今夜、俺の部屋に来い(9)

 それから、

 それからというもの、夜が来るたびに、八戒は悟浄や悟空の部屋から姿を消した。
 毎夜、毎夜、繰り返される情事に、最初は初心だった肉体もだんだんと三蔵になじんできた。

 そんな、ある日の夜。

「ここ、お前の匂いがする」
「……っ」
 三蔵に脚を開かされ、脚の間に顔を埋められ、散々いたずらされ喘がされた後だった。
「いや……です」
 自分の匂い。そんなものを露骨に嗅がれて恥ずかしい。八戒が肌を上気させまぶたを閉じる。息が荒い。どうしようもない。
「なんだか、こう……」
 三蔵の舌先が敏感な内股を這う感覚に、八戒が目を剥いて身体を仰け反らせた。
「ひっ……っ」
 唇を噛み締めようと力を込める。ぴく、と脚の間で育ってしまった屹立がふるふると揺れる。ちゅ、と音を立てて先端にキスをされた。そのまま、なだめるように尻にまでキスを落とされて、八戒が頬を染めた。恥ずかしい。
「だめ……だめです……さんぞ」
 三蔵は取り合わない。先走りの透明な液が幹を伝い、下の恥毛にまで落ちてゆくのをすくうようにして、塗りこめる。
「あ……ああ」 
 三蔵の愛撫で淫らになってゆく身体。男に抱かれることを知ってしまった身体。あまりにも急激な変化に、身体も心もついていけない。カタストロフィー。何かが一気に変わってしまった。今夜も寝台の上で丹念に愛され、より淫らな身体へと育てられてしまう。
「あ、ああっ……あっ」
 何度か、抱かれるうちに緊張は解けてきた。しかし、緊張の代わりに入りこんできた快感に耐えられそうにない。八戒がひとつの行為に慣れはじめると、三蔵がさらに卑猥な行為へ八戒を堕とすのだ。
「こっちに向けろ」
 四つん這いになって、尻を掲げることを求められ、八戒は目元に朱を刷いた。恥ずかしかった。
「あ……! 」
 三蔵の舌が後ろの孔に這う。強烈な感触だった。濡れた生暖かい舌が、襞を舐め、挿し入れられる。
「やめて……やめて……やめて」
 恥ずかしくて、それしかいえなくなる。糸の切れた人形か、機械仕掛けのオモチャのようだ。三蔵へ尻をさらし、そして奥底の何もかもを眼前へあらわにし、それだけじゃ足りないとばかりに、臓腑の入り口を舌先で愛される。
「ああ……ああっ」
 ぴちょ、ぴちょ。耳を塞ぎたい音が下肢から立った。ぶる、と八戒の前が容をとって張り詰め痛いくらいになる。
「…………っ! あぐぅっ」
 なだめるように、三蔵の手で前を握られて、八戒が悶絶する。前から後ろから、同時に愛撫されてもう正気を保てない。
「ああっああ……ん」
 快楽が深くて、まだ挿入されてもいないのに、聞き分けのない粘膜がナカで震えているのが分かる。感じるたびに、きゅうきゅうと痙攣して収縮してしまう。
「あ……!」
 舌で愛され、指で扱かれ、八戒は尻を震わせた。もう絶頂が近い。達してしまう。
「さんぞ……さんぞ」
 愛しい相手の名前を呼びながら、八戒は白濁液を三蔵の手の中へ滴らせた。ぶるぶる震えて何度も放ってしまう。三蔵は浅く挿し入れるようにして、愛撫していた尻孔の舌をまわすようにした。八戒が悶絶する。ただでさえ、達して敏感になった身体には拷問のような甘美な責め苦だ。
「ああああっ」 
 後ろの孔が閉じられなくなって、ぱくぱくしているのがはしたない。しかし、もう八戒からは理性が消えつつあった。三蔵が指の代わりに、太くて硬い自分を宛がったとき、八戒の心に湧いたのは、怖れではなく、純粋で淫らな歓喜だった。
「あ……」
 焦らすようにされる。三蔵はその先端で、八戒の入り口を突いた。
「どうして、昼間、俺と目を合わせない」
 それは突然の問いだった。神経が情欲で白く焼けるような情事の最中、まるで駄々のように、いきなり問われた。
「さん……」
 八戒は薄っすらと目を開けた。三蔵が情欲のにじんだ目つきで八戒を見つめている。思わず、目を逸らした。その美しい癖に淫らな様子を見つめたら、三蔵の姿が脳に焼き付き、他に何も考えられなくなりそうだった。
「うう……」 
 ひどく焦らされていた。三蔵のを、肉の環の入り口で突かれ、尻で円を描くように回された。きゅ、きゅ、とその亀頭が糸を引き、淫らな円状の軌跡を描いて震えている。
「あ、ああ」
 八戒は尻を震わせて甘く喘いだ。耐え切れない。ひく、ひくともの欲しげに粘膜がひくついた。はじめての夜は痛かった。でも強烈な快感もあった。三蔵に抱かれるのは、苦痛と快楽に交互に襲われる衝撃的な体験だった。
 そして、今や抱かれれば抱かれるほど苦痛は少なく、淫らさばかりが強くなってゆく。
「俺はお前のことばかり見てるってのに」
 三蔵が喉から絞り出すような声を出した。滅多に吐かない弱音を吐いている。腰を浅く躍らせた。ずぼ、ずぼ、と八戒の入り口で肉冠をした先端が半分埋まったり引き抜かれたりしている。その度に、八戒は上気した身体をひくひくと震わせていた。弄ばれている。
「お前は俺を見ない。俺の傍にも自分からは来ねぇ」
 こうして、毎夜、この金の髪をした最高僧のもとへ、通っているというのに。裸体をさらし、身体の隅から隅まで舌を唇を這わせられて犯され、好きにさせているのに。
「どうしてだ」
 こんなに明晰な三蔵なのに、八戒のこととなると、目が曇るらしい。誰が嫌いな男のところへ毎夜、誘われてのこのこと来るだろうか。そして、夜明け近くまで体液を交換するほど濃密に抱かれるだろうか。
「さん……」
 八戒はうつぶせになったまま、口ごもった。今夜は枕が口元近くにあった。すごく恥ずかしい愛技をされたら、顔を見られないように埋めてしまおうと思っている。
「あ…………あ」
 くい、と三蔵が再び怒張をこれ見よがしに押し付けた。生殺しだ。後背位のまま、挿入されてるともいえない浅いところで尻を振られる。そうしながら、三蔵は自分の上体を前へ倒すと、八戒の耳元へ切なげに囁いた。
「どうしても、お前のことばっかり見ちまうのに」
 甘い苦悩のにじむ声だった。
「俺ばっかりか。俺ばかりお前のことを」
 背後から囁かれる。ぺろ、とカフスの嵌った耳たぶを舐められた。びくん、と八戒の身体が跳ねる。
「僕……だって」
 狭間に三蔵の硬くて太いものを擦り付けられ、背後から耳や首筋を舐めまわされ、息が荒くなる。それに耐えながら、八戒は呟いた。
「貴方のことを……意識すると……どうしても……」
 それ以上は言葉を続けられなかった。砂糖にも似た甘い喘ぎ声を漏らしてしまう。
 しかし、そんな微妙な心の機微を三蔵のようなタイプの男が理解するとも思えない。羞恥心など、傲岸不遜、傲慢の権化のようだと評される三蔵には、遠い心の動きだろう。
「分かんねぇ。てめぇの気持ち。分かんねぇぞ」
 こんなに身体を好きなようにさせているのに、分からないらしい。三蔵は訴えるように囁いてくる。
「あ……」
 ぺろ、と背に三蔵の舌が這うのを感じる。濡れた暖かい舌の感触。そのとき、八戒は思わず消え入りそうな声で言葉を漏らした。それは囁きよりも小さな声だった。

 好き……に決まってるじゃないですか。

「……何」
 何を言われたか、にわかに理解できなくて、三蔵がその紫色の瞳を大きく見開く。
「今、お前」
 三蔵の声が真剣になってゆくのに、八戒が顔を真っ赤にする。もう、枕に顔を埋めてしまおう。そう八戒が思ったとき。三蔵の両腕が伸びた。
「あ……! 」
 挿入されている狭間を軸にして、身体を回転させられた。
「ああっあああっ」
 抜かずに仰向けにされる。肉冠が肉の環で回転する感触に、八戒は喘いだ。狂ってしまいそうなくらい気持ちがよかった。
「はぁっはぁっ」
 喘ぐ八戒の顔を、三蔵が正面から見下ろす。
「今、なんて言った」
 暗紫の神秘的なくらい美しい瞳で見つめられ、八戒がやはり目を合わせられずに伏せた。顔は上気して真っ赤だ。
「もう一度言え、いや言ってくれ頼む」
 三蔵が真剣に言う。繋がったところが焼けるように熱い。生殺しにあっている身体は、ひくひくと肉の環で三蔵を締め付けてしまう。三蔵の顔が苦悶に歪んだ。荒い息の下から、それでも三蔵が言葉を継ぐ。
「言ってくれ頼む」
 懇願されている。この美しい男に、まるで神が仏のような、この麗しい男に。八戒はなんとも言えない、ぼうっとするような多幸感に浸されてゆくのを感じた。
「あ……」
 仰向けにされていた。胸の上で自然に硬くなってしまった乳首をつままれる。そっと三蔵に触れられると、快楽が電流のように腰へ走り抜けて悶絶してしまう。
「恥ずかしくて……もう」
 言えません。控えめな唇だった。押し殺した声で答えた。
「クソ……」
 三蔵は舌打ちをひとつすると、八戒の左足を肩へかついだ。そのまま身体を奥へと進める。
「ああ……! 」
 いっぱいに三蔵が入ってきた。苦しいのに、粘膜は甘美な感覚を伝え、八戒を惑乱させる。
「きついか」
 まだ、まだ身体は慣れてはいない。でも、恐怖や恐れはだいぶ無くなった分、快楽の方が強かった。
「あ……っ」
 前にも三蔵の手で愛撫を施される。緩急をつけて扱かれた。
「ああ、ああっ」
「八戒」
 孔がひくひくとわななきながら、緩んだ。
「俺の」
 三蔵に囁かれる度に、八戒がびく、びくと痙攣する。三蔵の言葉でも感じてしまっているのだろう。
吐息を耳に注ぎ込まれるようにされていた。
「あうっ……あっあっ」
 前のくびれまで指で愛撫され、追い詰められる。弾力のある肉の棒が震えてぴくぴくと揺れた。
「くっ……」
 三蔵が八戒の身体の上で苦悶の表情を浮かべた。
肉筒がねっとりとからみついてくるのだ。淫らだ。
「感じてるのか。感じてるんだな」
 八戒が感じるたび、引き絞るような蠢きをそこは繰りかえした。いつの間にか、三蔵の体温に、そして容に馴染み、三蔵の好みに慣らされてゆく。三蔵専用の淫らな孔。
「ああっ」
 俺のものだ。俺のだ。俺はお前が
 最後の方の言葉は耳に直接注ぎ込まれ、八戒は陶然とした。心だけでなく身体も蕩けてしまう。
「さん……」
 腰を打ち付けられて八戒が達した。奥に三蔵のを挿入される感触に、まだ慣れないが、満たされる感覚に酔った。だくだくと白濁液を吐き出して、腰を震わせる。
「っく……」
 三蔵も、間を置かずに八戒の中へ自分の熱い想いと体液を注ぎ込んだ。
「あ……」
「八戒。八戒……」
 そのまま、三蔵は八戒を抱えるようにして寝台に倒れ込んだ。ぬる、と勢いで白濁液を吐きつくした三蔵のが下の口から外れる。ちゅぽん。淫らな音。粘着質で卑猥な音が立つ。
「あ……くぅっ」
 抜ける感触にすら感じるのだろう。とろとろと肉の環から、三蔵の体液を垂れ流し、聞き分けのない肉体を震わせ、歯を噛み締めるようにして耐えている。
「あっ……ああ」
 ごぽ、ごぽ……三蔵の白濁液に尻を汚され、自分自身も達して精液まみれになっている。身体の前も後ろも淫らな体液まみれになってひどい有様だった。それなのに、そんな八戒は……ひどく綺麗だった。
「八戒」
 三蔵は緑の瞳を覗き込んで唾を飲んだ。我慢できなかった。再び、その身体を優しく、しかし有無を言わさず押さえ込んだ。
「あっあっも……許し」
 この卑猥な肉筒が自分の性器の容に変わってしまうくらい、抱いてしまいたい。凶暴な肉欲に、脳神経が白く焼き尽くされそうだった。
 もう、幾ら抱いても気が済まなかった。

 





 「今夜、俺の部屋に来い(10)」に続く