砂上の蜃気楼(20)

 八戒は、服らしい服は身につけていなかった。奴隷のように首には首輪、両手首に腕輪、足首に足輪を嵌めている。ただの奴隷と違う点は、それが高貴な光りを放つ白金でできている点だろう。いつでも鎖で拘束できるように、そんな屈辱的な装具を嵌められているのだ。
 いかにも後宮の性奴隷といったいでたちで、三蔵の傍へゆっくりと這い、近寄ってきた。
 寝台はひどく広い巨大な代物で、下手をすると狭い一室分くらいもありそうだった。そんな薄絹で閉ざされた空間の中で、いまや八戒自身も磨き抜かれた高価で妖しい装飾品のようだった。
 悩ましく眉根を寄せて、喘ぐように三蔵へ手を伸ばしてくる。翡翠色の瞳は既に情欲で濡れていた。
「三蔵……抱いて下さい……いっぱい……昨日みたいに」
 吐息塗れの声で耳へ囁かれ、最高僧はそのまま八戒に引き倒された。





「三蔵……三蔵……さんぞ」
 甘い阿片に似た声で囁き続ける。いつも躾られたとおりに、三蔵の服を唇で引っ張った。僧衣のため、手間取ったが、前を寛げその欲望を直接煽ろうと舌を伸ばした。
「止せ! 」
 三蔵が叫ぶ。
 駄目だ、と理性が告げているのに、すっかり発情しきっているらしい八戒の姿を見ると、躰が動かなかった。
「ひどいじゃないですか……僕のことを放っておいて……」
 熱い声で三蔵を責めた。
 恐らく、何かクスリでも使われているのだろう。悟浄や悟空が一瞬で倒れるようなきつい香を使われ続け、性的な調教を受けて八戒はこんな風になってしまったのだ。そうとしか思えなかった。三蔵は怒りで唇を噛んだ。
「……ッ! 」
 柔らかく熱い口腔内に招かれて、三蔵は思わず奥歯を噛み締めた。じゅぽ、と生々しい音を立てながら、もはや八戒というよりも黒髪の麗しい淫魔と化した相手は三蔵に積極的に奉仕していた。
「欲しい……んです。お願い……さんぞ」
 熱く濡れた声が三蔵の耳朶に届く。脳髄まで蕩かすような声だ。熱病のように性的な興奮が伝染してゆく。
「止めろ。八戒、こんな……」
 なんとか八戒を止めようとは思うものの、その艶めかしい躰を跳ね除けることができなかった。圧し掛かってくるしどけない躰は、いまや全身で抱いて欲しいと縋ってくる。
「さんぞ……さんぞ」
「……くッ」
 凄艶な八戒の求めのままに、こんな敵の陣中としか思えぬ場所で。三蔵は口淫を受けて仰け反った。舐めしゃぶる八戒には、三蔵の興奮と猛りが手にとるように分かってしまったことだろう。
「……嬉しい……さんぞ」
 吸われ、舐めまわされて三蔵はあっという間に熱く張り詰めてしまっていた。しどけない情欲の汗を滲ませ、白い肌を淫らにくねらせ、誘惑してくる八戒に結局、勝てなかったのだ。八戒の整った顔立ちはかつて見ないような欲情に濡れていて卑猥だった。なまじ凛々しく清廉だっただけにその変貌は男の本能を直撃するほどいやらしい。しなやかな首筋は綺麗な鎖骨に繋がり、そのまま綺麗に肉のついた胸への線を描いている。すんなりとした細い腰は、服を着込んでいるときに、想像で剥ぎ取ったときよりもひとの情欲を刺激した。脚の狭間の淡い翳りも性器も、小さくて肉の薄い尻も、すんなりした脚の線も三蔵の理性を奪うに十分すぎた。
「クソ……ッ」
 駄目だと理性が告げても耐えられなかった。無理だった。
 とうとう、三蔵はその熱い肌を引き寄せた。





 日々の旅の最中。八戒に対して一切欲望を持っていなかったといえば嘘だったが、それはあくまでも秘めたものだった。
 夜、同室になればなんとなく相手のことを意識してしまう。湯上がりの八戒の濡れた髪、パジャマの下に覗く石鹸の香りのする洗いたての肌。わざと見ないふりをして、三蔵はそうした気持ちを幾重にも押さえ込んでいたのだ。
 朝などは特に苦しめられた。生理的な反応のままに勃ちあがったそれと、隣で眠る八戒の姿が重なると熱いものが身のうちに駆け巡ったが、いつでも密かに自分ひとりで処理して我慢してきた。

 それが。
 白日の下にさらされた気がした。





「あ……さんぞッ……さんぞ……」
 熱い声で囁く相手にもう我慢ができない。体勢を入替えて八戒を自分の下に敷き込むと、三蔵はその躰に手を這わせた。夢にまで見たすんなりした痩躯が、いまや自分の躰の下で喘いでいる。眩暈のするような幸福感にとらわれた。八戒の屹立に指を走らせる。大量の先走りを溢れさせ、下肢まで濡らしているそれをすくい、八戒の眼前にさらした。
「こんなに興奮してんのか」
「ふ……ッ」
 腰を揺らして相手が縋る。嫌々をするように横へ首を振り、三蔵の頬へ手を添えた。
「意地悪……言わないで……くださ……」
 そのまま、口づけた。角度を変えて舌を絡め合わせる。とろりとしたお互いの肉塊を吸いあっていると、脳が白く痺れた。啄ばむように、貪るように熱い口づけを交わしながら、三蔵は八戒の後ろへ手を這わせた。ひくんひくんとわななく入り口へそっと指を添える。無骨な人差し指で突付くと、そこはぴくぴくと震えた。
「あ……」
 羞恥からか、目元を染めた八戒が三蔵の首へ腕を回して縋りついた。
「ベタベタだな」
 前からあふれた先走りの透明な体液が、袋を伝い落ち後ろの孔まで濡らしている。卑猥な様子に興奮が隠せない。
「……こんな躰になっちまったのか」
 舌打ちしながら、三蔵はそれでも優しく口づけた。
「しょうがねぇヤツだ」
「あ……! 」
 銃を使う節の立った指が八戒の中へ入り込む。熱い肉の環が収縮し、喘ぐように締め付ける。
「はぁッ……さんぞ! ああッ……さん……」
 甘い悲鳴が八戒の唇から漏れるのを、三蔵は心地よく聞いていた。眼前で乱れる肢体を追い詰めながら、指を増やした。
「うくッ……」
 三蔵の指を咥え込んだまま、八戒のナカが痙攣する。弛緩と痙攣を繰り返して、陶酔の瞬間を迎えようとしていた。
「んッんッ」
 びくびくとわななく躰を押さえ込み、優しく口づけていた唇を這い下ろす。胸元ですっかり興奮して立ち上がってしまった小さな乳首へ啄ばむキスをすると、そのまま舌で捏ねるように舐めまわした。
「あ……! 」
 同時に与えられる刺激に、八戒は腰奥が疼いているようだった。仰け反りながら喘ぎ、三蔵の名前を何度も呼んだ。凄艶すぎる媚態だった。求められるがままに、三蔵はその熱い躰を重ねた。
「あぅ……」
「八戒……」
 脚を大きく広げさせ、狭間に立て続けに打ち込むと、最高僧は腰を揺らした。捏ねるように円を描く動きを繰り返してやる。八戒の唇から、切羽詰った声が漏れた。
「あ、ああッ……あああっ……あ」
 男の玩具になって、抱かれるのに慣れた躰はあっという間に上り詰めた。敏感で淫らな躰だった。
「あ……イク……イクッ」
 腰をびくびくとくねらすのを三蔵は許さなかった。
「駄目だ」
 跳ね上がる腰を押さえつけられて、八戒が苦しそうに喘ぐ。目には涙がうっすらと滲んだ。
「さんぞ……ッ」
「一緒だ」
 躰をやや前傾させて、三蔵は囁いた。
「ひとりでイクんじゃねぇ」
 最高僧は低音の甘い声でそっと言った。
「俺と一緒に……な」
「さん……」
 調教めいた今までの交合と異なり、それは恋人同士のようなセックスだった。優しく、甘く、蕩けるようなのに精神的に容赦がなかった。
「何度だって、抱いてやる。だから……」
 苦しげに三蔵は腕に抱いた八戒へ呟いた。
「これからは俺だけにしとけ」
「ああッ」
 肉棒を深く打ち込まれ、男の情欲を注がれ躰を震わせた。躰を疼かせる熱を三蔵に奪われ、また与えられて情交には限度がなかった。

 八戒の様子はまるで、偉い高僧を誘惑する淫らな妖魔そのものといったところだった。男相手の抱き人形となってしまった八戒に対し、三蔵はどこか心が鈍く痛むのを感じながら、それでも求められるがまま繰り返し抱かずにいられなかった。



「砂上の蜃気楼(21)」に続く