんな表情をすると、蝶を邪険に払おうとした。蝶は三蔵の鼻先をかすめ、膝へ置いていた手へ、ひらひらと、舞い降りた。三蔵の目が丸くなる。
 白く秀でたひたいを飾る金の髪も、夜明けの黎明を思わせる紫色の瞳も、やや尖った耳も、しなやかで豹を思わせる肢体も、頭のてっぺんから爪先まで、三蔵は華麗だった。
 本人の性格やら性質はともかく、この男は表面上、細部にいたるまで美しく整っている。
 指先には、削り上げた白蝶貝みたいな爪が嵌まり、銃を扱うため、やや無骨に骨ばっているとはいえ手は美しい。蝶は長い指におとなしく止まっている。
 何人も殺してきた手だった。
 いくつもの命を奪った指だった。
 この指で、三蔵はいつも銃の引き金をひいてきた。ためらいもなく。いや、それどころか薄笑いさえ浮かべて死体の山を築いてきた。
 真っ白な蝶々が止まると、真っ赤に汚してきた手が漂白されるような錯覚に陥った。
 無邪気なその様子は、三蔵に誰かを連想させた。生臭坊主は考え事にふけるのをやめ、自分の指にとまっている真白い存在へ、もう一方の手を伸ばした。
 つかまえようとしたのだ。
 すると、
 蝶はひらりと三蔵の指の間をすり抜けた。
「…………」
 三蔵は気難しげな表情で、片方の眉をつりあげた。
 凝った花格子の細工が嵌まった窓に蝶の姿が映る。閉ざされた部屋は、いわば三蔵の結界だ。床に、蝶の舞う影だけが映っている。
 三蔵の手から逃れて、自由に気ままに飛んでいる。
「クソ」
 薄い唇から悪態が漏れた。
 蝶は誰かを連想させた。
 蝶は何かを連想させた。
 幸せな時間は短く、長くは続かない。幸福はもろい。
 蝶々はそう言っているようだ。
――――今の生活は、実態のない夢。
「チッ」
 三蔵が舌打ちした、その時。軽い足音がした。部屋の外の床が、かすかに軋み、鳴った。
「お茶をお持ちしました」
 悟能だ。
 少年は、うすい浅黄色の着物を着ている。それは、ちょうど子供の頃、三蔵が着ていた着物に似ている。丈が短いので、少年らしく、つるつるしたひざ小僧がむき出しだ。
 悟能が部屋の扉を開けたとき、蝶は入れ替わるかのように扉の隙間から出て行った。
 端正な顔立ちの少年は、静かにお茶を小卓へ置いた。ご主人様の思索の時間を邪魔しないようにとの配慮だ。
 しかし、考え事をしているにしては、悟能の見たところ、三蔵の様子は変だった。険しく眉間に皺を寄せてうつむいている。不機嫌そうだった。
「あの」
 おずおずと、悟能は声をかけた。
「……するぞ」
 三蔵はぼそっと呟いた。
「は?」
 低い、ご主人様の声が聞き取れず、初々しい仕草で少年は首を傾げた。
「稚児灌頂だろうが、なんだろうがヤッてやる」
「さ、三蔵様?」
「決めた」
 三蔵は言った。きっぱりとした口調だった。いや、というより、俺様に逆らうならブッ殺してやる。そういう思い詰めた声音だった。
「やるぞ本当にヤる。稚児灌頂とかいうヤツをヤる」
「それは……」
「けったクソ悪ぃ儀式らしいが、しかたねぇ」
「さん……」
「何だ。てめぇは。うれしくねぇのか」
「え、ええ?」
 戸惑う悟能の顔の上へ、冷たい紫暗の視線が走る。
「ええじゃねぇ。このバカが。俺がてめぇのために、うぜぇ儀式をわざわざやってやるってんだ。てめぇのために。ありがたく思え」
 悟能の長くなった後ろ髪が肩で揺れている。三蔵はかまわず少年の躰を乱暴に引き寄せた。
 銃を握り、何度も血で染めてきた指。その指で肩をつかむ。蝶と違って悟能は逃げない。されるがままだ。
「さんぞ……あ」
 床にじかに引き倒した。しなやかな肢体から、着物を剥ぎ取ろうとした。衣と衣が擦れあう鋭い音が立つ。激しさに破けそうだ。
「う……!」
 緩んだ襟元を逃さず、乱暴な動作で広げ、上半身をはだけさせた。細い首や鎖骨のしなやかな線がなまめかしい。
 少年のきめの細かい肌の上には、連日の行為の跡が幾つもついていた。三蔵が愛咬した噛み跡や、羽交い絞めにした指の跡、甘い口吸いの鬱血……それから、いくつものくちづけの跡。
 年上の男の情欲を受け止めさせられてきた躰は、犯されることを、今や常態として受け入れ、諾々として躰を開いている。いや、開くしかなかったのだ。
 もう部屋に白い蝶はいない。
 しかし、三蔵には、代わりにこの確かな肉の存在がある。
「……逃がさねぇ」
「え」
「……何でもない。忘れろ」
 父に母に光明師匠。
 最高僧は、今まで、慕ったひとと、ことごとく死に別れてきた。三蔵の前にはいつも孤独な壁が無言で立ちはだかってきた。
 でも、今は悟能がいた。震える若い肉体は、麻薬のような甘い快楽で三蔵の孤独をも癒し、不幸な過去をもかすませた。指につき染み込んだ血の跡も、ぬぐって浄化してくれるようだ。
 三蔵は喘ぐ悟能をかかえ、床の上に仰向けになった。自分をまたぐような格好をさせる。そのまま、まだ完全な男に成りきらぬ少年の小さな尻を叩いた。
「挿れるぞ」
「あ……」
 悟能が、息を詰めるのが分かる。みずからまくりあげさせられた着物のすそをつかむ指が震えている。元々、丈の短い着物ではあったが、膝小僧どころか、今や腰までたくしあげて、なめらかな白い尻をさらしていた。
「あ……あ、ああ……」
たちまち、甘い啼き声が、午後の部屋に響きだした。
「さんぞ……さん……」
 唇をふさがれたのか、そのうち少年の声はくぐもり、押し殺した息づかいとなる。
 部屋の空間が、砂糖みたいに蕩けて歪み、結晶化した純粋な快楽が、ふたりの躰を貫いた。



 ずいぶんと長い行為の後。
 気だるい空気に悟能の生真面目な声が響く。
「稚児は七歩半で近づき、師の御坊を三度拝み……」
 本を読んでいるようだ。すぐに三蔵の面倒くさそうな声があがる。
「……なんだそりゃ」
 鬼畜生臭坊主は、乱れた髪や寛げた衣も構わず、なげやりな様子で横になったままだ。悟能はその傍にちょこんと可愛らしく座っている。上も下もはだけられた無残な姿ではあったが、生来の行儀のいい立ち居ふるまいはそれでも消えない。
「……貴方が読めって言ったじゃないですか」
 悟能が手にしているのは、稚児灌頂の作法がくどくどと書かれた小面倒くさい書物だった。糸で丁寧に綴じられた古いもので、貴重な品に違いない。
 これを、三蔵が、どこで手に入れたのかは分からない。
 ともかく、この鬼畜で博学で美しくて生臭な坊主は、さんざん淫らな行為で、少年を窒息寸前にしておいた後、これをゴミみたいな調子で投げてよこしたのだ。
「聞きしに勝るグダグダした儀式だな」
「でも、やるんですよねコレ」
「……」
 三蔵は眉間に皺を寄せた。目つきが険しくなった。
「あ、これ、ここに書いてあるの、どういう意味ですか」
 悟能が本を開いて、ある一文を指し示した。三蔵が少年の肩ごしに覗き込んだ。
「どれ……フン。『この儀式を行えば、稚児と二世をも契る』……文のとおりじゃねぇか」
「え」
 三蔵は頭を掻いている。金の髪がばさばさと鳴った。心なしか、その頬に血の気が差して赤い。
「『二世をも契る』 ……この世でも、来世でも、契る……要するに、生まれ変わっても、てめぇと一緒になるってこった」
 悟能に視線を合わさず、鬼畜坊主は小声で答えた。
「それって」
 今度は悟能が真っ赤になった。
「な、なんだか」
「…………嫌か」
 うっそりと無愛想に三蔵が呟く。肩から落ちた衣を引き寄せて、無造作な仕草で躰にかける。
「俺とじゃ嫌か」
「い、嫌とかじゃ」
「じゃ、なんだ」
 紫水晶に似た瞳が強い光りを帯びた。否を言わさぬ迫力だ。逆らえば、とって食われそうだ。
「は、恥ずかし……」
 悟能は言葉に詰まった。
「何が恥ずかしいんだ。てめぇは。てめぇが恥ずかしいなら俺は、なんだ。俺とじゃ恥ずかしいのか。てめぇ。許さねぇぞ。もったいなくも、大唐亜第一の高僧である、この俺を下僕の癖に」
「い、いえ。そうじゃなくってですね」
「なんだ。はっきりと言え。言ってみろ」
(生まれ変わっても一緒になるための儀式)
(それじゃまるで)
 悟能は赤くなったまま、口のなかで密かにぶつぶつと呟いた。
 悟能の脳裏に瞬間、ある光景が浮かんだ。
 正装した法師の姿の三蔵に、迎えられて行う厳粛な儀式の様子だ。金の袈裟に玉虫色の絹衣を着き、金の冠を被った三蔵は、目がくらむほど華麗で神々しいだろう。
 そして。
 その儀式をすれば、ずっとずっと一緒にいられるのだという。死がふたりを別つまで。いや、死がふたりを別っても、次に生まれ変わっても、赤い糸で結ばれて、ずっとずっと一緒なのだという。
 頭がぼうっとかすみでもかかったようになった。そんな悟能の気も知らず、三蔵が詰め寄る。
「この俺がお前でいいって言ってんのに、てめぇはこの俺じゃ不服なのか。この野郎。ただじゃすまさねぇぞ」
 鬼みたいな形相で三蔵が怒鳴った。
「そ、そういうわけじゃ」
「じゃ、どんなわけだ。言ってみろ」
「え、ええと」
 悟能は今度こそ、耳まで真っ赤になった。緑色の目をどうしたらいいのか、わからぬように見開く。可憐だ。
「う……」
「てめぇの口は信用ならねぇ」
 初心で可愛らしい稚児を三蔵は後ろから抱き寄せた。おとがいを指で捉え、上を向かせた。顔を近づける。
「ふさいでやる」
「う……」
 紫の瞳をした華麗な金色の豹、それが今の三蔵の印象だった。悟能はその豹に羽交い締めにされたまま、動けない。三蔵の唇が、少年の唇を優しくふさいだ。
 赤い舌が、悟能の形のいい唇を舐めると、口腔内を貪り、逃げる舌を追いかけまわす。
「……っ」
 悟能の舌の感触を愉しむのに気が済むと、ようやく三蔵の唇は離れた。唇と唇に透明な体液が糸を引いている。
「ふ……ん」
 三蔵が半目を開き、名残惜しそうに薄い唇を舐めた。
「てめぇは、俺の言うとおりにしてりゃいいんだ。いいな」
 悟能は一方的に告げられた。



 搾取される人生。
 搾取?
 そう。
 桃源郷の最高権力者、畏れ多くも、ふたつの聖なる経文を受け継ぐ高僧であらせられる三蔵様と、いやしくも孤児出身で年端もいかぬ悟能の関係は、どう繕っても身分違いの恋だった。
 王様と奴隷。ご主人様と召し使い。王子様と乞食。
――――何もかも奪う強者と何もかも奪われる弱者の間の歪んだ恋だ。
 奪う―――いや、むしろ相手の全てを貪るような恋といった方が正しいだろうか。そう、三蔵は悟能の生殺与奪の全てを握っているのだ。
 でも、三蔵にとってみれば、もう躰も心も、何もかも悟能と重ねて溶け合ってしまいお互いの境目なんかないから、既に奪いようもなくなっている。悟能の悦びは、三蔵の快楽なのだ。
 ふたりは、そんな性愛の深い狭間に、いつの間にか嵌まりこんでいた。もう、どこへも引き返せない。



「三蔵×悟能(12)」に続く