腐男子八戒さん(1)


act. 1 悟空

 俺は額の金鈷に手をあてて考えた。なんだか落ち着かねー。
「あ、いけね」
 自分のかっこうがヘンじゃねーかよく確認する。黄色のマントにいつもの肩当て。あ、如意棒はジャマだよな、しまっとこっと。よっし準備バンタンだな! 行くぜ!

 ぜってー今日こそ八戒に告白する。
 ぜってー今日こそ八戒に告白する。
 ぜってー今日こそ八戒に告白するっ。

 俺はそう決意しながら宿の廊下へ出た。八戒と悟浄の部屋のドアを思いっきり叩く。そう、絶対今日こそ八戒に告白するぜ!
「はい? どうぞ? 」
 よかった。悟浄のやつ、いないみたいだちょうどいいや。
「……ごめん八戒。ちょっといい? 」
 八戒はドアをあけてくれた。やべ、なんか超いいにおいする。シャンプーかな。髪の毛とかさらさらじゃん。しかもパジャマ姿かよ!
「どうしたんです。悟空、浮かない顔をして」
 うわ、なんか今日の八戒、いつにもましてキレーだよな緊張する。いやいつもキレーだけど告白すんの緊張するって。
「ん。そんなにたいしたことじゃねーんだけど」
「たいしたことないって顔じゃないですよねぇ」
 タンマ! これ以上、顔を近づけられると俺っ。心の準備ができねーやべー。でも、思い切ってきいた。
「あのさ、八戒はさんぞーのこと、どう思ってる? 」 
 すっごく気になってることだった。ずっとききたかったんだ。
「オレ、気になるんだ。三蔵と八戒のこと」
 さんぞーの気持ちは知ってた。っていうかあそこまで露骨だとフツー気づくと思う。でも三蔵の気持ちはわかるけど、八戒の気持ちは見ててもわかんねー。いっつも優しく笑ってるし。本当は三蔵のこと好きなのかな。どうなんだろ。
「なんか、ふたりって……オレのわからない話ばっかしてる気がしてさ」
 もし、八戒が三蔵のこと好きなら、俺ってば失恋ってことだよな。そん時は潔く身をひくしかねーよな。
「いいえ、三蔵が一番心配しているのは……貴方のことですよ」
 ? よく分かんねぇよ八戒ってば。うまく言葉がかみ合ってねーことだけはわかるけど。あんなにハリセンで叩いてくる三蔵なのに俺のことを心配? ま、心配はしてんだろうけど(監督不行き届きとかさ)俺がいいたいのはそーゆーことじゃなくってさ。
「そんなこと……ないと思うぜ」
「心配することありませんよ。どうせ三蔵が僕と話をするのは明日の運転ルートのこととか食料の残りとかそんなことばかりです」
 そうなんだ? じゃあ別に三蔵と八戒は両思いってわけじゃないんだ? ふたりいっしょの部屋になっても、心配しなくていーってことか。いやよくねぇってば。襲われっぞ八戒。
「そんなに心配なら、気持ちを確かめてみればいいんですよ……三蔵の」
 八戒が言い終ると同時だった。まるで呼応するかのように横から誰かが口を出した。
「呼んだか」
 げっ。俺は一番、聞きたくない声が聞こえて、背筋が凍った。見つかった!
「三蔵! 」
「え……」
 うっわ三蔵。マジで三蔵じゃんホントかよ。なんでここに来んだよ。食堂で新聞読んでるっつてなかったっけ。超能力かよ。
「い、いつからいたんだよ」
「ど、どうして貴方」
 八戒もすっごくあわててる。……ひょっとして、この感じ。八戒ってば俺が何しに部屋に来たかわかってたのかな。だって三蔵見て青ざめてんもんな。
 三蔵が俺をにらみながら言った。
「声が聞こえたんだ。こいつの……声がな――――」
 やべ。声? 声って……俺の? どーゆーこと。
「ふたりっきりで何してんだてめぇら」
 すっげぇ怒ってる。本当にやべえ。目つきがすわってる。俺が何しに八戒のとこ来たかぜってー気づいてる。そーゆー目つきだコレ。
「い、いえ別に」
 八戒はやましいことがないだろうに慌ててる。三蔵ったら八戒のことが心配なのはわかるけどあんなにスゴまれたら何も言えねーよ。っていうかまだつきあってねーのに独占欲マルダシじゃん。
「てめぇ」 
 その声は半分以上、俺に向かって言われたモンだって直感でわかった。そーとー怒ってる。
「悟空――――」
 三蔵が俺に近づいて……耳にささやいた。その言葉をきいて、俺は思わず目をむいた。
『てめぇ。抜け駆けしてんじゃねぇよ』
 心臓が止まるかと思った。低音のドスのきいた声だった。
『こっちにゃ聞こえてんだてめぇの声が。何が 『ぜってー今日こそ八戒に告白する。』 だ。このバカザルが』
 全部、聞こえてた。そーだった。さんぞーには俺がすっごく強く 「念じた」 声が聞こえちまうのを忘れてた。全部お見通しだったみてーだ。うわああどうしよ恥ずかしいって。
「う、うるせーよ。三蔵は! 」
 思わず大声で叫んだ。頬が熱い。瞬間湯沸かし器みたく頭に血が上るのがわかった。
「つまんねぇ小細工してんじゃねぇ。俺の気持ちは知ってんだろうが」
 小細工。別に小細工なんかしたつもりはねーよ。そりゃ三蔵が八戒のこと好きだなんて知ってんよ。でも、さんぞーこそ俺の邪魔しにくんなよ。っていうか腕、いいかげん離せよ。離せ! うわああ痛てぇっはがい絞めかよ! 
「俺の気持ちは分かってるな。八戒」
 さんぞーが俺の肩を抱いて脅しながら八戒へドスのきいた声で言った。俺のことをけん制しているんだと思う。そんなに、はがい絞めにしなくたって別に俺、八戒のコトいますぐどーこーしよーなんて思ってねーし! 心配しすぎだぜホントにさんぞーったら。
「ええ、貴方の気持ち、分かりますよ三蔵」
 八戒が相変わらずきれいな声で言った。分かってんの? 本当に? どーしよ俺やっぱ失恋かよ。ショックを受けてる俺の頭上でさんぞーがきっぱりと言った。
「好きだ……これが俺の本当の気持ちだ」
 汚ねぇ。俺には抜け駆けすんなっっつといて、自分は八戒に告ったりして三蔵ってばきたねーよ。ぜってーきたねー。カッときて頭に完全に血がのぼった。思わず暴れそうになったけど、三蔵は相変わらず俺のことをがっしりと抱きかかえて動けなくしてくる。ちっきしょー本気じゃんさんぞー。とにかくやり方が汚ねーよ。許せねーよ。
 俺は、八戒の方を祈るような目で見つめた。相変わらず困ったような笑顔を浮かべている。
「チッ」 
 三蔵が舌をならした。ガキん頃から一緒の俺にはわかる。これは、すんごいイライラしたときの舌うちだ。
「今度、きっちり返事を聞かせてもらうからな」
 八戒は降参、のポーズをとってる。くっそお。なんで俺が八戒に告白しに来たはずなのに、なんで三蔵が八戒に告白してんだよもー! おかしくねーかこれってば。
「チッ」
 もっと大きな舌打ちが俺の頭の上あたりで響いた。八戒からカクジツな返事ってのはなかったもんな。俺は不幸中の幸いとばかり、ちょっとばかしホッとした。でもそんなホッとした気分は続かなかった。
「そうと決まれば部屋に戻るぞ悟空」
 恐ろしいことを三蔵は言った。猫なで声だ怖ええ。部屋に戻ってこの続きかよ。じょーだんじゃねーよ。
「お、俺と三蔵、ふたりきり……かよ」
 こええ。どんな目にあうんだ俺。やだよー。
「なんだ。俺とじゃイヤか」
 そりゃ今の三蔵、怖ええモン。八戒との方がいいに決まってんじゃん、と思ったけどなんだか息がつまってなにもいえなくなった。
「さん……ぞ」
「悟空」
 三蔵が肩にまわした腕の力を強くしてきた。俺が逃げると思ったらしい。うわ、すっげー力。肩、つかまれてっけど、すげー痛い。怖ええよ。わかったもう逃げねーよ勘弁してって。
「俺と部屋に来るんだ」
 そんなに、俺が八戒のとこまた来るんじゃねぇかって心配なのかよ。俺は目の前が真っ暗になった。完全に俺のはじめての告白はジャマされたってことだよなコレ。ひでーよ。くそお。
「……ッ」
 俺は悔しくて唇を噛み締めた。頬が上気して熱い。恥ずかしいし、どうしたらいいかわかんね。
そんなこんなで、俺は三蔵に八戒の部屋から引きずり出された。
 くっそぉ。待ってろよ八戒。最初からキレーな目だと思ってたんだぞ! 俺、そんときからずっと好きなんだぜ。ぜってーあきらめないかんな!
  


 後には、唖然としている八戒が残された。
「なんだか、ふたりの熱々なムードにあてられちゃいましたね」
 ようやく、自分を取り戻したような調子で、呟いた。
「はーさてさて、すっかり野暮な邪魔ものでしたねぇ。僕」
 苦笑すると荷物の整理をしようと、八戒は身をかがめた。ちょっぴりあのふたりが羨ましかった。



(その日、八戒の手帳)

 今日は悟空が部屋に来ました。真剣な顔つきだったから最初、おや? って思いました。
 そして、悟空の言葉を聞いて驚きました。
 どうも僕と三蔵のことを誤解していたようなんです。僕と三蔵がつきあってると思ってたみたいなんですよ。
「オレ、気になるんだ。三蔵と八戒のこと」
 なんて言うんですよ。
 ね! ありえないでしょう?
 僕と三蔵がデキてるなんて心配なんかして悟空ったらおかしいですよねぇ。だから僕は悟空に言ったんです。
「いいえ、三蔵が一番心配しているのは……貴方のことですよ」 って。
 どうみても三蔵は悟空が大好きですよね? ホント仲いいんですよねぇこのふたり。なのに、かんじんの悟空が僕と三蔵のことを誤解してるだなんて。笑っちゃいますよね。
 本当に困ってしまいました……。でも奇跡が起こったんです。僕が悟空の誤解を解こうとしていたら、突然、三蔵が現れたんですよ!!
 びっくりです。びっくりしました。
 しかも三蔵ったら 
「声が聞こえたんだ。こいつの……声がな――――」
 なんて僕にむかってのろけるんですよ!
 悟空の声が、そう悟空の内なる声が聞こえたっていうんですよ。以心伝心。
 いやもうすっごい39ですよね。39天国ですよ。39王道ですよね 「悟空、お前の声が聞こえた」 これですよ。大地に愛されし斉天大聖孫悟空、そしてそれを大切に抱きしめる金の髪をした養い親の三蔵。これぞ39ですよね!! 僕なんか生で見ちゃいましたよ! 39クラスタのみなさん!
「ふたりっきりで何してんだてめぇら」
 もー! 悟空が他の男とふたりっきりになるのが心配なんですね三蔵ったら。愛とはいえ独占欲が強すぎますよ。いやもうごちそうさまです。
 おまけに悟空の耳もとで何か愛の言葉をささやいてるんですよ! 
 いやもちろん僕には聞こえなかったですけど、きっと 「悟空……お前だけを愛してる」 とか関俊彦ボイス(低音)でささやいてるに決まってます。
 うわーもう僕、そんな愛のあるボーイズラブな三蔵と悟空を前にどうしたらいいかわからなくなっちゃってました。あのふたり、ほとんどキスしているようにみえましたもん。いや絶対にキスしてたと思います。ラブですよねぇ。
 そして、ヤキモチですかね。三蔵ったら悟空がからむと嫉妬深いんですよ。僕が悟空にちょっかい出さないようにけん制してきました。そうなんです、
「俺の気持ちは分かってるな。八戒」
 なんて、僕にまで三蔵ったらすごむんですよ。僕は当然
「ええ、貴方の気持ち、分かりますよ三蔵」
 って答えました。三蔵の気持ちなんて分かってますよ。見れば誰だってわかります。悟空のことが大好きで大好きでしょうがないんですから。養い子の悟空のことを骨まで愛してるってかんじなんです知っています。
 心配しなくたって悟空と三蔵の仲を邪魔なんかしませんよ。ホント今回のことで分かりました。三蔵は悟空のことが本当に大好きなんですよねぇ。
 そう僕が思っていたら、
「好きだ……これが俺の本当の気持ちだ」
 なんて! 正面からのろけられました。 僕がいる前で悟空に愛の告白をっ! もーすっごいBLでしたよ。悟空なんてもう抱きしめられたまま告白されちゃって、耳まで真っ赤でしたね。
 その後、三蔵ったら僕の前で 「そうと決まれば部屋に戻るぞ悟空」 なんて見せつけるんですよ、ごちそうさまです。
 きっと部屋で続きを……イチャイチャで18禁なことをするんですよね分かります。王道の三蔵×悟空ですよ。39万歳です 。あー本当に39の絆って尊いですよねぇ。
 いや悟空×三蔵で三蔵受けもいいとは思うんですけど、基本的に三蔵は悟空の 「お父さん」 保護者じゃないですか。三蔵が攻めで悟空が受け。しっくりきます。お似合いですよね。
 あの後、部屋に戻っても、ふたりのことが気になって気になって……壁に耳をつけてしばらくお隣の音を聞いてみたんですけど、なんでしょう。怒鳴りあう声しか聞こえないんです。
 『ずりぃよ』 とか 『殺すぞ』 とか。まぁケンカするほど仲がいいっていいますしね、なんて考えていたら眠くなっちゃって……いつの間にか僕としたことが寝ちゃったみたいです。

 昨日、悟浄は酒場にでも行ってたみたいですけど、このことを相談しようかどうしようかホント迷います。




腐男子八戒さん(2)へ続く