床廻とこまわしの悟浄

 へぇ、清一色の楼主(おやかた)お呼びで、悟浄でさ。部屋に入らして頂きます。
 え、なんでござんしょう。え? お前さん、最近金回りがいいようだなって。へ、へへへ。俺の仕事は床廻しじゃござんせんか、これで金廻りもいいとなりゃ、こりゃ調子がとれるってモンで。
 へ、すいやせん、こりゃもったいない。盃なんぞ賜りまして。おっとっと……え、こいつぁ下りの酒で伏見のお酒ですか。そいつぁ、いいんですかいそんな上等の酒を俺なんぞに。いやもうそこまで言われるなら、へへへ、こりゃ遠慮なく。
 ……いやぁ、上善水の如くったぁよくいいますよね雑味がない。あ、もっと飲め? あいすいません。しかし、どうしたんでさ。まさか、俺と飲むのが目的じゃあござんせんよね。
 え? 太鼓もちの猪八戒?
…………へぇ。
 さすが、お耳がお早いじゃござんせんか。
 内緒にしていただけるんでしょうね楼主。ええ、知っておりますよ。いや知らないモンなどこの楼に、いやこの吉原中、そうこの五丁町中におりませんや。知らぬはあの極楽トンボのご当人だけなんで。楼主がどんな目つきであの男を舐めるように見ているのかなんて。おっと、こいつは口が滑った。お許し下せぇ。
 そうそう、楼主はいっつもあの太鼓持ちのことを、蛇かムカデみてぇな目つきでじっとりとご覧になってましたね……、特にあの小股の切れ上がった細い腰や尻のあたりをねちっこく。はぁ、分かりました。お許しくだせぇ。言いますよ。言います。
 あれはおとといの夜でしたか。
 俺はいつものように、花魁方の布団を敷いてるところでしたね。お客は外で御用を済ましておいでで。そしたら、そう、花魁に呼ばれてさ。
「ちょいと、悟浄」
 なんていうのか、かすれた色っぽい声で、へぇへぇ、俺は中に入って頭を下げました。
そしたら、突然、言うんですよ。花魁が綺麗な、あの 「ありんす言葉」 で。
「あの――――金の髪をした玄奘様ッてのは、まだいらっしゃるんでござんすね」
 あんな心細そうな花魁の声を初めて聴きましたね。いやぁ、他にご執心の客をたくさん待たしてるってのに。
「はぁ、ちょいと俺は」
 実際、悪いが覚えちゃいなかったんスよ。その日、花魁を待ってる客は、5人じゃきかなかったですからね。ま、でも金の髪をしたやたら綺麗な男が客のひとりにいたのは覚えていたんでさ。
「あのおひとが帰ったら、わちきゃ悔しくってなりいせん」 女の、真剣な声でしたねぇ。いやぁ、世間では女郎のまごころと卵の四角いのはないっていいますけど、あんときの花魁は本気も本気でしたね。
「たのむざんす。これで、あのお方を」
 ぽん、と畳みの上に花魁が何か投げ出した。見れば金色に光ってる。正真正銘の一分金ですぜ。
「心得ました、お連れいたします」
 言うしかねぇ。俺はこれでも床廻しでさ。なぁに、花魁が客の順番をかえろっていうんだ。仕方のねぇことよ。確かにあの金髪の男は、男の俺から見てもぞくっとするような面の綺麗な男でしたからね。花魁としても憎からずってとこでしょうよ。なんでも、こないだも心ならず 「ふった」 ことがおありだとかでさ。残念でならねぇんだとさ。ご常連のお客さまたち、そうそう。スケベな札差も、いけすかない呉服屋も、鼻持ちならねぇ大身のお侍も、もう全部どうでもいい、金なんかどうでもいい。あのお綺麗ェなツラした三蔵様にただただ逢いたいんだってさ。
 おんなだよねぇ。
 いやぁ、花魁といえども、ただの女ですよねぇ。こうなっちゃぁしょうがねぇ。札差の烏哭様には 「花魁は急に持病の癪が」 とかなんとか言い訳をして、あたふたと走りやしたよ。三蔵様とやらの待つお部屋へさァ。
 そうしたら……いやぁ、やっぱり、楼主、この先は許してくだせぇ。こんな話はたとえ雇い主のあんた相手でも話すことじゃねぇ。
……とと、ああ、盃から溢れちまいますよ。いや、もう、酒は十分でさ……。しょうがねぇ。ここだけの話ですよ。楼主、ここだけの話。本当の本当に内緒ですからね。
 そう、走りましたよ。三蔵様の待っている、お部屋へね。
「お客様、お客様」
 俺は廊下から襖越しにお名前を呼びましたよ。灯明を掲げてさぁ。
「起きてらっしゃいますかい?」
 しかし、妙なことに中からはなんの応えもねぇときた。
「んぅッ……」
 それどころか、中からは押し殺した声、誰かがうめき声を抑えようとしているような気配がするじゃござんせんか。
 野暮、とは承知しておりますが、開けましたよ。襖を。何しろ、花魁から一分金を預かってますからね。
――――中は、想像もしなかった光景が広がってました。闇の中、なんとか目を凝らしますと、
 あの、猪八戒が、そうあの楼主のご執心の太鼓持ちが、男に組み敷かれて、あの綺麗な白い身体を開かされて喘いでました。
「ああッ」
 ずっぷりと、打ち込まれて身体を震わせて悦がってる。声が止めようもなくって、なんとか殺そうと自分の手を噛んでました。その艶かしい姿ったらありませんでしたよ。
 緋毛氈の、ふちどりがビロードでかがられた上等な布団の上に、黒髪が散って、そりゃ綺麗でした。散々、相手に口吸いされたんでしょう。首筋から胸から……肌のいたるところに赤い花でも咲いたような内出血のアトが散って……ホント綺麗でしたね。
「あ……はぁ、あッ」
 男と繋がってました。犯されてる。見れば、客人に……そう、太鼓持ちのヤツ、金の髪をした客人に抱かれてました。あの綺麗な長い脚を大また開きにされて。細いすっとした綺麗に肉のついた腹に汗が浮かんで、男を咥えさせられて喘ぐように上下させてる。俺が声をかけたっていうのに、客人は全く頓着しないふうでしたよ。あれには驚いた。まったく傲岸不遜な客人でしたね。落ち着き払った態度で、八戒を抱いてました。金の髪をした坊主が身体を奥へ進めると、太鼓持ちはたまらず喘いで、首を仰け反らしてました。感じきってるんでしょうね。もう、こう、口から涎を垂らして痙攣して。あの細い腰とかも震えてていやらしいったらない。男の太いのを咥えこんでひくひく痙攣してて、その艶かしさったらありませんでしたよ。着物は半分、脱がされちゃってて、そうそう、脱ぐ暇も与えられないくらい、床急ぎに犯されたんでしょう。凄げぇ執着ですよ。
「あ、ああッ」
 アイツの上げる声は、きくだけで、身体の奥の奥が疼く、淫らな声でしたね。
 俺に見られてるってのに、男に抱かれて散々ヨガってましたよ。いや、ありゃ今、思えば他のヤツに見られてよけい感じてたのかも知れねぇ。楼主ご執心のあの太鼓持ちはどうしてどうして、ホントに淫らなヤツでした。
 ひく、ひくって挿入されるたんびに媚肉が蕩けて、咥え込んだ粘膜やいり口が震えてひくついてるのが、見ているこちらにも分かるくらいでしたね。もう、あの太鼓持ちには正気なんざなかったでしょう。顔も身体も紅く上気して、本当にいやらしいのに綺麗でした。
 呆然としている俺へ、八戒の身体の上で腰を振ってる鬼畜坊主が、ようやく顔を向けました。いやはや、確かに花魁が岡惚れするのも無理がねぇほど、そりゃね確かに綺麗な男でしたよ。
「おい」
 身体の下で、太鼓持ちを涙が出るほど喘がせながら、そいつが低い声で言った言葉が忘れられねぇ。
「こいつで、帰れ」
 どっからとりだしたのか。きらきらっと闇の中で光る金を叩き出してきた。そう、一分金ッスよ。
ははは、その日は豪気にも一分金に縁のある日でしたねぇ。またそう、ぱん、と目の前に差し出されました。
「当分、ここへ来んじゃねぇ」
 にべもない、愛想のない低い声で言われました。
 こりゃ、どうのしようもありやしませんや。
「へぇ」
 しょうがねぇ。もうこうなったら、すごすごと引き返すしかねぇ。花魁には 「三様は、もうお帰りになりぃました」 とでも言うしかねぇってこった。
 こいつは花魁の負けでさぁ。なあに。このお客人は最初っから、この綺麗な太鼓持ちとシケこむおつもりで、花魁なんざ、眼中になかったんでさ。そう。花魁の客になったのも、この花魁が一番人気で、順番が一番回ってこない。そう、「ふられる」 確立が高いってんで指名したんでしょうよ。で、最初っから、あの太鼓持ちとねんごろにシケこむおつもりだったに違げぇねぇ。
 よくやりますよ。慶雲院の三蔵様……でしたっけ。なに、いとやんごとない大寺の高僧様が吉原遊び、醜聞もいいところじゃねぇッスか。しかもウチの呼び出しの花魁をコケにしやがって。
……どうしました、楼主、盃持つ手が震えてんじゃねぇッスか。何でもねぇって。いやぁそりゃ何でもねぇって顔じゃねぇですよ怖ええ。血の気が引いて目ぇ据わってんじゃねぇですか。いや、こりゃ、つるかめつるかめ。言うんじゃなかったな。忘れて下せぇよ。楼主、あの極楽トンボの太鼓持ちにゃ、何の罪もねぇ。いやむしろ奴さんには災難なんですからね。あんな毎晩、ここんとこ金の髪した鬼畜坊主に脅されて犯されまくって。気の毒じゃねぇですか。
……聞いてます? いや、こりゃ清一色の楼主、血相が変わってますよ。どうされました気分でも悪いんですかい……。





 「楼主の清一色」に続く