砂上の蜃気楼(5)


 ずいぶん長い時間が過ぎてから。
 複数の使用人の手によって薔薇の風呂から上げられ、服を着せられた。服とはいってもそれはおよそ、服とも呼べぬ代物だった。
 まず、首輪が嵌められた。暴れたりしたら、鎖が通せるようにようだろう。白金で出来ているらしい高貴な光沢を放つ品だった。しかしそれは、美しい虜囚のために用意された屈辱的な装飾品だった。
  輪から布を釣り下げるようになっており、袖はなかった。布は極めて美しく、花に蔓の文様が、金で縁取られた華麗で古式ゆかしい更紗だ。問題はそれがあまりにも薄く、肌が透けるほどに繊細である点だった。
 腰のあたりはアラブ風の帯で結ばれているものの極めて緩く、服の合わせ目から手を入れることができるようにしつらえてあった。同じ材質の布でズボンもできており、アラブ風にやや膨らんだそれは、足首で窄まる形になっていた。腰の線も脚の線もほのかに透けて、扇情的なことこの上なかった。
 両手、両足首ともに首と同じく白金の輪が嵌まり、いつでも鎖へ自在に繋ぐことができるようになっている。
 
 性交奴隷専用の装束。

 ある意味、裸よりも男の劣情を煽る姿だった。内部に性具を嵌められたまま、趣味の悪い恥ずかしい服に着替えさせられ、八戒は悪態をついた。
 とはいっても、周囲には多数の使用人たちが控えていて逃げることもできない。鎖をつけられ八戒は元の部屋へと追い立てられた。
 じゃらん。と鎖の鳴る音が響く。躰の内部では性具が疼く。得体の知れない媚薬めいた香の匂いがどこからともなく漂っている。








「どこにもいないよ八戒」
 悟空ががっかりした声で呟き、テーブルに顔を伏せた。昼も過ぎた宿の食堂は静かだった。周囲にはコーヒーを楽しむ客や、甘い菓子をつまむ男達がのんびりと座っている。
「…………」
 三蔵は眉間に皺を寄せて、イライラとした仕草でタバコを吸っていた。新聞を広げてはいるが、恐らく目になど入っておるまい。
「ただいまっと」
 悟浄が帰ってきた。外のバザールで八戒の行方を散々探し回っていたのだ。
「ダメだった」
 その横顔には疲れが見えた。首を横に振る。
「いねぇわ。アイツ。どこにも」
 重い足取りで椅子に腰をかけた。椅子が鈍い音を立てる。
「アイツ、結構目立つじゃん? 楽勝って思ったんだけど――――誰も見てねぇってさ」
 悟浄は昨日のことを思い出しながら言った。買出しにつきあったとき、八戒は持ち前の温和な笑顔で、バザールの人々から食料品だのなんだのを随分おまけしてもらっていたのだ。
 つくづくあの男は得な性分だった。
「どこへ、行っちゃったんだろ」
 悟空の気落ちした声を聞きながら、三蔵はあの不吉な占い師の言葉を思い出していた。
「あの野郎、八戒が 『砂漠のどこかで、自分を失う』 っていいやがった」
「砂漠――――」
 そのとき、テーブルに悟浄の分も水が置かれた。食堂の主人だった。そそくさと立ち去ろうとする背に、三蔵が声をかけた。
「おい」
 おっかなびっくりという調子で、主人は鬼畜坊主の方へと振り向いた。その顔には明らかな怯えがあった。
「あのイカサマ占い師、どこから来たのか知ってるな? 言え」
 三蔵は罪もない店主を紫暗の瞳で睨みつけた。








 最初にいた紅い絨毯の部屋へ戻されると、八戒は足首の輪に鎖を通されて虜囚となった。気がつくと天蓋つきの寝台が運び込まれていた。
 柱は木でできていて、高さはさほどない。寝やすいように設えられたクッションの上に極彩色の絹織物が敷かれ、大きな羽根枕が幾つも載っている。天蓋からは薄絹の天幕がかかり、優雅そのものだった。誰かがいる気配はなかった。
 八戒は足首の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、そのベッドの中へと入った。ふわふわとした肌触りが疲弊した躰に心地よかった。
 部屋の四隅では相も変わらず淫靡な匂いの香が焚かれている。媚薬に麻薬と竜涎香を混ぜ合わせた官能的な香りだ。
 その夜はどうすることもできずに、ただひたすら眠りについた。脚の間に咥えこまされた淫らな性具の感触に苦しめられ、時折妖しい夢を見た気もするが記憶は曖昧だった。

 こうして、

 砂漠の中にある麗しい城で八戒は飼われることになった。







 そして、
「コッチの調子はどう? 子猫ちゃん」
「っ……」
 八戒は次の日から、その白い躰を執拗にもてあそばれた。薄い更紗の服は脱がされ、その身を飾るのは屈辱的な縛めの輪と鎖のみにされた。後ろに咥えさせられた性具をゆっくりと締め付け、躰を淫らに開くことを求められる。
「う……」
 耐え切れなくて、突き飛ばすようにして相手の腕から逃れると、八戒は庭の方へ走った。
 しかし、それは無駄だった。足に嵌められている鎖がびんと張り、とても庭まで降りてはいけなかった。
 苦し紛れに窓枠から垂らされた薄絹を引きつかんだが、躰を背後から乱暴に引き倒され、絹がいやな音を立てて裂けた。
「ボクから逃げようっての? 悪いコだね」
「あ!」
 薄い絹で包まれていた部屋が中庭へ筒抜けになった。今まで絹布で遮られていた強烈な日差しが目に眩しい。男に圧し掛かられ、組み伏せられている八戒の目にも庭の美しい光景が映った。
 緑滴る椰子の木が生え、その合間に孔雀が遊んでいる。所々で芥子の花が風にそよぎ、血のような赤さを見せ付けていた。
「あれはソムニフェルム種のケシだよ。綺麗でしょ」
 背後から八戒を抱き潰すようにして押さえつけ、その耳の裏を舌でねっとりと舐めながら言った。
「その横はブラクテアツム種……血みたいに綺麗な紅い色でしょ。あの色は普通の園芸品種じゃ出ないよ」
 いずれも、栽培するのを禁じられている種類の芥子だ。違法な麻薬の原料だった。恐らく、部屋で焚かれている香炉にくべられているのは、この花々だろう。
「ふぅッ……」
 脚の間で性具を細かく上下される。ときおり、淫らな感覚が背を走って、八戒は咥え込んでいる肉の環をひくつかせた。
「イイ? 良くなってきた? ……そうそう。キツく締めちゃダメだよ。そっと中ぐらいに力を入れて締め続けるんだ……そう。カワイイいやらしい孔がひくひくしてくるまでね」
「う……」
 慣れることができない感覚だった。性具は八戒の前立腺を捉えて放さない。その先端からは微量の電流が流れて刺激するようになっていた。改造したのだ。科学者でもある彼にとってはそんなことはお手のものだった。
「ゆっくり動かすよ……ホラ」
「っ……あ! 」
「抜いたトキにね……そっと締めてごらん。ホラ」
「はぁ……あっ……あッ……あ」
 八戒は日の差す中庭の階段に向って手を伸ばした。躰中をじわじわと侵食してくる毒に似た狂おしい感覚から少しでも逃れたかった。爪で絨毯の隅を引きむしった。
「ダメ、そうじゃない」
「あうッ」
 高い音が鳴った。尻を手で打たれたのだ。
「言う通りにしないとひどいよ? 強情だなァ。ほらァ……やって見せて」
「ひッ……」
 香炉から立ち上る香りがいっそう濃くなった。麝香に麻薬がくべられた、甘くねっとりとした匂いだ。
「そうそう……その調子……勃ってきたね……キミ。後ろだけで」
「あ……」
 八戒の目尻に涙が滲む。生理的な反応で、八戒の前の屹立は張り詰めつつあった。
「……大した進歩だよねェ。今夜も入れッぱなしにしといてあげるね。コレ。そうするとキミ……」
 くっくっくっと愉しげに笑っている。
「……勃ちっぱなしになるよ。ふ、ふ、ふふ。自分で慰められないように、今夜は手も鎖でつないであげるね」
「あ! ああっ」
 試薬類を扱い慣れた知的で長い指が、八戒の胸元を這った。その肉の芽のような可憐な突起をつまむ。途端に電流でも走ったように八戒は背を反らした。
「…………! 」
 反った背に、びちゃりと舌が這う。しなやかな体側が痙攣し、八戒は甘く喘いだ。
「ああッ」
 いつの間にか、脚の間で自己主張をはじめたソレは天を仰ぐほどに硬くなっていた。それに、男は指を這わした。涙のように透明な体液を流す先端にそっと触れ、小さく鈴のように口を開けているところを指の腹で撫でまわす。
「ひぃッ……! 」
 殴られるような強烈な快楽の中、庭へ目を向けると孔雀が一羽、その美しい羽根を広げていた。
「あ……」
 背後から圧し掛かられ、性具で責められ淫らな手淫を受けながら、八戒は孔雀を見つめた。何かがおかしかったのだ。
「……!」
 美しい孔雀の異常さにようやく気がついた八戒は驚愕に目を見張る。
「ん? ひょっとして気がついた? 」
 八戒の視線に気づき、相手はことさらのんびりした口調で呟いた。一見、ただの美しい孔雀だったが、良く見るとおかしかった。庭で遊ぶ孔雀には、脚が三本あった。完全な奇形だ。
「八咫烏(やたがらす)っているよね。神話の脚が三本ある聖なるカラス。……アレみたいでカッコイイでしょ? 」
 八戒を責める手を弛めずに囁いた。
「ボクの作品だよ。キレイでしょ。細胞が分裂するときに、脚の組織をふやして移植したんだ」 
 前の熱い屹立と、後ろの肉筒を同時に弄ばれる。硬いモノを咥えさせられた肉筒が貪婪に蠢き、肉の環が妖しく収縮するのを止められない。
「そして……キミもいずれボクの作品にしてあげる。八戒ちゃん」
 狂ってる。
 八戒は鳥肌を立てながら、それでも圧倒的な性感の前にのたうち狂った。完全に八戒の前立腺は、与えられる快楽の前に尻尾を振り、涎を垂れ流そうとしていた。
「あ……」
 前も激しく扱かれる。啄ばむようにくちづけられる背には、幾つもの紅い内出血の吸い跡が、花が咲いたようについていた。
「今に、後ろだけでイケるようにしてあげるからね。カワイイ八戒ちゃん」
「んぅ……ッ……あ! ああっ……あああっ」
 その日、八戒は初めて躰を弄ばれて射精してしまった。





 「砂上の蜃気楼(6)」に続く