今夜、俺の部屋に来い(2)

 
「もうすぐ、そこを曲がれば、貴方の部屋ですから」
 土楼の漆喰仕立ての廊下に、八戒の声が響く。
「っせぇ」
 三蔵の肩を抱き、抱えるようにして廊下を歩いた。二人分の足音が土の壁にこだました。三蔵の部屋はすぐそこだ。従者とは異なり、高僧である三蔵様は寺院の奥に個室を与えられていた。
「ほら、大丈夫ですか。三蔵」
 抱えた主人を、黒髪の下僕が覗き込めば、その白皙の美貌は確かに赤い。金色のまつげにふちどられた紫の瞳も、どこか所在ない。
「酔ってますね。貴方」
 八戒はため息とともに呟いた。
「酔ってなんざいねぇ」
 最高僧さまが、反論した。
「酔ってますよ」
 八戒の言葉には、呆れた響きがあった。三蔵の左腕を自らの右肩、首へと回させてその白い僧衣姿を支えている。三蔵と触れているところが、どこか甘く疼く。痺れるような感覚は、いまだに続いていた。
「飲みすぎですよ。どうしたんです今夜は……」
 八戒は最後まで言葉が継げなかった。
「さん……!」
 土楼の壁に押し付けられる。形勢が逆転した。今まで、支えていた筈の相手は、逆に八戒に覆いかぶさってきた。
「あ……!」
 不意打ち、だった。整った美麗な顔が、ものすごく大写しになって近づいたと思ったその次の瞬間。
「ふぅッ」
 唇を重ね合わせられる。甘い感触だった。疼きに似た痺れが、お互いの唇から、舌から這うようにわきおこる。土楼の廊下のすすけた白い壁、それすらもが、魔法でもかかったように誘惑的な空間に化けていた。廊下の空気は瞬間、桃色がかってきらめきはじけた。
「さん……」
 思わず、覆いかぶさってきた三蔵を払いのけようとした。反射的な行動だった。意外にも法師様は無理強いしなかった。
「イヤか」
 呟くような低い声で耳元に囁かれる。顔をあげて正面から見れば、その整った唇は先ほどのくちづけで濡れている。八戒は全身の血が羞恥で逆流しそうになっていた。何も答えられなかった。頭が煮えるようだった。衝撃で声が出てこなかった。
 しかし、
「しょうがねぇな」
 ふら、とその白い僧衣に包まれた身体が八戒の鼻先で背を向けた。かすかにその上体が傾いだ気もしたが、意外にしっかりとした足どりで、三蔵は歩いた。壁に手をついたりしているが、結構その歩みは早い。どうも三蔵様は泥酔しているわけではなさそうだった。
「あ……」
 その白く神々しい後ろ姿を、八戒は思わずそのまま見送った。金糸の髪が、魔天経文がかかった肩先で揺れている。

 一指も動けなかった。本当に動けなかった。

 甘い疼きが肌の表面を電撃のごとく走り抜け、身体が硬直してなかなか動かない。麻酔剤や毒液を流し込まれた捕食される昆虫のように、すっかり動けなくなっていた。八戒はしばらく、土楼の白い廊下で呆然と立ち尽くしていた。






――――その夜。八戒は妖しい夢を見た。金色の綺麗な男に、抱かれる淫らな夢だった。

「ああ……あ」
 金糸の髪をした男に、脚の付け根を、容をとりつつあった性器を舐めすすられて、八戒は喘いだ、
「くぅ……ぅ」
 呻いてしまう。身体が熱く疼いてとまらない。そしてそんな敏感な身体を相手は蹂躙して犯すのだ、ぺろり、と八戒の性器の先端に真珠のように湧いた精液を舐めとられる。甘く喘ぐ抜くしかなくなる。
「ああ、ああっ」
 脚を大きく開かされ、八戒が悲鳴をあげる。大また開きで脚を開かされ、その狭間の淫らな肉を舌で慰められる。
これは夢だ。
「さ……ぞ」
 八戒は甘い喘ぎまじりの声で、自分を抱く男の名を思わず呼んだ。
浅ましい願望がおぞましいかたちを取って具現化した、忌まわしい夢だ。それでも、八戒は夢の中で相手の名前を呼び続けた。





 「今夜、俺の部屋に来い(3)」に続く