闇夜の月(8)

 それから。

 シャワーの後は、いつの間にか食事の時間になっていた。
「ああ、さっぱりしましたね」
 八戒からも三蔵からも石鹸とシャンプーの匂いがする。
「そうだな」
 さわやかに笑いかけてくる八戒のことを、三蔵はうらめしそうな目つきで思わずにらんだ。タバコを吸って口元を覆うようにして表情を隠している。
 
 三蔵がシャンプーの青いボトルを手に浴室へ行くと、八戒が浴室のドアをあけているところだった。湯気で見え隠れする白い裸身。すんなりした腰つき、想像よりやや広い肩に長い脚、そして体つきがとにかく、しなやかでなまめかしかった。温かいお湯を浴びて上気して、ほんのりピンク色だった。頬も染まり黒い髪は濡れてとにかく色っぽい。モノクルを外した潤んだ緑色の瞳で三蔵を見つめていた。

 くわえていたタバコを落とさなかったのが不思議なくらいだ。

「なーなー何食う? 俺、もう飢え死にしそう」
 悟空の哀れっぽい声が耳に入り、ようやく三蔵は我に返った。
「よお」
 賭場へ行く前の行きがけの駄賃とばかり、悟浄が赤い髪をゆらして食堂に現れた。
「あっれー。ミナサンもう夕飯? 早くね? 」
 悟浄が椅子を引いて、にやにやしながら席についた。そこへ悟空が大声で訴える。
「俺さ今日、早メシしちゃって。昼前に食ったから、もー腹へって腹へって」
「あー? オマエ、じゃー昼は食ってねぇの? 」
 悟浄が細く整った眉毛をつりあげる。目の前のテーブルに置かれた、水の入ったコップをつかんだ。
「いやチャーハン20皿しか食ってない」
 黄色いマントをゆらし、イスの上で腹を抱えてかがむ。おなかが鳴る音がテーブルの上にまで響きわたった。丸くて黒いテーブルは鏡のように磨かれていて、悟空の空腹で苦しそうな表情を映しだしている。
「じゅうぶん食ってんだろうがバカザル」
 三蔵が眉を寄せてにらむ。普通だったら旅の資金など悟空の大食いでなくなってしまうだろう。三仏神カードさまさまだ。
「そうですよ。ケガが治ったとはいえ食べすぎです」
 八戒の口調が小言めいてきた。ちょうど三蔵の隣に座っている。席が近い。ぴったりと肌を寄せるようにして傍にいた。八戒が身じろぎするたびに何ともいえない、いい匂いが立ちのぼった。シャンプーと石鹸の匂いだ。
「……っ」
 三蔵は思わず席を立った。まぶたの裏に何も身につけていない八戒の姿が浮かんだのだ。ひたすら、色っぽかった。
「三蔵? どうしました」
 何も気づいていないらしい黒髪の従者は気遣わしげに声をかけてくる。
「……タバコ、切れちまった。部屋から取ってくる」
 三蔵は額に手を当てて、つぶやいた。下肢へ急に熱が集中してゆく感覚があった。
「えー! 俺、さんぞー戻ってくんの待てねぇよ! 」
 悟空が悲痛な声をあげる。
「うるせぇ。勝手に頼んで先に食ってろ」
「わーい♪ 」
 そんな、やりとりをすると、三蔵は部屋へいったん戻った。
 

 男同士だから、そんなに意識する必要などない。確かにそうだ。
「……っ」
 三蔵は、部屋のドアを閉めた。閉めると同時に座りこみそうになった。前が重くて突っ張って歩けない。息が荒くなる。落ち着こうとして深く息を吐いた。
 誰もいない宿の部屋。静かな部屋に三蔵の吐息だけが響く。自分の白い法衣の前をくつろげた。ジーンズの布地が窮屈だ。ガチガチに硬くなっている。
 とてもイスやベッドまでたどりつけなかった。その場に座りこんだ。
「クソ……」
 思わず悪態をつく。確かにこれでは、あのまま食事のテーブルになどついていられない。
「は……っ」
 八戒は、なまめかしかった。下半身を直撃するような色香だった。初めて見た裸が忘れられない。いや今までも上半身に何も身につけていないとか、そういうのはよくあった。いや、野宿のときに着替えとか見たことは何度もあったはずだ。
 しかしこれは。
 最近の自分はおかしい、そう三蔵は思った。理屈ではなかった。どうにも欲望が止まらない。
「……っ」
 奥歯を思いっきり噛み締めた。ジーンズのジッパーを下ろすと、弾力のある肉の棒が、飛びだしてくる。だめだった、日に日に、秘めていた思いが、積もりに積もって、欲望で抑えていた理性が弾けそうだ。何かが閾値に達してしまったのだ。
「く……」
 自分の指で触れると、めまいがするほど気持ちよかった。快美感で背骨までとけそうだ。我慢できずに激しくしごきあげた。
「クソ……っ」
 あのしなやかな身体に、これを咥えこませたい。脚を開かせてつらぬいてつらぬいて奥まで穿ちたい。
「っあ」
 思わず前かがみになって、うなった。ここで抜いておかないといけない。そうでないと今夜あの男とベッドを並べて何もせずに寝るなんて芸当は、できないに違いない。
「は……っ……はっ」
 獣のように息を荒げ、身体を折って、そのまま達してしまった。冠を幹を白い体液が滴る。
「八戒……」
 三蔵は切なげな声で大切な意中の相手の名を呼んだ。いつまで仲間の体裁を保っていられるのか、まったく自信がなかった。









 「闇夜の月(9)」に続く