月の刻印(6)

「あ、あう……ん。や……です」
「なんで俺から逃げる」
 三蔵はすっかり八戒の躰を自分の上へと抱き上げていた。出窓に腰掛けたまま自分の膝の上へと座らせてくちづける。正面で向き合っているため、抱き上げると八戒のしなやかな首筋が目の前にくる。それに三蔵は舌先を走らせた。
「ひ……」
 廊下の、出窓なんかで。
 人のいそうもない時間ではあったが、とんでもないところで行為に及ばれようとしていた。
「あ! 」
「……こんなになってる癖に」
 三蔵は抱き合っている八戒の足の付け根を撫でた。そこは既に硬く張り詰めてしまっていた。布地越しに、体液が染みをつくっているのが卑猥だ。
「ったく」
 弄られて肌蹴させられる。下履きを荒々しく脱がされた。あっという間に服が床に落ちてゆく。
「は……ッ」
 直に硬く張り詰めてゆくそれを握りこまれて八戒は躰を仰け反らせた。三蔵に触れられているだけで気持ちがよかった。
「俺が触るのと自分で触んのと……どっちが気持ちいい。言え」
 淫らな質問に答えたくなくて八戒は首を振った。びくびくと、三蔵の指の間で性器が震えて卑猥に跳ね踊る。
「ほんとにテメェは正直じゃねぇ」
 三蔵は八戒を自分の躰へときつく抱き寄せた。首筋から、胸へと三蔵の唇が這うようにして落ちてゆく。甘美な感覚に八戒が震える。三蔵は八戒の胸の尖りを舌で舐め上げ、甘い声を上げさせていった。
 やがて、思案するかのように、その紫暗の瞳が細められ、三蔵は自分の指をひと舐めするとその後ろを解すように穿った。
「ああッ」
 びくびくと躰を痙攣させて八戒がしがみつく。思わず三蔵の躰に自分の性器を擦り付けて尻を振るような動きをしてしまった。恥ずかしかったが、どうしようもなかった。今の熟れきってしまっていた八戒には強烈な感覚で耐えられなかった。
 後ろを指で掻きまわしている三蔵が淫靡に口元を歪ませた。
「……淫乱め」
 八戒のそこは既に柔らかく蕩けていた。三蔵を欲しがって口を開けていた。何かのほんの少しのぬめりがあれば容易く三蔵をのみこんでしまうに違いない。熟れきっていた。
「あ、あっ」
「欲しかったのか。こんなにして。ずっと欲しかったんだろ。昼間ッから俺が欲しい欲しいッてもの欲しげな顔して歩いてたんだろ。だから変なヤツに目をつけられるんだぞ」
 目を眇めるようにして鬼畜最高僧が囁く。低音の嬲るような声だ。
「ち、違……」
「嘘つけ」
 三蔵は再び自分の指に唾液を塗しだした。先ほどよりもたっぷりつけて、指を増やして嬲る。粘膜を内側から擦り上げられて、八戒が身悶えした。
「ひっ……くぅッ」
「言え、俺が欲しいって。正直にな」
「ああっ」
 三蔵の指が卑猥な動きで揺すり動かされ、抜き挿しされる。八戒の腰はそれに合わせるようにして前後に動いてしまう。
 思わず三蔵の背にその腕を回してしがみついた。三蔵は浴衣を乱しもしていない。そんな彼の指にいいように翻弄されて悦がりまくり、喘いでいるのはひどく惨めな気がした。
 しかし、八戒にはもうどうしようもなかった。躰は八戒の精神を裏切って三蔵のいいように蜜を垂れ流して媚びていた。圧倒的な肉欲が、肉体の疼きが精神を軽く凌駕し、八戒の理性や知性を嘲笑う。
 自分でも知らなかった淫らな自分を見せつけられて、八戒は三蔵の腕の中で悶え狂った。
「許し……てぇ……ッ」
 三蔵の長い指が奥を穿とうと挿し込まれる。その節の立った指の感覚に、八戒は仰け反った。腰奥が甘く疼いてもう我慢できない。惑乱するような感覚が、三蔵の指と粘膜の間からこぼれ落ち、八戒の躰へ毒のように染みてゆく。
 堪え性のない躰がもっと奥を穿たれるのを求めて腰をくねらすのを抑えることができない。
「欲しいか」
 後ろを指で穿ちながら、三蔵が甘く囁く。それはどこか毒を含む誘惑の言葉だった。
   八戒は震えながら、三蔵が与えてくる暴力的なまでに淫靡な感覚に耐えていた。
 しかし、それも限界だった。躰の芯から噴き上がるような淫らな情欲に抵抗しきれなかった。もう我慢できなかった。
 八戒は無言で肯いた。その頬を生理的な涙が伝う。月の光に照らされて、それは銀の糸のように光った。
 三蔵は八戒の頭に手を置くと、ようやく素直になってきた下僕にたいする褒美のように、その艶のある黒髪を撫でた。そして、その頭を強引に自分の下肢へと向けさせた。
「なら、俺のを舐めろ」
「……! 」
「早くしろ」
 三蔵は自分の浴衣の裾を払った。既に硬くなり始めていたそれを八戒の視線の先にさらした。
「早くしろ」
 八戒は唾を呑み込んだ。
 口腔性交は自分からしたことはなかった。八戒にとって初めての行為だった。



 八戒は出窓に腰掛ける三蔵の足元に跪いた。格子の影が床に華麗な模様のように落ちている。冷たい月光がその姿を冴え冴えと照らしだしていた。
 主人と下僕そのものの、三蔵と八戒の関係性を示すのにこれ以上はないような構図だった。足元に跪いて、三蔵の浴衣を手で寛げる。その間、三蔵は一指も手助けしようとはしなかった。情欲の滲んだ目つきで舐めるように八戒を見つめている。
 昼の品行方正で優等生そのものといった八戒が犬のように自分の下肢に這い、性器を舐めようとしている。その様子に三蔵はどこかで血が沸騰するような情欲を覚えていた。
 今すぐにでも、その躰を引き寄せ突きまくってやりたい暴力的な性欲が噴きあがってくるのをなんとか我慢した。
 三蔵のそんな心の裡も知らず、八戒は脚の間へおずおずと顔を埋めた。三蔵の腿に手をついて、八戒は諦めたようにそっと小さく口を開けた。
 すると、それを逃さぬとばかりに、三蔵の太くて硬いものは遠慮容赦なく突っ込んできた。激しい動きに八戒が思わずむせ、逃れようとする。それを許さずに頭を腕で押さえつけ三蔵は自分から腰を使った。
「ぐぶ……っ! 」
「舌を使え。ちゃんと絡めろ」
 三蔵が息を荒げて言った。八戒の黒い艶のある前髪が舞い踊る。
 八戒のおとがいを涙が滴り落ちて床にしみをつくった。
「たっぷり唾つけろ。そうだ」
 三蔵の言うがままに舌を絡めて、唾液でべとべとにした。飲み込めない唾が八戒の顎を伝って流れる。薄い塩気のある先走りの味が口中に広がった。八戒の口中で唾液と混ぜ合わせられて、三蔵の肉塊に舌で塗される。
「もういいな」
 ようやく許しの言葉が三蔵の口から呟かれた。八戒の顎をとらえて三蔵は言った。
「自分で挿れてみろ。できるな」
 口調は優しかった。しかし、求められたのは恥ずかしい行為だった。
「!」
 自分を貶めるように卑猥で堕落した行為を要求されている。
 しかし、
 八戒の躰はこんな行為にすら感じて熱く疼いていた。ひどく醜悪なことを求められているとは思っても、三蔵の言葉に抵抗できない。自分の舌で育て上げた三蔵の肉塊をちらりと眺めた。
 見ているだけで躰が熱くなってきてたまらなかった。それを奥底に埋め込みたいという獣じみた欲望にとても勝てない。
 躰の奥に隙間ができていて、そこがひくつきながら、ひたすらオスの切っ先で貫かれ、いっぱいに埋められるのを求めてしまっていた。
 八戒は三蔵の躰の上に乗り上げた。自然に脚を開いてその膝に跨る。三蔵は八戒を膝に座らせたままその細腰を引き寄せた。
「良く出来たご褒美だ。挿れてみろ」
 膝立ちして三蔵の熱い切っ先をその手で捕らえた。三蔵の腹につく勢いで反り返ったそれが体内で暴れまわる蕩けるような感覚を思い出して、八戒は思わず喉を鳴らした。
「ん……」
「欲しいんだろが」
「あ……」
 淫らな行為の連続に理性が焼ききれそうだった。
「欲しいです……」
 その言葉は陶然とした調子で八戒の口から漏れた。顔は涙と自分の唾液と三蔵の先走りの体液に濡れてぐしょぐしょに乱されきっている。表情は甘く蕩けきってしまっている。発情しきった目が妖しかった。
「あなたが……欲し……」
 一度外れたタガはもう元には戻らなかった。
 三蔵の腿を挟むようにして八戒は膝立ちし、三蔵の屹立の上に腰を落とした。たっぷりと八戒の唾液を塗されたそれは、抵抗もなく八戒の後孔を貫いた。ぐちゅぐちゅと粘膜同士の擦りあわされる淫音が立った。
「……っ」
 自分から三蔵を受け入れるなど、初めての行為だから、膝立ちしてゆっくりと挿入しようと八戒は思っていた。
 しかし、そんな理性に反して躰の方はひどく貪欲で淫蕩だった。実になんのためらいもなくずっぽりと三蔵を咥えこんでしまったのだ。
「あーッあああっ」
 身も世もなくなって三蔵の躰に腕を回してしがみつく。
「ぐずぐずに……蕩けちまってるな。お前。よく……これでいままで我慢できたな」
 三蔵は情欲の滲んだ低音の声で囁くと、褒美だとばかりに腰を突き上げだした。
「ああ! ああッ」
 八戒は腰を押し付け、自分から捏ねるようにして快楽を追った。もう、理性などどこにも残ってはいない。三蔵が背にしている窓ガラスまでもが、ふたり分の吐息で濡れてしまいそうな濃密な交合だった。
 随分と長い間、淫らな躰の疼きに耐えていた八戒にはひとたまりもなかった。直ぐに前を弾けさせてしまった。
 粘性の緩い先走りと混じりあっている最初のものは勢いよく飛んで、八戒の胸や三蔵の躰にかかった。その後続けて放出された精液は濃く、どろどろと溢れるようにしてこぼれた。
 引き締まった三蔵の腹筋と、八戒の性器の間で精液が糸を引く。そのまま、再度ふたりの躰の間でそれを擦り合わせるようにして三蔵が八戒を強く抱きしめた。
「こんなに……欲しがってたんじゃねぇか。早すぎるぞ」
 三蔵が甘く囁く。
「我慢してんじゃねぇ。……これからは外に出るとき、まずヌイてやる。そうすれば、他の男に色目なんか使う気もおきないだろ」
「僕……色目なんか……」
「うるせぇ。シてぇシてぇって無意識に思ってるから、エロオヤジに目なんざつけられるんだ」
 三蔵はその腕で八戒の尻肉をつかみ、そのまま下へ押し付けたまま、一際強く奥へと突き上げた。指では到底届かなかった奥底を捏ねまわされて、八戒が息も絶え絶えに喘ぐ。悦すぎて目の前が白く霞んでしまうほどの快美感に襲われた。
「こんなにやりたかった癖に俺から逃げやがって」
 三蔵が口元を歪めた。今まで煩わされ、心配した分を取り返そうとばかりに八戒を貪欲に穿った。三蔵の躰の上で八戒が跳ね踊る。腰を三蔵の動きに合わせて夢中になって振った。粘膜が熱く三蔵の肉塊に絡みついて痙攣するのを止められない。
「どうしてだ。どうして俺から逃げる」
 眇めたような目つきに情欲を滲ませて三蔵は八戒を嬲った。躰の上にある八戒の細腰を抱えて捏ね回す。熱く熟れたその躰は、確かに三蔵を求めて狂っていた。
 それなのに、今までのまるで逃げるような八戒の態度は納得できなかった。
 八戒は既に喘ぎ声しか出せない忘我の域に近づいていたが、それでも健気に三蔵の質問に答えようと口を開いた。
「……僕は……あな……たに」
「あ? 」
「軽蔑さ……てる……から」
 三蔵は、思わず八戒の目を覗き込んだ。深い快感でその緑の瞳は蕩けきっている。
「こんな……淫らな……僕……恥ずか……し」
 切れ切れに吐息混じりに呟かれる台詞に、三蔵は穿ちながら注意深く耳を傾けた。理性の抜け落ちた、忘我のときにだけ告げられる八戒の本心だった。
「躰だけ……しか僕には」
(あなたにとって……僕は単なる性欲処理の下僕なんでしょう? )
 うわごとのようなその言葉に、三蔵は思わずうなずいた。
「そうだ」
 淫らに腰をくねらす八戒の動きを助けるように腰を揺らして三蔵は続けた。
「心まで欲しいなんて贅沢はいってねぇ。……躰だけでいい。よこせ」
「あ……! 」
 三蔵の目つきは真剣だった。そのまま、膝上に抱えていた八戒を窓ガラスに押し付けるようにして体位を換えた。自分と位置を交換する形で出窓に八戒を座らせ、その脚を開かせた。
 出窓は、腰をかけている分にはいいが、八戒のような長身の男が横になれるほどの余裕はなかった。不自由な格好で背を曲げ、腰を突き出すのを要求されて、八戒が熱く喘ぐ。
 一度抜けた性器の感覚に八戒が淫らに欲しがって身悶えする。その脳を焼くように艶やかな姿を眺めながら、三蔵は八戒を再び貫いた。冷たい窓ガラスを背に感じながら、八戒が躰を震わせる。
「あっ……あ」
 今まで、八戒が主体で成されていた動きなど、生ぬるいといわんばかりの激しい動きだった。もの凄い勢いで三蔵が突き上げてくる。奥の奥まで貪り喰われるような動きに八戒が甘い悲鳴じみた声を放った。
「ひ……ぃッ! 」
 捏ね回すように円を描いて、三蔵は立て続けに穿った。八戒が身を仰け反らせる。喘ぎすぎて飲み込めなくなった唾液が顎を伝って落ちる。冷たかった窓ガラスは既にふたり分の熱でくもり、体温と同じくらい熱く溶けそうになっていた。
「こうやって……繋がってるだけで……俺は」
 三蔵が垂直に快楽を叩き込み出した。激しい直線的な快楽の連続に八戒がのたうちまわる。
「は……イク……も……」
 八戒は三蔵の背に腕を回した。溺れる人のように震える指を彷徨わせ、三蔵の着ている浴衣の布を指が白くなるほどきつく握り締める。
 お互いがお互いを同時に強く抱きしめ合った。
 廊下にふたり分の押し殺したような逐情の声が響き、それは夜の闇を縫って甘くこだました。



 「月の刻印(7)」に続く