砂上の蜃気楼(12)


「ねーね。こっちじゃないんじゃねー? 」
 悟空が車上でうんざりした声を出した。
 砂漠の日差しはひどく凶暴だ。乾いていて、肌を刺す。すっかり悟空は日焼けしていた。ますます、健康優良児っぷりに磨きがかかっている。
「しょうがねぇだろが」
 三蔵が言葉少なく返事をした。手を尽くしても、なかなか八戒は見つからなかった。
 砂漠を旅するものの常套手段として、朝は夜明けからジープで出発、昼の激しい日差しを避けるために小さいオアシスで休憩し、また夕方オアシスに泊まるということを連日繰り返していた。効率は非常に悪かった。
「八戒、どこに行っちゃったんだろう」
 悟浄が運転しているので、後部座席は悟空ひとりだ。やたら広くなった車中で寂しそうに膝をかかえる。
「あの日」
 三蔵がマルボロに火をつけながら呟いた。タバコの本数はここ数日やたらと増えていた。
「八戒がいなくなった日――――なにかお前らに変わったことはなかったか」
 何回も確認したことを、また三蔵は訊いた。曖昧な記憶が突然戻ることを期待するかのような口調だった。
「俺と悟空はあの夜は同じ部屋だったぜ。悟空のヤツのいびきがすごくて」
「うっせーな。悟浄だって似たようなモンだったろ。黙れよ! 」
「うっわ! 運転手の首を締めんな! これだからサル頭は」
 ギャアギャアと言い争うサル河童を横目に三蔵は言った。
「八戒が消えた夜、俺と八戒が戻ると部屋のドアは開いていた」
 そのときは些細なことに思えたのだ。
「八戒は『鍵をかけていた』と言った」
 三蔵は続けた。
「でも、部屋の中は何も変わっちゃいなかった。物取りというわけでもなさそうだった」
「部屋の鍵? 」
 悟浄がハンドルを握ったまま首を傾げた。結構、大雑把、いや大らかな悟浄にはそんな細かいことを思い出すのは骨が折れた。
「よお、悟空。俺らの部屋はどうだっけ」
「へ? 」
 悟浄の首を後部座席から締めるのを諦めた悟空は、布袋の中から何か食べられそうなものを漁っているところだった。
 幸い、悟浄も三蔵も後ろを振り返ることはしなかったので気づかれてはいない。
「鍵だよ。鍵。八戒がいなくなったときって鍵かけてたか? 部屋の」
「え……」
 悟空が考え込む。こうしたことについては悟空も悟浄と同様だった。
「うー。かけてなかったかも」
「やっぱ? 俺、また掛け忘れたーと思ってたんだけど。やっぱそうか」
「でもよ。俺も悟浄も盗まれて困るよーなモンねーじゃん」
「だよな」
 悟浄がその夜、部屋に戻ったときのことを思い出そうと、眉間に皺を寄せる。
「部屋も特になにも変わった様子もなかったし……ナンカ、問題あんの? 」
(僕、鍵かけましたよね)
 三蔵の耳に八戒の声が甦る。消えたあの夜、確かに八戒はそう言った。『自分は鍵をかけたのに、部屋の鍵が開いている』と。変事らしい変事はそれだけだった。
 どうして、それをそのまま放置しておいたのか。三蔵は小さく舌打ちをした。鍵をかけたのに、そして、恐らく誰かが侵入したのに、そのままにしておいた理由。
 それは、
 部屋に全く異常がなかったからだ。
 何も取られてはなかったし、別に何も消えてはいなかった。
 三蔵は助手席でジープの震動に揺られながら、額を押さえた。この件に関して何かが引っかかっていた。





 香が焚かれている。
 麝香と麻薬入りの香が。





「ああッ……や」
 悟浄が陵辱者として加わった寝台の上の光景は、ますます加速度的に淫靡さを増した。
「コレって……射精制限? 」
 悟浄の視線が八戒の肌を這いまわる。居たたまれずに八戒は顔を伏せた。しかし、寝台の上で脚を三蔵と黒衣の男に両側から広げられ、逃れようがなかった。
「躾が悪いモンでな。仕置きだ」
 三蔵が面白くも無さそうに呟いた。白皙が酷薄に歪んだ。
「オネダリする気になったか、どうだ」
「はぁ……ッ」
 熱い声を漏らしながら、八戒は呻いた。体内で暴れ回るローターの動きがたまらなかった。ごくっと唾を呑み、縋るように呟いた。
「お願いです……三蔵。……前を……解いて」
 その返事が気にいらないのか、三蔵が紐で縛られて露を流す屹立を指で弾いた。
「あうっ」
 八戒が腰を前に突き出して仰け反った。ローターを突っ込まれている後ろがひくりひくりとわななく。淫靡な眺めだ。
「そんなイイコトしてもらえるとでも思ってんのか」
 三蔵が冷たく吐き捨てた。悟浄がその横で呟く。
「すっげぇ。……オマエのアソコ。ひくひくしちまって……やらしい」
 熱っぽい情欲を視線に絡めて八戒の秘所を覗き込む。思わず息を吹きかけた。
「ああッ……あッ」
 八戒が腰を突き出した。達するときの動きだ。しかし、ぱんぱんに張り詰めた性器は紐でぐるぐる巻きにされている。イキたくともイケなかった。
「ううッ……うっ……ぐぅッ」
 八戒はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。凄まじい快楽が噴きあがるが、達することができないのだ。性的な拷問に突き落とされ、喘ぎ狂うしかなかった。
「うっわ。エグイ」
 その様子を眺めていた悟浄が思わずという調子で呟いた。
「息、吹きかけるだけでイッちまうなんて、スゴクねぇ? 」
 悟浄にまで、好色で淫らな躰を揶揄され、八戒のまなじりに涙が滲む。悲しかった。
「これで、後ろに挿れちゃったら、どーなっちゃうの? 」
 その疑問に、答える声がした。カラスを連想させるその不吉な姿は、三蔵の後方寝台の片隅に控えていた。
「……挿れてみたい? 」
 眼鏡のレンズ越しの目が、淫猥な光りを帯びた。
「抱いてみれば。八戒ちゃんを。……『前』 はお仕置きしたままでね」
「…………」
 悟浄が無言で八戒の脚の間に躰を割りいれてくる。先ほどまでのからかうような表情はない。真顔だ。本気で自分を陵辱しようとしているのに気がついた八戒が躰を捻って逃れようと暴れた。
「や……ごじょッ……おねが……」
 ここで、悟浄にまで犯されたらどうなってしまうのか、不意に湧いた不安と恐怖に八戒は混乱していた。すかさず、最高僧に横から尻を叩かれる。その小作りな尻は真っ赤になった。
「う……」
「欲しいって言ってたろうが」
 酷薄な口調で告げられる。
「やれ、河童」
 悪趣味なローターが肉筒からずるずると抜かれる。総毛立つその感覚に身を震わせていると、息を吐く間もなく紅い髪の男が腰を進めてきた。
「っ……う! 」
 闇に八戒の絶叫が響いた。




「砂上の蜃気楼(13)」に続く