腐男子八戒さん(3)


act.3 悟浄

 クソ腐れ坊主が。俺は食堂の片隅をにらみ、つぶやいた。
「あーもうマジぶっ殺す」
 ぐしゃぐしゃ、と髪を手でかきあげた。ろくに眠れなかった。指に赤い長い髪が1本絡まって抜けた。
「おはよー。さんぞーサマ」
 思わず心の底から恨めしそうな声が出た。昨夜はこの鬼畜坊主のおかげで散々だった。
 酒がはいってたからそんなケガらしいケガはしなかったけどよ。この野郎。八戒に夜這いなんかかけやがって。坊主のくせして、いちいちヤることがヤらしいんでない?
「なんだクソ河童。うっとおしい」
 昨日、夜這いなんて卑怯なコトしてたくせに、なんつーいいぐさだクソ坊主。おーお。今日も冷たいくらい美人だねぇ。
 でも知ってるぜ。新聞読んでるふりして、てめぇ八戒のことばっか考えてるだろーが、このムッツリスケベ。
「おやぁ? 美人サンったら冷たいのねー」
 俺はタバコに火をつけた。こんくらいイヤミ言わせてもらわねーとワリにあわねぇ。
「うるせぇ。俺にこれ以上、近づくな」
「またまたぁ。そーんなこと言わないでさぁ」
 俺はわざと笑顔で三蔵サマに近寄った。ホント、昼間の光のしたで見るとますます、キレイなお顔だこと。こんなてめぇが八戒目当てで部屋に忍び込もうとしてたなんざ信じられねーけど。事実だろうがよエロ坊主。そんなすましたツラしてるクセに八戒とヤりたいんだろ。
「アンタ、昨日の夜、どっか行ってなかった? 」
「てめぇにゃ関係ねぇ」
 吐き捨てるように言われる。新聞紙をバリケードみたいに俺の前に広げて近づけられないようにしてくる。
「つれないねぇ。昨日みたいな夜にさぁ美人のひとり歩きなんてぇ危険よぉ? この俺がエスコートして」
 とたんに三蔵の野郎。俺のみぞおちのあたりをひじで打ちやがった。油断した。新聞に隠れててコイツの構えが見えなかった。ひでぇ。
「うおっ」
 口からタバコが飛んで床へ落ちた。
「俺に汚ねぇツラ、近づけてくんじゃねぇよエロ河童」
 吐き捨てる口調だった。紫色の目が鋭い光を放つのが見えた。俺は足元のタバコを踏み消しながらにらみつけた。くそ。売られたケンカは高値買取よ?
「あっらら三ちゃんったらつれないんだー。もーこれから夜這いに行くなら……遠慮なく俺にも声かけてよ」
 まったく。危なくってこれからオチオチ酒飲みにも行けやしねぇよ。チェリーちゃんだと思って油断してりゃ、よりによって八戒ねらいとはね。いままで気がつかなかったぜ。あぶねーあぶねー。
「うっせぇ。そんなんじゃねぇ」
 冷たい口ぶりが若干、歯切れが悪くなるのを俺は見逃さなかった。
「あらら、とぼけちゃって。バレバレだっつーの。……ヤりたいんでショ? この俺様が慰めてあげっよっか? 」
 鬼畜坊主、タマってんだろーが。夜中に八戒のベッドに忍び込もうなんてサイテー。でも、てめぇにゃ俺の八戒は渡さねー。ふざけんなよ死ねよ。
「うっせぇってんだろうが気色の悪ぃ」
 紫色のきれいな目でにらまれる。視線でひとを殺せるっつーなら殺せそうな目つきだ。なまじきれいな顔してるもんだから、怖ええ顔すると効果バツグンってわけね。
 冗談でしょ。そんくらいの脅しでこの悟浄サマが手ェひくもんかよ。ホントうぜぇ。アンタこそさっさと死んでくれない?
「……それが、お互いのためだと思わねぇ? 」
 三ちゃんがタマってんなら、色街の知り合いのオンナくらい紹介してやってもいいぜ。そいつを八戒のかわりに抱けよ。
「思わねぇな。サカってんじゃねぇぞこのエロ河童」
 ん? ひょっとして俺が八戒のコト、惚れてんの知ってんの? でも、てめぇだけにゃ言われたくねーぜ。
「サカってんのは……ソッチもでしょーよ。……とぼけちゃって」
「てめぇ」
 三ちゃんが俺のえり首をつかむ。あーあ、やめてくんないかな。それ、シャツが伸びるっつーの。このクソ坊主が。全身の血がアタマに逆流してくぜ。こっのエロ坊主が。経でも読んでりゃいいのに俺の八戒にちょっかい出すんじゃねーよ。
 タッパは俺のがあるから、こいつの手首をつかんで思い切り力を入れた。なれなれしく俺にさわんないでくれる? 俺に触ったりしていいのは、あの薄幸美人で性格真っ黒な保父さん兼、三蔵一行の裏番長サマだけって決まってんのよ。おわかり?

 そんな気持ちで三蔵とにらみあい、がっぷり四つに組んでたら……食堂の柱の影に、黒い髪が見えた。

 白い肩布、緑の中国服、肩のあたりに白い竜。ジープだ。ジープを肩に乗せてる。
「八戒! 」
 思わず声が裏返る。ちょ。待て。
「い、いつからオマエ、そこにいたの? 」
 声が何故か上ずった。えっ、俺の気持ちとかバレた? 俺の長年のオマエに対する気持ちとかバレバレ? 野郎をベッドに運ぶのは最後どころかお前のことなら何度でも運びたいとかずっと思ってんのバレてた? 三蔵がこっちをすげぇにらんでるけどもう知ったこっちゃねーわ。
「す、すいません悟浄。僕は邪魔するつもりは」
 よく分からないことを八戒は言っている。ああ、いつにも増してキレーだよな俺の八戒は。
 ジープの羽がまるで八戒の背からはえる天使の羽みてぇだぜ。カーキ色のバンダナとかもよく似合うしさ。緑色のチャイナ服に包んだカラダの線とかホント目の毒じゃね。腰とかもすんなりしてるし手足長いし。どこのオンナよりキレーじゃん。
 確かに三ちゃんがヘンになるのも無理ねーかもしれねーけど今回だけはぜってー引けねー。
「なにも聞いてませんし、なにもその……大丈夫ですよ。僕は大切なふたりのことは応援してますから」
 本当に良くわからないことを、八戒は真っ赤になって言ってる。なに、それお前だいじょうぶ?視界のスミで三蔵が苦虫を噛み潰したような……っつーかとにかく複雑なカオしてんのが、なんか気にかかった。けどこっちゃそれどころじゃねーわ。





(その日、八戒の手帳)

 今日、僕みちゃったんです。食堂で悟浄と三蔵がじゃれあってるのを……!
 悟浄ったら、 
「おやぁ? 美人サンったら冷たいのねー」
 なんて53至上主義者に必須なセリフを三蔵に言ってるんですよ。うわぁ悟浄×三蔵ですよね。
 僕、思うんですけど、この三蔵を美人呼びするところとかが53王道ですよ! 
 手のやける美人、女王様に振り回される下僕っていうか。SMですよねぇ。殴り愛っていうか殺し愛っていうか。
 でも悟浄ったらワイルドに男らしくてかっこいいんですよね。53って、そんなかんじのカップリングじゃありませんか? 
 それに対して三蔵が 「うるせぇ。俺にこれ以上、近づくな」 なんて! これまた王道ですよね。ツンデレですよ。デレるのは……そう、ふたりっきりのベッドの上だけ、なんですよねキャー、な感じで53でしたよ今日のあのふたりは。

 僕、うっかりそんなやりとりしているところへ居合わせちゃって! 食堂にきたらそんな感じでホントどうしようかと思ったんです。もーなんでしょう悟浄も三蔵も本当にいちゃいちゃしてましたね。

 ん? あれ? 

……おかしいですね。三蔵は悟空のことが好きなんじゃ……これはもしや三角関係ですかね? うーんどうしましょう事は重大ですよ。仲間にはみんな幸せになってほしいのに。

 ひょっとしてこれって悟浄の片思いなんでしょうか。三蔵は結局、悟空が好きだとか。せつないですね。

 でも、今朝はすっごく三蔵も悟浄も53でしたよ。悟浄なんてセリフからしてそうでした。
「つれないねぇ。昨日みたいな夜にさぁ美人のひとり歩きなんてぇ危険よぉ? この俺がエスコートして」
 これ聞いて僕、うわーって思ってました。それに対して三蔵ったら
「俺に汚ねぇツラ、近づけてくんじゃねぇよエロ河童」
 これですよ。これ。こーじゃないと。53の三蔵はこうじゃないと! ですよね! ツンツンデレですよね。そうツンデレじゃなくってツンツンツンデレ、デレるのはほんのちょっとなんです。
 そのくらいのクールビューティですよね三蔵は。
「エロ河童」 っていうときの53の三蔵の表情ときたら。いやぁときめきますよね。すっごくアダルトな関係というか雰囲気なんですよー53って。
 こうタバコの火と火、そうそう、マルボロとハイライトをくわえたまま、お互いに顔がつくほどくっつけてもらい火とか……ロマンですよねぇ。僕も見ててそう思います。
「あらら、とぼけちゃって。バレバレだっつーの。……ヤりたいんでショ? この俺様が慰めてあげっよっか? 」
 この悟浄のセリフが! 53爆発って感じで。どうしようこのふたり、これからどうするんでしょう。本当に見ててドキドキしてました。
「うっせぇってんだろうが気色の悪ぃ」
 三蔵ったら悟浄へ熱い視線を送って上ずった声を……! 見つめあいながら言ったって説得力ないですよね。
 言葉とは裏腹に僕の見たところ、悟浄と三蔵はうっとりとお互いを見つめあってましたよ。ああっ、とことんアダルトなふたりですよね。
「……それが、お互いのためだと思わねぇ? 」
 ここが悟浄の包容力ですよね。突っ張る三蔵を大人な感じで一段上から包みこむ。ああ、悟浄ったら理想の攻めだなぁってこっそり思ってました。思いませんか? 
 ツンツンしている三蔵の本当の気持ち、本当のオマエのこと知ってるから俺の前では無理してんじゃねぇよ、みたいな愛を感じましたね。
 突っ張ってるオマエが本当は繊細で傷つきやすいことなんざ知ってんよ。俺の前では無理すんじゃねーよ言わせんな馬鹿野郎。まさにそんなかんじでしたとも! 
 まったく悟浄は素晴らしいですよね。これぞスーパーダーリンですよ。スパダリですね悟浄は。ええ悟浄様っていうか。ちょっと不良なんだけどすごく優しい、これってモテる男の永遠のパターンなんじゃないでしょうか。
「思わねぇな。サカってんじゃねぇぞこのエロ河童」
 なんだかんだ言って、三蔵にも悟浄の気持ち伝わってるんですよね。
 なんでしょう。こう39と違って53ってアダルトでカラダからはじまる愛、みたいな感じじゃないですか? ハーレクィーンロマンスぽいですよね53って。反発しながらもひかれあうふたり、みたいな。そうそうレディコミっぽいんですよ53は。僕ホントそう思います。
「サカってんのは……ソッチもでしょーよ。……とぼけちゃって」
 うわあああ。もうこれって、そういうことですよね。合意? うっわ。まるでこれじゃ僕の立場、のぞきですよね。出るに出れません。
 どーしよ。アダルトすぎますよ悟浄も三蔵も。困りました。ま、まさかここではじめるんじゃあないでしょうね?
 てっきりふたりで宿の部屋にでもいくのかなって思いました。でもそのとき、悟空は食べすぎで寝てたんですよ。だからここは親友の僕が気をきかせて街にでも買い物にでかけてふたりっきりにしてあげなくては……! って思っていたら、あっさり悟浄に見つかっちゃったんですよね。
 なんででしょうね。悟浄ったら、ときどき妙にカンが鋭いんですよ。もー、僕がふたりのキューピッド役を買ってでようと思ったのに。なんだかこれじゃ僕がカッコ悪いみたいじゃないですか。
「い、いつからオマエ、そこにいたの? 」
 なんて、悟浄ったら声が裏返っちゃって。あはは。大丈夫ですよ。僕はですね、仲間たちの恋を応援してますから!

 ホモに偏見とかもないですしね! ああ、でもみんながいっしょに幸せになる手ってないものでしょうか。僕が見たところ、きっと三蔵と悟浄と悟空は三角関係なんですよ。間違いありません。

 みんなでしあわせになる方法って、ないものですかね? ちょっと僕、考えてみますね。




腐男子八戒さん(4)へ続く