腐男子八戒さん(5)


act.5 予兆

 それは次の日の昼どきだった。
「あー! それ俺の肉まん! 」
 宿の食堂に悟空の大声が響き渡る。
「うっせーよ。そんなに大事なら、てめーの名前でも書いとけよサル! 」
「黙れよエロ河童! 返せよ俺の肉まん」
 騒がしい。思わず三蔵の眉間にしわが寄る。
「まぁまぁ」
 八戒が仲裁に入った。喧嘩するほど仲がいいとはいうものの、寄るとさわると悟浄と悟空はいつもこんなだ。
「くだらんな」
 冷たい声とともに三蔵が席を立った。タバコでも吸いたいらしい。気位の高さを感じさせるしぐさで、袖をはらいそのまま廊下へと出て行った。
「チッ」
 三蔵の捨てゼリフを自分に向けたものと受けとったらしい。悟浄がその白い僧衣の背を深紅の瞳でにらみつけた。
「クソッ」
 悟浄が怒号を飛ばして出て行くと、食堂は静かになった。
 悟空がぼそりとつぶやく。

「……なんか、また悟浄とケンカしちまった」 
 八戒がお茶を勧めながらやさしくなだめた。
「悟空」
 その白い手を悟空の手の上へとそっと置く。
「なんか、うまくいかねぇんだよな俺と悟浄って」
 金色の視線の先は食堂の黒いテーブルの表面へそそがれている。さっきしたケンカを後悔しているのだろう。
「悟空は悟浄のこと、嫌いですか」
「ん。あんなやつ、って思うけどさ」
 悟空は一度目を伏せると、思い切ったように顔をあげて八戒を見つめた。
「でも仲間じゃん。好きだよ」
 その言葉を聞いて、
「悟空」
 八戒はきれいな緑色の瞳を一度みひらくと、また笑みに細めた。
「おとなですねぇ。悟空は」
「八戒のことはもっと好きだぜ! 」
「あははは。僕もですよ悟空」
「本当に? 」
「ええ。悟空ありがとうございます。悟空の気持ちありがたく受け取らせていただきますね」


――――そのときはそれで話は済んだ。

 みんながいっしょに幸せになる手ってないものでしょうか。みんなでしあわせになる方法って、ないものですかね? 



――――中空に細い眉月がかかっている。遠くでは森の木々がざわめき、雲が薄く流れた。
 それは、
 不吉なまえぶれ。

 そんな不穏な空気をはらんだ夜のことだった。

 部屋のドアが激しく叩かれる。それはまるで抗議のようだ。焦燥感のにじんだ調子の音が規則的に響いた。
「よお」
「ちょっと話、いいか」
 三蔵と悟浄が真剣な顔つきで入ってきた。
「はい? 」
 八戒がのほほんとした表情でお茶の入った湯のみを手に微笑む。それにかまわず悟浄がわめいた。
「オマエ、ほんとなの。ほんとにほんと? 」
 三蔵も正面からにらみつけた。
「てめぇ。俺の気持ち分かったって言ってたよな」
「何言っちゃってるの三ちゃんは。チェリーちゃんはこれだから。すっこんでろよ」
 めずらしく真剣な表情だ。悟浄がそんな顔つきになると、この剽悍な男が実は端正な容姿をしていることがむきだしになる。
「俺がこの間、同居してるときから好きだったっつたらオマエ、『わかってる』 ったよな」
 感情をなんとか抑えようとして失敗している声だった。
「それなのに、悟空の告白にオマエOKしたってホント? 」
 戸惑いと驚きを含んだ悟浄のセリフに三蔵の声が重なった。
「どういうことだ、てめぇ」
「どーゆーことよ八戒サン」
「俺は返事ももらってねぇ」
 三蔵の白皙の美貌が酷薄なまでに冷たいものに変わった。怒っている。山よりも高いプライドが粉々になっておかんむりだ。悟浄の口説きには 『知ってます』 で答え、三蔵様捨て身の告白には沈黙で答えたのだ。すっかり頭に血がのぼっていた。
「身体に訊くぞ、てめぇ」
 腹の底から響く声だった。長年の読経で鍛えた声だ。ドスが効いている。
「俺ら両方に調子のイイ返事しといて……そりゃないんじゃね? 」
「男ふたり弄んでいいご身分じゃねぇか。この野郎」
「サルなんかに渡すかよ」

 いつの間にか、湯のみは床に転がり割れていた。

 みんながいっしょに幸せになる手ってないものでしょうか。みんなでしあわせになる方法って、ないものですかね? ちょっと僕、考えてみますね。

 先日、手帳に書いた八戒のささやかな願い。それを上滑りするような現実に気がつけば囲まれていた。そう、いままで自らの勝手に作り出した幻想の世界に彼は住んでいたのだ。
 予兆はたくさんあったというのに、すべてそれを無視して思いこんでいた。

 悟空のことが好きな三蔵、三蔵のことが好きな悟浄。それをひそかに応援する僕。
 
 勝手に都合のいい世界をつくって勝手に思い込んでいた。
 カタストロフィーというものはいつでも突然で、今までの秩序と良識のあった世界が突如として姿を消し、亀裂とともに残酷な真実があらわれる。

 まるで震災のように。

 部屋の空気は一気に陰惨なものになった。気のせいか温度すら下がったような気配に包まれる。どこからかただよってくる宿のさびた配管の匂い、悟浄のつけてる男性用のコロンの匂いに、三蔵からただようマルボロの匂い。それらが互いによそよそしく混じりあい、かすかな殺気を孕む。
 
 もう、逃げ場はどこにもなかった。

 中空では、何かを嗤うかのごとく細い月がかかっている。月は不吉な白さで輝きを放ち、まるで天が閉じている巨大なまぶたのようだ。薄っすらと開きかかっているが開くことはない。
 そう、月すらもが空寝をしたまま、この八戒の追いこまれた状況を見て見ぬふりをするつもりなのだ。

 確かに今夜はそんな夜だった。

「やめてください! ふたりとも」
 悲痛な八戒の声が部屋に響く。いつの間にか、三蔵の手が八戒の緑の服へかかっている。ボタンは弾けとび、無残な姿だ。思いっきり傍のテーブルに身体を押さえつけて最高僧が低い声で言った。
「悟浄」
 どこか、冷徹な光を浮かべて悟浄を流し見る。
「ああ」
 後ろ手でドアに手をかけた。不吉な前奏のように、低い音を立てて閉まる音が響く。まるで、あらかじめ仕組まれていたかのようだ。殺伐として凶暴な何かが空気中に満ちた。
「そっち押さえろ河童」
「じゃあ、三ちゃんは口押さえててよ。わめかれたらかなわねーし」
 悟浄はいつの間にか、その口にくわえていたタバコを落とすと足裏で揉み消した。何か、残虐な儀式の前戯を思わせる。

 そのまま男ふたりにつかみかかられた。
「ぐうっ」
 部屋にある簡易なテーブル。その上にうつぶせに押さえつけられ、黒髪をわしづかみにして打ちすえられた。
「あ……」
 衝撃で右目のモノクルが弾けとぶ。
「な……やめてくださいっやめ」
 ズボンをひきずり降ろされる。
「あーもう面倒くせぇとりあえず、イれとく? 」
「裂けちまうだろうが」
 凶悪な会話が頭上でかわされる。無意識に身体ががたがたと震えた。肌の上を恐怖と驚きがないまぜになりわななきとなって細かく這ってゆく。
「あーやっぱしテーブルの上ってヤりにくいったら」
「そっちに運べ。逃がすなよ」
 髪をひっぱられて痛い。痛いはずだがもう恐慌状態でいまひとつ感じない。顔を上げさせられれば、やたらと整った白皙の美貌に冷然と見下される。
「やめてください三蔵」
 必死で言った。しかし願いは叶えられなかった。
 広い部屋ではない。あっという間にベッドへと引きずられ、男ふたりの腕で叩きこむようにして押さえつけられた。あおむけにされた身体の上に悟浄が乗ってくる。
「なんの冗談ですか! 」
 下半身を裸にされ、脚を閉じられないように体ごと阻まれる。思わず、上体を起こしそのとりすました色男風の顔へ肘鉄をくらわそうと腕をあげようとしたが、
 後ろから上半身をはがいじめにされた。白い肩布が引き裂かれ、ベッドの下へと落ちる。
「脱がせにくい服着てんな。手間かけさせやがって」
「さんっ」
 後ろを振り向こうとしたときに、甘い感触が下半身を這った。
「あっ……」
 力なく股間に下がっていたそれにキスされた。濃厚なくちづけの音が立つ。粘膜へ亀頭へ唇を這わせられる淫らな感触。最初かわいらしい触れるだけのキスだったのが、卑猥にカリ首近くまで口腔内へ招くように吸われる。
「ごじょっ」
 思わず仰け反りそうになった身体を後ろから抱きしめられ、親友の名前を呟く唇へついばむようにキスされた。
「さ……」
 金の髪がなびくが、空気はどこか粘質で重い。三蔵が目を細める。欲情している目だ。舌が伸び、八戒の唇を舐めあげる。セックスに近いようなキスをくりかえされた。
「んぐ……」
 粘っこい舌と舌を吸いあう音と、下半身を舐める音が淫らに響く。もう声もあげられなくなって、いやらしい吐息だけが部屋を満たしてゆく。
「ん。出てきた」
 執拗に八戒の屹立をキャンディのように舐めあげていた悟浄が呟く。
「すげーとろとろ」
「や……」
「いやじゃねぇだろ」
 口づけの合間に三蔵がささやく。
「すっげぇガマン汁の量じゃねぇか。溜まってんな」
「ちが……」
「ちがわねーよな。コレ。八戒さんの身体はヤりたいヤりたいってイッてるみたいよ? 」
 八戒の亀頭からあふれ、とろとろと幹を伝い下生えにまでたれ落ちる透明なカウパー液を悟浄がこれ見よがしに舌ですくった。
「ああぅっ」
 とろ、と透明なねばっこさで糸をひいている。自分の亀頭と親友の唇に橋をかけるいやらしい体液を見たくなくて、八戒は身体をひねろうとした。
「ちゃんと見ろ。すげぇ出てくるぞ。もっと出したいだろうが」
 背後から抱きかかえている三蔵が許さない。顔を背けようとして叱られた。
「あ、あっ」
 くり、と三蔵の両手で胸のとがりをつままれる。電撃のような快楽に腰奥までつらぬかれる。それは悟浄に嬲られる股間と相まって狂いそうな性感を生んだ。
「あうっああっ」
「触ってねぇのにもうこんなとこまで尖らしてんのか、てめぇ」
 三蔵の親指で乳首の先端をなでまわされる。八戒は悶絶した。びくびくと太ももが震えてしまう。
「こんなえっちな身体でサルとヤろうとしてたの? 八戒サンってば」
「冗談じゃねぇな」
 悟浄の舌は可憐に小さな口をあけている鈴口を舌先でつつくような愛撫をくりかえした。尿道口の入り口を責められて、八戒が唇を噛み締める。ひどく淫らな声が出てしまいそうだった。
「あっはぁっあっあっ」
 手元の白いシーツを力いっぱい握りしめた。三蔵がカフスのはまった耳を淫らなしぐさで舐め上げる。耳たぶに三蔵の唇が這い、ついばまれ唾液でぬらされる。八戒は身をくねらせた。
「腰、動いてんだけど。エロすぎでしょ」
「河童、早くしろ」
 悟浄の舌が亀頭から根元にむかってたれ落ちる体液をより流すような動きで這いおろされた。より後ろの孔の方まで、透明な液体で潤み滴るのを感じる。
「あっああっあっ」
 舌が後ろの孔まで這わされそうになって、八戒は抵抗した。めちゃくちゃに暴れようと身体をよじる。
「てめぇ」
「いーかげん往生際、悪いんでないの」
 四本の腕に押さえつけられる。いつの間にか三蔵に抱きかかえられる体勢から、逃げられないようにベッドにあおむけに押さえこまれた。より、大きく脚を広げさせられるかっこうになって、八戒が身体を震わせた。屈辱だった。
「あっ……ん」
 後ろの孔に暖かい舌が這った。ナカまで入りこむような動きをくりかえす。ぴく、とうごめく屹立へ三蔵が手を伸ばした。掌全体で包みこむようにしてしごかれた。
「すっげぇ、べたべただな」
 三蔵の声音に性的な興奮が隠しようもなく混じる。ひどく卑猥にそれが響いて八戒は仰け反った。もうその背は三蔵ではなく柔らかいベッドが支えている。いつの間にか三蔵に上に乗られ、身体をさかさまに重ね合わせるような体位にされていた。
「やめてください三蔵」
 必死に残っていた理性で八戒がうめく。しかし、それも三蔵がその唇で八戒の亀頭にくちづけるまでのことだった。
「あふぅ……っ」
 そのまま、唇でしごかれた。カリがひっかかるように絞るような動きも加えられて悶絶する。
「ああっああっ」
 後ろは悟浄の舌が這っていた。男ふたりに下半身をぐちゃぐちゃに弄ばれている。
「もっと白くて濃いのを出したいんだろうが」
 いやらしい調子でさげすまれ、思わず八戒のまなじりに光るものが浮かぶ。悲しいのか感じまくって生理的に出るのか判別のつかない涙だ。
「これ、きちんと慣らさないと入んないみたいよ」
 悟浄が呟く。
「なんだ。こんななのに初めてかコイツ」
「そーそ。本気で後ろバージンっぽいのよ」
 卑猥な会話を男ふたりでささやきあってる。
「あ……」
 たっぷりカウパー氏液で濡らした指を挿入された。思わず八戒が息をつめる。
「んんっ」
 はじめてゆえの緊張だ。三蔵が再び屹立を咥えこむ。他の皮膚よりもピンクがかったそこはひどく卑猥で三蔵の舌を悦びながら受けいれてしまっている。下腹部に走る痛ましい傷跡が淫らな汗に濡れて光る。
「お、三ちゃんがくわえると……開くわ。コレ」
 悟浄が濡らした指を八戒のナカで曲げた。自分の体内で蠢く親友の指。思いもかけない動きに八戒が苦しげな声をあげる。
「痛いで……ごじょ」
 喘ぎ喘ぎつむがれる悲痛な声に、三蔵が反応した。
「へたくそ河童が」
「んー? じゃ、こっちィ? 」
 いやらしい動きで粘膜を内壁をこすり上げられる。とある1点を悟浄が押すようにして内部から擦ると
「あ……あっあっ」
 甘い吐息まじりの喘ぎが漏れた。
「そっか手前ね。それじゃこっちは」
 絶叫が響いた。
「ひいっひいっつっああっ」
 わななきながら、手を伸ばす。ひどくイイところを悟浄の指は嬲っていた。
「やめてください。ごじょ……さんぞ」
 身体の上には三蔵が乗っていて、身動きがとれない。それどころか、三蔵に熱く猛ったものを顔へ押しつけられた。
「さん……」
 シックスナインまがいの体位だ。唇に当たるのはまぎれもなく三蔵の欲望。
「わめくな。さっさと咥えろ。歯は立てるな殺すぞ」
 既に硬く勃ちあがった怒張が、唇を割った。抵抗もできなかった。





腐男子八戒さん(6)へ続く