サクリファイス(6)

「絶対、薄々気づかれてるよ。キミ、最近めっぽう色っぽいんだもん」
 耳に、ねっとりした声を注がれて目が覚めた。




「ホラ、男ってサ。ヤった感触で相手が浮気してるか、知ろうとするじゃない」
 三蔵の声ではない。もっと10歳以上は年上の男の声だ。
「そりゃ分かられてるよ。江流にサ」
 八戒はなんとか目を開けようとするが、なかなか起き上がれない。身体が泥のようにだるかった。抱かれすぎだ。
「他の男と薄汚い連れ込み宿で散々、イタシちゃってるんだもんネ」
 隣で、
 軽薄な、そして酷薄な男が実に愉しそうに笑っている。
「貴方ってひとは……」
 目を開けるまでもなかった。淫猥なカラスのような男。八戒の良く知っている、あの男だ。
「貴方の目的はなんですか」
 冷たい口調で八戒が咎める。
「いやーんこわーい。八戒ちゃんったらー。『うーたん』 って呼んでよ八戒ちゃんったら。もー、ボク何度もお願いしてるでショ」
 おどけた口調で烏哭が言った。八戒へレンズ越しにねっとりした視線を送る。
「その方が、恋人っぽいじゃない」
 にやにやと笑っている。いつの間にか火のついた煙草を手にしていた。紫煙がくゆるようにたなびいた。
「この……」
 しゃあしゃあと言ってのける、隣のふざけた男を思い切り罵ろうとした、その瞬間。
「失礼します」
 目の前に何かを差し出された。冷えた硬いもの、ガラス、いやグラスのようなものが澄んだ音を立てる。 
「マッカランの12年もの、シングルモルトになります」
 からん、と大きな氷が、琥珀色の液体の中で揺れ、透明なグラスにぶつかる音がした。芳醇なモルトウィスキーの芳しい香りがたちまち立ちのぼる。
 八戒は今度こそ、はっと身を起こした。
 気がつくと、そこはカウンターの席だった。無垢の木でできた細長いテーブルに面を伏せて寝ていたらしい。煙草と、ウイスキーの匂いが入り混じってただよっている。しかも、八戒が身を包んでいるのは、いつもの緑の服ではなかった。まるで若手のサラリーマンが着そうな、紺色をした細身のスーツだ。
 静かな物腰のバーテンダーが職業的な笑みを浮かべて、カウンターの向こうから八戒を見つめている。
「水割りでよろしかったでしょうか」
 天井まである、酒瓶の入った棚を背景にして丁寧な口調で言う。スタンドカラーの襟に蝶ネクタイが板についている。プロだ。
「ここは……」 
 隣の男を振り返った。烏哭はいつもの墨染めの僧衣を着ていない。どうしたことか、彼もすっきりしたスーツを着込んでいる。グレーの生地のいい背広にピンクのシャツなんか合わせている。背が高くて肩幅があって体格がいいから、かなり似合う。
「お連れ様には、もう少し濃い目がよろしかったでしょうか」
「いいの、いいの。確かにこのヒト、こんなにかわいい外見してるのに、ザルだけどサ」
 火のついたタバコを片手に、脚を組んでスツールなんかに腰掛けている。バーテンが、氷をつくりながら、静かに目で烏哭へ微笑んだ。氷と氷がぶつかる涼しげな音が立った。
「それより知ってる? このコ、お酒だけじゃなくって……アッチの方も」
 片手の指で輪をつくり、それにもう一方の手の人差し指を入れて、烏哭が卑猥に指を動かした。
「……すごいから」
 卑猥な下卑た意味合いを含んだ笑いとともに、バーテンダーへ小声で伝える。
「ボクだけじゃないよ。他の男ともすごいんだから。男関係、ヒドスギだよね。ボクが惚れてるのをいいことにサ。このコったらほんっとに悪いコだよね」
バーテンダーは品のいい態度を崩しもしない。商売柄、ご紳士方の色事や艶聞には慣れっこだ。
「この……」
 八戒が唇を震わせる。思わず喰ってかかった。
「ふざけるのもいいかげんにしてください。もとはといえば、貴方が全部」
 全部。八戒は烏哭に犯されたのだ。望んでなどいなかった。八戒には三蔵という大切なひとがありながら、こいつのせいで全部奪われたのだ。怒りに奥歯を噛み締めながら、八戒が押し殺した声で呻き、烏哭の背広に手をかけようとした。首の青いネクタイをつかもうと手を伸ばす。
 しかし、そのとき、
「あ……? 」
 身体が傾いだ。くらりとした眩暈に襲われる。
「あっれぇ? どーしたの八戒ちゃん」
 取り澄ました、冷静な顔で烏哭が言う。烏哭が手にしたウィスキーのグラスが、天井のライトを反射して鈍い光を放った。かけているメガネのレンズが白く光る。
 八戒は倒れた。カウンターに上体を預けて崩れ落ちた。
「悪いけど、タクシー呼んでくれる? 」
 カウンターの向こうのバーテンへ、烏哭がメガネのブリッジを指で押さえながら、言った。その口元が淫猥に笑みで歪んでいるのに、八戒は苦しげに喉を押さえながら、ようやく気がついた。
 

 

 
 タクシーが店の前へ車を寄せるのは、存外早かった。

 車の赤いテールランプが高速沿いに光の列を作っている。夜の街に高層ビルがそびえ、宣伝のための電光パネルが生き物のように七色の光を放ち、めまぐるしく広告を流している。乗ってるタクシーも七色に染まった。
「運転手さん。そのまま真っ直ぐ行ってくれる? 」
 慣れた調子で烏哭がタクシーの運転席へ声をかけた。
「う……」
 八戒は隣の座席で口元を押さえていた。間違いない。これが酒が原因のわけがない。何か、酒にいれられたのだ。いつやられたのか。わからなかった。
「大丈夫? 八戒ちゃん」
 しゃあしゃあとした顔つきで、烏哭が声をかける。まるで優しい年上の恋人のような態度だ。
「僕に睡眠薬を盛ったんですね。一体、何のために」
 この男にはもう何度も身体を奪われ好き放題にされている。今更、睡眠薬を盛る理由が分からない。
「僕はもう、何もかも貴方の好きにさせてるじゃないですか」
「うん。最初からキミとはそういう契約だったもんね」
 烏哭はメガネのレンズを白く光らせて言った。
「……契約」
 その途端、
 ぐらり、と八戒の記憶が傾いだ。
「あ……」
 頭に手をやって抱えた。今の眩暈は薬のせいだけではなかった。何か重要なことを思い出せそうだった。
「運転手さん。ここでいいよ。車、止めて」
 烏哭が如才のない、いかにもやり手なビジネスマンみたいな口調で言った。運転手からはさぞ敏腕で羽振りのいいエリートに見えていることだろう。
 思い出せそうだった、八戒の記憶はそこで泡が弾けるように途絶えた。


「やめろ! やめ」
 突き飛ばすように、ホテルの部屋に追いたてられた。具合が悪くて抵抗しきれない。部屋の番号は高層階を意味する恐ろしいような長い数字が並んでいる。タワー型の高層ホテルにありがちだ。
「どうして。どうして貴方は僕とこんなことばかり! 」
 もう、廊下に響いてもかまわないというような声でわめいた。

 タクシーが止まった場所は、高層のホテルだった。いやな予感はしていた。でも、また例によって呪文でもかけられたように抵抗できなかった。
「どうしてって……キミが欲しいからに決まってるじゃない」
 烏哭が部屋の中へ引きずるように八戒の腕をつかんで、ずかずかと大またに歩く。洗練された内装だった。アイボリー色が基調で、クッションやベッドカバーのブラウン色が冴えたアクセントになっている。全てが色調を変えて自然に統一されている室内だった。
「キミってば睡眠薬、飲まされたって言ってたケド」
 愉しげに喉で笑う。
「その割に、眠くならないみたいじゃない」
 にやり、とひとの悪い笑みに唇を歪ませる。
「や……! 」
 茶色のベッドカバーを邪魔だとばかりに、烏哭が勢いよくはがした。白いベッドシーツが目に眩しい。その上へ性急な腕で押さえつけられる。
「ボクとシタ後、江流ともシタ? 当然ヤったんだよねェ。この身体でサ。誘惑でもした? 」
 ねちっこい口調で耳元へ囁かれる。
「どんな風に江流には抱かれたの? 教えて八戒ちゃん」
 スーツ姿の八戒の首元へ手を伸ばす。几帳面に結ばれたネクタイを解こうと指をかけた。
「江流にも騎乗位してあげた? 江流に乗るのとボクに乗るの、どっちが……気持ちよかった? 」
 下卑た質問だった。聞く耳が汚れるようだ。
「やめろ! 」
 烏哭の手で上に着込んでいた背広を剥がされた。皺になるのもかまわず、部屋の隅へ放り投げられる。
「よせ……っ」
 ズボンのベルトに手をかけられた。バックルがかちゃかちゃと音を立てる。外れると同時に、裾をつかまれ、引き剥がされた。
「も……」
 もういやだ。もう、もう男に抱かれるのはいやだ。もうこれ以上は無理だ。八戒は声も立てられずに唇を噛み締めた。嫌悪だけがあった。
「かわいいよ。八戒ちゃん」
 最後の一枚までも、剥ぎ取られて晒される。男ふたりに暇さえあれば交互に犯され抜かれ、もう心も身体も、もたない。
「良くボクに見せて……きれいだね」
 うっとりした口調で烏哭が言う。脚を拡げさせられた。屈辱に八戒が奥歯を噛んだ。整った顔が歪む。
 身体中につけられた三蔵との性交の痕跡。そんなのを検分される。ナカは三蔵の体液を叩き込まれ続けて、いつでも狭間が湿って濡れていた。内出血の跡だらけの首筋に、噛み跡だらけの肩、押さえつけられて、無理やりつかまれて、手の跡がついた上腕。しどけない内股は、三蔵の口吸いの跡だらけだった。
「いけないコだなァ」
 三蔵のつけた跡を、烏哭が透明なコーティングでも施すかのようにそっと愛撫してゆく。
「八戒ちゃん……キスの跡、また増えたね……ヤらしいなァ」
 三蔵のくちづけの跡をなぞるかのように舌先で舐められる。あまり跡が残らないくらいの強さで歯を立て、吸わずに舌を走らせて愛撫される。淫蕩な性技だ。
「あっ……」
 三蔵が所有したい独占したい気持ちを隠さず、八戒の身体にこれでもかと行為の跡をつけてゆくのに、烏哭はいつでも痕跡ひとつ残さない。その分、肌や表面に見えない粘膜や、感じる前立腺……そんな八戒のイイところを開発しては悦んでいる。
「んっ……」
 とろり、とした感覚に犯される。烏哭に愛撫される肌が震える。嫌悪だけでない様相をそれは次第に帯びてきた。
「また、生でしたいなァ八戒ちゃん」
 ぺろ、と烏哭が指を舐める。ひくつきだした、後ろの孔へ人差し指を挿しいれる。
「ぐっ……」
 八戒が息を詰める。身体が熱かった。肌が上気してピンク色になってきている。
「ねぇねぇ、指と舌……どっちが感じる? 」
「やっ……め」
「やめていいの。やめても。でもキミのここ、もうこんなじゃない」
 烏哭の言うとおりだった。もう八戒のは反り返って腹につきそうだった。引き攣れたケロイド状の傷のある腹の上で弾力のある屹立が触って欲しそうに震えている。
「身体……が」
 八戒が目元に朱を刷いた。恥ずかしいくらい、感じてしまっていた。身体がおかしかった。
「触って欲しい? 」
 耳元に舌を挿しいれる勢いで、烏哭が囁く。吐息を耳に感じて、八戒が仰け反った。
「こう……? 」
 つ、と烏哭が人差し指の腹で、八戒の勃ちあがったものの、尿道口を撫でた。
「あああっあっ」
 切羽詰まった声が出た。身体がおかしかった。熱くて、火照って、内側から溶けるようだ。
「あ……た、ぼ……く……に」
 八戒が苦しい息の下から、言葉をつむごうとあがいた。納得いかなかった。連日犯されて常におき火でとろとろに炙られている状態とはいえ、こんなにも容易く煽られ、熱くなってしまう淫らな肌が自分でも許せなかった。
「何したかって? 」
 やや癖のある黒髪が、揺れる。笑っているのだ。口の端をつりあげるようにして、烏哭は笑っていた。
「睡眠薬ねェ。惜しかったねェ八戒ちゃん」
 クックックッと、笑い声が漏れる。愉しくてしょうがないらしい。笑いが止まらないというやつだ。
「正解は……ブー。残念ちがいまーす」
 両手でバツマークをつくっておどけて見せる。その癖、メガネの奥の目は、笑っていない。食い入るように、八戒の悶えて喘ぐ、淫らな姿を見つめている。
「同じ薬は薬でも」
 媚薬だった。烏哭が八戒に隙を見て飲ませたのは、吠登城のラボで作った、とっておきの催淫剤だった。

 鬼畜なカラスの、カンに障る笑い声が高層ホテルの一室にひときわ響いた。


「やっあああっあっ」
「触って欲しい? 触って欲しいなら、教えて。ボクとの後、どんな体位で江流とヤったの? 」
「んっんっ」
「言ってくれないなら、……もう後ろの孔も、触ってあげない。首筋と、背中だけ……愛してあげるね」
「やっ……」
「あ、背中も感じる? 」
 烏哭の暖かく濡れた舌の感触が背筋を走って、八戒が身体をよじる。いつの間にか、烏哭の膝上に、尻を乗せられていた。挿入なしの背面座位のような体位だ。
「ボクのコレ……下のお口のところ……ぴったり、くっつけたげるね」
「う……」
 硬くて逞しい怒張の感触に、八戒が背後に思わず仰け反った。烏哭により身体をあずけるような姿勢になってしまう。
「あっあっあっ」
 身悶えた。肉の感触が気持ちよくてしょうがない。もの欲しげにひくついてしまう。生殺しだ。
「すっごい。ぴくぴくしているの……感じるよ」
 烏哭が後ろから、耳たぶを舐めた。
「あっ……ん」
「これ、キミのナカ、すごくぎゅうぎゅうに……絞ってるんでしょ? 分かるよ。このいやらしい孔がくねってるのがね。本当にスケベな身体だねェ」
 わざと、前に回した手で、八戒の触って欲しい裏筋やくびれを無視して、勃ち上がった根元を指で押さえ込んだ。
「ひっ……」
「ああ……早くブチ込んじゃいたいな。キミのココ気持ちよさそ……」
 ぺろり、と目の前の首筋をひと舐めし、ココ、のところで、烏哭は八戒の腰のあたり……正確に言うと、小づくりの尻と細身の腰の中間、尻の割れ目が始まるかどうかというあたりをいやらしい手つきで撫で回した。いつもそこは、烏哭が、前へ後ろでつらぬいて、八戒を喘がせる場所だった。
「あっあっあっあっ」
 もう、それだけで感じるのだろう。八戒が悲鳴じみた声をあげる。限界だ。
「昨日は江流に、どんな風に抱かれたの」
 ねっとりとした口調で迫られる。ずっとだ。
「後ろ……から」
 震える唇で告げた。泣きそうだった。
「後ろ? また? そんなに江流、バック好きなの? 」
 お返事ができた、ごうほうび、とばかりにやんわりと八戒の性器を大きな手で包み込んだ。
「あっああっ」
「ベッドの上に四つん這いになってヤったの? それとも今のボクみたいに座って? それとも机とかに手をついて? 」
 囁きながら、手の中の八戒を上下にゆっくりとしごきだした。
「あ、ああっ」
「言わないとヤめちゃうよ」
 音を立てて首筋にキスをする。跡は残さないよう気づかっているが、歯を立てたそうに柔らかく噛んだ。おそらく本当はそんな手加減がまだるっこしいのだろう。剣呑な目つきだ。
「……立った……まま」
 喘ぎ喘ぎ、八戒が告げる。眉根を寄せて苦しげな表情になる。ぎり、と奥歯を噛んだ。悔しかった。
「立ったまま……後ろから抱かれたの」
 八戒のをしごきながら、後ろから耳たぶを噛んだ。
「あうっ」
「どこで? ベッドで? それとも野外? それとも……」
 耳たぶをいじめていたのをやめて、また再び首筋に舌を走らせる。硬い怒張を八戒の狭間にすりつけた。べたべたした先走りの体液が透明な粘凋な輝きを帯びて糸を引いて光る。
「風呂……で」
 白状させられ、八戒は顔を真っ赤にした。屈辱とも恥辱とも言えない感情の火に焼かれている。
「お風呂で洗いっこでもしながら……抱かれたの。そうイイなァ江流は。ボクとも今度、一緒にお風呂に入ろ。洗ってあげるから……キミを隅から隅までネ」
 ねっとりとした口調で首元にくちづけながら、言う。膝の上に乗せた、八戒を嬲るのをやめない。ひたすら、透明なカウパー液を垂れ流して、八戒が身悶える。
「あっあっ」
「立ちバックかァ……イイよね。繋がってるトコ、リアルに感じちゃってよかったでショ。でもキミ、今……立ってられる? 」
 八戒が首をふった。連日に及ぶ荒淫がかさんで、もうひとりで立っているのも難しかった。腰が崩れてしまう。暇さえあれば犯されているのだ。娼婦より悪い毎日だった。もう腰がおかしかった。
「しょうがないなァ。じゃ、ボクと立ちバックするのはまた今度ネ」
 烏哭は膝に八戒を座らせたまま、囁いた。約束だよ、なんて言っている。力強い腕で八戒の細い身体を支えた。
「じゃ、ボクとシタイって言って……それで許してあげる。それで抱いてあげるよ」
「あっ……」
 切ないような目つきで八戒が後ろの烏哭を流し見た。悩殺ものの、なまめかしさだ。
「ゆるし……」
 許して欲しい。ひととしての尊厳も剥ぎ取られ、最下級の娼妓よりひどい扱いを受けている。それなのに、この上。唯一残った誇りまで。
「もう、我慢、できないでショ」
 つっ、と八戒の性器、尿道口の先端を撫で回す。火のつくような悲鳴が上がった。
「あ……」
 上気した頬が、目元がなまめかしい。口はもう喘ぎすぎて閉じられない。唾液が口端から伝うのが、また淫らだ。媚薬で、とろとろに脳が、肌が内側から炙られ、煮えている。
「して……してください……おねがい」
 淫らなお願いを、その端麗な唇が、いつも好青年然とした清潔な唇がつむいだ。
烏哭が喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「どう、『して』 欲しいの。いいなよ」
 撫で回していた八戒の亀頭を、口を開けた尿道口をぐりぐりといじめるように擦った。
「あっああっ」
「どうして欲しいのか……もっとちゃんと言って」
 烏哭が座らせたまま、腰を揺する。硬い怒張が八戒の狭間にぶつかった。
「あうっ」
 思わず仰け反った。そんなことだけでも、とろとろに感じてしまう。これで、烏哭に挿入されたらどうなってしまうのか、もう自信が無かった。
「八戒ちゃん」
 背後から漆黒の視線に促されて、八戒が唾を飲んだ。震える舌で、なんとか言葉をつむごうとする。
「僕に……挿れてく……だ……さい」 
 喘ぎ喘ぎおねだりの言葉を呟く。耐え切れずに腰もくねったいやらしい。おなじように、八戒の体内で、肉筒も男が欲しすぎて、くねり絞り震えているはずだ。
「それじゃ、だぁめ」
「あ……」
 もう、烏哭に耳に吐息をかけられるだけで感じてしまう。崩れそうになる腰を支えられ、八戒が身震いしている。もう、限界を通り越している。狂ってしまうような性感の虜になっていた。
「そんなにボクの……チンポ欲しい? 」
 烏哭が露骨な言葉を口にした。
「あ……」
 八戒が目元をいっそう赤くした。恥ずかしい。
「ボクのチンポ、キミの……やらしい孔に……挿れて欲しい? 」
「あ……」
 眉を寄せて、欲望に耐える八戒は凄艶だった。もう我慢できなかった。烏哭の言葉に応えるように首を縦に振って、うなずいた。黒い艶のある前髪が、汗を含んで静かに揺れた。
「ふとももが……震えてるね。もの欲しそうで……やらしいよ」
 狭間に当たる、烏哭のモノが、より体積を増して大きくなったのが、密着している八戒には分かった。粘膜の入り口がひくひくとその烏哭の怒張に媚びるように吸い付いている。
「ボクが欲しいなら、そのキレイな両脚……大きく拡げて」
 八戒が言われたとおり、烏哭の膝の上でしなやかな長い脚を広げた。座っているのが不安定になって、腰が震える。
「そのまま、四つん這いになって……できる? そうそう」
 舌なめずりする口調で、烏哭が求める。目の前で、ベッドの上で八戒は脚を広げたまま、四つん這いになった。
「お尻の孔……丸見えだよ。八戒ちゃん」
 興奮で、やや上ずった声をかける。皺がなまめかしくところどころ寄ったシーツの上で、八戒は両脚を拡げたまま獣の姿勢になった。うつぶせになって、烏哭へ尻を掲げている。
「ボクがどこに欲しいの? 」
 いやらしい口調だった。烏哭が息を吹きかける。ぎゅうぎゅうに、孔が引き絞られ、八戒が悲鳴を押し殺した。肩を落として、上体をシーツにぴったりくっつけるようにして身体をあずけ、自由になった腕を後ろへと回した。
「ここ……」
 甘い、甘い声だった。
「ここに……僕のこの孔に……」
 甘い中に、涙が混じっている。感じすぎて欲しすぎて泣いているのだ。
「貴方のチ……ポ……挿れて」
 そのまま、うつぶせにベッドに肩を落としたまま、しゃくりあげるようにして、泣き出した。屈辱を、理性を、淫らな欲望が凌駕してしまった。三蔵への気持ちも踏みにじるような行為だ。他の男の性器を欲しがって悶える身体。許されるものではないだろう。いや、もう自分で自分が許せなかった。
「殺して……」
 甘い喘ぎの続きのように、八戒は呟いていた。


 心は三蔵を愛してやまないのに、体は烏哭の虜になってる。




「あっああっあっ」
 背後から抱きつぶすように、抱かれる。烏哭の怒張は最初から深く入ってきた。ぬる、と狭間を深く穿つ。
「あーっ」
 挿入された瞬間、震えて達してしまった。淫らな身体だった。焦らされすぎて、全てに敏感になってしまっている。
「奥の奥に届いて……イッちゃった? 」
 ぺろ、と烏哭が上唇を舌で舐める。メガネの奥の目が淫猥だ。いやらしい八戒の痴態を視姦している。
「生でしてイイ? イイよね。悦くしてあげるから」
「……め」
 喘ぎながら、呻いているので、言葉は不明瞭だった。ひたすらなまめかしい。もう、腰は立っていない。がくがくと震えて、八戒は自分で支えられなかった。
「ああ、直に感じるよキミの粘膜。やらしいナカ、熱くて……ねっとりしていいよ……イイ」
 八戒の耳に毒のような言葉を注ぎ込む。八戒の上で犬のように尻を前後に振りながら、指で、その胸の尖りをこねまわしている。
「ナカでボクのセーエキたっぷり出して、それでそのままいっぱい穿ってあげる……」
 絡み付くような淫ら事を囁き続けられていた。腰が崩れてしまっているので、烏哭の大人の太い腕で支えられている。腰を両手でつかみ、激しい挿入を繰りかえされた。
「あっ……身体がも……とけ……そ」
 ずる、と烏哭の長大なモノが引き抜かれる瞬間、八戒の背がたわみ、震えた。きれいな曲線を描く細い身体。
「すごいよ……すごいよキミの身体」
 媚薬は、どちらかというと、八戒の理性を消し去るような効果が強かった。突き入れた怒張をもみしだくようにされて、烏哭が顔を歪める。凄い快楽だった。
「とろとろ……に蕩けちゃってるね……いやらしい」
 弛緩と痙攣を繰り返している敏感で淫らな身体だった。
「ああっはぁっあっ」
 この細い腰に、烏哭の太い性器を頬張っているとは信じられない。それくらいしなやかな腰と小づくりで肉の薄い尻だった。
「今、イッたんでしょ。分かるよ……ナカがきゅうきゅうに絡み付いてきてぶるぶるしてるモン」
 烏哭が目を閉じて、獣の表情で呻いた。
「イイよイイ。キミがイクとボクも凄く感じるよ……なんてスケベな身体なんだろキミって最高」
 情欲に浮かされた目つきで、抱く八戒へ囁く。
「あ、あああっ」
 もう、八戒は言葉もしゃべれない。ひたすら快楽の銀の粒子が脳内を舞い、理性も何もかも焼き尽くされている。
「ナカで出すよ……そのまま、ずっと抱いてあげる。ネ、抜かず3発、シテ欲しいでショ」
 もう、顔をベッドに横向きに押し付けるようにして上体を倒し、尻を抱えられて好き放題に犯されている。甘い声を上げ続けている。いやらしい卑猥なセックスドールのようだ。
「ああ、ああっ」
 背がぶるぶると震え、身体を支えきれずに太ももが、震える。太ももと内股の蠢きは、そのまま妖しい狭間の肉と連動して、烏哭をきつく締め付ける。
「イイ。出る。出るよ八戒ちゃん」
「ああっあっ」
 八戒のしどけない小さな尻を抱え込むようにして、烏哭が精液を注ぎ込んだ。腰を震わせて奥へ奥へと吐き出した。
「あ……」
「くっ……イイ」
 思わず、悦すぎて唇を噛み締めた。もの凄い射精の快楽だった。熱い沼のようだ。きつくてそのくせ弾力のある粘膜に包まれ、締め付けられる。抜け出せない。抜きたくない。
「はっかい……ちゃん」
 何回かにわけて射精する。粘膜へ内壁へ擦り付けた。尿道口から亀頭から、くびれから棹から……腰奥へびりびりと甘い電撃のように伝わる。
「ヨ過ぎるよ……キミ……最高」
「あっ……」
 感じすぎて口が閉じられなくなっている八戒の口元から、とろ、と唾液がシーツへ滴った。眦からは生理的な涙が伝う。精液を注ぎ込まれたあそこは甘い痺れが続いている。淫らなひくつきをとめられない。
「あれ、キミ」
 うつぶせにして抱いているから、気がつかなかった。八戒の身体の下の、シーツは精液でべとべとだった。一度や二度ではあるまい。何回も達して吐き出した跡でシーツはぐしょぐしょに濡れていた。八戒が烏哭に後ろから抱かれながら何度も極めて、射精していたのだ。
「……こんなにイッちゃってたんだ? 凄い量だねェ」
 ねっとりと烏哭が後ろ抱きにしたまま囁く。まだ、突き入れたものを抜く気配はない。
「イクとき……キミ、震えて締め付けてくるモンね。アレ……すごい素敵だったよ」
 腰をゆっくりと浅いところで蠢かす。円を描くようにゆっくり突き入れている怒張を軸にして尻を回した。
「抜かず3発って言わず……ずっとヤってあげる。ああ、すごいよキミのナカ」
 ずる、と腰を引くと、白濁液を棹に絡めた烏哭のが、半ばまで見え隠れしている。
「ああっああっああぅ」
「大丈夫。心配しないで、ちゃんと後始末してあげるからネ」
 心より身体が優先で、情が移ってきている。鬼畜なこの男とも思えない。優しげな言葉を呟き、なだめるように、八戒の黒髪を手でそっと撫でている。宝物を扱う手つきだ。
「今度、もっとちゃんとデートしようよ。ネ、さっきのバーみたいな雰囲気のいいトコでボク、キミとデートしたかったのになァ」
 烏哭の口ぶりは、真剣だ。冗談で言ってるとも思えない。一度、放出して余裕というか、閨の行為を続けていたため、うっかりと隙ができている。この、滅多に真意を明かさないこの男が、本音を漏らしているのだ。
「映画みたり、素敵なレストランで食事したりサ」
「……っ」
 勝手なことを言われて、八戒の顔が歪んだ。突きまくられて、限界だ。今はゆるゆるとしたゆっくりとした抜き差しをされているが、もう、腰が震えて役に立たない。抜けている。
「今夜みたいな意地悪、絶対しないって約束するから、またさっきみたいなバーでふたりでお酒飲もうよ。いいでショ、ねェ」
 まるで、これは。
 年下の情人との約束を、うっかり破ってしまったのを平謝りしている、うんと年上の男。そんな様子に似ていた。そっと八戒の頭を撫でていた手をまた腰へまわして優しく支える。
「ここ、べたべたして気持ち悪いよね」
 大量の精液で濡れたシーツの上から、八戒を移動させようと、烏哭が自分ごと八戒の身体をひざでいざった。突かれる動きが変則的になって、八戒が眉を寄せる。淫らで悩ましい表情になった。
「あっあっ……あ」
 烏哭がうつぶせにした八戒の右腕をつかんだ。そのまま、突き入れた怒張を軸にするようにして、身体を回そうとする。
「やめぇっ……」
 抜かずにあおむけにされそうになってる。そう気がつくと、八戒が顔を手で覆おうとした。間に合わない。
「八戒ちゃん」
 一気に引き寄せて、脚を抱えて、八戒の身体を回すようにして向かせた。あがこうとする腕を手を強引に押さえる。
「キレイだよ。ボクの天使ちゃん」
 うっとりとした口調で烏哭が囁く。
「ごめんね。かわいそうなことして。でもボクだってサ、たまにはキミの方から欲しがられたりとか――――」
 そのまま、八戒の顔を上から覗き込む。乱れてとろとろになった情人が喘ぐようにしゃくりあげている。いやらしいというより、なまめかしい表情だ。感じすぎて、目がうつろで、涙の跡で頬がぐしゃぐしゃだ。
「八戒ちゃん」
 烏哭三蔵法師。いつも虚無を映している知的で、その癖冷たいような瞳が、今は微妙な光を宿している。
「ボクはキミのことが本当に」
 烏哭は甘く囁いた。いつもなら絶対に見せない本音だ。
「好きだよ」
 身体を繋いだまま、似合わない愛の言葉を優しく囁き、きつくきつく八戒の細い身体を抱きしめた。
「たとえ、キミにとって二番目だってサ、かまわないよ。かまわないケド、ボクとずっと」
 後半の言葉は、闇に溶けて消えた。







「ああ、こんな出会いでなければ、ボクはきっとキミと――――」










 「サクリファイス(7)」に続く