共同飲食(1)

「精液、飲んだら礼ぐらい言えよ」
 悟浄は、相手のやかな黒髪を大きな右手でわしづかみにした。そのまま、端麗たんれいな顔を上へと向けさせる。
――――八戒は、苦痛で歪んだ表情を浮かべている。生来の麗質れいしつは失いようもないが、その緑色の瞳には生気というものがなく、口端から頬にかけて白い男の体液とも、自身の唾液とも分からぬ排泄物で汚れきっている。
「俺のコトバ、聞いてねぇの?」
 宿の廊下の端にある、小さな部屋。倉庫部屋に連れこまれていた。
 ひどく、ほこりっぽいところで犯されている。壁を背にして座りこみ、相手の吐き出した青臭いモノを飲みきれずに喘ぐ。眼鏡はかろうじてつけていたが、相手とも自分とも分からぬ、白い体液がこびりついてすっかり汚れている。
「ご……じょ」
 お互い、着衣のままだった。半分ほど脱いだ、扇情的せんじょうてきな姿でからみあっていた。
「それとも、ギャラリーがいないと盛りあがんない? 」
 悟浄が口元をゆがめた。
「三蔵に見られてねぇと、ヤる気になんねぇの? 」
 紅い瞳が危険な光を帯びる。
「……インラン。八戒ってば、淫乱すぎねぇ?」
 悟浄は髪をつかんだ手の力を強くした。痛みのためか、うめき声のようなものを黒髪の美人が漏らすが許さない。
「クソ……」
「……!」
 悟浄は、いまだに力を失わない怒張を八戒の唇に押しあてた。下肢にいたジーンズは半分ほど脱げ、布地には先ほどの行為で八戒の唾液が点々と黒いシミになっている。
「今日はイヤっていうほど、ヤってやるよ」
 綺麗に整った薄い唇に、男の脈を打つ陽物ようぶつ卑猥ひわいに突っこまれた。
「うぐッ」
 倉庫のほこりっぽい壁に頭を押し付けられ、えづくまでのどにオスをくわえさせられる。いつの間にか、悟浄は両手をつかって逃がさぬよう八戒の頭を抱えこんだ。
「うッ……うぐッ」
 八戒の苦しげな声と悟浄の荒い呼吸音が、狭い部屋に陰惨に響く。今時期は使わぬ、分厚い毛布や、暖をとるための火鉢ひばち、そんな物言わぬ倉庫の品々が、悟浄と八戒の淫らな行為を黙って見つめている。
 八戒は口腔こうくうの粘膜の奥の奥まで犯されていた。のどの奥を完全にふさがれ、苦しくて涙がにじむ。我慢できなかった。口の中いっぱいのオスに無理やり突かれて、反射的に相手を吐きだした。吐きそうになっていた。生理的な反応だった。
「げ……ぇ」
 限界だった。次の瞬間、八戒は身体をふたつに折って肩を震わせた。倉庫の木の床に、八戒の唾液とも胃液とも飲まされた精液ともいえぬ体液が唇から滴る。眼鏡がくもった。
「ヘタクソ」
 しかし、紅い髪の男の口から出た言葉は、あくまでも辛らつだった。緋色の目が嗜虐的な光を帯びている。悟浄のは天を仰いでいる。青黒い血管が、その表面に浮き出て凶暴だ。
「あ……」
 八戒は倉庫の床へ押し倒された。下肢にはもう何も身につけていない。
「やめて……やめて、ごじょ……」
「うるせぇな。黙ってろ」
 白い長い脚を広げさせる。
「ああ、ああッ」
 いつもはつつましいスミレ色のつぼみは、無残に咲かされ、中からとろとろと白い粘性のある液体をしたたらせている。
 既に悟浄は散々、八戒を犯していた。上からも下からも精液を叩きこんでいた。何時間もこの倉庫で、八戒を陵辱していたのだ。
「もう、許して……下さい。もう気が……んだ……でしょ」
 喘ぎ喘ぎようやく、八戒は言った。暗い部屋の中、その耳にはまった銀のカフスが鈍く光った。
 しかし、
「ああッ」
 緋色の髪の男は、その哀れな願いを無視した。しなやかな尻肉を割り広げ、太くて硬い肉棒を、肉のをめくりあげるようにして、つらぬいた。
「ひッ……うッ」
 そのまま、打ちこまれる。内部にたまった悟浄の精液をじゅぶじゅぶ、かき混ぜるような行為だ。白い体液が粘膜の内部をでて沸騰ふっとうし、八戒を狂わせる。
「ああ、ああッ」
「……よくなってきたみたいじゃん」
 悟浄は唇を舌でぺろりとなめた。バンダナでも抑えきれない汗が、額から伝ってしたたり落ちる。
「やめ……やめて、お願いもう……」
 長い脚を肩へとかつぎ、抽送ちゅうそうをいっそう深いものにしてやる。八戒の眉根が強く寄せられた。悩ましい表情になる。
「ああ、ああ……も」
「イイって言えよ。八戒」
 八戒の尻肉に、悟浄のももが当たる高い音が立つ。
「や……」
 いやいやをするように、しなやかな首が横へ振られた。黒い艶のある前髪が薄暗い倉庫のわずかな光を反射してきらめく。

 倉庫の空気は、いよいよ淫らに、淫蕩に、煮こごり、息苦しいほどになった。

 そのとき。
 きしんだ音を立てて、倉庫部屋の扉が開いた。暗い部屋に外の光が射し、精液で生臭い空間へ清浄な空気が入りこむ。
「うるせぇぞ」
 低い声が響いた。そのとたん、清々しいと思えた空気に、不穏なマルボロの香りが混じる。
廊下ろうかまで丸聞こえだ。バカどもが」
 金の糸のような髪が、光を背景にゆれた。まぶしい。指まである黒い長袖のタートルネックを着、タバコを手に、扉にもたれかかっている。目の片方をすがめ、こちらを見つめている。
「さん……」
 まだ、完全に意識を欲情で飛ばしきっていない八戒が、男に犯されながら、うめいた。見られてしまった。悟浄にぐちゃぐちゃに犯されている姿を三蔵に見られてしまったのだ。
「閉めろよ。三蔵」
 悟浄が唸るように言った。三蔵はドアを開けたまま、のぞきこんでいる。八戒が顔をゆがめる。悟浄がしゃべると、腹腔ふくこうの筋肉に力が入り、つながっている粘膜が淫らにふるえるのだ。
「見せてぇんじゃねぇのか」
 クックックッと人の悪い笑い声が響く。邪悪だ。オスの精液にまみれて尻を振っている八戒の様子をつぶさに観察して嘲笑あざわっている。
「……ッと」
 悟浄が眉をしかめた。きゅ、と八戒のナカが収縮したのだ。卑猥に締めつけてきた。
「……ホントだわ。コイツ、見られるとイイみたい」
「淫乱が」
 三蔵が、ドアを開けたまま、笑った。
見世物みせものにしてやれ。変態め」
 悠然とした仕草で、三蔵は二本目のタバコに火をつけた。お気に入りの銘柄、マルボロの煙が紫色にたなびいてゆく。それは、三蔵のいる部屋の入り口から廊下へとただよった。廊下は各客室と、そのまま階下の階段へとつながっている。
「宿の連中にも見せてやればいい」
 金の髪の鬼畜坊主はとんでもないことを言った。
「宿の主人や受付の男、従業員や客にもな。コイツが最悪なド淫乱だってことを」
 整った口元がつりあがる。
 昨日、受付で部屋をとったのは八戒だった。いかにも落ち着いた、清潔な好青年。眼鏡をかけているのも、真面目な雰囲気を強調している。
 同行の仲間たちの世話をかいがいしく焼く、やさしい若者。人のいい微笑を浮かべた人畜無害の、ほのぼのお兄さん。宿の人々にとって八戒の印象はそんなところだろう。
  しかし、それは、本当は。
「男なしじゃ、もういられないんだろうが」
 鬼畜坊主の口元はいよいよ笑いに歪んだ。
「俺や悟浄だけじゃ足りねぇんだろうが」
「う……」
 バサバサと黒い髪が横へ打ちふられる。いまだ、悟浄に串刺しにされたまま、八戒は必死で首を横へ振った。
「すげぇ……」
 悟浄が腰を上下に振り、深く浅くこね回しながら、呻いた。三蔵が言葉をかけるたびに、八戒の粘膜は震えてわななき、きつく締まった。
「見られるとイイんだろうが、最低な野郎だ」
 八戒の姿を睨みつける。その白皙はくせき美貌びぼうに軽蔑の念が浮かんだ。

 そのときだった。
 規則性のあるリズミカルな音がした。
 足音だ。
 廊下ろうかに足音が響く。

「誰か、来るな」
 三蔵が背後を振り返って呟く。他人事の冷たい語調だ。
「近づいてきやがる」
「閉めて、閉めて……下さいッさん」
 とうとう、八戒が身も世もなくわめきだした。扉を閉めて欲しい。三蔵へ腕を伸ばした。それを許さぬとばかりに身体の上にいる男が腰を深く挿し入れて貫く。尻を深く犯される。
「ぐ……!」
 びりびりとした快楽が、腰奥を焼く。白い淫らな闇に侵食され、口が閉じられなくなった。唾液が唇の端からとろとろと流れ落ちる。
「……しゃべるなんて、余裕あるじゃん」
 悟浄が傷のある頬をゆがめた。許さないとばかりに責め立てられる。
「ひ……!」
「こね回してやんよ。八戒サン」
「やめ……ッ」
「え? スキでしょ。イイとこ当たるでショ」
「…………!」
 もう、声にもならない。廊下を歩く音は近づいてくる。
 三蔵は止める気にもならないらしい。この鬼畜はたのしげに口元を歪めたまま、紫煙しえんをたなびかせ、悟浄と八戒の性行為を眺め続けている。
 八戒は目を閉じた。もう、駄目だ。……とうとう、足音の主はこの陰惨な部屋の前まで来たようだ。

「…………」

 足音が、止まった。

 立ち止まった男が唾を飲みこむ気配がする。悟浄にむちゃくちゃに打ちこまれながら、八戒はかすむ目で扉の方へおそるおそる視線を向けた。確かに相手はこちらを見ているようだ。
 しかし、もう快楽に脳が麻痺していて、目に快楽の涙が浮かび、上手く認識できない。
「……すげぇ締まる」
 悟浄が奥歯をみ締める。確かに八戒は見られて感じきっていた。
「すげぇ、喰いちぎりられそ」
 八戒にしゃぶりつかれて、緋色の髪の男は苦痛とも快楽ともつかぬ表情を浮かべた。
「…………! あ」
 内部の粘膜が痙攣けいれんしたところへ、練るようにして尻を回して、こねられる。前立腺に悟浄のが当たり、八戒は喘ぎ狂った。
「ああ、ああッあああ」
 達してしまう。誰とも分からぬ相手に見つめられたまま、逐情ちくじょうしてしまった。悟浄の服へ白い飛沫ひまつが飛ぶ。吐精とせいして、連動して肉筒も締まった。
 悟浄のを形を変える勢いでむちゃくちゃに引きしぼる。
「八戒ッ」
 悟浄がうめいた。一度、身体を引いて、次の瞬間、下生えが肉の環へあたるほど、肉棒を奥へ押しこみ、尻をふるわせる。射精している。種つけをする勢いで、何度も八戒のナカへと吐きだした。
粘膜が大量の精液で焼かれ、八戒が甘い声を上げて身体をけ反らした。耐え切れない性的な快楽に狂う。肉のよろびにもう、神経が焼けただれてしまいそうだ。
 何度目になるのか。また、ナカといわず、外といわず、オスの白濁液でべたべたにされた。
「八戒……八戒」
 悟浄に、くちづけられる。精液の生臭さ、苦さが沁みついている舌をお互い絡めあわせる。
 そんな、淫蕩いんとうな部屋の空気を笑い声が切りいた。クックックッと含むように笑っている。
 三蔵だった。
「どうだ、コイツ」
 もう、その指の間で、既にタバコは消し炭になっている。もう煙はたっていない。
「傑作だな」
 吐き捨てるような口調だった。金の髪が不吉にきらめく。手にしていたタバコの燃えさしを革のブーツで踏み潰す音がする。
「救いようのねぇ淫乱だろうが、てめぇもそう思うだろ」
 八戒のことを揶揄やゆする口調だ。
「お前は今まで、八戒のことをどう思っていた」
 三蔵は、親しい肉親や兄弟に語りかける調子で言った。
「よく、慶雲院で数とか教えてもらってたよな。そん時はコイツ、清潔な先生口調で、偉そうに教えてて」
 相手は黙ったままだ。
「笑えるな」
 鬼畜坊主の唇が再び歪んだ弧を描いた。黒いタートルネックの肩先で金の髪が鈍く光る。
「驚いてんのかお前。初めてじゃねぇだろうが、こないだも見ただろうが。俺らとヤってるコイツを」
 三蔵が話しかけているのは、自分より背が低い相手のようだ。茶色の短い髪が少年のあどけなさを残している。
「お前にとって、コイツは今までどんな存在だった。悟空」

 その名を聞いた瞬間、薄くしゃがかかっていた八戒の意識が、はっきりと戻った。眼鏡の奥で、緑の瞳を見ひらく。
「悟空?」
 ほとんど悲鳴だった。確かに、それは悟空だった。金鈷きんこがはまった額に手をあて、少年は言葉も言えずに立ち尽くしている。
「おや、おサルちゃん。何しに来たの?」
「そりゃ、これだけうるさきゃ、誰だって来るだろが。バ河童が」
 三蔵が口を歪めた。その紫暗の瞳はまなじりでやや下垂かすいしているが、それがまったく優しさや愛嬌あいきょうというものにつながっていない。三蔵は言葉を継いだ。
「だから、ふたりっきりでヤってんじゃねぇよ」
 うっかりと本音がにじみ出た。吐き捨てる口調だったが、薄暗い気持ちが、じわりと浮いている。
「……おーや? ヤキモチ? 三蔵サマってば」
「うるせぇ」
 悟浄の軽口を受け流すと、足元で息も絶え絶えと言った風情の麗人を、冷ややかに上から眺めおろし、酷薄こくはくな口調で言った。
「まだまだ、足りないんだろうが。今度は俺と悟空が相手してやる」
 屈みこんで、八戒の綺麗な顔をのぞきこむ。
「…………!」
 黒髪の麗人が、衝撃を受けたように、固まった。
「悟空、入れ」
 三蔵が、背後にいる養い子の名を呼んだ。
 倉庫部屋の扉が、とうとう背後できしんだ音を立てて閉まった。これで光はもう、二度と入ってこない。再び部屋は淫靡いんびな薄暗い闇で完全に満たされた。

「お願いです。やめてください」
 八戒は叫んだ。かすれて悲鳴のような声だ。薄暗い室内でも、その顔から完全に血の気が引いているのが分かる。
「うれしいだろうが、ドアを閉めてやったぞ」
 クックックッと邪悪な笑い声が低く響く。
「礼はないのか」
 しかし、もう、それどころではなかった。
 悟空。斉天大聖せいてんたいせい。その正体は 「天にひとしい」 妖力を持つ大妖怪だ。
 でも、八戒にとってはずっと――――可愛い弟のような存在だった。純粋で、可愛くて、優しくて、まっすぐな悟空。そう、大切で愛すべき存在だ。
 大好きだった。
 それなのに。
「この間の性教育な、不十分だそうだ」
 悟空を横目で見ながら鬼畜坊主がしれっと言った。
「そうそう。教える前にイッちゃってたもんね。八戒サンってば」
「ちゃんと教えてねぇだろ。てめぇは。家庭教師として失格なんだよ」
「こないだなんか、悟空の先っぽが入っただけでイッちゃってたよな」
「けっこう、悟空のは太くて硬てぇからな」
 鬼畜どもは、八戒の気持ちを他所に、非道な会話をし続けている。
「やめて……お願いです。悟空だけはもう」
 悟浄と三蔵は、同時に八戒の方へ振り返った。眉をつり上げて、剣呑けんのんな表情だ。
「お? ナニ。悟空 「だけ」 は? ……それってけるよねェ」
 緋色の髪が、傷のある頬にかかっているが払いもしない。わざと軽薄な口調で八戒をなぶっている。
「悟空だけは特別なんだ? 」
 悟浄が口笛を吹く。からかいながらも、どこか本気で嫉妬がにじんでいるしぐさだ。
 しかし、
 八戒は必死だった。
「本当に止めてください。悟空もいやがっていますよ」
 その様子をずっと黙ってながめていた三蔵だったが、その身にまとっていた空気が微妙に変化してきた。
 いきなり、つかつかとブーツの足音も高く歩み寄ると、いきなり八戒の黒髪を右手でわしづかみにした。そのまま、背後の壁へぶつける。……後頭部が打ちつけられる、イヤな音がした。
「う……!」
 普通の人間ならば、脳震盪のうしんとうを起こすだろう。反動で眼鏡がはじけ飛んだ。ひどい暴力だった。ずるずると壁へと倒れ、床へ崩れ落ちた。
「ふざけてんじゃねぇぞ。てめぇ」
 ブーツをいた足で、ほとんど目をむいている八戒の、横腹をった。八戒が転がり悶絶する。
「イヤなのか、イヤじゃねぇのかは、てめぇが決めるコトじゃねぇだろ。生意気言いやがって、淫売いんばいが。人並みの権利なんざ、てめぇにはもう無ぇんだよ。覚えておけ」
 眼鏡の外れた、美麗なそのおもてつばを吐いた。頬に、汚い飾りのごとく光って流れ落ちる。
 三蔵は悟空を呼んだ。

「悟空。コイツ犯せ。悟浄だけじゃ、足りねぇそうだ」


――――おしまい、だった。いやこれは確かに 「おわりのはじまり」 というヤツに違いなかった。



「共同飲食(2)」に続く