サクリファイス(5)


――――瞬間、長い影が見えた。
 重なりあい、増殖するように無限に空を舞う、影が虚空に見えた。
 
 

 お湯の匂いと浴室らしい反響音が耳に届いた。
「貴方……」
 硬い声で、八戒は黒髪の不吉な男へ呼びかけた――――はずだった。
「なんだ。てめぇ、集中してねぇな」
 冷たい、低い声が返ってきた。
「え……」
 湯宿の続きだ、と思ったら違った。白い湯けむりの向こう見えるのは金糸の髪だった。
「さん……」
 そんなに、広くない浴室。ここは恐らく今夜の宿の部屋だ。三蔵と一緒の。
 八戒は混乱した。何かがおかしい。何かがおかしかった。時系列も何もかもぐちゃぐちゃだ。
「やめっ」
 身体をよじった。気がつくと木でできた浴槽に脚をついて開いていた。立ったままだ。そして、その股間を三蔵の手が這っている。
 いつの間にか、泡まみれにされていた。記憶が溶けるように、いや虚無で記憶が穴だらけにされている。
「あぅっ」
 思わず、叫び声に近い声が出た。ぬるぬると石鹸の泡だらけの手で、しごかれたのだ。
「コッチは」
 後ろの孔にも、片手を回され、指が入り込んでくる。
「ああっあああっ」
 硬くしこってしまっている乳首に、石鹸の泡が伝い、先端からしずくを垂らして落ちる。思わず、喘いで、仰け反った。
「……もう、蕩けてやがる」
 連日、いやもう何時間も男に連続で抱かれている身体だ。いつでも男を咥えることができるくらい柔らかくなっている。
「ヤらしい。てめぇ、最近ヤらしすぎるぞ」
 三蔵が舌打ちした。何か、感じているのだろう。責める口調だ。
「あぅっ」
 抱き方も優しくはない。何かに三蔵は苛立っている。浴室の壁に貼られた姿見に、身体を乱暴に押し付けられた。
「や……ですさん……」
「いやじゃねぇだろ。こんなになっちまってて」
 吐き捨てるように言うと、そのまま背後から立ったまま身体を繋いできた。
「あっ……くぅ……っ」
 激しい行為に、八戒が息を詰める。怒張に背後から身体を割られる。
「……すげぇ。もうずぼずぼじゃねぇか」
 後ろから腰を突き出されて、思わず、浴室の壁に、鏡にすがった。
「ああ……っ」
 三蔵に犯されて、蕩ける自分の淫らな顔を真正面から見てしまって、思わず目を逸らした。いたたまれない。
「見ろ。何、目ェ逸らしてやがる」
 三蔵の手が後ろから伸びてきた。顎をとらえ、逃げられないようにする。
「こんなに、ヤらしい顔、しやがって」
「あっ……あっ」
 鏡には、黒髪の良く見知ったはずの若い男が映っていた。背後から、金の髪の最高僧に、穿たれて顔を快楽でゆがませている。
「あっあ……んっ」
 顔を上気させて、眉を寄せ、閉じられなくなった唇を半開きにして、ちろちろとピンク色の舌を出し、唾液が口の端から伝い落ちるているのが、いやらしい。
「やめ……さん」
 黒い長めの前髪が犯されている律動に合わせて揺れている。こんな自分の姿を見ながら、三蔵に抱かれたくなかった。
「ドスケベが」
 吐き捨てる言い方で、三蔵が背後で呟く。軽蔑されている。何を? 一瞬、ぞっとする想像が八戒の脳裏をよぎる。まさか、あの淫猥な男とのことが、知られてしまっているのではないか。
「さん……」
 突き上げが激しくなって、八戒は目を閉じた。揺すられるナカの三蔵の感触をより感じてしまって悶絶する。粘膜でくちゅくちゅと三蔵を締め付けた。
「あうっああっあうっ」
 そんな、淫らな身体を許さないとばかりに、三蔵の腕が前の屹立に回って、激しくしごいてきた。合わせるように突き上げられる。しごきあげるときに抜くように腰を引かれて、八戒が喘ぎ狂った。
「ああああっあああっ」
 快楽の白い火花が腰奥に散った。耐え切れなかった。射精してしまう。
「あーっああっあーっあっ」
 目の前の鏡に、白い粘液の飛沫がついた。三蔵が思い切り、背後から抱きつぶすように、鏡に八戒の身体を押し付けてきた。
「あっあっ」
 いまだに白濁液を吐き出している、八戒のそれを三蔵が鏡になすりつけようとした。
「やめっ」
 鏡の冷たさは感じない。もう、お湯とふたり分の体温で、鏡はところどころが曇り、部分部分でなまめかしい八戒の姿をさらしている。
「は……」
 硬い鏡の感触を性器に感じて、八戒が首を横にふった。
「目ェ閉じてんじゃねぇよ」
 背後に突き入れたまま、腰を揺すりながら三蔵が囁く。
「俺に立ちバック、ヤられて悦んでる、てめぇのヤらしい顔、ちゃんと見ろ」
「あっ……」
 三蔵が腰を前後に激しくふる。もう、絶頂が近い。
「あっあああっ」
「く……」
 三蔵が低く唸った。八戒の細い腰を両手で捉えて、逃がさないようにするかのように押さえつけて精液を吐き出した。そのまま奥へ奥へとすりつける。
「あぅっあぅっ」
 出される感触にひどく感じてしまう。無意識に八戒は上唇を自分の舌で舐めた。ひどく淫らな表情をしている。
「ヤらしいヤツだ許さねぇ。今夜はずっと……抱く。いいな」
「……っ」
 足りない、とばかりに背後からふたたび挑まれた。放出したのに硬度の落ちないそれが、ゆるゆるとまた狭間で動き出すのを粘膜で感じて、八戒はまた、目の前の鏡にすがりついた。
 
 その後も何度も犯され、そう、犯されたと評するしかないほどの激しさで執拗に抱かれ続け、八戒はいつの間にか、三蔵の腕の中で意識を失った。






「絶対、薄々気づかれてるよ。キミ、最近めっぽう色っぽいんだもん」
 耳に、ねっとりした声を注がれて目が覚めた。







 「サクリファイス(6)」に続く