サクリファイス(2)

「はー空しい。間男ってホント空しいよねェ」
 烏哭がベッドの上に腰をかけ、タバコをふかしながら恨めしそうな視線を送ってくる、それにとりあいたくなくて、八戒は顔をそむけた。手首の縛られた跡が痛かったが、服の上から縛られていたから、跡はそんなに目立たない。
「キミみたいに、きれいな男のコ相手でも、このボクが間男ポジションってさァ、コレおかしくない? 」
 ため息なんかついている。本気とも冗談ともつかぬ軽口を叩くのをやめようとしない。タバコの煙が、部屋にたなびいて散ってゆく。

 カラスのように異様に賢くて、そして不吉な男。

 この男との事後、八戒はしつこく全身の皮が剥けるほど、身体をお湯で洗うが、石鹸は決して使わない。朝、石鹸の匂いなんかしなかったのに、外から帰ってくると石鹸の匂いがする。それの意味するところはひとつだ。どこかで裸になって風呂に入ったのだ。
「あっそ、石鹸使わないでお湯で洗い流すだけねェ。浮気者の基本だよねェそれ。間男とヤってるの気がつかれたくないってかァ」
 八戒は無言で緑の服や白い肩布をはたいている。そんなつれない八戒のことを、烏哭はふてくされた表情で見つめていた。
 八戒はもう本当は腰が抜けてうまく立たなかった。気力で立っていた。直後はもちろん、感じすぎて痺れたようになってしまって動けなかった。腰が抜けるほど抱かれてしまっていたのだ。なんとかしなくてはと内心焦っている。脚はがくがくして、震えていた。
 本当は、ゆっくり休まないといけないくらい手練れた男との情事で消耗していた。だけど帰らないと仲間に心配されるだろう。
「三蔵と今夜ヤる気なんでショ。いけないコだなァ。ボクと寝た後で三蔵とも寝る気なんでショ」
 茶化すような口ぶりで言った後、烏哭の身を包む雰囲気が微妙に変化した。
「ふーん……ま、いーや。愉しんできなよ」
 その知的な顔に薄く微笑みを浮かべている。星のない夜のような、この男独特の虚無感が濃くただよった。メガネのレンズの向こうの漆黒の目に浮かぶ光は謎めいている。
「……どうして」
 八戒が思わず、という調子で反射的に呟いた。くせのある黒髪にメガネ、三蔵と似ている黒い僧衣姿をじっと見つめる。
「どうして、僕は貴方とこんなことに」
 思わず、呟いてしまった。おかしなことだった。言わずにいられなかった。何かがおかしかった。何かが狂っていた。
 どうやって八戒はこのカラスに似た不思議な男と知り合ったのか?
 八戒は何も思い出せなかった。
 とたんに、記憶に紗がかかる。厚いベールの向こう側に思い出したいものが捕らわれて表面に出てこない。記憶が虫食いにあったようだ。何か、大切なことがあったはずだ。この飄々としたふざけた男と何故こんな関係を続けているのか。重大な何かがあったはずなのだ。
 何故、この男と関係しているのか。
 八戒には大切な三蔵がいるのに。
 どうして。この男と、何故。

「えーボクと寝てる理由? そりゃ、ボクと身体の相性が合うからだよネェ」
 ひらひらと、手を横にふって、ふざけた仕草で目の前の烏哭が笑った。
 烏哭三蔵法師――――無天経文の継承者にして吠登城の天才科学者。
「ほかに何か理由なんてあったっけ? 」
 烏哭はタバコを口にくわえたまま、虚空を見上げた。かわいい年下の恋人の相談に乗ってやってる年上の男、そんな風情だ。
「そーんなコワイ顔しないで八戒ちゃん。また……今度、いっぱい……シようね」
 抱き寄せられる。肩を抱かれて、頬をぺろ、と舌でひとなめされた。
「ね? 」
 八戒が烏哭を邪険に押しのけた。真剣な表情だ。
「ふざけんじゃないですよ。どうして僕が貴方なんかと! 」
 叫ぶ。肩を震わせて思い切り叫んだ。散々、喘いだため、声はかすれ気味だった。
「ああ、でもキミはボクにまた抱かれに来るよ」
 目を驚愕に見開く八戒に、烏哭がきっぱりと宣言した。凄みのある暗い目つきだった。
「バイバイまたね」
 ドアが鼻先で締まった。連れ込み宿の殺風景なドアの前で、八戒はしばらく呆然とたたずんでいた。
 






「おい」
 烏哭と別れ、宿に戻ると、三蔵に部屋の前で呼び止められた。旅人用の宿、簡素な部屋の扉が開く。古い木のドアにはシミがいくつも浮いている。安普請だ。
 しかし、そんな宿でも、いやそんな宿だからこそか。八戒の最高僧様はふるいつきたくなるほど麗しい。まだ夜着に着替える前らしく、僧衣を着崩した黒いタートルネック姿だ。
 美しい大輪の赤い薔薇が朽ちた家屋であろうと美しく咲き誇るように、安宿すらも三蔵の秀麗さを損なわない。かえって、その美貌を引き立てる小道具のひとつだと錯覚してしまうほどだ。
「いままで、どこへ行ってた」
 その美麗さにそぐわぬ、愛想のない言葉。八戒は思わず緊張で肩をすくめた。
「今日、三蔵は悟浄と同じ部屋のはずですよね」
 八戒は、三蔵を見ずに言った。右目にモノクルが嵌っているのを確認するように思わず指先で触れる。
 最高僧様は、ご機嫌が麗しくない。ピリピリとした焼けるような気を周囲に撒き散らしている。
「知らねぇ」
 吐き捨てるように言った。しばらく、つれない様子の八戒の顔を、その紫の目でじっと見つめていたが、あっという間に腕を伸ばしてきた。手首をつかまれる。
「三蔵! 」
 八戒が押し殺した声で呻いた。
「どうして今日、俺を悟浄と同じ部屋にした」
 唸るような声音で三蔵が問い詰めてくる。紫の瞳でまっすぐに八戒を見つめる。
「さ……」
 だめだった。
何かを確信したような、切迫した表情で、三蔵は黒髪の従者を部屋へと引きずりこんだ。
「や……」
 悟浄はいない。頼みの悟浄はいない。白いシーツのかかった、ごくごく簡易なベッドが2台、壁際に置かれている。他の家具はほとんどない。泊まるためだけの部屋だ。あまり広くもない。
「バ河童なら、外へ行った。女を買いにな」
 突き飛ばすようにされた。ベッドの上へ思わず不安定な姿勢で倒れ込む。
「さん……! 」
 八戒は喘ぐように言った。烏哭に抱かれてから、どのくらい経つだろう。まだ、1時間も経ってないかもしれない。
「悟浄が途中で帰ってきて、見つかってしまうかもしれないじゃないですか」
 口調が懇願する調子になる。白い肩布を奪われて放り投げられた。放物線を描いて、部屋の隅に落ちた。
「関係ねぇ」
 三蔵は刺々しかった。身体の下に敷き込んだ、八戒の緑の服を剥ぎ取ろうと苛々している。肩で止められたボタンを外しそこなって、舌打ちしている。
「悟浄に見つかります。悟浄に……」
 うわごとのように、繰りかえした。呪文のように親友の名前を唱える。あの赤い髪の男はどうして、いないのだろう。悟浄さえいれば、三蔵だって、今日こんな無体に及ばないかもしれないのに。
「今日、俺を避けるのは、悟浄のせいか」
 癇症さがあらわになっている。眉間の皺がより深くなった。藪へびだ。八戒が悟浄の名前を呼ぶのも、本当は歓迎していない。そういう声音だ。
「てめぇ、何か隠してるな」
 上衣を剥ぎ取られる。緑色の服をいまいましそうに、ベッドの下へと落とされた。その激しさに八戒が目を瞑った。抵抗するのも、できなかった。抵抗すれば、この金の髪をした男の疑いを裏づけてしまいそうだった。
「いやで……! 」
 のしかかられた身体を避けることもできない。三蔵はベッドに縫いとめるかのように、八戒を押さえつけ、その下肢から服を剥ごうとした。性急な求めに思わず閉じていた目を開けた。
「さんっ……」
 ぬる、と三蔵の唇が首筋を這った。息をつめる。石鹸の類は使っていない。香りもしない。烏哭の匂いは湯で肌がむけるほど洗ったから消えている。恐らく怪しまれることなどないはずだ。それでも、緊張した。八戒の下衣に三蔵の手がかかる。下着ごと脚が抜かれ、裸にされた。
「う……」
 前の男との行為から、1時間も時間が経ってない。そこに三蔵の手が狭間に触れ……。
「あ……」
 湿っている。乾ききっていない。八戒は戦慄した。口の中が緊張で乾いてゆく。恥毛も皮膚も、まだ湯を吸って乾いていないのだ。うかつにもタオルで拭いただけだった。例え、石鹸など使わなくても、湯に入ってきたということは分かってしまうかもしれない。
「おとなしくしろ」
 強張って、脚をなかなか開こうとしない、八戒の所作を叱りつけると三蔵は強引にそのしなやかな脚をこじあけた。
「さんぞ……っ」
 くた、と力のないそれを弄ばれる。
「……勃ってきたじゃねぇか」
 抱かれることが常態となった身体が蜜をたらしている。散々、烏哭に喘がされ、抱かれた身体だった。もう男に犯されるのが癖になってしまっているらしい。
「あっ……あっあっ」
 くびれたところへ、皮を寄せるように指でしごくと、八戒がとたんに、切羽つまった声をあげた。
「すっげぇ感じやすいな」
 三蔵が低音の声で呟くのにも、反応してしまう。ぞくっと背筋を快楽の火花が走り抜けた。
「あ……」
 そのまま、首筋に三蔵の顔を埋められた。つ、と舌先を走らされる。肌が震えた。こんな前戯も前戯だけで、イッてしまいそうなくらい、感じてしまっていた。
「ああっああさんぞ」
 男に抱かれたばかりだった。ねっとりと長時間、肌を愛されたばかりだった。まだ、快楽の熾き火のようなものが身体の奥でくすぶっている。完全に消しきれていなかった。たやすく火がつき、燃え上がってしまう。
「くぅっ……」
 熱くなってゆく淫らな肌に、八戒が自分のことなのに自分で戸惑っている。思わず唇を噛み締めた。
(三蔵と今晩ヤる気なんでショ。いけないコだなァ。ボクと寝た後で三蔵とも寝る気なんでショ)
 烏哭の言葉が耳によみがえった。八戒の気持ちとは裏腹に、果たして烏哭が予言したとおりの状況になっている。
 あの男にも、ほんのつい先ほどまで、この首筋を舐められていた。背徳的な感覚に襲われた。ねっとりとした舌使いに、八戒は散々、泣かされていたのだ。
 びり、とした電撃のようなものが、三蔵に吸われるたびに走る。内出血の所有の印が、以前にもつけられ、薄くなっていたものの上へと重ねてついた。
「あ……」
 首筋を舐め上げられ、吸われながら、胸元を弄られる。乳首をきゅ、と摘まれた。
「あぅっ」
 思わず、艶かしい声が漏れてしまう。その間も股間でうごめく淫らな手の動きを止めてもらえない。
「さんぞ……だめ……さんぞ、もう」
 八戒が眉根を悩ましく寄せて、狂おしい悦楽の声を放つ。首筋を愛され、胸の突起を摘まれ、性器を扱かれ、同時に肌を背筋を走りぬける狂おしい性感に、八戒が目尻に涙を浮かべた。
「あっ……あっあっ……もう」
 屹立がぴくぴくと震え、三蔵の手の中に白濁液を吐き出した。
「あっ……あ」
 腰を突き出すような動きで、絞るようにしてしまう。あられのない格好で極みに達した。
「早ええ」
 三蔵が呟いた。
「早すぎじゃねぇのか。淫乱」
 今夜の八戒はひどく感じやすいし、達しやすくなっている。淫らだ。
「あ……あ……あっ」
 八戒が肩で息をした。もう、男に抱かれ過ぎていて、身体がもたなくなっている。でも、これだけで許されるとも思えない。三蔵の手に滴った精液はさらさらとして、水っぽい。
 三蔵が八戒の片足を肩へとかつぎあげた。そのまま、腰を突き入れる。
「う……」
 いや、もう、先刻だけの話ではなかった。最近、毎晩、毎夜、連日、三蔵に抱かれているのだ。この蕩けるような艶かしさを、三蔵は自分との行為を重ね過ぎたためだと理解したらしい。いや、理解するしかないのだろう。
「あっあっあっ」
 甘い啼き声が部屋に響く。連日の性行為に緩んで柔らかくなった肉を三蔵が食むようにして犯す。夜は三蔵が、昼は烏哭が。ふたりの男から代わるがわる欲望を叩き込まれている淫らな肉体だった。
「さん……ぞ」
 貫かれながら、精液をつらつらと棹から垂れ流している。もう、口を閉じることもできないらしい。喘ぎ抜いて、甘い吐息をつむぐだけの器官になってしまったそこは、とろとろと唾液を口はしから垂らしている。
「んんんっあ……んっ」
 首筋を舐めまわしながら、深く穿たれる。ふたりの身体の間で、八戒の弾力のある肉の屹立がこすれあい、それも感じるのか、仰け反った。
「すっげえ。ずぽずぽしてやがるスケベが」
 もう、三蔵の肉に馴染みきり、深いところで交われば交わるほど感じてしまう。しゃぶるように締め付けられる。いやらしい身体だ。
「あっ……ああっ」
「……八戒」
 何度も八戒の肉筒に咥えられ、しゃぶられ、締め付けられ、強烈な快感を逃がしきれなくなって、三蔵が、奥へ欲望を吐き出した。
「んぅっ」
「く……」
 何度も内壁へ擦り付けて唸っている。奥歯を噛み締めて、眉根を寄せて、痙攣する淫らな八戒の肉体を味わっていた。
「あ……あ、ああっあっ」
 粘膜へ、しとどに出されて、八戒が悶絶した。沸騰する情欲の証、白い体液がなかに滴る感触に、感じて悦楽の声を放って身体をよじった。
 男の精液で内部までぐちゃぐちゃになる。
「あっあっあっ」
 八戒が、三蔵の腰へまわしていた両脚の力を強くした。きゅう、と締め付ける。
「うごか……うごか……な……で」
 放出した後、ゆるゆると三蔵の腰は動いた。中で吐き出した自分の白濁液をこね回すような動きだ。
「足りねぇ」
 額に汗を薄っすらと浮かべて鬼畜坊主は呻いた。これほど艶かしい肉体を前に、1度や2度の行為で済ませるつもりはなかった。
「さん……」
 淫猥な音が、穿たれるたびに立った。三蔵の怒張と自分の粘膜の間で、精液が掻き混ぜられる音だ。ぐちゅ、ぐちゅ、くちゅ……。ひどくいやらしい音に聴覚まで犯されそうだ。
「さんぞ……さんぞだめ」
(これでもナカで出されるのイヤ? ……ナカで出した後、ヤると……すごく気持ちイイのに)
 烏哭の言葉が脳裏をよぎる。
(とろとろにナカ、セーエキでいっぱいにしちゃった後で、ボクのをずぼずぼ出したり挿れたり……してあげるから)
「あっあっあっ……あ」
 八戒の淫らなそこは、穿つだけ散々穿たれて、しかし、男の精は与えられずに蕩かされていた。まるで飢えるようにして、三蔵のものを咥え、しゃぶって離さない。
「や……」
 沸騰する白い体液ごと、三蔵の怒張を締め付けてしまう。ひくひくとそこが蠢いた。もう止まらない。感じすぎた上の、生理的な痙攣だ。
「あぅっ……あっ」 
 腰を抱えられて深く浅く穿たれた。まわすようにされると、ナカのイイところに三蔵のカリ首が引っかかって悶絶する。
「ひっ……ぃっ……ひ」
 ひどく感じるところを、立て続けに突き上げられて、悲鳴をあげる。いつの間にか、前を放ってしまっていた。三蔵に触れられることもなく、尻肉を犯される行為だけで、達してしまっていたのだ。
「そんなに、イイのか」
 三蔵が、左脚だけ肩へ担ぎ上げ、激しく挿入する。そうすると、変則的に奥を抉りまわすことができる。突き入れているものを軸にして、腰を円を描くようにまわすと、身体の下にいる男から、降参の声があがった。
「もう……だめ……無理……で」
 快楽に歪む、八戒のきれいな顔を眺めながら、三蔵は腰を使った。前後にゆっくりと抜き差ししてやる。
「ぐ……」
 挿すときは、八戒の顔は衝撃に耐えようと、眉根が寄せられ、苦悶に近い表情になる。蹂躙されることがやや苦しいのだろうか、そんな顔つきになる。
「ひっ……」
 そろそろと腰を引き、ぬちゃぬちゃと白い精液をまとったそれを抜く動きをすると、八戒は仰け反った。とたんに顔は緩んでだらしなくなる。なまめかしい舌が唇から見え隠れし、涎を口はしから流している。
「あ……」
 快楽に震えている。何度もそんな身体の内部に白濁液を吐き出した。間で揺れる八戒の屹立は、
震えながら、やはり白い体液を垂れ流している。三蔵が穿つたびに震えるその肉は、先端の鈴のように小さく口を開けた孔から、とろとろと透明な、そして白い液体を垂れ流していた。
「あうっ……」
 もう、精液を出しすぎているのだろう。ほとんど水のようだ。
「さん……」
 そのときだった。闇の中かすかな物音がした。廊下からだ。
「おっと悪ィ」
 安普請なドアの開く音が続いた。それと同時に、まぶしい廊下の光が流れ込んで来る。逆光で黒い影になっているが、長身の男の姿が目の端に映った。
「……っ! 」
 ハイライトの煙が、ただよって来る。
「早く帰って来すぎちゃった? 」
 長い赤い髪がさらさらと音を立てている。朝帰り、と呼ぶほどの時間ではない。しかし、真夜中は通り越している。夜明けの方が近い、そんな頃になっていた。
「ご……」
 八戒は悲鳴をあげそうになって、思わず飲み込んだ。両脚を開いて三蔵に好き放題に穿たれ、中に出されて淫らに喘いでいるこの姿を親友の悟浄に、
「帰ってくんじゃねぇよ」
 三蔵が唸るように言った。低音の声が闇を震わせる。三蔵がしゃべると、腹腔の筋肉も動く。八戒は穿たれる律動が変わって、仰け反った。悟浄が見ているのに、悟浄の目の前なのに感じてしまう。
「へぇへぇ。しょーがねぇな。サルんとこ行くか」
 悟浄は悪びれもせずに、頭をかいている。それはそうだろう。勝手に部屋に男を……従者を連れ込んで犯しているのは最高僧様の方だった。非難されるべきなのは、むしろこの金の髪をした男の方だ。
「……っ」
 三蔵は、かまわず八戒を穿っている。また、絶頂が近いのだ。さっきから、痛いほどに締め付けられている。一度、放出しないと、もう何も考えられない。そんな性的な高みに追い上げられている。
「あ……」
 無情だった。いや非道か。仲間に、親友に見られたというのに、その眼前で行為を続けられている。八戒は思わず敷かれている白いシーツを口元へと手繰り寄せた。そのままきつく咥える。
「にしても」
 悟浄がハイライトを吸いながら、悟浄が三蔵と八戒の方を一瞥した。抱かれて三蔵を受け入れて脚を大きく拡げ、シーツの上で身体を捩っている黒髪の親友へと視線を走らせる。
「この街にいるどの美人より、確かに、八戒の方がキレーだな」
 くっくっくっと笑うと、煙を吐き出した。紫煙が濃密な性交の場にただよう。性で淀んだ空気をいっそう淫猥に染め上げてゆくようだ。シーツを咥えて、声を我慢している八戒からは凄艶と呼ぶしかない色気がただよっている。いや、色気なんていうなまやさしいものではない。
「消えろ。コイツを抱こうなんざ考えやがったら殺す」
「へぇへぇ」
 肩をすくめている。同室の仲間が戻ってきたのに、動じずに行為を続けるこの傲岸不遜の権化を、悟浄はじろりと眺め、呆れたようにため息を吐いた。
「じゃあな。八戒」
 最後に舐めるような視線を、犯されている八戒へ送った。視姦している。自分もそのなまめかしい肌の感触を、肉体の淫らさを想像の中で味わおうとしている目つきだ。
「く……」
 八戒は口の中に押し込んだシーツを噛む力を強くした。油断すると声を放ってしまいそうだった。
「消えろ。さっさと消えろ撃つぞ」
 三蔵が唸る度に、腹腔の筋肉が動き、貫かれている八戒にも伝わる。
「んっあ……」
 そのとき、シーツを噛んだまま、八戒がびくびくと達した。
「いやらしいヤツだ。悟浄に見られるのがイイのか。見られてイッたのかドスケベが」
 三蔵が、嬲るようにささやく。
「……見られると感じるのか、すげぇナカひくひくさせやがって……そんなにイイのか」
 思い切り、穿たれた。これでも加減をしていたらしい。今度は悟浄が見てようが見ていまいが、関係なく深く穿たれた。
「ああっあ……」
 思わず、シーツを口から外し、悦がり声を放ってしまっていた。甘い声、吐息が散ってゆく。男の欲望を直撃する声だ。
「ひっでぇな。こんなの見せらつけられて。しゃーねーな。また店、行ってくっか」
 悟浄が頭を掻いた。せっかく収まったものに火がついてしまったらしい。ぼやきながら、悟浄は部屋から出て行った。ドアが閉まる音が部屋に響く。
「ったく」
 三蔵は舌打ちしている。
「……悟浄に、見られたな」
 淫らに低音で囁かれる。
「っくぅっ」
 仰け反ると、散々、三蔵がつけた内出血の跡のついた首筋が目立つ。先刻、烏哭が跡を残さないように、舐めて執拗に愛していたところだ。身体中、三蔵以外の男の慰めものになっているが、間男は一回りは年が上だった。手練れていてる。情人のいる相手に痕跡を残すなんてヘマはしない。
 八戒がひどく淫らになってゆく以外は。
「あっ……ああっ」
 また、奥に三蔵の欲望を吐き出された。じわじわと熱くなっているそこは白い体液を吐き出されすぎて、とろとろに蕩けている。
「あっ……あ……ん」
 きれいに肉のついた、八戒の腹の筋肉が震えている。感じすぎて、内部の孔が、肛が震えているのだ。三蔵を飲み込んだまま、痙攣と弛緩を頻繁に繰り返していた。その周期がいよいよ短くなってきている。限界だ。始終、男を狭間に咥え込まされて、もう閉じられないようにされているのだ。
「見られると……興奮するのか。いやらしいヤツだ」
 吐き出しても、硬度が対して落ちないそれで、ゆるゆると貫かれている。八戒は枯れた喉で、ぜいぜいと喘いだ。尻がうごめいて、三蔵の打ち込みに合わせて腰をまわしてしまう。ひどくイイところに当たって、悶絶した。
「あっあっさん……ぞ」
 黒い艶を放つ前髪がバサバサと打ち振られて音を立てている。きゅう、と締め付けてめちゃめちゃに内部の三蔵をもみしだいた。
「……っ」
 もう、お互い、限界をとおりこしている。八戒の性器はいまや、吐き出すものもなくなったのか、水のようなものを滴らせている。先走りと見間違いそうなそれは、一応、精液なのだろう。出しすぎだ。
「こんなところ、見られても、てめぇは親友ごっこ、続けようとすんのか?」
 切れ切れに三蔵がそんな意味の言葉を八戒へ囁く。その言葉には明確な毒があった。
「アイツもお前のこと、抱きてぇんだぞ。目を見れば分かるだろうが」
 悟浄の前で抱いたのは、牽制もあるのだろう。
「他の男と寝ようと思うんじゃねぇぞ。許さねぇ」
「あっ……」
 もう、限界だった。白い闇に意識を喰い荒らされてゆく。目の前がゆらぎ、白くなった。生理的に止まらない涙のためだけではあるまい。脳がブレーカーを落とすように遮断しかかっている。
「さん……」
 大好きな、最高僧の名前をつづったまま、黒髪の従者は意識を手放した。








 「サクリファイス(3)」に続く