闇夜の月(6)

「三蔵一行覚悟! 」
 背後で大勢の妖怪の声がした。妖怪の襲撃だ。
「何っ」
 三蔵が眉をつりあげる。
「うわー、この街にもいたんですねぇ」
 八戒は困ったように笑っている。大通りへの入り口を大勢でふさがれた。尖った耳をした何人もの妖怪が三蔵と八戒の方を見て笑っている。多勢に無勢とみて勝ち誇っているのだろう。
「ぐへへへへ」
「うぇへへへへ」
 20人はいるだろうか。手に手にナイフや中華風の大刀をかかげ、ゆっくりと近づいてくる。
「たった、ふたりだけで街をうろちょろしてるなんざ」
「くっくっくっ」
 妖怪たちは下卑た声でうれしそうに笑った。
「へっへっへ。殺してくれって言ってるようなもんだよなぁ? 」 
 妖怪どもが手にしているナイフが白く光る。ナイフにはすがすがしい青い空が映りこんでいた。路地から一歩でれば、健全で平和な世界が広がっているのに、ひどく遠い場所に感じられる。
「やっちまえ」
 三蔵と八戒のことを妖怪たちは嘲笑った。ふたりだけの三蔵一行など怖くもなんともない。あのキレイなだけの玄奘三蔵と一行の中でも一番おとなしそうな緑の服を着た男が相手だ。勝利を確信した様子で手に手に刃をふりあげ、飛びかかってきた。
「本当に飽きない方々ですね」
 八戒が片手で空気中の何かをつかむように指を曲げて構えた。たちまち掌が白く発光しだした。
「チッ」  
 三蔵が銃の撃鉄を指で起こす。不吉な金属音が路地裏に響きわたった。
「三蔵、ここは僕が」
 八戒が三蔵を守るようにして立ちはだかる。いかにも忠実な従者らしい立ち居ふるまいだ。
「路地裏とは、いい場所を選んでくれましたね」
 ボールの玉でも投げるときのように、身体の勢いをつけてひねった。腰で結んだ白い肩布がゆれる。
「貴方がたにしては上出来です。 礼をいいますよ」
 片手でもう片方の手首をつかんで輝く手の平を敵へ向けて押しだす。一瞬、周囲のすべてが白い光に包まれた。
「ぐわあっ」
 もの凄い勢いで白い閃弾が撃ち込まれる。全てを燃やし尽くすような凶暴なエネルギーの玉が妖怪たちを次々に消し去ってゆく。
「大通りなんかで善良な一般の方のご迷惑になると申し訳ありませんからねぇ。お行儀がいいですねぇみなさん。そこだけは、ほめてあげます」
 八戒は唇の両端をつりあげた。強い。もの凄い破壊力だ。衝撃で周囲の空気が震えている。消された妖怪は骨も残っていない。くすぶるような焦げた肉の焼ける、いやな匂いが立ちこめているだけだ。
「くそおおお」
 ナイフをかざして妖怪がひとり突っこんできた。口から泡をふいている。恐怖のあまり正気を失っているようだ。捨て身だ。
「!」
 八戒が手をふりかざした。もう一度、気功を放とうと相手をにらみ照準をつける。ナイフの刃はまっすぐに八戒の胸元へ向けられていた。ものすごい勢いだった。動きが速い。白刃がひらめいた。
 そのとき、
 銃声がした。
 後ろからだった。
「うぐっ」
 目の前で妖怪が崩れ落ちる。八戒へ刃が触れる直前だった。空になった薬莢が石畳の上へ落ちて跳ねた。真鍮の澄んだ音が響く。
「三蔵! 」
 三蔵がおもしろくもなさそうな様子で銃のシリンダーを片手でまわしている。硬質な金属音が響く。
「フン」
 秀麗な眉をつりあげた。足で蹴るようにして、うつぶせになった妖怪をあお向けにする。無残な弾痕が妖怪の額の真ん中にあいている。人間離れした腕だ。正確に眉間を打ち抜いている。
 殺しなれていた。僧のくせに虐殺になれきっている。動きに無駄というものがなかった。
「うあああ」
 生き残りの妖怪どもの間から、たちまち悲鳴があがった。恐怖で息をすることも忘れていたらしい。
「逃げろ! 」
「ひいいいい」
 ナイフを取り落とし足を引きずり血相をかえて、わめきながら大通りの方へかけてゆく。命あってのものだねとばかり散り散りになって逃げていった。
「やれやれ」
 三蔵は銀色の小銃を懐へしまった。眉を寄せて妖怪どもの逃げた方向をにらむ。本当に懲りない連中だった。
「突然でびっくりしましたね」
 八戒がははは、と困ったように笑う。無邪気な素の笑顔を向けられて三蔵が少し戸惑った顔をした。
「ああ」
 そんな三蔵の反応にかまわず、八戒がぽん、と手の平を打つ。
「そーいえば! 」
 なにか思いだしたらしい。
「……すいません。さっき三蔵なんて言ってましたっけ」
 目じりの下がったひとのよさそうな表情だ。
「なんでもねぇ」
 三蔵は歯切れ悪く言葉を返した。
「ええっと確か」
 かわいらしく首なんか傾げている。
「『俺はずっとお前のことが』…………それから 『す』 って言いかけましたよね」
 背が高いのにそんなしぐさも無理がない。美形はつくづく得だ。
「『す』 って……なんですか? 」
 明るい笑顔で八戒がたずねてくる。この男、確かに記憶力はやたらにいい。三蔵に 「好(す)」 の続きをうながずように緑の目を細めて見つめてくる。
 三蔵が口を開くのを楽しそうに待っている。その無邪気な様子に三蔵が眉を寄せた。
「……いや、なんでもねぇ。忘れろ」
 横を向いてふたたびタバコに火をつけた。本当についてなかった。三蔵は思い切り舌打ちした。






 その頃。
 耳の尖った妖怪たちがささやきあっていた。
「さすがに強いな」
「チッ。でも、棒を振り回すやったら強いガキはケガしてんだろ。そういう 『連絡』 だったよな」
「三蔵の野郎、従者とふたりだけで街歩いてるって 『連絡』 が来たからチャンスだと思ったのによ」
「従者がひとりならなんとかなると思ったんだがな」
「そっちは何人、殺られた」
 低い落ち着いた声が訊ねる。
「10人だ」
「クソ」
「……策もなくアイツらをヤろうとしても無理だ。ここは……」
 妖怪たちは声をひそめた。










 「闇夜の月(7)」に続く