覚醒

「んーなになに 『美人女教師狩』 こっちは 『淫虐病棟 白濁汁にまみれて』 ……うーんどれも趣味じゃねぇなぁ」
 悟浄は宿の部屋に並んだビデオのパッケージを手に取りながら呟いた。
「悟浄、そういうの苦手ですよね」
「うん。オレ、いやがってるやつに可哀想なことして勃つってできねーわ」
 悟浄のようなタイプはそうだろうなと八戒は思う。
 ひまわりみたいによく笑う悟浄。陽性で男らしくてやんちゃ。彼に暗い嗜虐性があろうとは思えない。
 悟浄のようなタイプの男は単純明快な性的指向を持ちやすいのかもしれない。サディスティックな趣味を持つには包容力がありすぎるのだ。
 相手を可愛がるように抱く。仮に強引にコトを進めてしまったりするとその後は平謝りする。 とはいうものの、我慢しすぎてせっぱつまり、よく八戒を強姦まがいに抱いた。事後、土下座するようにして八戒の許しを求めたものだ。

 ごめんなさいごめんなさい。もうしません。
 何度か破られた誓いを思い出して八戒はちょっと独り笑いそうになった。
 そう。そうやって自分はいつもなしくずしに悟浄の行為を許してきた。親友だから、恋人だから、特別だから。自分のことが欲しいと臆面もなく言い放つ彼の欲望を受け入れてきたのだ。
 それがいけなかったというのだろうか。

「淫売が」
 数日前三蔵に投げつけられた言葉を思い出してしまう。

「ん? どったの。んな浮かない顔しちゃって。美人さんが台なしよん」
 悟浄が軽口を叩きながら寄ってくる。
「なんでもないですよ」
「んー? 」 
 覗き込むようにしてくる。思わず八戒は顔を逸らした。
「それより、見たいビデオは見つかったんですか」
「いや。ねぇわ。この部屋泊まってった野郎とはオレ趣味合わないみたい」
 数日ジープを走らせて、やっと見つけた宿は商人宿らしく、シングルが2つしか空いていなかった。それなのに無理を言って4人で2組ずつ泊まることにしたのだ。
 シングルのベッドがひとつ。無理矢理運びこまれた簡易ベッドがひとつ。狭い部屋のなかはいっぱいで立っている余裕すらない。
 そんな部屋の片隅で、乱雑に置かれた数本のビデオを見つけたのは悟浄の方だった。

「多分、仕事で泊まった奴が街で適当にエロビデオ買ってこの部屋で見たのかもな。それで置いてったんだろ」
「妻子持ちの人かもしれませんね」
「そうかもな。女房子供に見つかると困るってか」
 悟浄は無造作にひとつのビデオをデッキに入れた。
「見るんですか? 」
「お前こーゆーの見たことある? 」
「いえ」
 八戒はさり気なく悟浄と目を合わせるのを避けた。
「やっぱり、お前最近おかしいぞ」
「なんでです」
「オレに冷たい」
「そんなことないでしょう」
「いや、冷たい。ゴジョさびしー」
「そんなことありませんって」
「だってオレを避けてんじゃん」
「そんなこと」
「あるね。3日前だってオレがしたいしたいって言ったのに外はいやだとか、疲れたとか言って全然相手もしてくれねぇの」
「悟浄」
「だから、今日はすげーうれしい」
 悟浄は簡易ベッドに腰掛けている八戒を背中から抱きしめた。
「しよ。八戒。な、お願い。もう我慢できねぇ」
 自分は結局こうやって流されてしまうのだ、と八戒は思った。




 悟浄のつけたビデオから音がする。明かりを消した室内はビデオデッキの光だけで照らされていた。
「ん……」
 あがりそうになる声を八戒は抑えた。隣りの部屋には三蔵と悟空がいるはずだ。
「なに、声聞かせてよ」
「隣りに聞こえますよ……あ……っ……んっ。」
「聞こえねぇって」
 壁の薄い安宿なのに、悟浄の方は早くも八戒の躰に溺れているようだ。もう周りのことなどどうでもよくなっている。
 八戒は下肢を割り広げられて、悟浄のついばむような口づけを受けている。悟浄の唇が直接肌に触れたとき、びくりとしたが八戒は耐えた。
 三蔵とのことは数日前のことだ。すでに情事の痕跡も肌からは綺麗に消えているはずである。
 知られたくない。悟浄には知られたくない。そして三蔵にも。
 彼らが自分の躰をどう扱おうと、決してこの心の底までは見せない、快楽だけ、共有すればいい。自分から劣情を引きずり出せたからって、支配までできると思うのは間違いだ。
「全然、集中してねぇじゃん」
 悟浄から咎めるような声があがった。
「そんな……こと……な……あっ」
 ビデオは佳境に入っていたらしく、部屋に女の嬌声が響く。悟浄はリモコンでビデオを消した。ビデオを消した後の青い画面の光がそれに取って代わる。
「悟浄……? 」
 悟浄がベッドサイドの明かりを突然つけたため、眩しさに目を細める。
 秘め事を白々とした蛍光灯の下に引きずり出されて八戒は逃げ出したくなった。
「集中しないからおしおき」
「え……? 」
 いつもより唐突に、悟浄が八戒の下肢を抱え、貫いた。八戒が綺麗な眉を顰める。男に抱かれることに慣れても、この瞬間には容易に慣れそうにない。
「ん……っひぁっ……! 」
 悟浄が刺し貫きながら八戒の胸の飾りをゆっくりと舐める。下肢からの刺激と乳首への淫らな愛撫に躰が疼いて我慢できない。
 片足を肩に担ぎ上げて、横抱きに腰を抜き差しされて縋りつきたくなる。
「ほら、八戒、あそこ見える? 」
「え……? 」
 悟浄が上唇を舐めながら顎で指し示した方を見て驚いた。
「やだ……やだ悟浄! こんなのは、や……あっ……! 」
 そこには姿見があった。
 鏡に映った淫らな姿。目をそらしても目に焼きつく。服を剥ぎ取られ、男に脚を抱えられて咥えこまされている姿。ひくつき、喜んで悟浄を飲み込んでいるピンク色の粘膜。喉をそらして快楽に喘ぐ淫らな、いやらしい姿。
 

 八戒はそんな自分の姿を鏡にさらけだされて羞恥に身をよじった。
「いつもオレの前でお前こんななんだぜ。我慢できないオレの気持ち、わかるっしょ」
 そう言うと悟浄は、わざと突き入れていたものを先端ぎりぎりまで抜いた。八戒の躰が震える。散々悟浄に突き入れられていた粘膜が先走りの粘液でほころび、糸をひき、悟浄のものを欲しがってひくつくのを、自分で目の当たりにしてしまった。
「すげぇ、いやらしい。八戒」
「悟浄言わないで……」
 羞恥に白い肌を朱に染める八戒の耳になおも卑猥な言葉をささやく。
 八戒は首を捻じ曲げて、鏡から顔を逸らした。見ていると身の置き所がなくなるような気がする。耐えられない。
「駄目。逃がさない」
 悟浄は顔を逸らそうとする八戒の口に指を入れると鏡の方へ向けた。そのまま抱えていた脚を横に倒して体位を換える。挿入された悟浄の性器が回転軸になって、貫かれている八戒がその刺激で背筋を振るわせた。
 口からは淫らな喘ぎが途切れることなく漏れる。八戒の脚を回転させ、尻を抱えて後背位で八戒を責めたてはじめる。
「見ろよ。八戒。スケベな自分をちゃんと」
 背後から刺し貫きながら、腕で、八戒の顔を鏡の方へと固定する。首を振ろうとして、八戒は失敗し、快楽に潤んだ目つきで鏡の中の悟浄を睨みつける。
「言って……八戒。オレを欲しいって言って……」
 獣のような交合で悟浄に組み敷かれ、好き放題にされながら感じきってる淫らな躰。悟浄に犯されている粘膜が蕩けるような快感を伝えてくる。
 もう、何をしても感じてしまう。快楽に歪む自分の顔を見たくなければ、目を閉じるしかないが、そうすればその分悟浄が与える性感に過敏になってしまう。
「あ……悟浄……ごじょ……」
「八戒」
「欲し……もう来て……ごじょ……っ」
 夢か現か。蕩けるような声音で逐情をねだる声に誘われて。悟浄は腰使いを一層激しくした。甘く男をねだる八戒からは魔性めいた色香が立ち昇り、悟浄から理性を奪い去る。


 夜は更けても、まだまだ二人の交合は終わりそうになかった。



 あれから何度交わったか覚えていない。
 獣のように貪りあって気がついたらシャワーも浴びずに二人で抱き合うように狭いベッドで眠っていた。隣りでは悟浄が罪のなさそうな寝息を立てている。

 八戒はひとり目を覚ました。

 散々精飲もしたのだろう。口内に精液特有のえぐみが残る。お互いの体液を交換しあうような激しいセックスの事後特有の気だるさと、奇妙な晴れやかさがあった。


 こんな自分は確かになんなのだろうと八戒は思う。
 悟浄はもとより三蔵とのセックスでも感じてしまう。しかも、三蔵との屈辱的な行為の後、悟浄との行為もこうして容易く受け入れてしまう。
「淫売ね」
 八戒の口元に仲間の誰も見たことがないような皮肉な微笑が浮かんだ。
「だったらなんです。結構なことじゃないですか」
 八戒の中で何かが閾値に達した。
「余計なお世話ですよ。三蔵」
 八戒はその秀麗な口元をつり上げるように笑った。無自覚ではあったが、確かにその表情は男を堕落させ、破壊する淫魔そのものだった。


 徳の高いえらいえらいお坊様を堕落させる妖しい妖魅。

 艱難辛苦を超えて経を取りに行く高僧を性的な地獄に落とす魔物。

 新たな魔性の覚醒を歓迎するかのように、窓の外では大きな赤い月が妖しく光っていた。




 了




 「執着」に続く