月の刻印(3)

 大浴場は、一階だった。
 夜半を過ぎて、他に使う客もいないようだった。
「三蔵……」
 脱衣所で夜着に手をかけ、八戒は躊躇った。
「入るなら今のうちじゃねぇのか。誰もいないぞ」
 いち早く脱いだ三蔵が浴場の入り口に手をかけ、振り返る。三蔵はあまり気が長くない。その行動も全てがわりと素早かった。のろのろとやっているところをあまり見たことがない。
「こい、のたのたしてんじゃねぇ」
 三蔵に言われて、八戒が観念したように服を脱いだ。
 三蔵のいうとおり、八戒の躰には無数の情交の跡がついている。それは行為が連日に及んでいることを示しており、八戒にとって羞恥以外の何物でもなかった。
 服を着込んでいれば、知らぬ存ぜぬで過ごせるのに、裸にされた途端、自分がどんなに淫らな人間か、隠しようがなくなる感じで、所在無かった。
 三蔵とふたりきりでの閨でのことならまだ我慢できた。だってこんな恥ずかしい跡をつけたのは全て三蔵なのだから。
 自分の躰を毎夜、好き放題に犯す金髪の最高僧の眼前に全身の鬱血の跡をさらして、そして余計に欲情されて……この循環には限度というものがなかった。それでも八戒は喰われるように抱かれ続けていたのだった。
 しかし、
 こうした公共の場で肌を見せるのはひどく躊躇われた。先ほど三蔵に「風呂に入りたい」と言ったのは嘘ではなかった。一日の汚れを清めたかったし、綺麗な躰で三蔵と抱き合いたかった。
 けれど、
 あらためて風呂場にくると、どうしてそんなことを言ってしまったのかと後悔がこみ上げてきた。
 誰かが入ってくれば、自分の全身についた淫らな跡を隠しようもなく見られてしまう。恥ずかしかった。
 男に連日のように抱かれ続けている淫らな人間だということを、白日の元にされる気がして、八戒は消え入りたいような気分だった。
「シャワーにすればよかったです」
「何か言ったか? 入るぞ」
 三蔵はぐずぐずとする八戒の手を引いた。幸運にも、洗い場にも風呂にも他の人間の姿は無かった。
 ほっとする八戒の傍らで、三蔵は洗い桶を手にとって湯の出ている蛇口の下へと置いた。素早い動きで備え付けの石鹸を泡立てる。
「洗ってやる」
「……!」
 とんでもないことであった。
「や……三蔵! こんなとこで!」
「うるせぇ。人が親切に言ってるのに、この手はなんだ。邪魔だどけろ」
 気がつけば、三蔵は八戒を背後から抱え込んだまま、腰を降ろしている。しなやかな長い脚をばたつかせて抗おうとしたが無駄だった。
 構わず三蔵は手にたっぷりと石鹸の泡を取って八戒の躰に塗りつけていった。薄いが綺麗に肉のついた腹の上を三蔵の手が滑る。
「……!」
 三蔵から加えられる全ての行為が、淫らに変換されるほど慣らされた躰は、こんな風呂場でも忠実に快楽を追い始めた。石鹸の泡と指が素肌を這う感覚がたまらない。
「あっ……」
「敏感すぎんのも……考えモンだな」
 喉で笑うように淫らな躰を揶揄されて、八戒は全身を紅潮させた。とはいえどうにもならなかった。三蔵の手の平が胸の上を這い回り、瞬く間に尖ってしまった乳首を捏ねまわされる。
「ん……」
 誰かに見られたらという思いは、三蔵の愛撫によって霧散してしまった。三蔵の手はそのうち下肢へと這い回り、一度達していたペニスを丁寧に洗った。精液の残渣で滑るそこを綺麗に扱き洗われると、じわじわと快感の火種が腰奥に集中してきてしまう。
「……簡単に勃たせてんじゃねぇよ。淫乱」
「……! だ、だってあなたが」
「俺はただ洗ってやってるだけだろうが」
 三蔵の石鹸の泡で濡れた手によって八戒のはすっかり硬く勃ちあがってしまっていた。もうどうにもならなかった。
 石鹸の滑りを最大限に利用して三蔵が早い動きで擦り上げた。がくがくと八戒が腕の中で躰を震わせる。
 ひたすら首を横に振るその姿に憐憫でも湧いたのか、散々嬲っていたその手を三蔵は離した。ほっとしたような吐息が八戒の口から漏れる。しかし、安心するのはまだ、早かった。
「な……」
 違和感のある感触に、八戒は身を竦ませた。双球を越えてその後ろ、蕾の入り口に三蔵の指が彷徨っていたのだった。
「駄目……! さ……」
「洗ってやるってんだ。おとなしくしろ」
 石鹸の泡を塗した指が、繊細な後ろにねじ入れられる感覚がした。暫くゆるゆると蠢かされる。
「くぅ……」
 八戒はまぶたを閉じた。自分を巻き込んで胡座をかき、羽交い絞めにしている格好の三蔵の脚に思わず爪を立てる。それだけでは耐え切れず、仰け反った。
 後ろに出入りする指は、淫らな動きで肉筒を擦り上げた。前立腺を丁寧に探し出すと、三蔵は指でそこを擦り上げだした。
「ひッ……ひぃ……っ」
 三蔵の腕の中で八戒は首を左右に振る。惑乱するような感覚に身悶えた。指はいくつも増やされ、八戒は喘いだ。
「さんぞ……さんぞッ」
「……八戒」
 三蔵の声音が少し違う響きを伴ってる気もしたが、身も世もない忘我の淵に近づいていた八戒には気がつかなかった。
「んぅ……!? 」
 今まで閉じていた瞳を八戒は見開いた。名前を呟かれると同時に入りこんできたそれは、指などとは全く違う質量をもっていたのだった。
「あ……!」
「我慢……できねぇ……悪ィ」
「ひど……こんな……こんなトコで……ああっ」
 ずちゅずちゅ。淫らな水音を立てながら三蔵は八戒を後ろから犯していた。なんども褥に引きずりこまれていたが、実際にそこを穿たれたのははじめての経験だった。
 三蔵は八戒が熟れるまで待っていたのだが、初心な八戒の躰はなかなか警戒を解かなかったので、いままで我慢に我慢を重ねていたのだ。
「今……痛くねぇだろ……」
 その通りだった。今まで、いくら充分すぎるほど準備されて解されていても、いざとなると緊張して八戒は身を強張らせていた。
 しかし、部屋ではなく風呂で悪戯されて、まさかいくら三蔵といえど、こんなところで行為自体には及ばないと無意識に思っていたのが功を奏していた。八戒の躰からは緊張が解けて、いいように躰から力が抜けてぐずぐずになっていたのだ。
 三蔵が後ろ抱きにしていたのも、既に一度達してしまっていたのもよかったようだ。
「初めてが……風呂ってのは……考えてなかったが……ま、いいだろ」
 よくなんかありませんと八戒は文句を言おうとして唇を噛み締めた。出てくるのは甘く蕩けた言葉にならない喘ぎだったのだ。
 指とは比べものにならないようなもので犯されているが、八戒はそれを震えながらも受け入れていた。
 三蔵の連日の性技に慣らされ、解された躰はすでに男を充分受け入れられるくらいに熟れていたのだった。
「んぅ……」
「すげぇ……きつい。もたねぇかもしれねぇ」
 三蔵は八戒を後ろ抱きにしたまま胡座で貫いていた。膝の上で八戒の躰が跳ね踊る。
「あん……あっ」
「八戒……」
 その甘い躰を密着させて三蔵が呻いた。後ろへと倒れ込んでくる八戒を抱きながら、その髪の匂いを嗅いだ。
 甘いその躰を穿ちながら、その首筋に唇を這わせる。後孔を三蔵の太くて硬いものに犯されながら、八戒は甘い声を上げてひときわ高く啼いた。
「ああッ」
 自分でもなんて恥知らずで恥ずかしい声を出しているんだろうと、靄のかかりだした意思の片隅で思うがどうにもならない。ぐずぐずに骨まで蕩けている淫らな躰を三蔵の穿つ律動に合わせて尻を揺らしているしかなかった。
「は……あ」
 そのときだった。
「あのう、そろそろお風呂締めさせて頂いてもよろしいでしょうか? 」
 突然声がした。すりガラスのドア越しに、呼びかけられた。
「うぐッ……」
 強く穿たれていた八戒がどこもかしこも乱された様子で、躰を戦慄かせた。もう瞳の焦点もあっていない。しかし、のっぴきならない事態になろうとしていることはおぼろげながら分かった。
 さんぞ……に抱かれてるの……を見られてしまうかも……しれない。
 知らない……ひとに。
「あぐ……」
 三蔵は腕の中で蕩けている八戒の口元に自分の手の掌を咥えさせた。八戒を下肢で穿ったまま、ドアの向こうへと返答する。
「ああ、もうすぐ上がる」
 冷静極まりない声だった。声をかけられた側は、まさかこの声の主が、供の綺麗な青年を好き放題に穿って甘い声を上げさせている最中だなんてことは想像もしないに違いない。
 三蔵が喋ったことによってその腹筋が動き、穿たれる動きが変わって八戒が身悶えする。口に無理やり入れられた三蔵の手を噛んだ。きゅきゅっとその肉筒も合わせて締まり、三蔵は眉を寄せてその快楽に耐えた。
「分かりました。では……」
 声とともに浴室のドアの向こうから人影が遠ざかってゆく気配があった。三蔵は思わず息を深く吐いた。
「ったく……」
 八戒の口を塞いでいた手を外した。途端に甘い嬌声がその唇から漏れた。
「しょうがねぇ。一度出すぞ。続きはまた後だ」
 そう言って三蔵は急に激しい動きで貫きだした。奥底をきつく穿たれて、八戒が躰を突っ張らせる。思わず尻を左右に振って悦がった。
 躰の芯から込み上げてくる淫らな疼きに忠実に腰を使って快楽を追う。三蔵が抜き差しする動きに合わせて腰を揺すり立てた。
「いやらしい躰だ……素質だな……出すぞ……いいな」
「あ、ああッ」
 三蔵は直線的に腰を使い出し、八戒を責めたてる。その腕の中で八戒は甘い吐息をつきながら喘いだ。絶頂が近い。
 穿つ律動が激しくなり、ある一点で三蔵は動きを止めると、八戒の中へと自分を注ぎ込んだ。三蔵の精液が肉筒を、奥底を潤す感覚に震え、四肢を戦慄かせながら、八戒も前を再び弾けさせた。  三蔵の腕の中で正体をなくしたようにその身を預ける。傾いだ躰を後ろ抱きにしながら三蔵は囁いた。声音には感嘆が混じっていた。
「……すげぇ」
 達すると同時に八戒のはきつく締まったのだ。媚肉に締め上げられて三蔵が口元に淫らな笑みを刻む。
「初めてなんざ思えねぇ……上手だ……八戒」
「あ……」
 淫らだとしみじみと言われて八戒は未だに貫かれたまま、その躰を紅潮させた。
「やだ……やだ」
「褒めてんじゃねぇか。何が嫌だ」
 三蔵は後ろから優しく八戒を抱きしめなおした。蕩けるような睦言を囁く。



 「月の刻印(4)」に続く