廃墟薬局(19)

「おい」
――――次の日のことだった。
 その日は朝から曇り空で、鈍い鉛色の雲が沈鬱ちんうつだった。
「飲ませるんだろ」
 悟浄と悟空の部屋のドアが叩かれた。ふたりの下僕がドアを開けると、目の前には、妙に白い顔をした最高僧様がいた。
「へ? 」
 食事も済んで、風呂に入ろうとしていたところだった。
「あの薬」
 三蔵はあまり饒舌じょうぜつな方ではない。
 しかし
「薬に頼るなんざ好きじゃねぇ。でも、あんなに辛そうなら仕方がねぇ」
「それって」
 悟浄と悟空はお互いの顔を見合わせた。悟空の目に喜色が浮かび、悟浄は三蔵の気が変わらぬうちに、あの謎めいた薬箱をつかんだ。
 晴天の霹靂へきれきというべき事態だった。




――――イヤなことを全て忘れる薬。魔法のような薬。
 そう、イヤなことは全部忘れる、とびきりの魔法使いのおまじないのような。





 三蔵とのことも。



 金の髪をした男は黙って、黒髪の男の耳に触れた。銀色のカフスが2つ、その耳で光っている。外れていたもうひとつを、そっとその手で嵌め直した。


 涙のあとの消えないその耳元へ、三蔵は何かをひそかにささやいた。





――――確かに薬の効果は劇的だった。











 「廃墟薬局(20)」に続く