サクリファイス(4)

 意識を失う瞬間、長いなにかの群れが見えた。
 重なりあい、増殖するように無限に空を舞う、なにかが虚空に見えた。


 そのままどのくらい、気を失っていたのだろう。



「……っ! 」
 気がつけば、薄暗い湯殿にいた。



 風情のある大きな風呂だ。石でできていて、ごぽごぽと源泉がヒノキでつくった湯取り口から湧き出ている。湯の花の白い結晶がお湯の表面に浮き、八戒のところまでただよってくる。
「ここは……」
 顔を上げれば、大きくとった窓の外に、秋の美しい花が咲き乱れている。萩の花が紫色の花房をたわわにつけ、ななかまどが燃えるような赤い葉を揺らしている。すすきの長い葉が優美だ。
 ひとの気配はいっさいなかった。誰もこの美しい風呂にいない。八戒ひとりだ。ふらふらと、湯から出て、着替える部屋へと向かう。身体を拭くための白い大きなバスタオルが山のように積まれている。湯めぐりを楽しむ客は手ぶらでこれる。そんな贅沢な仕組みだ。
「八戒ちゃん」
 ひとの気配のない、着替え場で、後ろから声をかけられた。
「もう、夕食なんだって。うーたん。時間、間違えちゃったかな? ごめんね? 早くお部屋においでよ」
 へらっと微笑む、声の主を確認するまでもなかった。
 烏哭だった。





「失礼しまーす。お食事お運びさせていただきまーす」
 丁寧な口調でお部屋係りが部屋に入ってくる。両手をそろえて畳の縁について一礼された。
「よろしいでしょうか。先付けから、お運びさせていただいても」
 大きな座卓の表面が黒く光る。
「あ、お願いしていい?」
 慣れた調子で烏哭が言った。渡された、料理のお品書きをじっと見つめている。山の幸も海の幸もバランスがいい。とびきりの美味佳肴が綿々とメニューに連ねている。
「かしこまりました」
 部屋係は丁寧に受け答えした。
「お飲み物はいかがされますか」
 この宿は日本酒のよい産地を地元に抱えている。客も自由に出入りできる蔵を恒温保存して、酒を並べているのだ。宿泊客が自由に選べるように。
 しかし、そんなことは八戒は知らない。
「八戒ちゃん。何にする? ほら、地元の地酒やらなんやらあるよ」
「いりません」
 くっくっくっと、烏哭が笑う。
「つれないなァ。あ、じゃ、この出羽桜でいいや大吟醸で。ぬる燗で頼めるかな」
「かしこまりました」
 部屋係が下がった。
「どうしたの。機嫌悪いねェ」
「ここはどこです」
 冷たい、強張った口調で、八戒が言った。
「さあね」
 黒い癖のある髪が濡れている。烏哭も湯を使ったのだろう。
「いいじゃないどこでも。ボクさァ、キミと連れ込み宿以外のトコだって、来たいからサ」
 全てが畳敷きの美しい宿だった。
「失礼します」
 お部屋係りの若い男が平身低頭といった態で入ってきた。
「八寸をお持ちしました」
 美しい黒い漆塗りの長い箱に、何種類もの美味が詰め合わさっている。赤い大根の鮮やかさや、地鶏のつややかな肉。とびきりの鯛の刺身の白い身が目にまぶしい。
「お、旨いよ。コレ。ホラ、これ、なんだろ」
 烏哭が箸をとって、目を見開いた。
「当地名物のからすみ大根になります」
 大吟醸の日本酒と実に合う。醗酵した食べ物のうまみが凝縮されたとびきり上等のからすみの味わいが、爽やかな大根でほぐされ、実においしい。
「八戒ちゃん。お酒、強かったよね。どう? 飲まない? 」
 烏哭を胡乱げに見つめる、八戒の目つきは冷たい。
 それからも、たくさんのおいしいものが運ばれてきた。大きくて柔らかい白魚のお吸い物。ねっとりした新鮮な質感のアオリイカと炙りマグロのお造り。アナゴのふわりとした握りに、鯛を絶妙に煮付けたあっさりした煮物。
「おいしいね。これ」
「……」
 流石に、黙るくらいの美味しい魚が次々と運ばれてくる。味噌汁に、お漬物の皿、土鍋で炊いたご飯が出てくる。もう食事も終盤だ。
「はい、八戒ちゃんも」
 盃にとびきりの酒を注がれて、なんとなく八戒は黙った。ここはどこだろうとか、どうして貴方といるのかとか、もう聞けない雰囲気だった。
「貴方はいったい……」
 八戒が口を開こうとしたそのとき、
「失礼いたします。デザートをお運びいたします」
 畳に額がつくくらいの礼をして部屋係りがまた入ってきた。
「デザートはこちらのリビングでごゆっくりとお召し上がりください」
 部屋係りは隣の部屋を指し示し、隔てている障子を開けた。モダンな椅子にテーブル。簡易な台所まで備えた、リビングがたちまち立ち現れた。
「行こっか。八戒ちゃん」
 烏哭が傍らで微笑んだ。まるで、年上の優しい恋人のようだ。


「うわ、これ見て。生のイチゴをまるごと凍らせたのを削っているよ」
 贅沢なデザートだった。烏哭が言ったとおり、イチゴをまるまる凍らせて、削ってふわふわのカキ氷にしたものの上に、産みたて卵を使ったこくのあるアイスクリームが乗っている。イチゴはこちらの地元名物の 「もういっこ」 という希少な品種だと言っていた。イチゴの他にも、ふんだんに地元のサクランボやら洋ナシも惜しみなく添えられていて、豪華極まりないパフェだった。
「貴方の目的はなんです」
 添えられた銀のスプーン。そう、これも本物の無垢の銀なのだろう。贅沢なつくりの長いスプーンを見つめながら、八戒が硬い声で言った。
「え。何、八戒ちゃん。コレ食べないの」
 烏哭が、長いスプーンで、贅沢なパフェのイチゴをすくっている。じっとその虚無を思わせる漆黒の瞳で、八戒の目を見つめかえした。
「とぼけないでください。貴方は三蔵の敵ですよね。そうなんでしょう」
 八戒は、毅然とした態度で烏哭を睨んだ。
「失礼します」
 高級旅館と、安い連れ込み宿の最大の違いは部屋係がいるかいないかだろう。セックスだけが目的なら、高級旅館はまだるっこしいことこの上ない。果たして再び部屋係りに丁寧に声をかけられた。楚々とした調子で障子が開き、一礼をされる。
「隣のお部屋、お休みのご用意ができました」
 今まで食事をしていた部屋は、机が片付けられ、代わりに和風の布団が二組、しどけなく敷かれている。布団はすそで、いやらしいほどにくっつき絡み合い重ね敷きになっていた。情事を前提とした、敷き方だ。ダメ押しのように、枕元には緑色のランプシェードが置かれている。和紙をアコーディオンのように折り畳まれてつくられた傘がかかっている。和紙ごしに透けた灯りがぼう、と美しくも柔らかい。
「……っ」
 八戒が目を剥いた。なんといか、本当にいたたまれない。贅沢な食事を運ぶ、この旅館のひとびとも、八戒と烏哭のことをそういう目で見ていたのだろうか。
「ありがとう。ご苦労さま」
 すました口調で言う、隣の男が忌々しかった。
「八戒ちゃん」
 身体を引き寄せられた。そのまま、強引に布団の敷かれた寝室へ連れ込まれた。
「失礼いたします」
 全てを心得たように、部屋係の青年が頭を下げ、そのまま部屋から退出する、後ろ姿が視界の隅をかすめた。



「この間、生でヤったら、最高だったよね」
「っ……くぅ」
 手で擦りあげられ、追い詰められる。
「また、シタい。八戒ちゃんと、生で……ココに挿れたい」
 ココ、のところで、烏哭は八戒の秘所を指でそっと突いた。
「や……」
 眉根を寄せて、八戒が呻いた。部屋係りが入念に敷いた、重ね敷きされた布団の上に引き倒されている。白熱灯に、緑色の和紙でできたランプシェードの灯りが、幻想的だった。ぼうっと白い八戒の肌を綺麗に映し出している。
「ナカ出し……また、シてもいい? 」
 甘く囁く毒のような言葉に、顔を背ける。
「また、洗ってあげる……お風呂でナカ、洗ってあげるから……」
 八戒が首を横にふった。先日、烏哭は手馴れた仕草で、確かに八戒のなまめかしい肉筒を、指で掻き出すようにして、注入した精液を綺麗にしてくれた。
 しかし、その後はひどかった。結局浴室で、八戒はまた執拗に抱かれたのだ。ボクのココでも掻き出してあげるね。ホラ、ここ、笠が拡がってるから、掻きだし易いカタチ、してると思わない? あの後もしつこく何時間も犯されたのだ。
「そう。そんなにナカ出し、されたくないんだ」
 烏哭が淫ら事を耳元に囁く。性感をくすぐり、疼かせるような口調だった。
「だ……れが」
 一度、許してしまったが、もう次からはごめんだった。何しろ、八戒が大切なのは誰よりも三蔵なのだ。
「あっそう」
 くびれに、烏哭の容赦ない舌が這ってきた。ぬぷ、と全体で咥えて舐めまわされる。キャンディーか何かと間違えていそうな愛撫だった。
「あっあっあっ」
 追い詰められて、八戒が喘ぐのに応じるように、烏哭が言った。
「ナカ出しされたくないなら……そのお口でゴム、ハメハメして」
 舌で、屹立全体を舐め上げられて、八戒が悶絶する。腰が溶けそうだった。蕩けるような声を放って、烏哭の性技に耐える。
「ね、八戒ちゃん」
 ねっとりと迫られて、抵抗できなかった。このまま、なしくずしに抱かれたら、またそのまま、生で犯されてしまうに決まっている。荒い息を吐いて、八戒はなまめかしい目つきで目の前の烏哭を見上げた。

「ったく。八戒ちゃんってば。自分でゴム、用意してないの。ボクが持ってなかったら、どうするつもりだったの」
 小言めいた苦言を吐く、黒髪のカラスに似た男。それでも八戒へ切り離していないアルミフィルムに包まれたコンドームを差し出した。毒々しいのをひた隠しにして、無理に洗練しようとしているデザインの外装だ。薄さを競うような売り文句が表面に記されている。
「っ……」
 外装のフィルムを、八戒が指で切る。とたんに、中から芸術的なくらいに、薄く折りたたまれ、ほとんど輪にしか見えぬようなコンドームが現れた。
「待ってよ。そんなまさか、手でハメようなんて、思ってないよネ」
 烏哭が押し殺した声で言った。自分のために、コンドームを破く年下の麗人。そして、それを優美なきれいな指で、いきり立ったモノへ被せようとしてくれている。でも、もっと、して欲しいことがあった。敷布団の上に横たわり、自分の上へ八戒を引き寄せる。
「お口を開けなよ。八戒ちゃん。ネ、このゴム、いいコだから口の中に入れてごらん」
 いやがるのを強引に顎を手でとらえた。八戒が破いたゴムをその口の中へと強引に入れる。
「そう。それでそのまま」
 艶のある、黒髪を押さえつけた。
「そのまま……ネ。口で、ボクのに……ハメて」
 まるで淫靡な口淫の続きのようだ。いや、フェラチオ以上にいやらしい。
「そう。そうそう。上手、上手」
「ふ……ぐ」
 うまく唇で操らないと、ゴムがうまく垂直に烏哭のモノにはまらない。必死にえずきそうになりながら、烏哭の怒張へ被せようと熱い舌を蠢かせる。
「は……イイよ……嵌った……みたい」
 ぴっちりした肉冠に、ぴちぴちしたゴムを被せると、そのまま、蛇腹式に一気に棹まで被った。ぐん、と八戒の口腔内で見る間に大きくなる。硬い怒張の感触に、八戒が咥えながら、涙ぐむ。大きすぎて苦しかった。
「なんか……キミにそんなふうに嵌められると……凄くカンジちゃう……よ」
 烏哭がぶるっと身震いした。それに連動するように、口の中の猛りが大きく体積を増す。八戒は苦しげに呻いた。
「挿れて八戒ちゃん。すっごくかわいいよ。我慢できない。自分で……ネ。ボクの上に乗って。自分から……ボクのをいっぱいハメて」
 八戒の地獄はここからだった。

「あ……」
 尻たぼを叩かれる。すっかり横になることに決めた烏哭は、八戒を自分の体の上へ乗せた。弾力のある肉、怒張がぶるっと震えている。その上へ、八戒の腰を両手で支えて落とそうとする。
「あ……! 」
 八戒が首を横へふる。無理だった。卑猥な行為すぎた。はじめてだった。
「騎乗位……嫌い? 」
 ねっとりとした口調で囁かれる。
「ホラ……怖くないよ。ゆっくり、ゆっくり」
「ああああっ」
 細い腰を烏哭の両手で支えられ、そのまま、先ほどゴムを被せたばかりの怒張の上へ導かれる。
中腰になったまま、ゴムの嵌った先端をすり付けられて、八戒が悶絶する。いやらしい感触だった。
「ひぃっ」
「力、抜いて。八戒ちゃん。そのまま、ボクの上へ腰を落として」
「あああっ」
 自重でより深くなる淫らな行為に、身じろぎしてしまう。
「あぅあっ」
 くびれを通りこして、硬い怒張の感覚に身悶えする。残酷な串刺しの刑のごとく、男の体の上で欲望に貫かれていた。
「ね、八戒ちゃんの好きなように、動いてイイよ」
 烏哭が自分の上唇をひとなめする。
「あ、ダメ、そっちに動いちゃだめ。痛いってば。そうそう。そう……じょうず」
 喘ぎながら、身体の上で、八戒が腰を振る。しかし、不慣れなのでそれが、挿しいれている男根の角度に沿わない痛い動きだったりする。烏哭は年嵩の男らしく、そっと助言する。そっちじゃない。一緒に気持ちよくなるには、こっちだと、そっと教えてやる。喘ぎながら、八戒は尻を動かす角度を調整した。かわいくもなまめかしい。
「……江流とは……騎乗位、あんまり、ヤってないんだ? 」
 隠したって、不慣れなことが分かってしまう。本命の男の落ち度を探し当てるのは、間男の楽しみだ。本命の見落としている 「はじめて」 を抱く相手から発見して、自分だけのものにしてほくそ笑む。まるで、盗みのようにスリリングだ。
 八戒ちゃんに騎乗位を教え込むのは、江流じゃないよねェ。ボクの出番かな。
 烏哭はひとの悪い笑みを薄く唇に浮かべた。




「かわいいよ。八戒ちゃん。ね、いいからそのまま」
「ああ、あっ」
 もう、どのくらい経つのだろう。
「そうそう。手をついていいよ。ボクのお腹の上でもイイから手をついて支えて楽にして」
 烏哭のひきしまった腹筋、筋肉がきれいについて割れている。その上へ八戒の手を導いた。
「ああ、すっごくかわいいな。キミの感じているカオ。ネ、もうイッていい? 」
 穿たれて、角度を変えて抉られて。
 八戒は何度も吐き出してしまっていた。しとどに、烏哭の腹部を自分の白濁液で濡らしてしまっていた。自分の孔を犯す、淫らな突き入れに抵抗できなかった。甘く喘ぎながら、烏哭の求めるとおりに、腰をふり男を受け入れていた。
「は、あ……あ、ああっ」
 うっすらと汗のにじむ、烏哭の腹へ手をついた。自分を穿つ律動をリアルに感じてしまって、眉根を寄せて仰け反った。
「だめぇ……だめ」
 なまめかしい口説で、悦楽の声を放つ。
「自分のペースで挿れられるから……騎乗位、イイでしょ? 」
 烏哭がねっとりとした口調で訊く。実際、騎乗位になってからというもの、セックスは八戒主導だった。ゆっくりと烏哭の肉棒を体内に抜き差しして、眉を寄せて、ヨがっている。相手の性急な求めに引きずられるまま、行うセックスより予測できる分、安心感があるに違いない。
「ホラ、もっと腰、あげて♪ 」
「あっ……」
 ぬらぬらと、烏哭のゴム越しにも赤黒い怒張が、狭間から抜かれ、見え隠れしている。ぞくり、とした感覚に、八戒は背骨を震わせた。ぞくぞくとした甘い電撃のような感覚に、骨が溶けるようだ。
「あっあああ! 」
 次の瞬間、落とすように、腰を下ろされたあげく、下から突き上げるように、腰を打ち付けられる。
「やぁああっ」
 ぐりぐり、と腰を押し付けられる。これでもか、というように、怒張を奥へ奥へと咥えこまされた。
「どう……苦しい……それとも」
「あああっああっ」
 甘い甘い喘ぎが立て続けに漏れる。
「イイんだ……いいんだね」
 烏哭が、また、八戒の細い腰を両手で支え、上へとあげる。
「ああっあああっ」
 ぬらぬら、と怒張が抜かれる感覚に、八戒が身悶える。
「凄い……きゅっ、きゅって、キミのボクのに絡み付いてくるよ……キミの」
 八戒のそこは、抜こうとすると、肉の輪が、突き入れている男根を離すまいと、しがみつくように絞ってきた。
「ああ……キミの下の口で……ボクの扱かれているみたい……イイ」
 ゴムの、人工の感覚がせつない。いつもの生の怒張とは粘膜の感覚が違う。じわじわとした粘液に包まれてもいないし、こう、生々しくないのだ。それでも、烏哭に犯されている肉筒は淫らだった。ずる、ずると締め付け、ひくつきわなないている。
「あああああっ」
 前のめりになると、八戒はまた、白濁液を吐き出した。烏哭の腹にとどまらず、粘性がだいぶ薄くなったその淫らな体液は、烏哭の胸の方まで飛んだ。
「かわいいよ……キミ……本当にかわいいね」
 うっとりした声で、烏哭が言った。
「騎乗位、大好きになっちゃった? 分かるよ、アソコの動きで……いやらしいコだ」
 ゆっくりとした、動きしかできない初心な八戒に、烏哭がねっとりと囁く。
「こういう……ゆっくりした動き……好きなんだ? 」
 ぺろり、と上唇を舌で舐めた。
「ボクは……キミが身体の上にいると……なんだろ、意味もなく、幸せだなァ」
 犯す側にとって、大好きな相手の存在を感じながら、繋がる体位の代表が騎乗位だ。
「でも……イイかな? 」
「ああああっ」
 今まで、八戒が主体でなされていた行為など、まだろっこしいと言わんばかりの激しい動きで、烏哭は自分の腰を上へと打ちつけだした。
「ひぃっうっ」
 烏哭の身体の上で、八戒が仰け反る。あまりにも、きつく穿たれた。
「こういうのは……どう? 」
「ああっあああっああああっ」
 烏哭が何度も腰を上へと振り上げる。その度に、角度を変えて、深く貫かれ、八戒が喘ぎ声を放って淫らに悶えた。
「いやあっあああっ」
 腰が、尻が震えてしまう。狭間に烏哭の肉を頬張った肉筒が、淫らにくねる。激しい刺激に悦んでいるのだ。
「いや? いやなの?……イイの間違いだよね? 」
 ねっとりとした口調で、烏哭が八戒の上体を両腕で引き寄せる。身体を前に倒して、口づけするように求めた。勢い腰の動きが前後になる。前傾しているので硬く勃ってしまった屹立が、烏哭の腹に擦り付けられる動きになって、八戒が悶絶して眉を寄せた。裏筋が重ねた身体の間で扱かれている。
「ああっ……あっ」
「これは?」
 烏哭は八戒の腰を支えたまま、動きを止めた。中空で浅く、烏哭のモノを咥えたままだ。そのまま動けなくされた。
「ああっあああっ……んっ……くっ……んんっ」
 ひくっひくっと、烏哭が動きを止めても、聞き分けのない粘膜はもみしだくようにうごめき、かえって、下の口の痙攣や蠢きを必要以上に感じてしまって、地獄だった
「やめて……やめてくださ」
 必死のお願いを、烏哭は冷然と聞き流した。
「あっ……くぅっ! あああっ! あっ」
 男の身体の上で、串刺しになったまま前傾するようにされる。一瞬、抜き差しが浅くなり、怒張が下の口から外れそうになった。
 ちゅぽん。いやらしい音が立つ。ゴムの嵌っているそれは、いつもより抵抗があった。
「あああっ」
 八戒が目元を染めて、身体をくねらせて喘いだ。外れる感覚が、粘膜に、肉の環に烏哭の怒張が当たる感覚が、淫らでしょうがない。
「あ、ゴメンゴメン」
 とぼけたのほほんとした声とともに、力強い腕で押さえつけられる。外れたモノが、強引に再び嵌められた。
「あああっあああああっ」
 きゅうっと、八戒の内部が、腹腔が緊張する。ふるふると外部から見ても分かるくらい、きれいについた筋肉が震えて、烏哭のを飲み込んだまま、痙攣している。
「そのまま、お尻を上げ下げして。そう、そう。じょうずじょうず」
 烏哭が上ずった声で、言う。
「ああ、イイ。イイよ八戒ちゃん。そう、身体を前に倒しているときは、お尻は前後に振っていいよ。そう、そう……ああ、凄くイイよえっちな身体してるね。最高だよ……」
「ううっ……くぅっ」
 八戒は奥歯を噛み締めた。耐え切れないほどの快美感で下肢が蕩けそうだった。
「身体を前に倒すと……キミの、ボクに擦りつけられるから気持ちイイでショ」
 烏哭が淫らに囁いた。
「あああっ……やぁっ」
 八戒が前傾すると交合は浅くなるので、挿入した烏哭のは浅くなり根元まで入らない。しかし、八戒の方は勃起して震える性器を烏哭の腹へ自分で擦りつけるのに加え、前立腺を突かれてイキ狂うことになる。 
「あっあっあっあっ……ああっ」  
 しかも、烏哭は根元まで入ってないので、なかなかイッてくれない。そのため上体を倒した騎乗位はとろとろと長時間煮られるような情事になりがちだ。
「も……許し」
 口の端から涎を垂れ流して喘ぎ喘ぎ八戒が苦しげに呟くのに、烏哭はねっとりとした視線を送る。
「八戒ちゃん」
 両手で八戒の腰を優しく支えて抱えなおした。
「ひぃっ……っ」
 いつの間にか、烏哭は上体を起こしていた。ほとんど、対面座位になった格好で、年下のかわいい情人を突きまわす。
「今みたいに上体を起こしているときは、上下に動いてね。ホラ、そう。その調子……イイよ。ボクも手伝ってあげる♪ 」
「んっんんっ」
 八戒は目に涙を浮かべた。浮かそうとした腰を、烏哭に両腕で押さえ込まれ、深くつらぬかれた。烏哭の怒張が奥の奥へと当たり、ただでさえ自重で深く繋がる体位に、わななくような悦楽が走り抜けた。
「なんか、やっぱりどんなゴムでもスキンでも……なんだろ、膜(マク)ごしにヤってる感じでまだろっこしいけど……キミが騎乗位がんばったから、帳消しにしてあげるね」
 烏哭はささやき、八戒を突き上げたまま腰を震わせた。射精している。
「あああっああっ」
 八戒は呻いた。びくびくと身体が下の口が痙攣する。しかし、芯まで染みとおるような、あの淫らな液状の快楽。精液を内部に吐き出されるマゾヒスティックな悦楽はなかった。
「うっ……」
 だいぶ、経って。ずるり、と烏哭は八戒の狭間から、自分を抜いた。怒張に嵌めた、ゴムの先端を中心に白濁液が溜まっている。
「外して? 八戒ちゃん」
「…………」
 八戒がいやそうに、烏哭のそれに手を伸ばす。少しおとなしくなったそれは、ゴムを被って、神妙に見える。全体に白っぽいそれを外して、ゴムの口を縛ると、先端の小さな突起に白い精液がたまった。
「やっぱり、生のがイイなぁ。キミを直に感じれるほうがサ、幸せだもん」
 ため息をひとつ吐くと、両腕の中で八戒を抱きしめてきた。
「今度は生でシテもいいですよって言ってね。お願い八戒ちゃん♪ 」
 緑色の和紙を通した、白熱球の柔らかい明かりが、八戒のしどけない姿を映し出す。烏哭の出した後の、精液でいっぱいになったゴムを手にして嫌悪に震えている。その手をつかんだ。
「本当にかわいい。ボクのかわいい八戒ちゃん」
 高級なふわふわの羽根二重布団の上で、きつく抱きしめられる。
「愛してる。本当に愛してるよ八戒ちゃん。キミのことが……大好きだよ」
 癖のある、黒髪をした男は、珍しくも真剣に愛の言葉を口にしていた。
「あの高慢ちきな江流なんかより、ボクの方が大切に思っているよ。八戒ちゃん」
 大人の男が年の離れた恋人をべたべたに甘やかす口調だ。大好きすぎて、他の男とこの身体を共有していたってかまわない。何しろ、自分は相手に本命がいることを知ってて、わりこんだのだ。後から知ってて手を出した、すねに傷がありすぎる身だ。
「かわいくて、かわいくて、あんまりキミがかわいくて、ひどいことをしたくなっちゃうよ。許して」
 身体にからむ、男の太い腕の中で、八戒は呆然としている。贅沢な木造の数寄屋造り、源泉を備えた、お篭り専用のこぢんまりとした高級な湯宿。
 ここが、どこなのか、いったい、どうして烏哭といるのか、ひとつも分からなかった。
「どうして僕は貴方と――――」
 何度目かも知らぬ、疑問を八戒が口にすると、烏哭が薄く笑った。
「確かにね」
 知的な男だけが持ちうる、物憂い倦怠。そんなものを漂わせて烏哭が呟く。
「ああ、こんな出会いでなければ、ボクはきっとキミと――――」

 次の瞬間、全てが。空間も記憶も虚無へと溶けた。








 「サクリファイス(5)」に続く