今夜、俺の部屋に来い(4)

「ホント呆れるわ。肉まんくらいで、あんなに騒ぐんじゃねーよハズカシー」
「うるせーよあのヤクのやつ俺の肉まん全部食おうとしたんだぞ」 
 市場からの帰り道、八戒は自分がどうしていたのか、覚えていない。
「は? ヤクが肉まん食うかよ」
 ヤクは草食のはずだ。牛みたいな動物なのだ。悟浄が馬鹿にしたような視線を送る。
「食うんだよ。うるせーよ、このエロ河童」
 毎度おなじみ、悟空と悟浄のケンカを背景曲がわりにして、八戒はその隣で、ふらふらと歩いていた。そう、もはや、三蔵のことを見ることもできずに、ひたすら歩いていたのだ。
 ちら、と三蔵が気遣わしげな目つきで、八戒のことを流し見たが、それにも気がつかなかった。

 

 その夜は、また冴え冴えとした月が美しい宵だった。大騒ぎだった昼間とはたいした違いだ。
 標高が高いせいか、月が近くに大きく見える。もう、半月が傾き西の空へと落ちる真夜中だ。

 それなのに。

 八戒は仲間ふたりが寝静まった部屋で鬱々としていた。眠れないのだ。
 従者用のせまい部屋だった。ベッドを3つ入れたらもう部屋いっぱいだ。

 三蔵。
 凍れる月にも似た美しいひと。

 罪深いことだと分かってはいた。同性なのに、しかも相手は泣く子も黙る三蔵法師様だ。最高僧様。世の権威を一身に集めたような高貴なお方なのだ。そんな彼をこんな自分が――――妖怪で近親相姦経験者、大量殺人なんてひどい過去のある自分のような、あさましくも後ろ暗い立場のものが、懸想していい相手のわけがなかった。しかも八戒は従者で妖怪なのだ。

 もう、この手には誰も抱けない。殺したやつらの血で濡れ滴っている。

 こんな自分が、想っていて、いいはずがない。いい相手のわけがなかった。
 こんな、だいそれた気持ちには栓をしておかなくては。きつくきつく。それなのに。あの紫色の真っ直ぐな瞳に見つめられれば途端に心が騒ぎ揺れてしまう。
 夜、こうして眠れなくて無理やり横になると、まぶたの裏にあの金色の姿がちらつく。神にも仏にも等しい、ひとびとにとっては生き仏さまみたいな存在のはずなのに。
 いけないいけないと思いながら寝台に横たわる。ようやく、目の前が暗くなる感覚とともに、しばらくすると夢の中へ落ちていった。

 甘い淫らな夢。
「八戒」
 低い声で囁かれる。昼間の市場でのように。後ろ抱きにされて、それで
「あ……」
 昼間のように、カフスの嵌った耳へくちづけられた。そのまま、舌を這わされる。
「さん……ぞ、だ」
 だめです、と告げようとして、できなかった。三蔵の唇はそのまま下へ降りてきた。
「ああ……」
 三蔵の腕の中で八戒は喘いだ。昼間のように首筋にくちづけられる。しかし、今は裸だった。さえぎる服はない。八戒のいつも着ている禁欲的な緑の中華風の服。しなやかな首は高いえりに覆われている。でも今は
「…………っ! 」
 直接、首筋に舌を這わされ、八戒は身体を震わせた。感じてしまう。これだけで、達してしまうほど感じていた。
「さんぞ……さんぞ」
 後ろから抱きしめられているので、身体に三蔵の熱を感じる。三蔵も服を着ていないようだ。肌の熱い感触が直接伝わってくる。
「あ……」
 それだけで。まだ直に触れられてもいないのに、
「だめ……」
 八戒のは、硬く勃ちあがってしまっていた。頭をもたげ、ふるふると震えている。それを、三蔵が後ろから手を前へまわし、そのまま触れた。
「ああっ」
 もの凄い快感が走り抜けた。これは夢だというのはどこかで感じていた。でも快楽に抵抗できない。
「もう……イクのか……俺をおいて」
 ぺろ、と肩先を背後から舐められる。そのまま、軽く唇をつけられ吸われた。内出血の跡が肌に散ってゆく。その行為にも感じる。びりびりとした熱い疼きがそこから全身に伝わって内部を蝕んでゆく。
 気がつけば、
「あ、ああ」
 三蔵に握られたまま、放ってしまっていた。つらつらと糸を引いて白濁した体液が滴り落ちる。
「八戒、八戒。俺は」
 三蔵が何かを告げようとしている。せつなげな声だった。三蔵の視線を感じて居たたまれなくなる。自分の恥ずかしいところをあますことなく見られて、もう消え入りたいような気分になっていた。

 しかし、そんな八戒をなだめるように、三蔵は優しく優しく、八戒の背中にキスの雨を降らせはじめた。


 そこで目が覚めた。
「……っ」
 明け方の薄暗闇の中で目を開く。ぼんやりとした闇の中、緑色の目は黒味がかり、茫洋とした色を浮かべている。
 しかし、はっと我に返って、八戒は顔を赤らめた。ひどい夢を見ていたものだ。
 そろそろと自分の身体を探る。濡れた感触が性器や腹にあった。確かに、しとどに放ってしまっていた。夢精してしまっていたのだ。いつしたのか。まだ、乾ききっていない。あの妖しい夢は明け方の夢だったのだろう。恥毛に乾きはじめた白い体液が絡みついているのが卑猥だ。
「く……っ」
 八戒は、同室のふたりが寝ていることを確かめると、ふたたび下履きの中へ手を潜らせた。
「あ……」
 目元を朱色に染める。
 ガチガチにまた勃っていた。こんなことは久しくなかったことだ。もう、忘れたはずの感覚だったのに。弾力のある肉が、腹までそそり立っている。隣で寝ている悟浄の長い赤い髪が目に入るが、この激しい性衝動は止まらなかった。長いまつげを伏せた。
「あっあっ」
 硬く屹立したそれを握れば、先端に小さく開いている鈴口に似た穴から、とろ、と透明な液がにじみ出てくる。腹の古傷に、それがついて亀頭との間で糸を引いている。
「う……」
 震える指で、それに触った。つるつるした亀頭に塗りこめる。思わず息が上がってしまう。八戒は寝台の中で身体を仰け反らした。よくて、しょうがない。
「はっ……あ」
 大量に溢れてくる先走りの淫らな体液は、指ごと八戒の性器のくびれや裏筋を濡らしてゆく。そのまま、指で扱いた。
「…………! 」
 思わず、悶絶した。もの凄い快美感が電流のように幹を走り抜け、腰の奥へ伝わった。
「……ひっ……っ」
 唇を噛み締める。思わず、大声を上げてしまいそうだった。それほど快感が強かった。腰を震わせ、尻肉を痙攣させて自慰行為を続ける。
「あ……あ……あっ」
 快楽のあまり、こり、と乳首も勃ちあがって硬くとがってしまっている。左手で触れると、そこにも電気のように快楽の粒子が走り抜け、八戒を狂わせる。
「ああ……あ」
 思わず、うつぶせになった。枕にそのまま顔を埋める。もう、声が抑えきれない。黒髪が小刻みに揺れている。快楽が強すぎて全身が震えていた。うつぶせになると、敷いたシーツの上で、はだけた夜着からのぞく胸のとがりもこすってしまう。びりびりした快感に身を焼いた。強烈だった。
「あ……あ……っ」
 右手の親指とひとさし指で輪をつくり、一気に扱いた。手を上下させて擦りあげる。指がきつく雁首を擦ると、ぞくぞくする淫らな快感が棹を走り抜け悶えるしかなくなる。白いぞくぞくする快美感に腰を焼いた。
「さ……ぞ」 
 枕に顔を押し付けたまま、八戒は喘ぐように言った。途端に自分の手と淫らな性器の間でぬちゃぬちゃと先走りの液が糸を引き、快感がより強くなった。
「さんぞ……さんぞ」
 三蔵のことを思うと、どうしようもなかった。止まらない。もう喘ぐしかなくなる。しなやかな肢体を震わせ、白い肌を紅潮させて悶え狂った。あの整った顔を思い浮かべ、あの端正な唇が自分に触れたことを思い出した。そして、あの艶かしい舌が自分の口の中で蠢いたのだ。
「さん……」
 手を上下する動きが早くなる。尻も合わせるように動かす。もう絶頂が近い。『イヤか』 とあのとき、三蔵は八戒に囁いた。イヤじゃないと答えていたら、今頃どうなっていたのだろう。
「あっあっさん……ぞ」
 昨日の昼、市場でも後ろから抱きしめられた。そして、またあの綺麗な男のくちづけを受けたのだ。甘い。あまりにも甘い感触だった。背徳的ですらあった。夢の中で背中にキスの雨を受けたことも思い出した。甘美な記憶だった。
「ああ……っ」
 扱いている途中で、八戒は白い精液を吐き出した。強烈な快感に頭が真っ白になる。八戒の淫らな体液は指を濡らし、棹を濡らして糸を引いて滴った。何度も、何度も拍動と同じ間隔で、腰を突き上げ、搾り出す。尻肉に力が入った。
「あ……」
 全身の力が抜けた。荒げた息をなんとか収めようと胸を上下させ、早く呼吸を整えようと努めた。精液独特の漂白剤を薄めたような鼻につく匂いで狭い部屋がいっぱいになり、八戒は苦しげに眉を寄せた。 
 しかし、どうしようもなかった。自分の身体を突き動かす、あの凶暴な欲望に勝てなかった。
 ティッシュを枕元から引き寄せて、性器を拭った。熱い衝動が収まり、我に返るひとときがおとずれる。後ろめたい。そっと周囲の明け方の闇をうかがい、同室のふたりが起きたか様子を見つめてしまう。
「ん……」
 隣の寝台で、悟浄が寝返りを打った。しかし、そのまま安らかな寝息を立てて、寝ている。八戒はほっと愁眉を開き、ため息をついた。
「僕は……」
 もう、どうしていいか、分からなかった。






 「今夜、俺の部屋に来い(5)」に続く