身体が動かない。今、何時なんですか。……楼主、いやムカデ野郎とかお呼びした方がよろしいですかね。
さっきから大福帳なんか見て、ははあ、商売熱心なことですね。いや、いいですよ。僕にかまわないで下さい。
というか僕にこれ以上触るな。
やめてください。この枕元に置いた扇子は僕の商売道具ですよ。貴方の汚らわしい手なんかで触って欲しくありません。……ええ、確かに水は飲みたいですけどね。
……水が飲みたいっていって出てくるのが龍井茶なところが驚きますよね。え、なんですか。ちょうど淹れたところだ。ええ、いいですよ。もうなんでも。
しかし、これまた、すごい赤の効いた素晴らしい伊万里の器ですね。しかも胡蝶の柄ですか。いただきます。
紙でできてるみたいな薄い椀ですね。慣れないですねこういうの。おっとっと。こぼしそうになる。お茶なのに飲むと蘭の花に似た香りが……どうも高級すぎるお味がしますよ。
長屋の住人にゃ、一生味わえないお茶ですね。それにしても、ひどいですね。何の薬を使ったんですか、全然、身体が動きませんよ。
起きなくていいでしょうって、そんなわけにはいかないですよ。こちらも商売がありますから。え、桔梗屋さんや雁金屋さんのお仕事は断ったって。
なんですかそれ、貴方になんの権利があって勝手なことを。許しませんよ。僕を他の男に見せたくないって。何を言ってるんですか何を。信じられません。
だいたい、僕にこんな無体をするのは貴方くらいのものですよ。え、……本当に、我だけですかって……そんな真剣な目つきで言われると。札差の烏哭……やめてください。貴方にはなんの関係もないでしょう。
……ッ……本当に身体が動かない。本当に、なんの薬を盛ったんです。え、えっ。ここまで動かないなんて。薬のせいじゃない? 感じすぎたから?
……ッ やめてください汚らわしい。三蔵のことさえなけりゃ、殺してやるのに。ああ、でも本当に動けない。
え、今日一日、ゆっくりして、今夜も泊まればいいじゃないかって。は、貴方のところでゆっくりできるものですか。どうせ、犬みたいにそのうち犯されるんですよね。ここ数日のことで身に沁みましたよ。
僕は貴方が嫌いですよ。ええ、大嫌いです。
……なんですか、その顔は。笑ってるんですか。
僕に嫌われても、それでも嬉しいんですか?
いや、僕が動けないから、うれしいんですよね。貴方はそういうひとですよ。
腰が……立てない。起き上がれない。なんだかだるくて眠いし……。え、三蔵の待ってる廻し部屋へもこの内所から通えば便利だ、って貴方。本当に何を考えているんですか。
ダメだ眠い。少し眠らせてもらいます……ああ、朝なのに……。
やめ……あ……ッ 触らない……で。そこは……ダメ、もう……ッ……あ、あああッ吸わないでダメ……ぇ。いや、いやだ……あっ……あっ……あっ……ッ……んッ。もう、朝です。止めて下さい。今日は三蔵のところへ行くんです。ああ、ああッ。イヤだ。イヤ……さんぞ、ッ……あッ。
さんぞ……たすけ……て。
「慶雲院の三蔵」に続く