腐男子八戒さん(2)


act.2 三蔵

 クソッ。
 悟空の野郎。油断もすきもねぇ。どういうつもりだあのガキ色気づきやがって。八戒のところに忍び込んで告白だ? てめぇ46億年早ええってんだふざけてんじゃねぇぞてめぇ。
「う……ん。はっか……い」
 悟空がとなりで寝言をほざいてやがる。イラっときて思わず俺はハリセンで思いっきりぶっ叩いた。全然、起きやしねぇ。肉まんみてぇなツラして寝てやがる。
「チッ」
 こっちは全然眠れやしねぇ。さっきまで俺のことを 「ずるい」 だの 「ひでぇ」 だの言って大福みてぇな顔を真っ赤にしていたバカザルだったが、泣きつかれたのか寝ちまった。いびきがすげぇ。だから眠れねぇってんだろがこのサル。
「八戒」
 思わず、口に出してしまって、俺は口元を手で覆った。アイツのことを考えると、なんでか知らないが胸が苦しくなる。
 俺はいつの間にかブーツを履いて、廊下へ出た。しばらく隣の部屋のドアを見つめていた。
「チッ」
 らしくなかった。クソッ。なんだかモヤモヤする。これというのもあのバカザルのせいだ。覚悟を決めてドアを正々堂々ノックしてみるが、中から返事はない。寝ちまってるのか。でも俺はすっきりしなかった。
「寝てるのか、八戒」
 どうも悟空とのやりとりで誤解された気がする。というか、俺があんなに正面から告白したのに返事がないってのが気になってしょうがねぇ。そんなに俺は気が長い方じゃねぇんだ。早く返事しやがれ。俺のことがてめぇも好きだろうが八戒。いや、好きだって言わなきゃ殺す。
「ん? 」
 ドアノブをひねると、音もなくドアが開いた。……どういうことだ。カギがかかってねぇ。無用心だな。俺は異変がないか中に入って確かめようと思った。
 小さいルームランプがついてるくらいで部屋は薄暗い。中では八戒が寝てるのか密やかな気配と寝息が聞こえてくる。入っちまえば、なんとでもなる。俺は慶雲院の最高僧にして玄奘三蔵。魔天経文の継承者だ。八戒の寝顔を見るのも自由だろうが、なんといってもアイツはいまだに俺の保護監督下なんだ。要するに俺のモンだってこった。
 でも、寝顔なんざマジマジと見たこたねぇ……ちょっと胸が苦しくなったそのとき、一番声をかけられたくない相手に見つかっちまった。
「あっれぇ。三ちゃーん? 」
「! てめぇ」
 悟浄、いや有害エロ河童だった。なんでこんなときに帰ってくんだ死ね。
「あっははぁ。なぁにぃ? こんなトコで」
 ゴキブリが下品な口調でからんできた。殺す。
「なんでもない。邪魔したな」
 俺はきびすを返した。思いっきりにらみつける。酒くせぇ。悟浄のヤツ、相当飲んでやがる。酔っ払いだ。これなら俺の行動や気持ちにもカンづかれずに済むと思ったら
「夜這いはダメよーん三ちゃん」
 なんて耳元でほざきやがった。
 こいつ、知ってやがる。俺の八戒への気持ち知ってやがる。生かしておけねぇ。しまった。銃は部屋に置いてきちまった。
「てめぇ」
 思わずバ河童の首もとをつかんだ。見透かすような真似しやがって野郎、気にくわねぇ。茶色い革ジャン、白いシャツ。白いシャツの胸元をねじりあげると、あいつはなまいきにも足を振り上げて反撃してきた。無駄に足が長いってんだよこの赤ゴキブリ野郎。
「……! あぶねぇっての! 」
「うぜぇ」
 とっさにそのブーツをはいた足を避けた。思わずたたらを踏んで壁に手をつく。悟浄の野郎は酔いもあったのか反動で床に倒れこんだ。木でできた床がきしむ。
 真夜中なのに、すげぇ音だった。無理もねぇ。大の男がふたりして床で転げまわってんだ。
 そのときだった。
「う……ん? 」
 部屋の奥から声がした。八戒の声だ。昼間ジープをずっと運転して疲れているはずなのに、この騒ぎで起きそうになってやがる。
「!」
「しーっ静かにしろよ三ちゃん。八戒、疲れてんのに起きちまうだろ」
 それは、
 場にそぐわぬ優しい声だった。

 そのとき突然、俺は理解した。

 このバ河童。バ河童のくせに八戒に惚れてやがる。
 目の前が真っ白になった。何かが頭に上って脳を赤く染め上げてゆく感覚があった。
「チッ」
 俺は舌打ちすると、その場から背を向けた。いやな事態だった。明日は悟浄と同室なんざ絶対にやめさせねぇとダメだと思った。危険すぎる。
 
 



腐男子八戒さん(3)へ続く