「で? 」
悟浄が呆れたように言った。首の後ろで腕を組み、ジープの後部座席にふんぞり返っている。
「八戒を探す」
ジープのエンジンをかけようと、最高僧サマはセルを回していた。珍しい光景があったものだった。
「……あてあんのかよ」
このヒトってこんなに無謀だったっけ、という表情で悟浄はハイライトの箱を懐から取り出した。
「でもしょーがねぇじゃん。確かに行ってみるしかねーって」
隣に座っている悟空も如意棒を抱えるようにして呟いた。もう何日も過ぎたというのに、八戒に関する手がかりは極めて希薄だったのだ。
宿で、妖しい占い師に言われた言葉。
八戒は『砂漠で自分を失う』だろうということ。
食堂の主人の証言。
『占い師は二ヶ月くらい前にこの町にやってきた』ということ。
どうも、余所者のその男は格好や言葉使いから推測するに、西からやって来たらしい。
「だからって、西の砂漠を探すってか」
悟浄が紫煙を吐き出した。手にした錫月杖でバンダナを嵌めた額を軽く押さえた。頭が痛かった。
「他に手がねぇだろうが。それとも他にいい考えでもあるのか。バ河童が」
ようやくセルが回転し、エンジンがかかった。三蔵がハンドルをつかむ。珍しい光景だ。
「ジープ! 頼むよジープ。 ジープなら匂いで分かるじゃん? 八戒がどこにいるか」
悟空が縋るようにジープに呼びかける。
「まぁ、それもそうだな」
確かに三蔵のいうとおりだった。もう、町の中は探し尽くしていて、他に探すとすると、外に広がる広大な砂漠しかなかったのだ。
悟浄が肯いた。西の砂漠がダメなら、東にも行って探すまでのことだ。
「……っても、砂漠って広いのよ、お分かり? おふたりさん」
結構、常識人な河童が呟いたとき、ジープは急発進した。
「うわっと! 」
「うげ! 」
慣性の法則によって、躰が宙に浮き、バランスを崩した河童とサルがうめく。ひどい運転だった。
「アクセルはこれか」
鬼畜坊主は平然としたものだった。
「……俺が運転する。いや、させて下さい」
悟浄がやや青ざめた顔で三蔵の肩をつかんだ。命が惜しかった。
三蔵一行は相変わらずだった。
美麗な孔雀が、我がもの顔で庭を歩く砂漠の城。一見、静かな日々が過ぎていた。
ここの孔雀たちは奇怪なことに脚が三つある。
中庭の泉では金色の魚が泳ぐが、良く見ると尾びれがふたつある。八戒からは遠目ではっきりと確認できないが、この魚もまた奇形、フリークスなのだった。
作ったのは、当然この城の主であるこの男――――科学者にして、無を司る経文の守護者。
――――だった。
「今、翼が六つある鳩を作ってるんだけど」
カラスの羽を思わせる肩先までの黒髪を揺らして愉しそうに言った。眼鏡の奥の目は、中庭を優雅に歩く奇形の孔雀へ向けられている。
「ボクの実験室(ラボ)にさ、ちょいと必要な試薬を置いてきちゃってね。参ったよ。持ち合わせ分だけじゃ完成に不十分なんだよね。片翼だけは完全に六枚羽になるんだけど」
彼がやっているのは、生命倫理的に問題のある行為だった。明らかに命というものを軽んじ、もてあそんでいる。
「でも、ちょっと素敵でしょ。六枚翼がある鳩なんてさ。智天使(ケルビム)みたいで」
くっくっくっと愉しげに笑った。
「多分、構造的に考えて、六枚翼があると、飛べないだろうなァ。胸筋は普通の鳩と同じだからね。六枚も翼があるのに、地べたを這いずり回るなんて。ちょっとザンネンだよね」
「……悪趣味ですね」
背後から、八戒の声がした。ちょうど夕食の時間だった。
「言ってくれるね」
懐からタバコを取り出して火をつけた。悪びれない態度で八戒の姿を流し見る。
「食べないの? 」
八戒は後ろ手にして縄で縛り上げられ、足首で鎖に繋がれていた。かろうじてその下肢に更紗仕立ての服を着け、豪奢なくれないの絨毯の上で横たわっている。眼前に据えられた銀の鉢から顔を背け、まっすぐに翡翠色の瞳で相手を睨んだ。
「ほどいて下さい」
きっぱりとした口調だった。
「綺麗なカオしてるのに強情だなァ。キミって。負けずギライってよく言われるでしょ」
困ったなという仕草で口元を歪め頭を掻いた。そのとぼけた様子を見ると、とても人を監禁し、陵辱し、非道の限りを尽くしているとは思えない。
八戒に与えられた銀製の鉢は、魚翅(ふかひれ)の入った滋養の高いスープだ。
プライドの高い八戒は、いつまでも犬喰いすることを拒否していた。だから、八戒が食事するとすれば、麻薬入りのきつい香の匂いで朦朧としたときくらいだった。
「子猫ちゃん」
猫なで声で囁く。
「躰がもたないよ」
こころなしか、尖ってきた八戒の顎を指で捉える。
「あんまり我がまま言ってると、ボクの……白くてネバネバするスープ、食べさせちゃうよ」
卑猥なことを囁くと、そのまま押し倒した。
「ま、上の口からとは限らないケドねv」
「……! 」
庭で孔雀がひと声、鳴いた。
「砂上の蜃気楼(8)」に続く