ハルシネィション(9)

你が驚いて振り向こうとするよりも早く。
 三蔵がその顔を殴りつけた。
 不意をつかれて、你の躰がふっとぶ。振り向きざまを殴ったので、カウンターパンチに近い威力があった。
「……ゲス野郎が」
 殴るだけでは足りぬとばかりに、院長は脚で倒れた你の腹を思い切り蹴った。革靴のつま先を効果的に使ってえぐるように打つ。你が躰を折って悶絶した。それを見下ろす三蔵の口元に酷薄な笑みが広がる。
「出て行け。これ以上、汚ねぇ顔みせるな。ぶっ殺すぞ」
 ドスの効いた低音で、三蔵は罵りの声を浴びせると、你医師を追い出しにかかった。たて続けに蹴りつけるようにして、ドアの外へと締め出した。
「院長! これは」
 鼻血を拭いながらも、你が弁解しようとする。
「うるせぇ。出て行け」
 取りすがる、你を怒鳴りつけて、二重ごしらえの厚い鉄のドアを三蔵は閉めた。無情にも重々しい音を立てて、ドアは閉まった。
 你が消えた病室はひどく静かになった。八戒の熱い吐息が空気をほのかに震わせているだけだ。 そんな部屋の中で、三蔵は暫く考えを整理するかのように立ちつくしていた。
 そして。
「く……くっくっくっく……」
 病室に不吉な笑い声を響かせて、三蔵は笑った。
 院長は八戒の方へとゆっくり振り向いた。
 その顔は、怒りのために血が引いて、白くさえ見えた。壁を背にして、床に座り込んでいる黒髪の青年を、紫色の瞳で睨みつける。
 冷たい目だった。
「この淫売が。本当に、男だったら誰でもいいのか」
 業火のごとく激しく冷たい口調だった。底の見えない激情を目の奥に湛えて、唸るような言葉が酷薄な唇から漏れる。八戒が、思わずその声に身を竦めた。全身をカミソリで切られるような、痛みにも似た感覚に襲われた。
 三蔵は本格的に怒っていた。怖かった。
「すげぇじゃねぇか。俺がここから出て行って一時間も経ってないのに、次の男を咥えこみやがって」
「違……! 」
 口答えなど許さぬとばかりに、三蔵が八戒の頬を打った。鋭い音がして、八戒が床に倒れる。
「どんなやり方で、あのカラス野郎を誘惑した? 言え」
 倒れたところへ、三蔵は馬乗りになった。四肢を押さえつけられて、八戒が身悶えする。
「違います……本当に……! 」
 八戒が悲鳴を上げる。
「俺がなんとなく気になって様子を見にくりゃ……どういう了見だ。この野郎」
 細いその躰から、服を剥ぎ取る。
「俺がこなかったら、あのままアイツにヤラせたのか。ええ? 」
「や……! 」
「詫びの言葉どころか、違う男に抱かれることでも考えてたんだな。許さねぇ。ふざけやがって。てめぇ、俺を裏切るとどうなるか、今度こそ、その骨身にしみさせてやるぞ」
 三蔵は、八戒の長い首に手を伸ばした。両手で締め上げる。
「ぐ……! 」
「殺すか。いっそ殺しちまうか。そうすりゃ、もう俺もこんな心配しないですむ。いっそ、そうするか」
 三蔵の声は本気だった。一瞬、自分の苦悩を完全に解決することのできる答えでも見つかったかのような表情を三蔵は浮かべた。確かに八戒さえいなければ、三蔵はこんな狂おしい感情に自分を失うこともないだろう。
 だが、
「さんぞ……さんぞ」
 躰の下で、苦しげに三蔵を八戒は呼んだ。
 黒髪を汗で額に張り付かせて、ひゅうひゅうと苦しい息の下から必死になって声を絞り出そうとしていた。
「さんぞ……がしたいなら」
 碧色みどりいろの艶やかな瞳が生理的な涙に潤んで光った。
「して……」
 激情に自分を失っていた三蔵だったが、思わずその細い声に聞き入った。
「殺して……」
 どこか誘惑すら滲むような言葉が、八戒の唇から漏れた。
「バカが……」
 苦しげな呻き声を院長は立てた。




 衣服は乱暴に丸められて、傍らに捨て置かれていた。白い裸身をさらけ出され、八戒は三蔵の躰の下に敷き込まれていた。
「……んっ……ひ……っ……う」
 殺風景な病室に、八戒の甘い声が響く。
「……俺が、お前を……せるわけ……ねぇだろうが」
「うっ……う……ん」
 喘ぎ声を抑えようとして、失敗する八戒の耳元で三蔵が囁く。乱暴に八戒は犯されていた。怒りを叩きつけられるかのような、三蔵の鬱憤を晴らすためだけのセックス。強引に躰を開かされていた。
 それでも催淫剤まで使われた八戒の躰は熱く、芯まで蕩けきっていた。勃ち上がってしまった前が、貫かれる度に揺れる。先走りの透明な体液を滴らせているそれを、院長は大きな手で握りこんだ。
「あ……! 」
 握り込まれた刺激だけで、八戒が逐情する。生温かい精液の感触に、三蔵が口元を緩ませた。淫らな躰だった。
「いやらしい躰だ……」
 八戒の耳元に低い声で囁く。
「約束破りやがって、この……」
 深く、変則的に打ち込まれて、八戒が熱く喘いだ。
「あっ……あっあ……ぅ」
 欲しがりすぎてわななく躰はひどく淫蕩だった。弾力のある粘膜に締め上げられて、三蔵が眉を顰める。
「きつい……そんなにイイか」
「さんぞ……ッ……さんぞ」
「他の男のよりイイか。言ってみろ」
「あッ……そんな」
 首を振る、八戒の喉元に、三蔵は噛み付いた。
「あぐ……痛ッ……! 」
 他の男など、知らないというのに、三蔵は信じない。
「……前、また勃ってきてるぞ。……イイんだろ」
「さん……ぞ! 」
 八戒が、すがるように腕を伸ばしてくるが、三蔵はそれに応えない。邪魔そうに、その腕を払いのけた。一方的に犯したいだけなのだろう。
 乱暴に、体位を換える。抱えていた八戒の脚を横へ倒し、突き入れている自分を軸にするようにして、しどけない躰を裏返した。
「……てめぇを人間扱いするのは、もう止めだ」
 ぞっとするような声だった。
「う……」
 うつ伏せにされて、八戒は頬を床へつけた。腰だけを三蔵に抱えられた。獣の体位で三蔵は、八戒と繋がった。
「あ……ぅ」
 深くね回すように貫かれる。尻だけを高く掲げさせられた恥ずかしい格好だった。
「いや……です」
 こんな体位は嫌だと、八戒は抵抗するかのように、顔の前に手をついた。そのまま、躰を起こそうとして失敗する。犬のように無残に犯されていた。
「あっ……」
 びくびくと八戒の背がしなる。腹につくほど反り返った前を、八戒はまたもや弾けさせてしまった。
 三蔵の口元に皮肉な微笑みが広がる。
「は……何度目だ。スキモノが」
 口元をつりあげて、侮蔑した調子で呟いた。八戒の背に、三蔵の汗が滴り落ちる。
「薬使ってるとはいえ……イキすぎなんじゃねぇのか淫乱」
 叱責するかのように、三蔵の平手が八戒の尻を打った。
「ひ……ぃ……ッ! 」
 八戒が、その大きな瞳をいっそう見開く。
 快楽の狭間での痛苦は、よりいっそう、快美感を煽る。打たれて、内部に咥え込まされている三蔵のモノごと腰が震えた。内壁に硬くて太いものがぶつかる感覚が、八戒を狂わせた。
「ああッ……」
 眉を寄せて悦楽の声を上げ続ける。よくて、よくてしょうがなかった。
「淫乱が。打たれて感じるのか。このドスケベが」
 三蔵が如何にも軽蔑したように言った。ついでに本当に唾を八戒の白い背へ吐いた。
「最低の淫売よりも、てめぇは最低だ」
 どこかに底深い怒りを滲ませて、三蔵は八戒を責め立てた。めちゃくちゃに打ち込んでくる。細い腰を限界まで開かせて、太くて硬いモノを残酷に奥へと咥え込ませて蹂躙する。肉棒で乱暴に突きまわした。
「あ……はぁ……あ……ん」
「……本当に、犬みたいだな。てめぇは。尻をこんなに振りやがって」
 嘲られても、腰の動きは止まらない。三蔵の言う通り、躰は勝手に快楽を貪り、動いてしまう。
「ん……」
八戒の目の縁から、涙がこぼれて流れる。頬を透明な涙が伝って落ちた。
「抜こうとすると、喰いついてくるぞ。そんなにヤリたかったのか。いやらしいヤツだ」
 躰を引くと、きゅ、きゅと締まり、絡み付いてくる淫らな躰を、三蔵は揶揄するかのように指摘した。
「言わない……でぇ……ッ」
「事実だろうが。淫売」
 そんな屈辱的なセックスだというのに、八戒は全身で快美を拾い上げていた。躰は肉欲の奴隷となって、三蔵の前に涎を垂らしてひざまずいている。躰の奥が甘く疼いて止まらない。
 やっと疼きが収まったと思うと、三蔵が甘美な情欲を乱暴に掘り起こして揺さぶる。八戒は喘ぎ狂った。
「イイのか。イイって言え」
 三蔵の無情な言葉に、八戒は屈した。
「イイ……イイッ……さんぞ……の! 」
「うまそうに奥まで絡みついてくるぞ。いやらしい躰だな」
「おいし……おいしい……さんぞ……の……ちんちん……」
 卑猥な言葉を呟きながら、我を忘れた八戒が尻を振りたてる。
「欲しかった……この……硬くて……太いの……が」
 打ち込まれる度に内側から湧き起こる快美に躰を震わせる。人と呼ぶには淫らすぎる姿だった。完全に獣に戻っている。
 その間も、絶え間なく突き上げながら、三蔵は八戒を苛んだ。
「犬め。俺との約束を守れない理由が、分かったぞ。てめぇが淫乱なだけの犬だからだ。てめぇを一瞬でも人間扱いした俺が間違ってた」
 自嘲の笑みに片頬を歪ませて、甘い躰を穿ち、肉筒を蹂躙する。し放題に八戒を犯した。
「約束……守っ……僕……ッ」
 三蔵の言葉に、八戒が口を挟んだ。既に快楽で、理性も意識もぐずぐずに崩れている癖に、『約束』 という言葉に八戒は過剰に反応した。
「自分でも……シテな……い」
「何ぃ? 」
 甘く舌を震わせ、切れ切れに紡がれる言葉に、三蔵がはじめてまともにとりあった。
「さんぞ……と……約束……し……自分で……スル……の」
 はぁはぁと、躰の芯を焼いて走る快感に喘ぎながら、八戒が必死になって言葉を継いだ。
「自分で……スルの……あッ……だめ……だって……」
 ときおり、甘い喘ぎが必死の弁明を中断する。声を上げそうになるのを我慢しながら、八戒は続けた。
「あ……あッ……だから……僕、我慢し……て」
「…………」
 可憐な言葉に、三蔵から一瞬怒りが去った。
 自慰すらも、三蔵が禁止したから、していないと言っているのだ。
 三蔵は後背位で穿ったまま、躰を前に倒した。貫かれる角度が微妙に変わり、内壁の思わぬところに力がかかって、八戒が身悶える。カフスの煌めく耳元に三蔵は囁いた。
「我慢したっていうのか。俺が言ったから、自分で扱かないで我慢したのか」
 淫らな問いだった。低音の声が八戒の聴覚も犯すかのようだ。背に密着する三蔵の肌の熱さを感じながら、八戒は後ろから犯された格好のまま喘ぐように言った。
「あっ……だって……ああッ……そしたら……さんぞ……いっぱい」
 喘ぎ過ぎて、閉じられなくなった唇から、唾液が床へと、とろとろと糸をひいて垂れ落ちる。
「いっぱい……くれるっ……て……いっ……」
 艶めかしい答えだった。三蔵が、出張から帰ってくるまで自慰を我慢できたら、褒美にいっぱい抱いてやると言ったから、我慢していたのだという。
「……この」
 まるで、殺し文句のような恥ずかしくも甘い言葉を臆面もなく吐かれて、三蔵が唸った。確かに三蔵は怒っていたが、こんなに可愛いことを呟かれては、怒りのもっていきようがなかった。
 惚れた弱みだった。怒りに代わって、湧いた熱い情欲のままに、三蔵は八戒の躰の奥をきつく穿った。
「あ……ッ! 」
「俺が、いっぱい欲しかったのか。そんなにコレが好きか」
 三蔵が思い切り押し込んでくる。八戒が床をひっかいた。爪を立てて、三蔵の与える淫らな快楽に耐えた。こくこくと、四つん這いになったまま、首を縦に振った。
「しょうのねぇ野郎だ」
 三蔵は呟くと、後ろからゆるゆると八戒の上で腰を振りながら、抱いているその背に舌を走らせた。びくびくと背がしなる。
「ひッ……! 」
 仰け反った胸へ、指を這わせた。色づいた尖りを捏ねるようにして摘まみあげる。
「あ……ッ……ん」
 胸を指で愛撫したまま、その首筋へと舌を這わせた。八戒の後ろが、三蔵を呑み込んだまま、ひく ひくとひくつく。尻がおいしいと訴えるかのようにくねった。目を焼くような淫猥な動きだった。
「分かった。抱いてやる。眠らせてやらねぇからそう思え。お仕置きだ」
「さん……! 」
 喜悦の声が細く長く八戒の唇から漏れる。そのまま、三蔵は後ろ抱きに、八戒の躰を抱き上げる。
「あ……! ああッ……」
 八戒は硬直したように躰を震わせた。躰の芯にするどい快楽が電撃のように走り抜けた。三蔵が、躰を後ろ抱きのまま、膝の上へと抱き上げたのだ。
 座位で深く繋がることを求められて、八戒が躰を痙攣させる。自分の自重で深く繋がったときに、もう既に再び前を放ってしまっていた。
「またか。何回イケば気が済むんだ。ん? 」
 三蔵は淫靡な仕草で、放って多少硬度の落ちたそれを指で扱いた。まだ尿道に留まっていた白い体液がつぷと玉のように鈴口に滲み、三蔵の手を濡らしてゆく。
「あぅ……ん」
 イッたばかりのそれを嬲られながら、後ろも穿たれる。
「はぁ……はぁ……さんぞ」
「動くぞ。いいな」
「ん……! 」
 捏ねるように腰を回され、突き上げるようにされて、三蔵の膝の上で、八戒は踊るようして乱れた。
「イイ……さんぞ……イイ」
 びくびくと熱い肌を震わせて八戒がよがる。
「イッちゃう……こんなにイッちゃうと……」
 乾いた唇を舌で潤した。ぞっとするような色気が立ち上る。
「死んじゃう……もう、僕……だめ」
 がくがくと躰を揺さぶられ、三蔵の求めのままに犯される。躰を仰け反らせて、与えられる甘い責め苦に耐えた。
「ああ……も」
 吐息を吐きながら、腰をくねらせる。
「殺して……さんぞ……さんぞ……になら……僕は」
「黙ってろ」
 叱りつけるようにして、院長はしどけないその躰を、最後まで残さず貪ろうと突き上げだした。
 突き回されて、翻弄されて、八戒が啼き声を立てる。
「八戒……! 」
 三蔵の腕がきつく八戒の躰を抱きしめる。
「あ……」
 躰の奥に、三蔵の熱い飛沫が広がるのを感じて、八戒は自分もまた達してしまっていた。
「さんぞ……さんぞ」
 力の抜けた躰を、三蔵が受け止めた。はじめて優しく口づけた。
「俺から逃げるんじゃねぇ」
 拗ねたような院長の言葉に、八戒が口元を綻ばせる。
「僕が……逃げるわけ……ないじゃ……」
 艶めかしく熱い汗を浮かべて微笑む八戒の額に三蔵は口づけた。
「信用ならねぇ」
「さんぞ……」
 今度は正面から抱きしめられて、八戒は躰を震わせた。
「お前は約束を守らねぇが……俺は」
 三蔵の口元に人の悪い笑みが広がる。
「俺は約束を守るぞ、八戒」
 抱かれすぎて腰が抜けている八戒を抱えなおした。正常位の体位で貫いた。
「あぅ……ッ」
 放出して、少しは硬度が落ちたとはいえ、十分に凶暴な三蔵の怒張が再び埋められる。思わず息を詰めて八戒は耐えた。耐え切れない喘ぎが唇から漏れる。
「いっぱい……シテやるって……確かに約束したな」
 そのまま、円を描くようにして、捏ねまわされる。
「あっあっ……さんぞ! 」
 再び、八戒の表情が、だらしなく蕩けてゆく。三蔵の性器の感覚がよくてよくてしょうがなかった。どうしようもなく、きゅうきゅうと後孔で締め付けながら、惑乱する快美感にのたうちまわる。
 
 八戒はその夜、三蔵の躰の下で狂い咲いた。夜は熱く更けていった。




「ハルシネィション10へ続く」