廃墟薬局(12)

 以前、抱いたときとは全然違った。

 旅の途中、

 とある宿で絹糸のように黒い髪と、翡翠のように綺麗な目を持つ仲間を抱いた。どうしようもなかった。日増しに募る想いに耐え切れなかった。
 あの時の八戒は不慣れだった。男を知らない身体だった。硬質な蕾みは三蔵を受け入れるのに必死で、三蔵の前にその白い肌をさらすだけで身体におののきが走った。初心な様子だった。三蔵は宝物を抱くように優しく扱った。
 八戒の首筋や肩の線がとても綺麗で、思わず三蔵は穿ったまま歯を立てた。そして背後からささやいた。俺は本気だ。お前のことが大切だ。お前の返事はどうなのか、と。
 しかし、返事はされなかった。次第に八戒は三蔵へ近寄らなくなった。避けるようになった。
 
 そんな、初々しい関係だった。
 しかし、それが今はどうだろう。
 惚れていた。清廉な態度、颯爽とした立ち居振る舞い、優しい声、ときおり見せる物憂げな表情。
 優しくて、激しい性格、強情なところもある困ったところ。その全て何もかもを。

「う……」
 犯され尽くして、ぼんやりしている八戒の手首を紐で結わえた。長めの紐で縛り、余った2本の紐をそれぞれベッドサイドの柱に縛り付けた。
「絶対にどこへも出さねぇぞ」
 三蔵は強い口調で言った。監禁とも庇護ともつかぬ語調だった。
「足も縛った方がいいか。明日あたり、専用の手錠でも買ってくるか。もう外へ男を漁りにいけないようにな」
 ベッドに仰向けに拘束されたまま、八戒はぼんやりと目を見開き天井を見上げていた。湯の入った洗面器を片手にタオルで身体を拭う三蔵のされるがままになっている。
 もう、ひとことも彼は喋ろうとはしない。人形のようだ。
 みじめなばら色の官能に満ちた日々。 
 美しいラブドールとの爛れた生活。
 端的にその時の三蔵の状態を言えば、そんな様子だったと否定はできないだろう。



 朝、そそくさと階下の食堂で食事をとると、三蔵は八戒の食べられそうなものを皿に抱えて部屋へと篭った。
 ベッドに縛って、拘束している黒髪の麗人に、ゆっくりと食事を与える。
「うまいか」
 あまり食欲がないらしい。八戒は果物のようなものを口にするのを好んだ。
「ほら」
 みずみずしいオレンジの皮を剥いて、三蔵は八戒の口へ入れた。華やかな柑橘類の芳しい匂いが周囲に満ちた。
「食えるのか。よかったな」
 ベッドに横になったまま、八戒は本当に人形のようにぴくりとも身じろぎをしない。ガラス玉のような緑の瞳は、目の前の最高僧のことを映しているのかも怪しかった。
 それでも、三蔵は次のオレンジの房を剥いた。そんなに器用な方でないので苦労して剥いている。本来、こうした手間のかかる作業は本来は八戒の得意分野だろう。
 なんとか剥き終わって、濃い蜂蜜色でオレンジの宝石のような実を小さくむしって口へいれてやる。八戒は茫洋とした瞳でその餌付けのような食事を受けた。唇から見え隠れするピンク色の舌が可愛らしい。
「手がべたべたして困ったな」
 三蔵がオレンジを1個、全て剥き終わり、その手が汁でべたべたしているのに眉をひそめた。
すると、人形のように整った八戒の唇が薄く開いた。そして、舌をちょんと出した。可愛らしいあかんべえとも違う、それは
「八戒」
 何故か、その淫靡な求めは三蔵に伝わった。三蔵はそのピンク色の舌へ自分の指をそっと寄せた。
 すると、
「うっ……」
 もの凄い衝撃があった。ぺろぺろと、八戒は自分の口に三蔵の指を受け入れ、果物の汁に濡れたその指を蕩かすように舐めまわした。
「だめだ……何してんだ」
 淫靡な仕草だった。柑橘の香りの沁みた、糖でべたべたの指を綺麗にするというより、それはそのうち、官能的な愛技に化けた。三蔵の指を男根に見立てて吸っていた。男が欲しいのを隠しもしない。高級淫売の手管のひとつに似ている。硬質なほど整った美貌が、いつの間にか紅潮している。頬に赤みが差し、ラブドールのような顔つきはさほど整ったまま変化がないが、態度は全身で三蔵のことを欲しいと言っている。
「八戒」
 震える手で、縛り上げていた腕を思わず解いた。ベッドの柵へ結びつけ拘禁していたのを緩める。自由になった身体で、八戒は三蔵へ全身ですがりついた。可憐な猫のように甘えている。紐といた手首は、かすかに赤くなっている。そんな手を八戒は伸ばした。三蔵の首の後ろに両腕を回してしがみついた。
「八戒ッ」
 甘いもとめに、三蔵は抵抗できなかった。八戒は三蔵の下肢へむしゃぶりついた。まるで、朝、朝食として食べた果実よりも熱心な調子で、三蔵の怒張をなめすすろうと、ぴちぴちした肉の冠に唇を被せてくる。
「くぅッ」
 もう既に、八戒はいつもの緑色のチャイナ服を着ていない。宿の部屋で過ごすのに適したように、綿製のパジャマを着込んでいる。
三蔵の手の中で、とびきり美しい黒い絹糸に似た髪がさらさらと零れ落ちる。目元を閉じ、すこし赤らめた表情で、三蔵の脚の間に顔を寄せ、三蔵の雁首を嘗め回している。
 もう興奮しきって、傘と雁の差がひどくなっていて恥ずかしい。八戒の繊細な舌が、裏筋の襞を執拗に嘗め回しだしたとき、三蔵は呻いた。
「よ……せ」
 かかえた頭を、美しい黒髪のひとふさひとふさを手で引いた。美しい髪に包まれた頭が、前後して舌で奉仕をし、三蔵を慰めるのをやめようとしない。先走りの体液が、口の端からこぼれて落ちた。
「八戒ッ」
 足の指先まで、ひどい快楽にわななかせていると。腰奥が煮えてとけそうになる。奥の陰部神経というやつが、もうぐずぐずに蕩かされて破壊されしまったのだ。
「っくぅッイク。もう出すぞ。もたねぇ」
「……あ」
 麗人が、何かをささやこうとした。もはや以前のような知能があるかすらもが怪しい。うめきやあえぎのようなものしか八戒はしゃべらない。その一方で、ひとではないようななまめかしい肢体が怖いほどだ。どんな朴念仁でもひとたびこの蜜のような身体を抱けば、もう身を滅ぼすだろう。それほどの魔性に内部から巣食われていた。
「くッ」
 三蔵の甘い声が、部屋の空気を震わせる。八戒の身体は魔性じみていて麻薬のようだ。おいつめられ、神経が煮られるようだ。八戒は丁寧に三蔵の出した精液を舌で撫で愛すようにして飲んだ。まるで天から下された不老不死の薬アムリタか何かのごとく大切にななめすすった。その喉が動いている。
「八戒、八戒、八戒」
 愛おしくてならない名前を三蔵は重ねて読んだ。精悍な目元が赤くなっている。本当に愛していた。
「さん……ぞ」
 三蔵は目を見開いた。ラブドールのような性交人形になってしまったかのようなのに、八戒は三蔵の名前をその唇に載せた。何かの偶然かもしれなかった。調子がいいと、抱いている相手を認識できるのかもしれない。三蔵の心にわずかながら光が灯った。
「八戒、俺だ……目を覚ましてくれ」
 三蔵は、八戒を抱きしめる腕の力を強くした。
 せつないような言葉をささやきながら、三蔵と八戒はベッドの上で抱き合っていた。




 その日から、ただひたすらに甘い日々が過ぎた。いまの八戒が食べられそうな飲み物や果物を手ずから食べさせる日々、
 八戒はベッドに縛りあげて拘束しているので、三蔵が手づから食事の給仕をせざるをえない。奉仕の手を待っている八戒は美麗な猫のようだ。
 そのうち、三蔵に性的に甘えてくる。甘えを許していると、目元を潤ませながら、三蔵の下肢の布を唇でひっぱってくる。そのベルベットのような舌になめすすられて身悶えるしかない。しばらく、ベッドの上でお互いを貪りあう。
 じき、昼になる。宿の食堂に腕によりのかけた食事が並ぶ。三蔵は銀木耳の炒め物や麻婆豆腐など、消化によさそうな惣菜の載った皿を持って部屋まで上がった。
 人形のような目つきをした八戒は大人しく食べた。ぺろぺろと給仕する三蔵の指まで悩ましげに舐める。なんどもいけないと思いつつ、その着ているパジャマを脱がせた。そのしどけない身体を何度も犯した。
 甘い声をあげて八戒は喘いだ。三蔵のを脚の付け根の蕾で咥えたまま両脚を三蔵の腰へ回させて仰け反って喘ぐ。しどけない。バサバサと音を立てて、白いシーツに黒い絹糸のような髪が散った。勢いで銀色のカフスのひとつが、こぼれるように落ちた。





 「廃墟薬局(13)」に続く