「おい」
――――次の日のことだった。
その日は朝から曇り空で、鈍い鉛色の雲が沈鬱だった。
「飲ませるんだろ」
悟浄と悟空の部屋のドアが叩かれた。ふたりの下僕がドアを開けると、目の前には、妙に白い顔をした最高僧様がいた。
「へ? 」
食事も済んで、風呂に入ろうとしていたところだった。
「あの薬」
三蔵はあまり饒舌な方ではない。
しかし
「薬に頼るなんざ好きじゃねぇ。でも、あんなに辛そうなら仕方がねぇ」
「それって」
悟浄と悟空はお互いの顔を見合わせた。悟空の目に喜色が浮かび、悟浄は三蔵の気が変わらぬうちに、あの謎めいた薬箱をつかんだ。
晴天の霹靂というべき事態だった。
――――イヤなことを全て忘れる薬。魔法のような薬。
そう、イヤなことは全部忘れる、とびきりの魔法使いのおまじないのような。
三蔵とのことも。
金の髪をした男は黙って、黒髪の男の耳に触れた。銀色のカフスが2つ、その耳で光っている。外れていたもうひとつを、そっとその手で嵌め直した。
涙のあとの消えないその耳元へ、三蔵は何かをひそかにささやいた。
――――確かに薬の効果は劇的だった。
「廃墟薬局(20)」に続く