三蔵×悟能(10)

「やぁ。そこの黒髪の可愛いコちゃん」
 悟能に気がつくと、その男は慣れ慣れしい口を利いた。
「キミって誰のお稚児さん? 」
 如何にも稚児でございな水干姿に目ざとく反応した。水差しを載せた盆を手にしたまま、悟能が後ずさりをする。
「当ててみせようか」
 相手はにやにやと目を細め、いけすかない笑みを浮かべた。
「玄奘三蔵法師のお稚児さんだろう。キミ」
「だったら、なんだと言うんです」
 悟能は主人の名を出されて、顔色を変えた。
「おっと。仲良くしようよ。ボクは江流の古い知り合いなんだよ」
 悟能の警戒を解くためか、両手を開いて掲げ、高い背を屈めた。
「ね、キミのお名前、聞かせてよ。可愛いコちゃん」
「僕の名前を聞くなら、ご自分から名乗られたらどうですか」
 つけつけとした少年のもの言いに、相手は顔を手で覆って天を仰いだ。
「はー。人って見かけによらないよねー。一見、こんな儚げな可愛いコちゃんなのにさぁ」
「…………」
 悟能は目を開いてじっと怪しい男を見据えた。坊主のかっこうをしているのに、立ち居ふるまいの全てが生臭い。うさんくさい男だった。悟能の視線にも構わずタバコに火をつけ、眉根を下げて苦笑いをしている。
「ボクは烏哭」
 口元のにやにや笑いは消さずに男は名乗った。
「…………」
 聞き慣れない名前だった。少なくとも最近、三蔵を訪ねてきた人物にそんな名はない。
「烏哭三蔵法師。キミのご主人サマに取り次いで欲しいんだけど……」
 烏哭と名乗った男は、口元をいっそう歪めた。
「ま、といっても今日はオタノシミの途中みたいだから、取り次ぎは無理そーカナ」
「……? 」
 謎めいた言葉に、悟能は首を傾げた。
「だって、そーでショ。キミ、ずっと……ご主人サマとヤってたんでショ」
 にやにやと烏哭は笑った。
「もう、ほうほうの体でやっと情事の途中、逃げ出してきたってカオ、してるもんねぇ。バレバレ」
「な……」
 悟能は口も利けぬほど驚いた。この見知らぬ男は、見透かしたようなことを言う。
「だぁって、キミ。ココ、跡ついてるよ」
「!」
 いつの間にか、距離を詰めていた相手は、悟能の首のあたりを指で示した。
 真っ赤になって悟能が首筋を押さえる。抜け出すのに必死で、鏡に映して情事の跡を確かめる余裕などなかった。
「ココも……ココも……激しいねぇ。キミのご主人サマ」
 くっくっくっと烏哭の口から、いやらしい笑い声が漏れた。
「足だって、立ってるのがやっとでショ」
「どうして」
 もう、赤いのをとおり越して青ざめた悟能にいっそう近づくと、烏哭は囁いた。
「着物、濡れてるよ」
「!」
 水差しを載せたまま、悟能の抱えた盆がかたかたと鳴った。
 確かに、腿や内股を液体が伝う、生々しい感覚があった。後ろから見ると、恐らく尻の辺りを中心として、三蔵が放った体液がしみだして着物を濡らしているに違いなかった。
「あーあ。きっとソレ、シミになるよ。セーエキもタンパク質だもんねェ。知ってる? 」
 もう、悟能は返事もできなかった。硬直している年若い稚児に烏哭は心得顔で顔を近づけた。衣に焚き染めてきたらしい、白檀に似た香りが鼻をつく。
「ソレにしても、江流も罪だなァ」
 メガネの奥の目は笑っていない。舌なめずりしそうだ。
「キミみたいな歳でさ、『調教』受けちゃうと」
 烏哭はくぐもった声で続けた。
「もう、オトコなしじゃ、生きられなくなっちゃうって……知ってる? 」
 それは、ある意味、絶望的な宣告だった。悟能ははっとしたように、男の顔を見つめた。相手は、悟能の視線を受け止めて、にやりと笑った。口元がいっそう淫猥な弧を描いた。
「もう、オトコなら、なんでもヨクなっちゃうんだってさ。……キミはどうかな」
 烏哭は悟能へとゆっくり手を伸ばした。男性的で大きな手、指は長く、美しい。
 しかし、この男の美しさには、蛇や毒虫のもつ忌まわしさがひそんでいる。悟能は肩をつかまれそうになって、身をひねってよけた。相手にひどく不吉なものを感じたのだ。
「おっと」
 美しい少年を捕まえ損ねて、にやりと男が笑う。嗜虐趣味のある猫が、獲物のひよこを取り逃がした顔だ。
「ま、いいや。さっき言ったとおり、今日は手ぶらで帰るよ。お気遣いなく」
『三蔵法師』の装束の袖が風を受けてそよぐ。男はようやく背を向けた。
「あっそうそう」
 うっかり言い忘れた、とでもいうかのように、烏哭は首だけをねじって悟能へ振り返った。
「江流が抱いてくれなくなったら、僕のトコにおいでよ」
 くっくっくっとひとの悪い笑い声が響く。
「たっぷり可愛がってあげるから」
 烏哭はひらひらと片手をあげて左右に振った。
「!」
 悟能の顔に、怒りと羞恥と当惑がない混ぜになった血の気が差した。卑猥な言葉だった。少年は水差しを抱えたまま、走り出した。
 走ると股の間から、三蔵の放ったものがますます伝わって、くるぶしのあたりまで流れてきた。それでも、今はそこからただひたすら遠ざかりたかった。



 三蔵の居室の前へたどりついた。ドアを開け、ゆっくりと盆に載せた水差しを傍の机へ置く。一緒に載せていたガラスのコップが高く澄んだ音を立てた。
「遅せぇ」
 悟能のくるのを待ちかねていたのだろう。
 ディベッド―――ソファの大きいやつと表現してもいいかもしれない。要するに、大型の中華調寝台の上に三蔵は横になっていた。
 その寝台の上には、新疆わたりの刺繍が丁寧に施された絨毯や布で覆われ、膝を乗せるための小さな机まで置かれ、居心地よくしつらえられている。
 よく、金持ちなんかが、阿片を吸うための長ギセルを手に、日がな一日、横になるために使った退廃的なベッドだ。そうやって、彼らは廃人になるまで阿片遊びに興じたのだ。
 もっとも、このベッドを用意した寺側は、そのような目的のためにこのベッドを設えたわけではなく、経の勉強に昼夜なく励まれておられ、不眠まで患われた玄奘三蔵様が、いつでもお休みになることができるよう誂えたのだ。
 しかし、この華麗な花板格子で背や側面を飾られたこの寝台は、今や淫靡な艶めかしい小道具と化していた。
 三蔵は、上等の細工の施された寝台の上で気だるげに伏せていた。豪奢な金色の髪はとりどりの色で刺繍された敷布の上に散り、端麗な顔はまっすぐ悟能へと向けられ、途中で寝床を抜け出した悟能へ恨めしそうな視線を送ってくる。
「お水です三蔵様」
 コップに注いだ水を、悟能が差し出したとき、三蔵はいきなりその手首をつかんだ。コップが床に落ち、水がこぼれ、ガラスが割れる。
「さんぞ……!」
 そのまま、躰を引き寄せられる。抗う間もなかった。
「俺から、逃げやがって」
「そんな……」
「うるせぇ」
 三蔵は、下僕を躰の下へ敷き込んだ。上等のデイベッドがふたり分の体重で軋む。
「あ、ああ」
 胸のあたりから手をいれられ、申し訳程度にはおっていた着物を剥ぎ取られた。半裸の胸へ、三蔵は顔を近づけ、色づいた小さな尖りを舌でつつく。
「んぅッ」
 悟能は激しい声をあげて仰け反った。強烈な快美が、乳首から走り抜け躰を蕩かしてゆく。外の風を受けて、少し冷めていた淫靡な熱が、再び煽られる。
 三蔵は悟能に息をつく暇も与えず、舐めまわした。
「あああッあああッ」
 びくんびくんと躰全体が魚のごとく跳ねた。敏感な屹立から甘く淫らな感覚が電撃のように肌の上を走り、腰奥まで繋がって情欲をそそりたたせる。躰が疼いてたまらない。
「やめ……」
 ぺろりと、なおも三蔵は執拗に舐めた。その度に悟能はすんなりとした腰を震わせ、閉じた目に涙を滲ませ悦がる。
 悟能の躰を包み込んでいた衣が、自分が放った精液でべたべたに汚れているのに気づき、三蔵が眉根を寄せた。
「こんな格好で出て行きやがって」
 ずっと犯されてましたと張り紙でもしてあるような扇情的な姿だ。
「水をとりに行く間……誰かに見つかったか」
 三蔵の質問を聞いて、びくんと悟能は身を竦めた。
「やっぱり見られたのか。マヌケめ。なんて言われた。言え」
 自分が汚した姿のせいで、辱められたというのに、三蔵の声は嗜虐的な興奮をはらんでいた。
「渡り廊下で……三蔵様に取り次いで欲しいという方に……お会いしました」
「フン。なんて言われた」
「…………」
 悟能は三蔵に押さえつけられ、貪られるがままの体勢で首を横へ振った。言われた恥ずかしい言葉を、ふたたび自分の舌に乗せて、言うのは恥辱を上塗りするようで辛かった。
「言え」
「う……」
 三蔵は、悟能の胸を舐めまわしながら、下肢へ手を這わした。すっかり張り詰めてしまった屹立を、長い指で、もてあそぶ。
「あ、ああっ」
 くちゅ、くちゅ、ぐちゅっと淫猥な音が立った。我慢できない先走りの体液が、つうっと滴り落ち、悟能の幹をべたべたに濡らしてゆく。カウパー氏腺液で滴った指を、三蔵は躊躇わず、さらに下へと走らせた。指は悟能の一番秘められた場所まで入り込み、閉じられた蕾の周辺をさまよい、こじあけようと蠢く。
「あぅっ」
 悟能は足の爪先まで桜色に紅潮させて反った。
 三蔵は身をかがめると、ひくひくと蠢く悟能のピンク色の蕾にまで息を吹きかけた。
「あああッ」
 びくんと背から神経の奥の奥まで、淫らとしかいいようのない性感が走り抜け、悟能は腰をくねらせた。耐えられない。
「言え。ソイツになんて言われた」
 三蔵の指の先は、悟能の一番敏感な場所を彷徨っていた。蕾の入りぐちへもぐりこんでは悪戯をしかけている。
 ほのかに色づいていた蕾周辺の皮膚の色は、めくられて、粘膜の色をさらされると、淫靡なピンク色をしていて、男の情欲を煽り立てる。
 三蔵は少年の小さな尻に手をかけ、強引に長い脚を左右に割り開いた。
悟能は今にも三蔵に貫かれそうなかっこうになった。
「う……」
 三蔵のペニスの先端が、蕾の入り口を突っつく。悩ましい感覚だった。恥知らずな蕾は、軟体動物のように蠢き、口を開いたりすぼめたりしながら、三蔵のオスをねだっている。
「あ……あ」
 三蔵のペニスの先端に小さく開いた粘膜が、悟能の後ろの粘膜と触れ合うと、悲鳴じみた声が悟能の口から迸った。生殺しだ。
「ああああッ」
「言わなきゃ入れてやらねぇぞ」
「うぐッうぐぅッ」
 必死で耐えようと悟能があがく。まだ、与えられた性の悦びに素直すぎて、抵抗する術を持ち合わせていない。何もかもが年上の三蔵のいいなりで、その掌の上で転がされている。
「っあああ!」
 いつの間にか潤滑油をまぶした指が悟能の後ろを穿ちはじめた。ぬぷ、ぬぷっと生々しい音が立つ。
「あぅッああぅ」
「言え。なんて言われた。恥ずかしかったか」
 ぐるり、と指は肉筒の中で一回転した。ぬめる指の感触にぞくぞくしながら、悟能は背筋を震わせた。我慢できなかった。
「ああッ」
 長い脚をひきつらせて、首を仰け反らせて快感に耐えようとあがく。
「言え」
「う!」
 悟能の抵抗も、ここまでだった。
 肉筒をもてあそばれながら、胸の尖りを同時に舐めまわされたとき、悟能は腰を左右に小刻みに振りながら、息も絶え絶えでさっきあったカラスのような男に言われたことを白状していた。
「……『玄奘三蔵法師のお稚児さんだろう』って言われました」
 快楽の息を荒く吐きながら、なんとか悟能はつっかえつっかえ言葉を継いだ。
「……なんで、ソイツに分かったんだ」
「貴方の古い知り合いだって、言ってましたよ」
「……フン」
 三蔵の眉間に皺が寄った。何かを警戒している顔だ。
しばらく、外の何かをうかがう かのように動きを止めて考えていた三蔵だったが、唐突に口を開いた。
「それから、なんて言われた」
「え、ええと」
「なんて言われた。正直に言え」
「…………」
 悟能の耳は羞恥に染まった。その後の会話はひたすら恥ずかしいことしか言われていない。
「さっさと何を言われたのか続きを話せ。じゃねぇと」
「は、はいっ」
 哀れな悟能は言葉を続けた。
「……「烏哭」とその方は名乗られました」
「烏哭? 」
 三蔵の眉間に再び深く皺が寄る。聞きたくない名前だったらしい。
「あの野郎か」
「取り次いで欲しいけど、また次の機会にすると」
「チッ」
 三蔵が忌々しそうに舌打ちをした。
「それで。その後はなんて言われた」
「……そ、それが」
 悟能は真っ赤になった。言えなかった。躰中に三蔵の唇の跡がついてること、三蔵の放った精液が脚の間から滴り落ちていることなど、情事の真っ最中に抜け出してきたことをあっさりと見破られてしまったのだ。
「う……」
 とても言えずに俯いていると、三蔵の容赦ない指が後ろの孔へ深く挿入され、ゆっくり抜き挿しされる。
「あ……ひぃっ」
 びくびくと腰が震えてしまう。
「それから、なんて言われた」
 三蔵の責めは容赦がない。悟能の耳たぶを舐めまわしながら、嗜虐的な口調で甘く囁かれた。
「言え」
 粘膜を穿つ、三蔵の指は増えていた。悟能の感じやすいところを執拗に擦りあげる。
 その上、もう片方の腕は屹立して勃ちあがった性器に添えられて扱かれ、これ以上ないくらい性感が高まったところで、からかうように指を離された。
 ほのかに色づいた乳首は、ちゅっちゅっと交互に吸われている。三蔵の形のよい唇でときどき戯れに噛まれると、桜色の尖りはぶるぶると震えた。もうこれ以上耐えるのは無理だった。
「僕……みたいな歳で……「調教」を受けると……」
 蚊の鳴くような声で悟能は言った。恥ずかしかった。
「何? 」
 聞きにくいのか、三蔵が聞き返す。
「もう、オトコなしじゃ、生きられなくなってしまうって……言われました」
 震える唇で、不吉なカラスみたいな男に言われた言葉を復唱する。悟能の顔には表情らしきものはない。奇妙な絶望感があった。
「もう、オトコなら、なんでもヨクなってしまうのだと……お前はどうかと……」
 話しているうちに、悟能の綺麗な緑色の瞳から、透明な涙が幾つもあふれ、こぼれ、頬を伝った。
「そんなこと、言ったのか。あの野郎」
 三蔵はまるで烏哭が目の前にいるみたいに、厳しい表情をつくった。
「いまいましい野郎だ」
 ぎりぎりと歯噛みする。
 しかし、烏哭が言った言葉はあながち、嘘ではない。悟能くらいの幼年から、男に抱かれるように仕込まれ、また年かさの男の寵愛が過ぎて、毎夜のごとく犯されていると、そのうち、男なしでは、狂ってしまうようになると言われているのは事実なのだ。
 そのため、老齢の高僧などは、愛する美童を抱いてやれないとき、寺へ訪ねてきた僧へ稚児を一夜貸すということをするらしい。
 旅のものならば、後腐れがなく安心だと思うからだろう。肉体的に衰えた老僧の老獪な知恵だ。
 しかし、淫乱と蔑まれ、当のお上人様から疎まれてしまう場合もある。飽きられた稚児の末路は悲惨だ。
 寺の坊主どもの、寺男どもの、はたまた、訪ねてきた客人たちの一晩の手遊びに、その白い躰を蹂躙されるのだ。思うさま輪姦され、卑猥で陰惨な性の捌け口にされ、のたうちまわらなければならない。
 娼婦よりもひどい運命が待ち受けている。大半が病気を患い、若くして梅毒や性病で死ぬのだ。



「三蔵×悟能(11)」に続く