廃墟薬局(6)

「やめ……」
 八戒は奥歯を噛み締めた。拷問と一緒だった。強姦されそうになっている。いや、何本も触手はあった。これでは輪姦だ。それも、こんな卑劣な男の前で。
「あれ、そんなトコも噛まれてたんだ? スキモノだねェ」
 ニィの愉しげな声がした。そうだった。八戒の脚の付け根には、三蔵の歯の跡がくっきりと残っていた。ヤキモチ焼きな鬼畜坊主のしそうなことだった。
「もう、遠慮とかいらないよね。実は八戒ちゃんも早くヤって欲しいんだよ。犯しちゃいなよ早く」
 その言葉は、八戒に向かって言った言葉ではなかった。八戒を捕らえ、捕食するかのように羽交い絞めにし、粘液で溶かしている化け物に向かって言っていた。
 生みの親の言葉に答えたのか、太い触手のうちの1本が、八戒の後ろへすりつけられ孔の中へねじりこまれた。鉄の格子の嵌った牢に、八戒の絶叫が響き渡った。
「ああッああッ」
 無惨だった。びちびち、とのたうちながら触手が入りこんでくる。透明なその表皮は興奮しているのか震えている。ぬらぬらととろみのある体液が滴り、八戒の肌を汚してゆく。
「ひッ」
 そろそろと触手は体内で蠢いた。ぷ、とその先端から舌のような長いものを出し、身体の内部から八戒の腹腔側を舐めた。前立腺のある方だ。
「くッ」
 八戒は歯を噛み締めた。気色が悪かった。ぞわぞわとした。蟲に犯されると、こんな気分なのかもしれなかった。その間も、八戒が悲鳴を上げそうになると、何本もの触手がその整った唇が開くのを待ちうけ、ペニスに似たその先端を口元へ擦り付けてくる。噛み切ってやろうかと何度も思いながら、八戒は顔を背けた。それがこいつらの手かもしれないと思ったのだ。
「う……」
 だから、口を閉じ、歯を噛み締めてうなるしかない。
「芸がないよねェ。前が寂しそうじゃない。触ってあげなよ」
 ニィの愉しげな声が聞こえた。
「…………! 」
 触手は、ニィの声にこたえるように、八戒の前に絡み付いた。ぐぱ、と触手のうちひとつが花がひらくように裂けて開き、そのまま、八戒自身を包み込んだ。
 声にならない絶叫を上げた。おぞましい性技だった。人外の技だ。触手の内側は細く絨毯のような繊毛がはえそろっている。それに包み込まれ、もみくちゃにされた。ベルベットのような肌触りだった。それが繊細な粘膜やくびれを蕩かすように扱き出した。
「くぅッ」
 八戒は目元を染めた。感じてはいけないと思いながらも、前に施される濃厚な愛撫に肌が震えた。
「あれ、よくなってきちゃった? 」
 ちゅ、ちゅっと淫らな音が立った。粘着質な水音だ。粘っこい触手の体液で八戒の屹立はもまれ、扱かれている。
「つ……」
 眉をひそめ、唇を噛み締めて耐えた。後ろの孔には太い触手をくわえこまされ、白濁した粘液が床へしたたって糸を引いている。
「白い肌が紅くなってきたよ……きれいだねェ」
 ねっとりとニィは八戒をみつめた。視姦している。後ろに太い触手をくわえ込まされ、前を触手に包まれて舐めまわされて、身体を痙攣させてきた八戒を、舐めるような目つきで見つめている。
「あ……」
 ぶる、と八戒は身じろぎをした。後ろに挿入された触手は、えぐるように回転するようにしてくねっている。ちろ、と前を包んでいた触手が、その内部から細い糸のような管を八戒のペニスに絡ませだした。
「あ! ああッ」
 細い管が可憐な鈴口へ入りこんできた。背筋にぞくぞくするような感覚で神経がとろけそうになった。
「はぁッ」
 唇を薄く小さく開けた、八戒の隙を触手どもは逃がさなかった。勢いよく小さな白い歯と歯の隙間に、踊るようにしてはいりこんできた。
「うぐッ」
 八戒はその緑色の綺麗な瞳を大きく見開いた。生理的な涙が飛び散る。あごが外れるくらい、大きく開かされ、男根にしかみえない触手に勝手に口腔内を貪られる。触手は、八戒の舌の感触で快楽を貪っているらしい。擦り付けるようにしてくる。
「ううッ」
 苦しげに八戒が眉をよせ、身体を震わせた。喉の奥まで触手でいっぱいにされる。吐きそうだった。胸は他の数本の細い触手にまさぐられていた。舐めて溶かすようにされている。もう腰をくねらせて耐えようとするが、その動きに合わせて、太い触手を後ろの孔に打ち込まれる。
「くぅッくぅッくッ」
 くぐもった声で八戒は啼いた。とろとろと前から透明な先走りの体液を垂らしているが、それを包み込むようにした触手は余すことなく貴重な甘露のごとく飲み干してゆく。
「…………! 」
 後ろの触手の打ち込みが激しくなってゆく。抜くときにゆっくりと揺するようにされて、八戒が顔をしかめた。快感が強くなってゆく。
「ああ……ぐ」
 喘ぐあまり、一度口から触手が外れた。それを許さないと他の触手が入り込む。
「…………ひッ」
 後ろを穿つ触手がぶるぶると震えたと思った次の瞬間、肉筒を犯していた触手が爆ぜた。
「あ…………」
 ばけものの体液を身体の奥底に吐き出された。ぐちゅぐちゅ、粘膜を触手の吐き出した白いねばねばした液体でいっぱいにされる。熱い。思わず、自分の肉筒が快感のあまりくねる淫らな感覚に八戒は眉をひそめた。顔を歪める。粘膜が痙攣するのをとめられない。
「はぐ……」
 くわえさせられた触手も震えている。そして
「ぐぅ……」
 口の中に白い液体を吐かれた。生臭く、その癖どこか媚薬のように甘い香りが混じる。舌を痺れさせる味だった。うまいともまずいともつかない。不思議な味だ。官能的な味とでもいうべきだろうか。
 飲み込むこともできず、八戒は口の中を触手の精液でいっぱいにしていた。口はしから、白い淫液が滴り落ち、喉を濡らしてゆく。
「は……」
 ダメ押しだとでもいうように、八戒の前を愛撫していた触手は、その締め付けをより強くした。八戒のカリのくびれまで愛すように舌に似た細い管を内部から伸ばして這わせる。敏感な場所を執拗に舐め上げられて、もう耐え切れなかった。
「あああッ」
 八戒は達した。腰を焼き切るような強烈な快感の前に屈服した。犯され、汚されたのに身体は感じている。脳裏で金の髪をした最高僧の姿が閃き、そして消えた。


「はぁ、は……」
「そんなに……イイ? 」
 ニィが八戒の凄艶な様子に舌なめずりしている。思った以上の淫らなショーだった。
「どうして……僕を」
「だから、キミは 『カタリスト』 だって言ってるじゃない」
 謎めいた言葉を化学者は言った。
「キミは、妖怪を殺すという 『負の行為』 で生まれ変わり」
 ニィはウィスキーを飲む手を止め、白衣の懐から、タバコを取り出した。
「防御とか人を治癒したりとかする 『正の力』 を得たんだよね」
 紫煙が濃く周囲にただよった。
「興味深いよ」
 ニィがメガネの奥の目を細めた。部屋の陰鬱な蛍光灯の明かりを反射してレンズが白く光る。
 ニィが喋る、その間も八戒は触手に嬲られている。ニィにしてみれば、自分の遺伝子工学と生物工学の粋を集めてつくった――――性的なオモチャだ。喘ぐ八戒に淫蕩な視線を送ると言葉を続けた。
「李厘じゃ、どうも 『カタリスト』 として不十分なんだよね。赤毛の王子様でもね」
「………な」
 八戒は暗い視線をニィへ送った。自分を化け物に犯させている変態は何か重要なことを言っているようだったが、自身に加えられる淫虐が激しすぎて、正常な意識を保てない。それでも八戒は聞こうとしていた。自分をこんな目に合わせるわけを。
「暗を明に、陰を陽に変換できるキミこそがたぶん、牛魔王蘇生実験の鍵だよね」
 軽薄な悪魔めいた男が呟いているのは狂ったことに聞こえた。いや、蘇生などという神をも畏れぬ不可逆的なことをする人間など、天に唾するマッドサイエンティストに決まっている。
「ど……して」
 八戒は触手に犯されながら、苦しげな息を吐きつつ訊ねた。先ほど、なんとか片手を自由にすることに成功した。おぞましい触手がしつこいので、口元を手でなんとか覆いながら言葉をつづる。
「どうして、こんな……」
 どうして、こんな拷問めいた目にあわせるのか?
「おや、まだ喋れるんだ」
 ニィの口調がかすかに固くなった。
「強情だねェ、キミ」
 声が呆れた響きを帯びる。しかし、この黒髪の天使ちゃんの質問に答えようという、ほとけ心がわずかに残っていたらしい。
「キミをそのまま連れて帰ったら、逃げようとするよね? 三蔵のところに帰りたいって暴れるかもしれないし。そんなのって面倒くさいじゃない」
 ニィが愉しげに笑った。
「最初から、そんな気持ちがおきないくらいキミのことを壊しておけば、逃げられる心配なんかしなくていいよね」
 ニィはタバコを灰皿でもみ消すと立ち上がった。白衣の裾が揺れる。ビニール製の回転椅子がきしんだ音を立てた。
「合理的でショ? 」
 八戒のいる鉄格子へと近づいてくる。
「本当にキミに興味が湧いてきたよ」
 ニィの足音が、コンクリート製の室内に響く。
 触手に苛まれて喘ぐ黒髪の美青年をじっくりと覗き込んだ。脚を広げさせられ、卑猥なグラインドで男性器にしかみえない触手を打ち込まれている。挿入されるたびに、ぐちゅ、ぷ、ぷぷぷ、と淫らな音が交接部から漏れた。
 八戒はニィが近づいてくるのを見て、勢い良く唾を吐いた。白い唾。触手の体液を飲まされすぎて、唾液だか精液だかわらかなくなった液体を吐いた。
「今度こそ、蘇生実験を成功させるよ」
 ニィは白衣にかかった八戒の唾を拭いもせず、その手を鉄格子の中へと伸ばした。
「じゃないと、退屈で生きてる実感がしないからねェ」
 八戒の黒髪を乱暴につかんだ。
「生意気な天使ちゃんだ。……このイヤラシイ跡をつけたの、誰だか教えて? 」
 片手の指で八戒の肩先に印された、噛み跡をなぞる。
「…………」
 八戒は相手をにらみつけた。もう顔も首も背も胸も脚もなにもかもが白い液体でべとべとだった。汚され尽くしていた。ひどい匂いが髪からも立ち上る。麝香めいた性的な匂いだ。
「分かった。質問をかえよっかなぁ」
 ニィは八戒の髪をつかんだまま軽薄な口調で言った。こうやって、言葉で八戒を嬲るのが愉しくてならないといった表情だ。
「キミがヤってるの、仲間のうちの誰?」
 苛烈な視線で八戒はにらみつけた。下卑た問いだった。
「あの元気なおサルちゃん? それとも女好きそうな赤毛のお兄さん? それとも」
 にやりとその淫猥な口元が歪んだ。
「……玄奘三蔵? ああやっぱりね。そういうこと? 」
 ニィはおかしくてならないというように、わしづかみにした手の力を強くした。
「どんな風に、三蔵は抱いてくれるの? ボクにも教えてよ」
 崩れそうな身体を必死で気力で支え、八戒は相手を睨みつけ続けている。視線でひとが殺せるものなら殺せそうな目つきだ。
「黙れ」
 高貴なあの人とのことを、こんな下品な男に知られたくなかった。
「当たり? 本当に三蔵なんだ。すごいよねェ」
 ニィははしゃぐように言った。カンに触る言い方だった。
「下僕だからって、身も心も捧げちゃってんだ? 」
 卑猥なことをつむぐ口元が歪んでいる。
「どんな風にヤってるのか、詳しく教えてくれない? ヤりながら三蔵は噛むの? 挿れたまま噛むの? それともヤった後? 」
 今まで、髪をひっぱられていて、八戒は注意がおろそかになっていた。眼の前の軽薄な男は、賢しげで恐ろしい男だった。その手に周到に黄色いカプセルを隠しもっていた。
 八戒は一瞬の隙をつかれた。
「!」
 カプセルを無理やり唇へ押し付けてくる。当然、八戒は抵抗した。そこへ
残酷にも触手が入り込んできた。貪られ、消耗していた身体は抵抗できなかった。無理やり唇を開かされ、ニィはすかさずカプセルを押し込んだ。
「ぐ……」
 続けざまに恐ろしい勢いで触手が口腔内を犯す。喉までつかれそうだ。生理的な反射で喉がカプセルを嚥下する。どうにもならなかった。
「イイコだねェ、ごっくんできたねェ。飲んだね」
 ニィは笑った。唇を淫猥に歪ませた。
「キミがあんまりかわいいから、この 『にーたん』 お手製の飛ぶクスリ、サービスしてあげるね」
 ニィが邪悪な笑みを浮かべた。背後に天井近くまで薬が詰まれた棚が見える。マッドサイエンティストの哄笑が薬局に響き渡った。

 そのときだった。

 はるか下の階から破壊音が響いて、上にあるこの階まで聞こえてきた。
「ははぁ、来たね」
 ニィ博士の結界が破られたのだ。
「急がないといけないみたいだし、ね」
 ニィは含み笑いをした。その残酷な指でメガネをそっと押さえた。








 「廃墟薬局(7)」に続く