煉獄の孔雀(4)

「いや――――いやです。三蔵、もう僕は――――」
「うるせぇ。てめぇがどんな目にあったって俺には関係ねぇ。俺がやりたいからやらせろっていうんだ。いつまでも、 てめぇひとりで塞ぎこんでんじゃねぇぞ」
 三蔵はそう最後通牒さいごつうちょうのように告げると、八戒を傍らのベッドに押し倒した。途端にその痩躯が抵抗して暴れる。
「いやです! いやですもう!」
「うるせぇ、このままそんなこと言ってずっとやらせねぇ気か。冗談じゃねぇぞ」
 三蔵は、躰の下に敷いた八戒に向かって怒鳴った。
「さん……! 」
 八戒の抵抗を押さえ込むようにして、三蔵はその唇を強引に合わせた。
「あ……」
 とろりと震える八戒の舌を捉えて、自分の方へと誘い込むようにして唇を合わせる。
 角度を変えてその舌を吸い、貪った。とろけるようなくちづけだった。舌先で、八戒の舌の味を味わうかのようになぞり上げては吸う。腰の奥が疼くようなキスに八戒が思わず喘いだ。
「う……」
 解放されて、息を思わず深く吸った。三蔵はそのまま唇をずらすようにして、八戒の首筋に舌を這わせだした。ときおり強く吸って跡をつけてゆく。
「や……さんぞ……」
 往生際悪く、三蔵の躰を引き剥がそうと、背中へ回されていた八戒の腕が三蔵の服をつかんでひっぱる。
 しかし、三蔵は意に介さなかった。舌で押しのけるようにして、首もとまで着込んだ服を脱がしてゆく。
「いや……やで……」
 八戒の懇願は聞き入れられない。ゆっくりとした調子で三蔵は舌を這わせ、それと同時にその服のボタンを外していった。艶やかな肌が露わになる。
「やぁ……」
「綺麗だ。八戒」
 服の合わせ目から覗いた、朱鷺とき色の乳首に三蔵は舌を走らせた。八戒が仰け反る。
「あ……ん」
 溶かすように舌先で舐った。久しぶりの八戒の肌は、三蔵を狂わせるのに十分だった。
 びくんと敏感な肌が震え、跳ねた。それを宥めるように手で撫で、舌を這わせる。
「お願い……三蔵……許して……くださ……」
 涙を滲ませて八戒は縋った。目のふちに涙がたまって、余計に瞳は艶めかしくきらきらと光った。その様子は以前と変わらぬ匂やかさだった。
 だけど。
 八戒の躰は硬かった。腕を突っ張るようにして、三蔵から逃れようとする。
 八戒が暴れる度に腕を押さえつけていた三蔵だったが、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「何だこの手は。邪魔だ」
 三蔵は自分の着ていた服の帯を外した、紐状のそれで八戒の手首を縛る。
「……! 」
 そのまま腕をベッドヘッドへと括りつけた。仰向けで、両腕を上げる形で拘束する。
「ひ……」
 八戒の自由を奪ってしまった。三蔵は安堵したように息をつくと、しなやかな躰に手をかけその服を肌蹴させた。
 艶めかしい肌がいよいよ露わになる。すんなりとした肢体が三蔵を誘うようだった。綺麗についた肉の線に臍の窪みまでがそそった。腹部の傷までが扇情的だった。
「あうッ」
 三蔵の舌が執拗しつように八戒の胸の尖りを舐めすする。時折、唇で強く引っ張り、より尖ってしまう敏感なそれを愛しげにいたぶった。
 八戒は自由にならない腕を振り回そうとした。無理だった。
 両手首は紐でがんじがらめになっている。その様子は美しい孔雀が網にでも引っかかったようだった。紐を捩るようにして八戒は暴れた。しかしそんなことでは外れない。
「いけません……三蔵」
 苦しげに八戒が喘ぐ。
 八戒の躰からは、もう陵辱の跡はほとんど残っていなかった。二週間という時間が、心はともかく躰の傷を消し去ったのである。
 やはり普通の人間と違うのか、三蔵が安心したことには、八戒の傷のなおりはずいぶん早いようだった。
「だめ……だめです……さんぞ」
 うわごとのように告げる唇を見ながら三蔵は言った。
「うるせぇ、何がだめだ」
 二週間も禁欲させられた後だった。三蔵の躰はすでに猛っていた。
 躰の下にいる八戒は三蔵の熱い怒張が当たるのをまざまざと感じていた。三蔵はもう、欲情しきっていた。
 八戒のことが欲しくて欲しくてしょうがなかった。狂おしい熱が躰の内側でたぎり、八戒を求めていた。
「僕はもう……」
 そんな三蔵の気持ちを知ってかしらずか。
 きゅ、と八戒は一瞬、唇を噛み締めた。縛り上げられたその腕が切なげに震える。
「……汚れてますから」
 震える声で八戒は言った。そのまなじりを、涙が伝った。
「僕を抱けば、あなたまで汚してしまう」
 悲痛な声で八戒は告げた。
「……汚せ」
 それに対する三蔵の返答は素早く、手短だった。
「お前とだったら汚れてやる」
「三蔵ッ……!」
 三蔵の腕がきつく八戒を抱きしめる。
「あ……」
 眩暈のするような感覚だった。嬉しいと思う気持ちと、性に対して傷ついてしまった嫌悪の情の間で八戒は揺れた。
「いや……でも……やぁ」
「うるせぇ。俺の好きにさせろ。このまま一生お前とできねぇんじゃないかと思うと気が気じゃねぇ」
 三蔵のくちづけは八戒の全身に落ちた。宥めるように優しく触れる。額に、首に、胸に腕に腹に脚に……。
「や!」
 とうとう、三蔵は、八戒の膝の間に手をいれると、左右に割り広げた。
「あ……あ……さん……」
「黙ってろ」
 怯えたようになっている八戒のそれを口で捉える。いつもなら、三蔵が触れれば、すぐに崩れるようにして蕩ける八戒だったが、よほど大勢に犯されたのが堪えたのだろう。
 性的なことに拒否反応があるらしく、緊張が緩まなかった。八戒の反応は硬かった。三蔵はそんな八戒を溶かそうとするように執拗にそれを舐めた。
「! 」
 ぎり、と手首の紐がきしんだ。八戒が躰をひねる。
 ぴちゃ、と淫らな音が立ち始める。横から食むようにして、三蔵が屹立に愛撫を加える。
 まるで、横笛を吹くかのように八戒を奏でた。
「あ、あ……」
 三蔵の好きなように、啼かされつつあった。
 八戒の感じる場所を知り尽くしている三蔵の舌に、抵抗しきれなかった。
 八戒の小さな肉の薄い尻が思わず浮いて震えてしまう。三蔵の舌の動きに合わせるかのように腰が揺れた。
「僕……僕ッ」
 惑乱する感覚に震える八戒のわき腹を宥めるように、三蔵の手が撫で上げた。
 鬼畜坊主にしては、蕩けるように優しい性技だった。手首を拘束して抱いてはいるが、その他はこれ以上ないほどの優しい愛撫だった。
「全部俺によこせ」
 くぐもった三蔵の声が下肢から聞こえる。含まれながら喋られて、八戒が首を振った。
 ばさばさと艶のある黒髪が、敷布を舞う。三蔵はその間も優しく八戒の躰を撫でた。八戒の屹立に口淫を施しながら、その腹や脚を撫で愛した。
「んん……」
 段々と硬く、芯が通ったようになった八戒のそれを深く咥えると、三蔵は唇で扱くようにしだした。
 敏感な雁首のふちが唇に当たる。その縁をわざと捲り上げるようにして口で絞ってきつく愛撫した。八戒の躰が跳ねる。
「あ! あっ……!」
 とうとう、八戒は張り詰めきってしまった。
「ゆるし……ゆるしてぇ……ッ」
 八戒が仰け反って喘ぐ。縛められた手首が震える。
 もちろん三蔵が許すわけはない。
「あ、あ――あ、あ――ッ!」
 極みに達した八戒が、びくんと躰を強張らせて、尻を震わせる。達してしまった。全身を紅潮させて、三蔵のいいように翻弄ほんろうされて放ってしまった。
「はっ……あ」
 涙の滲んだ恨めしそうな顔で、八戒は下肢にいる三蔵を、首を曲げるようにしてみつめた。
 手首を拘束されているので、好きなようには動けなかった。
 三蔵は、飲んだ八戒の白濁を、口端を歪めながら、吐き出した。唾と交じり合ったそれを八戒の後ろへと塗り込める。
「やぁ……ッ」
 久しく放出されていなかったためか、常より粘性の濃いその体液を三蔵が弄ぶようにして、粘膜の奥へと擦り付けた。ひくんひくんと敏感な八戒の躰が痙攣する。
「うく……ぅッ……ひぃ……ッ」
「ここ……スキだろうが」
 優しいが、容赦のない淫らな口調で三蔵が告げる。八戒の前立腺を探し出して指で穿った。
 放出させられたが、完全に体積を失ってない八戒の前が再び、ぴくりとうごめく。再び力を持って熱くなってゆくのを止められない。躰は段々と以前の狂おしいような熱さを取り戻しはじめた。
「あっ……さんぞ! さんぞッ」
「……ナカが悦くなってきたろ」
 鬼畜坊主が口元を歪めながら告げる。相変わらず快楽に従順な躰だった。甘い糖蜜とうみつのように淫らな躰だ。
 蕩けつつある肉筒へ挿れた指を三蔵は増やした。二本三本と増やしてゆく。ひとつひとつの挿入時はきついほどの抵抗があったが、じきに馴染むころにはそれが狂おしいような感覚を八戒にもたらしてゆく。
 ナカでばらばらに蠢かされて、八戒が仰け反った。
「ああっ……だめぇ」
 今度の「だめ」は抱いては「だめ」なのではなく、快楽に耐え切れないから「だめ」の方だろうと、三蔵が口元をつりあげて笑った。
 淫らで甘いその躰が愛しくてならなかった。三蔵が旅の毎日、時間をかけて大切にベッドで育て上げた躰だった。
 この躰を自由にした鬼畜どものことを考えると怒りで気が狂いそうだったが、三蔵としては、八戒がそいつらに抱かれたことを忘れるほど、抱いてやるだけのことだと思っていた。
 そいつらのことなど、自分が忘れさせてやる。そう思っていた。他の男の味など、消し去ってやる。
 まるで何かに対して宣戦布告するかのように三蔵は頑なに決意していた。
 自分と八戒の関係は変わらない。いや変えさせない。あんな畜生どものためになんてもってのほかだ。
 三蔵はそう思っていた。
 そう、
 どんなことをしても、
 八戒を失いたくなかったのだ。

 指と引き換えに、鬼畜坊主の怒張を飲み込ませられた。
「あ……んッ」
 指とは比べ物にならない熱さと質量に、八戒が息をつめる。腰奥にじわりと熱が拡がり、粘膜をいっぱいに広げられる感覚が、八戒をじわじわと狂わせてゆく。
「あ……ふ……ん」
 鼻に抜ける甘い声で、八戒が以前と変わらぬように熱く喘いだ。
 しかし。
 ずちゅ、と三蔵が肉塊を、奥まで叩き込むように穿ちだすと、八戒の様子が変化した。
(いいの? よくなってきた? もっと聞かせてよ……)
(彼氏とヤッてる気分になってきた? イイ? )
「や……いやです……!」
 一瞬目の色を変えて、八戒は躰を痙攣させた。逃げようと躰をひねって暴れる。拘束されている手首がぎしぎしと鳴った。
 三蔵の熱いペニスの感覚で、男たちにむちゃくちゃに犯されていた感覚まで思い出してしまったのだ。
「! ……ったく」
 三蔵がぎりッと奥歯を噛み締めた。
 前後不覚に言葉にならないことを喚いて暴れようとしている八戒の頬を無理やり両手で捉え、その顔を自分へと向けさせた。
 翡翠の瞳と紫暗の瞳が真正面からぶつかった。
「俺だ。俺が分からないのか」
「あ……」
 八戒を現実へと引き戻すような、凄烈な紫暗の瞳で見すえる。その深い光彩の中に、八戒の整った顔が映り込む。錯乱していた緑の瞳に、正気が戻った。
「今、お前を抱いているのは、誰だ。言え」
「さん……ぞ」
「そうだ、ちゃんと俺の名前を呼べ。いいな」
「三蔵……」
 八戒に突き入れたまま、三蔵は腰を振った。
「あ……ッ」
 内壁を、三蔵の熱い屹立で擦り上げられる。びくんと八戒は背を焼くような快感に身をよじって震えた。
「くぅ……ん」
「八戒……」
 三蔵が目を合わせたまま、そのしどけない躰を穿ち続ける。何度となく繰り返した行為だったが、こんなにお互いを見つめ合いながら、躰を重ねたことは今までなかった。
 三蔵は、抱いているのは自分だと、八戒に知らせるように、その瞳を合わせたまま反らさない。
 じきに、見つめられる恥ずかしさに居たたまれなくなったのか、八戒が視線を逸らそうとした。それを許さず、三蔵が強引に自分の方へとその整った顔を再び向けさせた。
「俺を見ろ」
「やぁ……」
 ぎりぎりまで抜いて、それを奥深くへ埋め込むような動きを三蔵は繰り返した。
 思わず、抜きかけた三蔵のものを追うようにして口をつぼめた後ろに、再び突き入られて八戒が甘い声を放って痙攣する。
「あぅ……ッ」
 艶めかしい躰だった。林にすむ野獣でさえも、これでは喰らう前に犯すだろう。
「お前を抱いているのは誰だ」
 執拗に三蔵は確認させる。
「さんぞ……さん……」
 うわごとのような甘い口調で八戒は呟く。
「そうだ」
 よく言えた褒美だとでもいうように、三蔵はその快楽の汗が浮いた額にくちづけた。
 久しぶりの八戒の躰は硬質で、そのくせ感じやすくて淫らだった。
「……久しぶりで、もたねぇ。もう出す。いいな」
「んう……! 」
 一際深く深く奥まで貫かれる。三蔵が八戒の尻を抱えるようにして、躰を震わせた。
 中にたっぷりと精を注ぎ込まれて、躰を強張らせた。
「あ、ああっ……」
 墜落するような感覚とともに、八戒もそのまま達した。全身を痙攣させて悦楽に狂う。
 ぎしぎしと縛められている腕が、痛々しく鳴った。
 八戒の逐情する甘い声が、闇を裂くようにして、響いた。



 「煉獄の孔雀(4)」に続く