砂上の蜃気楼(10)

「三蔵ッ! 三蔵ッ! やめて下さい三蔵ッ」
 八戒の悲痛な声が、邸に響く。天蓋付きの寝台は、三人分の重さで軋んで揺れた。
「本当に往生際、悪いねェ」
 八戒の抵抗は激しかった。とうとう、いつものようにその手首を鎖で繋がれてしまった。城の支配者でもある黒髪の鬼畜は、しなやかな裸体を手で愛撫すると、屈辱に唇を噛み締める麗しい虜囚の姿を見下ろした。
 細かな縫い取りのされた絹織物の上に、艶やかな黒髪が乱れて散っている。秀麗な眉に、翡翠色の瞳。整った口元、すっきりとした輪郭。こんなときでも八戒は確かに美しかった。
「さん……! 」
 脚を蹴るようにして身を捻り、三蔵に抱かれまいと抗う。そんな八戒の両足首は聞き分けのなさを叱られるかの如く、ものすごい力で押さえつけられた。
「おいで、江流。……彼、美味しそうでショ? 味見してみて」
 その言葉も終わらぬうちに、三蔵は八戒の躰の上へと覆い被さった。現実とはとても思えない事態だった。首筋に鬼畜坊主の厚めの唇が這い、八戒は絶望に身を震わせた。
「っ……」
 ちろちろと、三蔵の舌先が肌を這った。首を丁寧に愛撫すると、鎖骨にそれは這い、形を確かめるかのようにして、胸元へと這ってきた。
「はッ……」
 ちゅっちゅっと音を立てて乳首を吸われた。ぞくぞくするような感覚が下肢へ走り抜ける。
「ああッ」
 八戒は目を潤ませて、三蔵の愛撫から逃れようと躰を捻った。すると叱りつけるように、軽く歯を立てられる。
「あぅッ」
 敏感な乳首に鋭い痛みが走り、八戒が眉根を寄せた。
「俺に逆らうんじゃねぇよ。おとなしくしろ」
 居丈高なセリフに、思わず八戒は相手を見た。豪奢な金糸の髪を持つ最高僧が自分の躰の上にいる。着ていた白い服の前をはだけ、均整の取れた肉体をさらけ出している。情欲を滲ませている紫暗の瞳、整った美貌に浮かぶ嗜虐的な表情。紛れもなく、三蔵は八戒に欲情していた。
(こんな三蔵は僕はしらない)
(こんな三蔵は――――)
 確かに、八戒はこんな三蔵は知らなかった。八戒の記憶の中での彼はいつでも毅然とした姿勢を崩さず――――そう、鬼畜だの生臭だの言われようと、俗物ではなかった。三蔵はまがりなりにも聖職者だった。少なくとも、八戒の記憶にこんな三蔵はいない。
 こんな――――生身の男の欲望を剥き出しにした三蔵は。
 抗おうとしても、手首は鎖に、足首は黒衣の男に押さえつけられていて動けない。再び最高僧のくちづけが胸元に落ち、その手が這うようにして下肢へと伸びてきた。
 やんわりと性器を握り込まれた。くちゅ、と淫らな音がした。いつの間にか三蔵はその手に、香油を塗していた。
「ずっと――――俺は」
 すっかり硬く立ち上がってしまった乳首を舐め溶かすようにしながら、三蔵は甘く囁いた。
「――――お前をこうしたかった」
 その声には、本音の滲んだ甘く苦しい響きがあった。唇で胸の突起を啄ばみ、手は張り詰めて涙を流し始めた屹立を擦り上げている。
(こんな三蔵は僕はしらない)
(こんな三蔵は――――)
 香油で八戒の秘所は悪戯されて濡れ光った。胸元を吸われて、同時に扱かれるとたまらなかった。あっという間に頭をもたげ、もの欲しそうに震えてしまうのを止められない。
「八戒」
 欲情に潤んだ紫色の瞳に見つめられる。整った美貌は近くで見るといっそう抗い難い魅力があった。
「あ……」
 唇を重ね合わせられた。角度を変えて、何度もキスされる。舌を絡めとられ、三蔵の口腔内へ招かれた。そのまま吸われて、頭に甘い薔薇色の霞みがかかる。陶然とした感覚に意識が侵食され、八戒は甘く蕩けそうになっていた。こんなのはおかしいと自分を叱責しても、三蔵の手が肌を滑る度に、声を上げてよがりそうになった。もうダメだった。
「ああ……さん……ぞ」
 香油に浸した三蔵の手が後ろを優しく解し始める。ひょっとしたら、この香油に毒のような媚薬が溶かされているのかもしれなかったが、もう八戒には分からなかった。
 八戒に分かるのは、三蔵の手で触れられると、骨まで蕩けるように気持ちがいい――――それだけだった。
「イイんだ? ……そんなに仲間とヤルのって……イイ? 」
 にやにやと足元で笑っている男に、もう悪態をつく気力もなかった。大きく広げられた脚の間で、三蔵は八戒の先端に軽く口づけると、そのまま口で咥えた。金糸の髪が舞うようにして踊る。
 ぢゅ、ぢゅぷ、ぐぷ……。
 淫らな濡れ音が立ち、八戒が腰を震わせる。
「ダメです……さんぞ……ダメぇ……ッ」
 口淫を受けながら、後ろの窄みを三蔵の長い指で優しく擦られ、八戒は悶絶した。香油の滑りを借りて、三蔵は後ろの肉の環を、円を描くように愛撫し、時折会陰を突付くようにして悪戯した。
 敏感な躰が悲鳴をあげる。
 縛めている鎖がじゃりんと鋭い金属音を立てて鳴った。甘い責め苦から逃れたくとも逃れられなかった。八戒は上半身を反らし、しなやかな首筋をさらして三蔵の与える快楽に震えていた。脚の間で揺れる金の髪を振るえる手でひっぱろうとするが、力が入らない。
「ああ……ああっ……あ」
 三蔵の長くしなやかな指が肉の環をくぐり、八戒の粘膜をそっと押した。途端。
「あぅッ……さんぞ! ああッさんぞッあああッ」
 きつい調教を受けていた躰はひとたまりもなかった。噴き上げるようにして、前を弾けさせてしまった。
「……随分、早いな」
 ぺろり、と三蔵は舌を伸ばして手にたっぷりついた八戒の精液を舐めとった。
「お前にも飲ませてやる」
「! 」
 唇を重ね合わされる。どろりとした粘性のある体液を口移しに含まされた。
「う……ぐ」
 そのまま、粘膜と粘膜を摺りあわせ、とろりと舌を吸いあう肉感的なくちづけを求められ、強引に唇を吸われた。精液塗れのくちづけは、どこか退廃的でいやらしい。
「う、う……っ」
 八戒の口端から、含みきれなかった体液が伝う。薄く白濁したそれは、もう精液なのか、二人分の唾液なのかすら分からなくなっている。官能的なくちづけを施しながら、最高僧は、腕で八戒の脚をいっそう大きく割り広げた。
そして、そのまま。
「あ……! 」
 三蔵の腕の中で八戒の躰が一瞬はねる。後ろを貫かれたのだ。ねっとりとした腰使いで穿たれる。
「ひッ……ぅッ」
「動くぞ。いいな」
「ああッ……あっあっ……あ」
 三蔵を咥え込んだ粘膜が快楽に震えている。一度、腰を抱えなおして角度を調整すると、根元まで含ませた。狂ったような甘い喘ぎが八戒の唇から漏れた。
「ああッ」
 もう、自分を陵辱し、辱めを与え続ける人物の前で三蔵と交わっていることも忘れている。びりびりした快感の火花が三蔵に貫かれる度に走り、八戒は足の爪先まで反るようにして快楽を貪っていた。
 そして、そんな八戒の足先へ男は構わずくちづけた。最初は軽く。そして次第に指を淫らな舌捌きで―――舐めだした。一本、一本を口に含む。
「ああぅッ……ひぃッ」
 びくんびくんと狂ったようにわななき、痙攣と弛緩を繰り返す八戒の躰を抱いている三蔵が囁く。
「イッていい。イケよ。何度でも……抱いてやる」
「あ……」
 三蔵に散々感じるところを擦り上げられ、八戒は自分からも腰をくねるようにして揺らした。イイトコロに当てようと蠢く卑猥な動きだった。
「すっげぇ……やらしいな」
「言わない……で下さ……あッ……も」
とうとう、腰を震わせて八戒は達した。
「くぅッ……ッあッあ―ッあッ」
 甘い悲鳴が夜の空気を裂く。耳朶に残る淫らな啼き声だった。その声に誘われるように、最高僧も内部に欲望を吐き出した。はぁはぁと荒い吐息が天蓋の中に満ちる。
「悦かったみたい……だね」
 快楽と、現状を把握できなくて混乱する意識と、躰の芯にまで染み渡った媚薬のせいで。八戒は焦点の合わない視線をカラスに似た男へと向けた。ぞっとするほど艶めかしい目つきだった。
「次はボクかな。……三蔵? 」
 鬼畜坊主の怒張が抜かれ、どろりとした白い体液が肉襞の間から垂れ落ちてくる。そこへ、躰を入れ替えるようにして、すかさず、男は自分の猛ったものを突き入れた。
「! 」
 躰の芯から性の歓喜に浸りきっていた八戒は、逃げ遅れた。
「っあ! 」
 がくがくと揺さぶられて躰が揺れる。そんな八戒を宥めるように、唇を三蔵に吸われた。
「はっ……あッ……あッ」
 ぐち、ぐちゅ、ぐぢゅ。
 淫靡な音が交接している場所から立った。八戒の躰の上で尻を振りながら、その胸で尖っている小さな突起を舌で嬲った。
「ああッあぅッ」
 もう、声を抑えることもできない。ほどんど悲鳴を上げ、身も世もなくよがり狂った。
 そのうち、傍でその行為を眺めていた三蔵が、八戒の手をとり、自分のモノへと導いた。そこは一度放出して、多少はおとなしくなったとはいえ、まだ十分に張り詰めていた。
「扱け」
 三蔵は言葉少なく命じた。下肢を他の男に喰われるように犯されながら、八戒は健気に三蔵を手で慰めた。張り出したカリ首を指で擦っていると、挿れられて、身悶え叫んでしまった悦楽の味を思い出し、躰がいっそう熱くなった。
 いけない、と精神は悲鳴を上げているのに、淫らな躰だけは、もっともっと欲しいと欲深く蕩けている。三蔵を手で慰め続けていると、放出しきれず尿道に留まっていた白い精液が、鈴口に滲んだ。
「舐めろ」
 三蔵は熱い声で告げると、自分の怒張を八戒の口元へ押し付けた。オスの濃い匂いが鼻先で香った。下肢は相変わらず他の男に穿たれている。自分の躰の中で散々暴れまわった熱の正体を、眼前でまじまじと見つめさせられ、八戒は目元を染めた。
 三蔵はいっそう腰を突き出した。仰向けになっている八戒の顎を横向きにして、強引に自分のモノを咥えさせようとする。
 観念したように、八戒はそっと小さく口を開けた。途端にいっぱいに三蔵が突っ込んでくる。太くて 硬い性器で口腔中を蹂躙された。
「舌も這わせろ。そうだ」
 熱い息を吐きながら、満足そうに三蔵が命令する。ペニスで口いっぱいにされて、返事もできずに目に涙を浮かべ、それでも慣れぬなりに舌を這わせ出した。
「素直だねェ。妬けちゃうなァ」
「ん……ぐッ」
 抜け落ちるぎりぎりまで躰を引くと、次の瞬間、激しく打ち込んできた。脚を抱え、尻を持ち上げるようにして、八戒を突きまくる。
「ぐッ……ぐぅぅッ」
 三蔵で口を塞がれ、喘ぐこともできない。残酷な陵辱者は八戒の下肢を犯しながら黒髪を揺らし、快さげに口端をつりあげて笑うと、そのまま腰を捏ねるようにして八戒の粘膜をかき回した。
「気持ちイイっていってごらん。ホラ」

 その夜、八戒はふたりの男に代わる代わる交代で犯された。躰中を精液で汚され、精飲することを求められ、最後には散々泣かされてしまった。



 「砂上の蜃気楼(11)」に続く