月の刻印(4)

 淫らな日々を連ねるうちに
 躰がひどく疼くようになった。
 もう、どうにもならない。埋めることができるのは自分をこうした三蔵しかいない。まるで船の上で飢え乾いた人が、海水を飲んで底のない乾きに苦しんで死んでゆく。そんな状況に今の八戒は似ていた。



 いつものように、いつものごとく。
「覚悟しろ、おたずねものの三蔵一行! 」
「お約束ッ! 」
 悟空がその口を痛快そうに歪めた。如意棒を取り出して大見得を切り、襲ってくる妖怪達の群れに対峙する。
 次の瞬間。
 悟空の手の中で如意棒がうなった。その片手で縦横無尽に如意棒は回転し、風斬り音が鮮やかに立った。
 それは見とれるほど見事な棒術だった。少しでも武芸に心得のあるものなら、この華麗な腕を披露されて瞬く間に退散するだろう。しかし、不幸かな、雑魚の連中にはそんなことも分からないらしい。
「ったくワンパターンにもほどがあるって……分かってんの? 」
 悟浄がその赤い目を好戦的に閃かせる。殺戮の予感に高揚しかかっている目だ。アドレナリンがその血中で濃度を増して脳を白く染め上げてゆく。危険な目つきだった。
 ぎりぎりまで相手を引き寄せておいて、錫月杖を使う気だ。悟浄は手の中の杖を構え、左右に反動をつけて払った。一瞬の所作だった。
「ぐがぁあッ」
「ぎゃぁッ」
 血飛沫と血煙が立ち、錫月杖の鎖が舞う音と同時に妖怪達の断末魔の声が響く。悟浄の射程距離にいた連中は全て一寸刻みに刻まれていた。無残にも切断された手や足が空中を舞って地に落ちる。
 そんな残酷な光景の中、眉一筋動かさずに三蔵は立っていた。血がその僧衣に降りかかるのを気にした様子もない。その隔絶的な美貌を凍らせて、絶命してゆく妖怪達を冷然と眺めている。
「おのれ! 三蔵かくごぉ! 」
 生き残りの連中が、三蔵目掛けて突進してくる。三蔵はそれを見て顔色も変えず続けざまに銃の引鉄(ひきがね)を引いた。
「がは! 」
「ぎぃやぁぁあッ! 」
 金の髪の鬼畜坊主は冷酷無比な正確さで、撃った。それは寸分の狂いも無く相手の急所を貫通した。額に穴を開けた連中が倒れ、その周囲に散らばる。
「どうした、もうかかってこねぇのか」
 三蔵がその秀麗な顔に酷薄な笑みを浮かべて、銃を装弾しなおした。バラバラと空の薬莢が地に落ちる。硝煙と血の匂いが香った。
 そのとき、後ろから突然声がした。
「覚悟! 死ねぇぇぇ! 」
「! 」
 悟浄に斬られてはいたが、絶命までしてなかった連中が背後から襲ってきた。手にした刀を振りたてて装弾し直している三蔵の隙をつくかのように突っ込んでくる。
 間合いが狭いと銃は不利だ。既に相手との距離は近かった。間に合わない。三蔵が密かに思ったそのとき。
「あぶない! 」
 涼やかな声がした。三蔵の前に痩躯が立ちはだかる。
「八戒! 」
 緑の服の裾をひるがえして腕を前へと押し出し、絞るようにして気功を放った。白い閃弾が相手を襲う。
「ぎゃああああ! 」
 目の眩むような光が至近距離で爆発する。相手は消し炭のように気功を浴びてあっけなく消えていった。
「あはははは。大丈夫でした? 」
 軽やかな所作で八戒は三蔵を振り返った。肩にはジープを乗せている。ジープが皮膜でできた翼をはためかせ、高い声で鳴いた。
「遅せぇ! 」
 鬼畜最高僧は感謝の言葉の代わりに下僕である八戒を一喝し、眉をつりあげた。下僕の癖にご主人様を助けにくるのが遅れてどうするとでも言いたいのだろう。まさに俺様三蔵様である。
「……すいません」
 八戒は思わず目尻を下げ、柔和な笑顔で謝った。こんなとき、三蔵は以前と何ひとつ変わってはいないように見えた。

 でも。


 夜になると――――それは。



 今日も夜の宿屋で
「さ……ぞ……さん」
「うるせぇ」
 既に八戒はその躰を割り広げられて穿たれていた。いつも執拗に前戯を施す三蔵にしては性急だった。
 仰向けになって、八戒は三蔵の前に脚を開いて受け入れている。躰の中心で三蔵が抜き挿しする感覚が熱い。
「あ……あっ」
 やっぱり今日の宿もツインルームだった。二人分の熱で蕩けていくようなベッドがひとつと対照的に冷えて誰も使わないベッドがもうひとつ置かれた部屋。
 濃密に煮凝って爛れていくような、濃厚なセックスの空気に染め上げられた部屋の中で、ひたすら八戒は鬼畜坊主に躰を喰われるようにして抱かれている。
 ぐぷ、と三蔵のものがぎりぎりまで抜かれた。思わず喘いでしまう。
「いや……ぁ」
 抜いて欲しくないとばかりに絡み付いてしまう淫らな内壁を止めようがない。八戒は仰け反った。
 無意識に唇から漏れる言葉も恥ずかしい。自分を抱いている相手には、「いや」の意味が正確に伝わっている筈だ。
「……抜かれるのが『いや』か。いやらしいヤツだ」
 案の上、正確に理解した鬼畜坊主はそんな八戒を嬲った。ぎりぎりまで引いたそれを次の瞬間、息が止まるかと思うほど深く埋め込んできた。
「……! 」
 躰を痙攣させて八戒は三蔵の与えてくる感覚に耐える。腰から下が蕩けそうだった。
 今日みたいに戦闘があった日の夜は、三蔵の抱き方はひどくなる――――ような気がする。
 血の匂いのせいだろうか。
 そんな夜の三蔵の抱き方は激しかった。
「あ……あっあっ」
 それでも、そんな抱き方をされればされるほど淫らに悦楽を追ってしまう自分の躰に八戒は自分でも羞恥のあまり眩暈がしていた。三蔵が嬲り、嘲るのももっともだと思った。
 腰を捏ねまわすように穿たれて、八戒が喘ぐ。目の前が快感で白くなった。
「あ……ダメ……さん」
 前立腺を擦り上げられる。止めだとばかりに三蔵は腰を上下に揺すり上げた。
「あ……あ…あーあッ」
 八戒は甘い声を上げて達した。傷あとの残る八戒の腹部と、綺麗な三蔵の腹筋に精液がかかる。
 三蔵はそれを指で掬うと、八戒の顔につけた。蕩けて乱されきっているその顔に、淫らな液体はどこか倒錯的な飾りのように光った。
「まだだ。まだ」
 三蔵は上体を倒して、八戒の耳元で囁いた。
 八戒が達しても、達しても。こうした夜は許してもらえない。三蔵の気が済むまで、貪られる。
「んう! 」
 達したばかりで敏感な躰を強く穿たれる。きゅっと後ろも思わず締まった。絡みつき、締め付けてくるその感覚に三蔵が口元を淫猥に歪める。
 感じすぎた八戒の瞳に涙が滲む。躰が震えてどうにも止まらない。それなのに、三蔵は再び、腰で円を書くようにして捏ね回すように貫きだした。
 快感の閾値を過ぎて、もう何もかも快楽へと変換されるほどに感じやすくなった八戒の躰が痙攣しはじめ、たまらず三蔵に縋りついた。
「僕もう、躰が変なんです……また……イッちゃいます……も、おかしくなっちゃう……ッ……やめて……! 」
「何度でもイケばいいだろうが。幾らでも抱いてやる」
「や……! 」
 三蔵に後ろを穿たれているだけで幾らでも達してしまう。なんて自分はいやらしくなってしまったんだろう。三蔵もそう思っているのではないか。
 快楽のあまり霞みがかかる頭の隅で八戒は思った。
 達してしまうから許してもう許して……と、そう喘ぐように三蔵の背に爪を立てて何度も縋るが、許されない。かえって三蔵の情欲に火を注ぐだけだ。
 しかし、そんなことに八戒は気がつかなかった。三蔵を咥えさせられたままの後ろが恥知らずにひくつき、わなないて痙攣する感覚に耐えるので精一杯だ。
 三蔵を頬張ったそこは、八戒本人とは意思を別にする別個の淫らな生き物のようだった。窄まっては拡がり、ひくつく卑猥な蠢きで、男が欲しいとばかりに三蔵に絡み付いて収縮する淫らな……孔。
 三蔵の肉塊がその奥底を突くと、奥の奥の方から狂暴な甘い疼きが生まれ、八戒の背筋を遡って脳を焼いた。
「もうッ……駄目で……ッ」
 舌の呂律も回らない悦楽に、八戒は狂っていた。
「何がダメだ。この淫乱」
 三蔵が八戒の尻を平手で打った。
「あ……ッ」
 何が駄目なのかは八戒自身にも上手く説明できない。要するに自分が耐えられる限界を過ぎて、正気が戻ってこない気がして怖いというのが本当のところだが、そんなことを行為の最中に説明する余裕などなかった。
 三蔵に穿たれて、電撃が走り抜けるような快美感が甘く腰を焼く。それに躰を震わせて耐えていると、三蔵がぎりぎりまで抜いて、また深く穿つ動作を繰り返しだした。
 八戒の入り口、その環のような肉が三蔵をきつく締め付ける。かまわずそれをくぐるようにして三蔵は抜き挿しを繰り返した。
 ぬるりとしながらもきつい粘膜の感覚が三蔵を包み込みんで、腰奥を甘く痺れさせた。油断すると快楽の求めのままに放ちそうになるのに耐えた。
 躰の内側の粘膜いっぱいにオスを埋め込まれて八戒が仰け反った。粘膜から淫らなさざめきが生じ、その肉の薄い尻が震える。より感じる『イイトコロ』に当てようと八戒の腰が前後に動いた。
「そんなにうれしいのか、……すげぇ締め付けてくるじゃねぇか」
 三蔵が口端を淫らにつり上げて情欲の滲んだ声音で囁く。
 八戒は返事もできなかった。理性を置き去りにした本能が「三蔵に抱かれてうれしい」と全身で訴えていた。突いて……突いて……と躰が勝手に言っているのが分かる。
 何度も何度も三蔵に犯されているうちに淫蕩さに磨きがかかるようになってしまった。
 八戒は最近感じると自分のどこが収縮して、どこの筋肉が動くのかがはっきり意識できるようになっていた。
 三蔵の硬くて太いものを後ろに叩き込まれるようにして犯されると、肉筒が淫らに悦ぶように震えた。震えて、ひくひくしながら腰の動きと連動して三蔵を締め付けてしまう。
 しかも、入り口と奥の方では絞る力が微妙に違うのも分かるようになった。しかも感じると絞りはいっそうひどくなってしまう。
「もたねぇ、それ、緩めろ。イッちまう」
 三蔵がその秀麗な顔を快楽に歪ませて呻いた。そのまま、腰を乱暴に揺すりたてる。
 三蔵が肉を穿つそのリズムが八戒を狂わせてゆく。八戒は哀願を口にし、切なく縋りついた。
 しかし、許してはもらえることはない。三蔵のベッドの上での行為には容赦がなかった。八戒を貪り尽くすように抱くのが常だった。
 三蔵に貫かれたまま首筋を舐められて、八戒がのたうちまわる。甘い声が濃密な部屋の空気の中高く響いた。
「ったくてめぇは」
 三蔵が恨みがましそうに呻いた。抱けばこんなに淫らに蕩けるのに、八戒の昼間の態度はいつまでも……初々しいとはいいようだが、要するに三蔵にはよそよそしく見えた。
 こんな関係になっても八戒は清廉だった。どこまでも下僕である自分の分を守り、こともあろうに、宿に泊まるときなどは三蔵と別の部屋でも構わぬような素振りまですることがあった。
 その癖、一度抱けばこんなに艶めかしく腕の中で蕩けるのだ。三蔵にとっては合点のいかぬ事であった。
 余計、その躰を引き寄せてむちゃくちゃに突きまくってやりたくなる。
「俺は……」
(……もう無理だ。躰がお前が欲しくて我慢なんてできるわけあるか)
 そう続けようとして、その淫ら過ぎる躰に引き絞られ、三蔵は思わず声を上げそうになった。奥歯を噛み締めて耐える。一度抱いてしまえば、八戒の躰は習慣性のある麻薬のようだった。
「名器だ。ホントに」
 露悪的で苛めるような言葉は出てくるのに、甘い言葉はなかなか上手く囁けなかった。
「ふ……」
 淫らなことを責められるような言葉に、羞恥からか八戒が首を振った。喘ぎ続け、閉じられなくなった唇から唾液がとろとろと伝って敷布に落ちる。
 八戒の心を置き去りにして蕩ける淫らな躰。感じやすい甘やかな肌。三蔵にとっては好ましいその姿も、八戒にとっては消え失せたいような羞恥の源だった。
 三蔵に串刺しにされ繋がり続けて随分時間が経っていた。八戒の内股が引き攣って痙攣する。際限がない性交に生理的な涙が八戒の眦を伝った。
「は……あッ……ッ」
 喉が枯れるまで喘がされ、腰を前後に揺する痴態をさらけだし、粘膜の奥まで三蔵が当たるのを感じて悶え悦がった。
「こ……な、自分が……いや……」
 泣きながら、八戒は首を振った。腰から下が快感で蕩けそうだった。
(僕はこんなに淫らな人間だったんでしょうか)
 快楽で白く発光する脳髄の片隅で、そんな思いが切なく浮かび、瞬く間に消えた。
 三蔵が繋がりながら躰を倒して口づけ、敏感な首筋を舐め、肩先を愛咬した。八戒の躰を甘い痺れのような快美感が走り抜ける。
「さんぞ……」
 もう、我慢できなかった。
 とうとう、性に酔った陶然とした口調で八戒が三蔵を呼んだ。
「なんだ」
「お願い、もっと噛んで……噛んでくださ……」
 もう脳髄は蕩けてぐずぐずに流れて落ちていた。
 八戒に理性はもう残っていなかった。淫らなおねだりに、三蔵の目がすっと眇められる。
「……いやらしいヤツだ。お前、襲われるようにヤラれるのがすきなんだな」
 三蔵が口元を弛めて笑う。途端に激しい羞恥に八戒は囚われたが、羞恥よりも強烈な肉欲に勝てなかった。
 八戒の知性や精神を置き去りにして、情欲がその口を開かせた。
「お願い……三蔵。……もっとシテ……」
 八戒の言葉に三蔵の目つきが微妙に変わった。どこか剣呑な光を帯びる。
「幾らでもシテやる。犯してやる。それが望みなんだな。……八戒」
 鬼畜最高僧の正体みたりとでもいうような嗜虐的な笑みがその口元に広がった。
「こうか? 淫乱が」
「ああ! あッ……! イイッ……気持ちイイ……! 」
 三蔵が獣のようにむしゃぶりついて噛み付いてくるのに、八戒は喜悦の声を上げた。目の前が快楽で白く発光し、何も考えられなくなる。忘我の時が迫っていた。
 骨身がぐちゃぐちゃになるほど、三蔵の与える快楽に溺れた。しばらく言葉もなく獣のように繋がり合い、交わっていたが、そのうち三蔵が耳元に囁きだした。
「もう、イッていいか」
 返事の代わりに八戒が甘く縋るようにして、三蔵の腰を腕で引き寄せた。その間も休みなく八戒の肉を穿つその腰に直に手で触れる。
 腰の筋肉の動きが、そのまま自分を貫く肉塊に繋がってることを如実に感じさせられて、その生々しい感覚に八戒が喘いだ。
「きて……さんぞ」
 自分から腰を使って、三蔵のものに擦り付けるような動きをしながら八戒が肯いた。もう、精神も自意識もなにかも蕩けて何も何も無い。陶然とした口調で続ける。
「……あなたが中でイクと……幸せなんです。僕」
 そう微笑み、くちづけてこようとする。無意識の媚態だった。
「……! バカッ……! 」
 艶めかしく八戒に囁かれて、三蔵は慌てた。瞬間、八戒の粘膜の強烈な感覚を逃がすのをすっかり忘れる。
「クソッ……! 」
 そのまま八戒を激しく突き上げ、奥まで叩きつけると三蔵は動きを止めた。襞の奥で三蔵の性器の痙攣を読み取って八戒が仰け反った。射精前の緊張が肉に走る。
「っあ……! 」
 三蔵が逐情の声を上げて、達した。八戒の内部に白濁した三蔵の精液が注ぎ込まれる。間歇的に噴きあがるそれを奥へ奥へと擦り付けられる動きを感じて、八戒も何かが焼ききれた。
「あーッあー! ああッ……! 」
 屹立して揺れる前にも触れられず、ただ三蔵の精液が内部を充たす感覚だけで……八戒は達してしまっていた。
 強烈な快美感が腰と脳を焼き、八戒は三蔵の躰の下でいつまでも淫らに狂い咲いた。
「ったく、お前は……」
 やがて、三蔵が優しく抱きしめ、何か睦言を甘く囁いたが、意識を手放しつつある八戒にその言葉は聞こえなかった。



 「月の刻印(5)」に続く