風呂までの通路は回廊になっていて、燦々と日の光の降り注ぐ廊下を通る造りになっていた。小さな中庭には孔雀が放たれ優雅に歩いているが、当然八戒にそんなものを鑑賞するゆとりなどない。
「やめろ! ……放せ! 」
叫び声を上げながら、大勢の手で廊下を引きずられるようにして運ばれる。
「変態ッ……変態が! 」
変態よばわりされた相手は、憎々しげに叫ぶ八戒の顔を覗きこんだ。
「変態ねェ。やっと気がついた? お褒めにあずかって光栄だよネェ」
愉しげに笑っているのに、一瞬呆然となる。
「ホラ、ついたよ子猫ちゃん。キミのためのお風呂」
浴場に八戒は引きずり込まれた。
風呂は広く、まるで四角い人工の池のようだった。縁から階段状に中へ降りる形式になっており、湯の中はなんと一面薔薇の花で敷き詰められていた。
気持ちのよさそうな湯気が立ち、濃厚な薔薇の香りがいっぱいに広がる。どこか倒錯した耽美的な風呂だ。
「放せ、放……」
八戒は叫んだ。使用人どもに床へと押さえつけられた。硬いタイルで躰が痛い。着ていた緑色のチャイナ服をずたずたにされた。
白い肩布を奪われ、首元から肩にかけてのボタンをひきむしられ、服を剥ぎ取られズボンを引き降ろされる。
「なん……! 」
幾人もの手で無理やり裸にされ、八戒は血相を変えた。尋常な成り行きではない。
「綺麗なカラダだねェ」
酷薄な目つきで、すんなりとした八戒の綺麗に均整のとれた裸体を眺めていた男も、思わずといった調子で呟いた。
「汚しちゃうのは、忍びないよナァ」
使用人どもは、八戒の躰をまさぐるのを止めない。執拗に肌に手を這わせ、腕を引きつかみ、尻を撫でまわしてくる。嫌悪の表情を隠しもしないで八戒は叫んだ。
「お前は誰だ」
目の前にいる黒装束の男を睨みつける。敵には違いないとは思うものの、いつもの妖怪どもとは勝手が違いすぎた。やること成すことが不快で不気味だった。
「アア……キミってボクのこと知らないんだっけ。こりゃ失礼したよねェ」
とぼけたように頭を掻くと、にやりと笑った。
「自己紹介すると、『三蔵』 の旧い知り合いってとこかな。子猫ちゃん」
使用人どもの手は性器にまで這っていた。嫌悪のあまり、躰をひねって逃れようとするが、大勢の手で押さえつけられていてかなわない。おぞましくも後ろの孔にまで指を這わされて、八戒は屈辱のあまり顔を歪めた。
「三蔵の知り合いの変態さんですか。知りませんでしたよ。男にこんなコトして、いい趣味ですね」
きっと緑の瞳で相手を睨みつける。
「おっと。クスリ、完全に抜けちゃった? 困ったなぁ。ま、次の使うかな」
『三蔵の旧い知り合い』 だと名乗った男は苦笑すると、八戒のおとがいを指で捕らえて囁いた。
「心配しなくても、そのうち江流……三蔵のトコには返してあげるよ」
口調は暗く淫らだった。
「……たっぷり調教した後でね」
おぞましい言葉に、八戒の目の光がきつくなった。ぺっと唾を相手に吐きかける。それはにやけた相手の頬にかかった。
「どこまで、そんな態度がもつかな。みものだよね」
吐きかけられた唾を手の甲で拭い、躾の悪いペットに報復とばかり後ろ髪を乱暴につかんだ。そのまま使用人どもにも手伝わせて、浴槽の縁にまで引きずっていった。
ものすごい力で、芳しい薔薇の花々が浮いた湯面に頭を押さえ込み漬ける。
「……! 」
ごぼ、と湯の中で八戒が苦しげに咳きこむ。もがこうとするが、腕は使用人どもに後ろ手に押さえつけられ、動けない。暴力的な水責めを無力に受けるしかなかった。
行為の激しさのためか、湯に沈んだ八戒の黒髪の上に、美しい薔薇の花びらが散って漂う。
「がはっ……ぐえッ……」
ようやく湯から顔を引き上げられると、八戒はむせて湯を吐き出した。ほとんど拷問だった。躰が痙攣する。
「ねぇ。知ってる? 溺れてる相手とヤルと相当イイんだってね」
それはぞっとするような嗜虐的な口調だった。八戒はようやく、自分が異常な性癖の男に囚われてしまったのを知った。
相手も服を脱いで湯に入ってきた。
「やめ……! 」
窒息寸前まで湯につけられて、消耗していた躰を押さえつけられる。階段状になっている浴槽の半ば、湯に浸かった状態で羽交い絞めにされていた。
「見てよ。ホラ。あんまりキミがカワイイもんだから……勃ったよ」
こんな異常な行為で性的に興奮している相手が心底おぞましく、八戒は恐怖で躰を硬直させた。
「ふうん」
八戒をじっと眺めていたが、不意に納得したように呟いた。
「……キミって男の経験ないんだ? 三蔵や悟浄クンとかは抱いてくれなかったの? 」
言われる言葉の数々が異常で、まともに聞きたくなかった。めちゃめちゃに暴れて逃れようとして頬を張られた。
「おっかしいな。きっと江……三蔵もキミとヤルの想像して、散々マスかいてたと思うんだけどな」
口端を歪めて卑猥な言葉を囁き続ける。
「気がつかなかった? 宿で同室のときとか……きっと、朝方とかキミをぐちゃぐちゃに抱くのを想像しながら、ひとりで慰めてたんだと思うよ絶対に」
「黙れ! 」
「思い当たるフシあるでショ? 」
くっくっくっと愉しげに喉で笑いながら、構わず男は呟き続けた。
「江流も結構、アレで奥手なのかな。寺育ちだから、経験ないわけナイんだよね。なのに、キミに手をまだ出してないなんて。バカなコだよナァ」
八戒はおぞましい毒のような言葉を耳に流し込まれ続けて嫌悪に顔を歪めた。そんな彼に強引にくちづけながら、淫らに囁く。
「……三蔵が抱きやすいように……キミをボクがあらかじめ調教しておいてあげるよ。親切でショ」
「…………! 」
おぞましい。この不吉なカラスに似た男は何もかもが異常だった。
抵抗しようとして、ふりあげた腕を、何人もの使用人が押さえつける。湯から出た上半身を浴槽の外に預けるようにして、八戒は躰を仰け反らした。胸を舐めまわされる、鳥肌が立った。
「……ッ」
嫌悪しか湧かない。
「……ソノ気にならない? 」
八戒の初心な反応に苦笑している。笑うと目じりにかすかに皺が寄った。三十半ばといった年齢だろう。
撫でるように八戒の全身へ手を這い降ろす。綺麗に肉のついた胸、しなやかな腹部、湯の下に沈む翳り。それから。
「……! 」
やんわりと、ソコを手のひら全体で握りこまれた。そのまま上下に扱くようにされる。
思わず、びくんと肌が震えた。
「綺麗に洗ってあげる」
湯の中で性器を洗われる。先端の鈴口を指でこねくり回された。
「もっと脚、開いて。……アッチも洗ってあげる」
抵抗しようとしても大勢の手に押さえつけられた。おぞましい手から逃れることはできなかった。できることはただ首を横に振ることぐらいだった。
「あ……」
骨太な中指が入り込んできて、思わず背を反らせた。腰を浮かせ逃れようとする。
「ダメだよ……これからいっぱい慣らすんだから」
「う……」
湯船の表面には退廃的に薔薇が浮き、漂っている。湯のしぶきを花びらの上に留めて光り、湯で蒸され芳香を放って八戒の躰を包み込む。
陶酔的な空間だったが、八戒が受けているのは卑猥な拷問だった。
執拗な指はちょうど肉の環の入り口あたりをさまよい、円を描いて愛撫していた。じっとりとした愛撫に八戒が背筋を震わせる。
「お、結構、敏感だねェ。有望だよ」
「ッ……」
いままで味わったことのない感覚に息を詰めた。じわじわと奥が疼いた。円を描くようにして後ろをかき回される。相手はそのうち中にまでそっと指を挿しいれてきた。
「や……」
ぐるりと肉筒を回すようにして愛撫される。軽く抜き差しされ、八戒が湯面を揺らす。湯しぶきが立った。
「おとなしくしないと、ひどくするよ」
嘲笑を含んだ低い声で耳元に囁かれる。脅しではないことを証明するかのように、内部で指をかぎ状に曲げられ、八戒が息を詰める。
「……ホントに初めてみたいだね。指一本でこんなにきついなんてね」
湯に浮かぶ薔薇の花は色とりどりで華やかに倒錯的な場を彩る。
八戒の後ろをもてあそび続け、淫らな言葉を囁きながら指を増やしてゆく。中指に添えるようにして人差し指を挿入され、八戒は唇を噛み締めた。内股の筋がぴんと張った。
「可愛い……ホントはすぐツッこんじゃいたいな。血まみれのキミもきっと素敵だと思うし」
すっかり欲情しきっているのだろう、荒い息を吐きながらぞっとすることをうわごとのように言う。
しかし、実行はしなかった。八戒の肌に勃ちあがったものを擦り付けることはしたが、丁寧に八戒の内部を解すのに集中していた。
乱暴に食い荒らすことよりも、八戒の躰を内側から快楽に突き落とす残酷さの方を選んだらしい。
最初にセックスに恐怖感を持つと、達するのが難しくなる。彼の目的はあくまでも、八戒を淫らなペットに仕立て上げることのようだった。
「は……」
躰がおかしかった。浴室に敷き詰められた薔薇の花のせいかもしれない。頭がまるでクスリを使われたときのようにぼんやりとしてきて、八戒から理性を奪う。
三本目の指が入り込んできたとき、八戒は腰を震わせた。それは嫌悪とはことなる震えだった。
「こんな……」
こんなのはおかしかった。無理やり男に悪戯され、肉をもてあそばれているのに、躰が強制的に快楽を拾おうとしているなんて。
「キミのココが……前立腺……ホラ、ココ……分かる? 」
「……! 」
我慢などできなかった。
「んんッ……あッ」
甘い、鼻に抜けるような声が初めて出た。自分でも聞いたことのない淫らな声に、八戒は驚愕した。自分の声とも思えなかった。
「敏感だ」
くっくっくっと愉しげに笑われる。相手は上機嫌だった。八戒は実に有望だった。極上の性奴隷になるのを容易に予測させる反応だった。執拗に繰り返し、腹腔側の肉壁をそっと擦り上げ、前立腺を撫でまわす。
「そのウチ……ここがよくてしょうがなくなるから……」
八戒の首筋にくちづける。湯が音を立てて揺れた。
「今はボクの代わりに……コレで我慢して」
「! 」
後ろに、きつく太いモノを挿入されて八戒が目を剥いた。
「あ……ッ」
それはシリコン製の張り型に似ていた。太いといっても、男のモノよりは細い。慣れてない八戒でさえ、難なく呑みこめた。
「ボクが改造した特製品だよ……ボクがいいっていうまで、ずっとコレ嵌めてなきゃダメだよ。起きてるときも、食事してるときも、寝てるときもね」
エネマグラ。前立腺マッサージ器と呼ばれる性具だ。そんなのを躰の奥深くに挿入されてしまった。
「なん……」
喋ろうとして、八戒は失敗した。
性具は体内だけではなく、外の会陰も刺激する形になっており、動くと外側は会陰を擦り、内側は直接前立腺を押す仕掛けになっていた。中から外から前立腺を刺激されて腰が崩れそうだった。
「は……」
「じゃ、お風呂はオシマイ。綺麗になったね。子猫ちゃん」
淫猥な微笑みを浮かべ、八戒に口づけた。濃い薔薇の香りが漂う浴室で、八戒はもてあそばれ続けた。
「砂上の蜃気楼(5)」に続く