こうして。
邸はすっかり姦淫の館と化した。
訪れるひともない閉鎖的な空間には阿片の濃い匂いが漂い、ときおり甘い遂情の声が空気を裂くようにして響く。閉じられた空間は濃密な性の気配で煮凝り、蕩けた。八戒は男の獣欲の犠牲として淫靡な祭壇に饗せられ、昼となく夜となく陵辱されていた。
時間の流れすら、おかしかった。
「なんで……こんな……こと……ばかり」
八戒は熱い吐息混じりに喘いだ。返答はなかった。
どこからともなく、阿片の煙が具現化したかのように姿を現した三蔵。
不自然だった。しかし、偽者のわけはなかった。僧衣ではなかったものの、髪も、顔も、躰も、声もどこをとっても三蔵その人以外ではあり得なかったのだ。
ただ、かすかな差異としては、以前より三蔵の手は綺麗に見えた。男にしては綺麗すぎるほどに綺麗だった。
長く、きめが整った指先。銃を扱い慣れている三蔵の指は節が立っている筈だったが、いま八戒を散々泣かせてよがらせる指は、しなやかで美しかった。
今日も八戒の災難は続いていた。天蓋付きの広い寝台で行われる甘美な拷問は果てることがなかった。
「躾の悪いヤツだ」
最高僧は機嫌が悪かった。嗜虐的な表情で八戒を見下ろす。三蔵の手には、マルボロが燻り紫煙を漂わせている。僧衣の代わりにアラブ風の服を身につけ、高貴な王子様を思わせる様子だった。
――――もっとも、喋らなければの話だったが。
そんな、三蔵の足元で八戒は如何にも下僕といった風情で伏していた。服は身につけていない。三蔵に剥ぎ取られたのだ。手足は縄で縛られ、身動きもできない。
「ああッ」
伏せて、丸くなっていた躰を無理やり仰向けにさせられた。
――――八戒は残酷な目に遭っていた。
脚の間、魅惑的な翳りにはピンク色の毒々しいローターが挿入されていた。それをメンディングテープで固定されている。
かすかな機械音をあげて回転し、八戒の媚肉を執拗に嬲っていた。しかも、それだけではなかった。勃ちあがった屹立を細いひもで縛られていた。ぐるぐると何重にも根元から巻かれている。如何にも辛そうだった。
八戒は奥歯を噛み締めた。この責め苦から解放されたくてたまらなかった。
「さんぞ……さんぞお願い」
八戒は震える手を伸ばして三蔵に縋った。途端に手を叩かれる。
そのとき、
「ひどいよねェ」
絹の覆いを絡げて部屋に入ってくる人物がいた。知的だが、酷薄な風情。黒髪の無天経文の守護者だ。
「ボクだって、こんな非道なコト、しないよ」
くしゃ、と男は八戒の艶のある黒髪へ手を伸ばした。黒猫でも撫でるような手つきだ。
「八戒ちゃんの何がそんなに気にいらないの。ボクがせっかくここまで調教したってのに」
八戒の頬に手を添え、困ったように苦笑した。
「素直じゃねぇんだコイツは」
三蔵は八戒を蹴った。軽くではあったが、足で蹴られ、八戒が体勢を崩して絨毯の上に転がる。
うぃんうぃんと、ローターの回転する音が淫猥に響く。
「俺が欲しかったら、もっと上手に誘ってみろ」
三蔵が八戒の髪をわしづかみにして引きずり回した。
「いつまで経っても、進歩がねぇ」
「八戒ちゃんは結構、プライドが高いし、照れ屋だよねェ……でも」
カラスのような男は眼鏡の奥の目を光らせた。
「そんなトコがソソるんじゃない? 」
「下僕の癖に生意気だ」
居丈高に三蔵は言ってのけると、八戒を突き飛ばし、その躰に馬乗りになった。
「言ってみろ」
「っあ……」
苦渋に濡れた顔を歪めると、八戒は切れ切れに告げた。
「取って……取って下さい。さんぞ……取ってッ」
顔を羞恥に紅く染め、懇願する。三蔵に恥ずかしそうに目で訴えた。体内で回転するローターがおぞましかった。粘膜を抉り、性感を煽り立ててくる。躰が疼いてしょうがなかった。早く抜いて欲しかった。
「そんな色気のねぇお願いの仕方しかできねぇのか」
三蔵が舌打ちした。酷薄な表情を浮かべると、三蔵は鳥肌が立つほど冷たく美しい。この鬼畜生臭坊主はご機嫌斜めだった。
「八戒ちゃん。『オネダリ』 ちゃんとしなきゃダメじゃない。このヒト言わなきゃわかんないんだから」
黒衣の男は実に愉しげに口端で笑った。
「ね」
無造作に、ローターを突っ込まれている淫らな孔を指先で突付く。
「ああッ……やめ……やめて」
「とろとろに……なってるじゃない。確かに良く……我慢してるよネ」
「ああッ」
我慢しているわけではない。しかし、八戒には三蔵がどういえば満足するのだか分からないのだ。
「お願いです……三蔵ッ……何でもします。しますからお願い……」
語尾は掠れて涙声になった。必死になって三蔵に取りすがる。しかし、それでも鬼畜坊主は気にいらないらしい。
「チッ」
舌打ちすると、三蔵は告げた。
「てめぇみたいな淫乱は俺だけでは不服なんだろうが。それなら、もうひとり分咥えたらちったあ素直になるか? ……入れ、『悟浄』」
突然の言葉だった。
悟浄。
その言葉に八戒は弾かれたように顔を上げた。
馬鹿な。
「なんだ、そのツラは。それとも大親友のアイツに、こんなザマを見られるのは嫌か。澄ましやがって」
「さん……」
喉が渇いて、言葉を出そうにも張り付いてしまう。
「気にいらねぇ。そんなトコが前から、てめぇら気に喰わねぇんだ」
うっかり、最高僧が嫉妬に滲んだ本音を呟きそうになったとき、声がした。
「および? 三ちゃん」
その声には、確かに聞き覚えがあった。
「……そ……んな」
恐る恐る、八戒は振り向いた。
「…………!」
それは、確かに悟浄だった。紅い燃えるような長い髪をなびかせて颯爽と現われた。濃い真紅の瞳、精悍な顔立ちを引き立てるかのような頬の傷、どこから見ても悟浄だった。
悟浄もアラブ風の服を着ているが、それは三蔵よりも略式で軽快な服だった。髪と似た色の短い上着を、素肌の上に直接はおり、厚手の更紗で出来たズボンを履いていた。
「悟浄……」
八戒は絶句した。言葉が出てこなかった。自分といえば、男ふたりにローターで後ろをもてあそばれ性器を縛られ、射精もできずに無様に喘いでいる。
そんな姿を悟浄にまで見られた。惨めだった。舌が凍りついた。
「砂上の蜃気楼(12)」に続く