ハルシネィション(10)

職員用ロビーに張り出された異例の人事異動に、病院に勤める人々は、目を見張っていた。
 そんな忙しない空気を破って、どこか人を小馬鹿にした声が響いた。
「オハヨーございます」
 背の高い、眼鏡をつけた、カラスのような男。それは、你健一だった。まだ、着替えていない、出勤時のスーツ姿だった。
 皆、何故か你の視線を避けるかのようにして、声をひそめて会釈した。
「先生、おはようございます」
「おはようございます」
紋切り調に挨拶の言葉を口々に述べると、そそくさと立ち去ってゆく。
「……? 」
訝しがりながら、你はロビーに張り出された時期外れの異動通告を眺めた。
「なるほど」
 舌打ちして、口元を歪めた。
 張り出された紙には、こう記されていた。

『你健一医師、閉鎖病棟主任の職を解く。院長』

 你に、降格を命ずる人事異動の告知だった。ヒラの病棟医に戻れと言っているのだ。
「なるほどねぇ……やってくれるじゃない? 」
 你は白く眼鏡を光らせた。要するにそれは左遷通告だった。普通ならば、院長、副院長の下に当たる肩書きを、你はあっさりと剥奪されたのだ。
 この異例の人事のために、会議や打ち合わせが医局や病棟トップとの間、いや事務方との間でだって、された形跡はなかった。
 現に、傍らを行過ぎていく、事務総長の顔は反応に困って引き攣っている。いかなる根回しも、この件について、された痕跡はなかった。
 ワンマンなあの院長のやることらしかった。
 明らかに三蔵の報復人事だった。你はもの凄い形相で、その人事通告を睨みつけた。
通告の貼られた、白茶けた病院ロビーの壁の色が、妙に寒々しい。
「院長……アンタ、確かにイイ性格してるよね」
 你はよりいっそう口元を歪めた。目は笑ってはいなかった。顔から血の気がひいている。
「まぁ……覚えといてよね。借りは返すから」
 你は捨て台詞を吐いた。屈辱だった。長年勤め上げた病院で、自分の今まで築き上げた地位をあっさりと崩され、足蹴にされ、馬鹿にされたのだ。こんな屈辱はなかった。
你は血が滲むほど唇を噛み締めた。このままで、終わるわけにはいかなかった。






 同じことの繰り返しだった。
 上階の保護室から、地下の特別病棟送りにされたものの、八戒の立場はやはり同じだった。また以前と同じことの繰り返しだった。
 三蔵の性処理人形。そして、八戒はそんな立場を甘んじて受け入れていた。悟浄との生活でも、三蔵の施した洗脳は完全には解けなかったのだ。




 地下に閉じ込められてから、八戒の白い肌はいよいよ白くなったようにも思われた。
 蒼みを帯びるほどに透き通った肌、艶めかしい切れ長の目元には妖しいような色香が漂い、濡れたような輝きの黒髪がさらさらと揺れる。
 三蔵の仕込みに応じるようにして、生来の整った容貌は、更に凄艶なものに変容していった。
 恐いくらいに整った、震えのくるほど整った顔立ちの青年と、薄暗い闇の中から白衣をひるがえして彼の元へ夜な夜な訪れる、金の髪をした美貌の病院長。
 背徳的なふたりの関係は、秘密裡に綿々と続いていた。
 勤務時間が終了すると、院長は八戒の元へ飛ぶようにして現れた。
 通うというよりも、まるでそれは、舞い戻るとでも表現する方が適当なくらいの執心さだった。お互いを貪りあうようにして夜の闇を分かち合い、八戒は三蔵に求められるがままに躰を開き、たびたび、その肉を犯されたまま泥のように眠った。
 朝、目が覚めるといまだに突き入れられたままなのに気がつき、目元を染めて恥じらっていると、そのうち起きた三蔵に再び抱かれてしまう。そんなこともたびたびだった。
 甘い歓喜を供にして、躰と躰が蕩けて境界のなくなるような甘美な日々をふたりで過ごしていた。
そんな毎日だった。








 ある夜。
「出張土産も買っていたんだがな」
 三蔵は不機嫌そうに言った。自分の出張の間に逃げ出した八戒を暗になじっているのだ。
 白衣を着込んだ、勤務直後といった姿でぶつぶつと言っている。八戒も浴衣をきちんと着ていた。穏やかな笑みを浮かべて、三蔵の話を聞いている。
「食い物が多かったからな。腐っちまったから捨てたぞ。誰かさんがちゃんとおとなしく待ってなかったものだからな」
 三蔵の口調は大人げなかった。生意気な幼年期の男の子を思わせる、拗ねた口調だった。
 八戒は瞬間、幼い頃の三蔵をひそかに垣間見たような気がして、口元を弛めた。好きな人の新たな一面を知るのは、嬉しいことだ。
「うまそうだった。一緒に食べようと思っていたんだがな。……ったく」
 ご丁寧に舌打ちまで添えた。狭い病室だというのに、猛然とタバコをふかしている。マルボロの煙で視界が白くなりそうだ。
「さ、三蔵。もし台所とかに連れて行ってもらえるなら、何か美味しいものとか僕、作れますよ。料理けっこう得意で……」
 必死に宥めようとする八戒を横目に三蔵は口をとがらせた。
「馬鹿が。てめぇみたいなのをここから出すわけ、ねぇだろうが。危なっかしい」
「…………」
 八戒は嘆息して、天井を仰ぎ見た。備え付けの蛍光灯までもが鉄の網で覆われている。
 そう、ここは鉄格子のまった特別病棟だったのだ。そして、八戒は厳重に監禁されているのだ。
「まぁ、なんだ。その代わりだが」
 三蔵は、傍らに置いてあった大き目の紙袋から、ふわふわとした薄緑色のものを取り出した。
「……タオルですか? 」
「ああ、なんだかな。学会主催からもらったぞ。タオルも愛媛県名産らしいな。最高級品とかいうヤツらしいぞ」
 そのまま、八戒の躰に大判のタオルを照れたように被せた。
「ぶっ」
 突然被せられて、八戒がむせる。
「やる。ま、使え」
 柔らかいパイル織りの肌触りが優しかった。ふわりとした風合いに、思わず頬を寄せたくなる。
 軽くて、つかんだ感触がひどくしなやかで柔らかかった。確かに高級品というのは、嘘ではないのかもしれない。ちょうど八戒の瞳の色を薄くしたような綺麗な色合いだった。
「……ありがとうございます」
 八戒はうれしそうに礼を言った。
「お風呂のときにでも使わせていただきます」
 好きなひとからもらえるものならなんでも嬉しいと、いわんばかりの表情を浮かべ、八戒は幸福そうに微笑んだ。
「それから、これは……出張みやげじゃないんだが」
 あくまでも、ついでというふうを装って、三蔵が白衣のポケットから、何かを取り出した。
 八戒が目を丸くしてその手元を覗き込む。初めて見た時、それがなんなのか、とっさには理解できなかった。
 その贈り物は、意表をついていた。
 濃い茶色の丈夫な細い革でできていて、銀色の鋲がその周囲を一周して打ってある。
「お前の髪の色に合わせてやったぞ。喜べ」
 それは、犬の首輪だった。大型犬用だろうか。鎖を繋ぐための金具もついている。
「お前専用に特注で作らせた。それから、これは……」
 三蔵はご丁寧に鎖も取り出した。
「オプションだ。今から繋いどいてやろうか」
 鎖が、音を立てて鳴った。三蔵は、両手でそれを左右に引っ張って見せた。頑丈そうな鎖だった。
「細く見えるが、ダイヤモンドカッターでも切れないそうだ。よかったな」
「三蔵……」
 八戒が驚愕に目を見開く。信じられない事態だった。
「どうして……」
 一瞬、相手の正気を疑った。
「てめぇが逃げ出したときにな」
 三蔵は淡々と言った。怒りが滲んでいる声ではなかったが、淡々としている分、鬼気迫るものも感じられた。
「俺は分かった。てめぇが、犬だってことがな」
 三蔵はきっぱりと言ってのけた。真剣な表情だった。冗談で言っているのではなかった。
「優しくしてくれる野郎がいると、誰だろうとついていっちまうんだろ」
 一度逃げ出した八戒を信用できずに、こんな地下の特別病棟などに入れただけでは飽き足らず、今度は犬のように鎖で繋ごうというのだ。
「三蔵! 」
 もう、八戒は三蔵の名前を繰り返し叫ぶだけだった。
 この間、確かに最初は乱暴だったけど、最後は蕩けるように優しく抱いてくれて、誤解は完全に解けたと思ったのに。
 でも、
 三蔵は完全に八戒を信用したわけではなかったのだ。
 いいや、最初から信用などできるはずがなかった。院長が嵌まりこんでいるのは、恋情の地獄、恋の闇路とでも呼ぶべき種類のものだった。
「うるせぇ。繋ぐったら、繋ぐぞ。二度と逃げ出すなんて考えられんようにな」
 美しい紫暗の瞳の奥に、狂気が潜んでいる気がして、八戒は思わず三蔵の顔を覗き込んだ。端麗な美貌のせいか、この上なく冷たく見える。
「三蔵、あなたは……」
「首を出せ、つけてやる」
 三蔵は革の首輪を手に持った。金具を外して、八戒に嵌めようとする。八戒は、観念したように、目を閉じた。

 好きなひとからもらえるものなら、なんでも嬉しい。

 確かにそれはそのはずだった。確かにそれはそうだった。
 でも、このプレゼントは、どう受け取るべきなのだろうか。





「似合うな」
 三蔵は革の首輪を眺めながら、満足げに呟いた。見下ろす視線の先では、八戒が三蔵の脚の間へ顔を埋めている。
 着ていた病衣は、無残に剥ぎ取られていた。身につけているものといったら、耳のカフスと、革の首輪だけだ。後は一糸纏わぬ姿だった。
「っ……相変わらず……すげぇ」
 ぴく、と顎を反らせて精悍な眉を寄せる。八戒の濡れた舌の感触をよく味わおうとさらに腰を突き出した。
「もっと、舌を使え。そう、そうだ」
 八戒は求められるがままに、舌先で三蔵の割れた先端をつついた。三蔵が奥歯を噛み締める。
「……相変わらず、ベルベットみてぇな舌だ……たまらねぇ」
 片手で押さえ込んでいた、八戒の後頭部を優しく撫でた。黒髪が三蔵の指の間から、さらさらとこぼれる。三蔵は白衣の前を開け、ジッパーを下ろして寛げていた。突き出した怒張で八戒の口内を犯していた。
「本当に似合う」
 三蔵は、八戒の首に嵌められた革の首輪をひっぱった。ぴったりとしたそれは、まるでチョーカーのようで、八戒のしなやかな首の線を更に強調していた。気のきいた飾りに見えた。
「お似合いのアクセサリーだな。他の何より、似合うぞ。その耳に嵌まってるカフスと同じくらいな」
 ぴちゃぴちゃと、股間に顔を埋めるようにして、八戒は三蔵に奉仕していた。
「それに、そうしてると……」
 三蔵は人の悪い笑みに顔を歪めた。
「本当の犬みてぇだぞ」
 嘲るような、三蔵の口ぶりに、八戒の動きが一瞬止まった。
「……なんだ。文句でもあるのか。休むんじゃねぇ」
 三蔵が足で、八戒の脇腹を軽く蹴った。
「う……」
 八戒のまなじりに涙が浮かんだ。大きなもので、喉をえづきまわされて辛かったし、精神的に嬲られているのも少し辛かった。
「はむ……」
 それでも、けなげにも、八戒は三蔵の一物に舌を走らせていた。舌先で舐め上げる。
 口を外すと、横から、ハーモニカを咥えるときのように軽く啄ばみ、舌先を使ってなぞり上げた。
 それも、これも三蔵が仕込んだことだった。
「ふん……そろそろいいか」
 ぐぽ、と生々しい音を立てて、八戒の唇を外した。
「今度は俺が舐めてやる」
 三蔵はそう言うと、八戒の上へと躰を屈めた。しなやかな躰を引き倒す。
「さんぞ……! 」
「もっと脚を開け……なんだ、お前」
 三蔵は唇の端をつりあげた。
「……俺のを咥えただけで……こんなか」
「あっ……」
 恥ずかしさに、八戒が目元を染めた。三蔵が指摘するとおりだった。
 敏感で淫らな躰は、三蔵のを頬張っているだけで、興奮して張り詰めてしまっていたのだ。ぬるり、と先走りの液を塗り込めるようにして、三蔵の長い指が屹立に這わされた。
「……イッちまいそうだな。てめぇ」
 くっくっくっと愉しげな三蔵の笑いが、病室に反響する。
「ったく」
 三蔵は、ぐいとばかりに八戒の躰をよりいっそう開かせた。淫らな視線はひくついて震えている後ろの窄まりに落ちている。
「いや……さんぞ! 」
 八戒が止める間もあらばこそだった。
 三蔵の唇は、八戒の後ろへ落ちた。舌が、柔らかな粘膜をつつく。
「あ……ぐぅ」
 衝撃すら感じるような電撃的な快楽が肌を焼いた。三蔵は敏感な反応を笑うかのように、舌をいっそう奥へと挿入する。
「ひぃ……う」
 ぶるぶると八戒の全身が震える。ぴちゃぴちゃと卑猥な音を立てて三蔵は後孔を愛撫した。入り口をぐるりと舌でなぞり上げる。広げるようにして舐め啜った。
「あ……っ……あ……んッ……だ……めぇ」
 思わず舌っ足らずになる甘い喘ぎが三蔵の耳を心地よく刺激する。べたべたにして舐め溶かすように舌を這わせた。
「くぅ……くぅ……ッ」
 感じすぎて、尻肉がぶるぶると痙攣する。
「イッちゃう……も、イク……」
 容赦ない拷問のような快感を連続で与え続けられて、八戒が痙攣して仰け反った。
 とたんに、三蔵の骨張った指で、きつく根元を塞き止めるかのようにつかまれた。
「あ……やぁ! 」
 イキたいのに、邪魔されて八戒が身悶える。三蔵はもう片方の手で腰をつかみ、逃げようとする腰を押さえつけると、舌でひくつく孔をぺろりと舐り上げた。
「あうッ……ああ……んッ」
 精路を指で容赦なく圧迫され、塞き止められているのに、愛撫の手は緩まない。八戒が狂いそうな快美に耐え切れず身をよじった。
「許し……て、許して……」
 熱い喘ぎが三蔵の耳朶を心地よく打つ。
 しがみついてくる八戒に構わず、三蔵は八戒の性器を縛めたまま、後ろを突然、穿った。容赦なく熱い三蔵の怒張が挿入されいっぱいになる。
「あ、ああッ……あ―ッあー……! 」
 八戒は貫かれて、躰を痙攣させた。三蔵の手の中で、八戒のモノがびくびくと痙攣する。
 とっくに達してしまいたいのに、許されない拷問のような感覚に、八戒は狂いそうだった。
 三蔵の指の圧迫を逃れるように、ちろちろと、白い体液が精路から滲むように垂れてくる。生殺しのような快楽だった。
 本当だったら、堪え性のない淫らな躰は、三蔵が突き入れたのと同時に達してしまうところだったのだ。
「ったく。たまには最初から最後まで一緒にイッてみたくねぇのか」
 三蔵は、八戒の躰の上で腰を振った。八戒はその下で翻弄されてよがり身悶える。
「ああ、ダメできな……」
「堪え性がなさすぎだ、てめぇは。少しは我慢しろ」
「う……」
 涙を滲ませて、八戒がしどけなく三蔵の腕に頬を寄せる。潤んだ瞳がきらきらと光を反射して美しい。
「俺がイッたら……イッてもいい。飼い主より先にイクなんざ……生意気だ」
「あ……、ああぁ……っ」
三蔵に突かれる度に腰が浮いてしまう。快感の波紋が八戒の躰を浸食し、整った唇から美しくも悩ましい音を漏れさせる。
「ひ……っ……さ、さん……ぞ」
 三蔵が淫らな腰使いで打ち込んでくるたびに、八戒が身をくねらせて悶える。三蔵の指で縛められている屹立の先からは透明な随喜の涙が後から後から滴り落ちた。
「あ、あっ……あぁ……ぁ」
 精路が淫らな白濁で満ち、三蔵の指の圧迫をわずかに逃れたものが滲み出す。よがる八戒にかまわず、三蔵はそのしどけない躰を責めたてていった。
「く……! ぅッ……っ」
 八戒が喘ぎ、身を仰け反らせる。三蔵に突かれるたびに、快美感が大きく耐え切れぬほど強くなっていった。
 抱えられた脚が、爪先まで突っ張り、細かい痙攣が肉に走る。極まるとそのまま、崩れるように力が抜け、感じ過ぎてぐったりとしてしまう。
 そんな艶めかしい躰を三蔵は食い荒らすかのように、激しく腰を使って蹂躙した。その繰り返しの波が短く激しくなってゆく。
「あ、ああっ……だめ……さんぞ! 」
 深い快楽に喘ぐ口は閉じることもできない。口端からとろとろと唾液を滴らせて、悦楽に狂った。
 三蔵が後孔を穿つたびに、八戒の鈴口からはとろとろと精液が漏れる。
 漏らし続けながら、後ろを陵辱され、肉筒と三蔵の肉塊が接触し、擦られる粘膜の狭間から、陶酔感のある快美が湧き起こり、八戒を深く酩酊させ狂わせる。
「ひぃ……ッ……ひぃ……あ! 」
 前と後ろからの絶頂感が、途切れることなく続き、八戒は淫らに悶え、三蔵の雄を咥えこんだまま、狂おしくよがり喘いだ。
「あ……死んじゃう……も……だめ……で……」
 極まったときの啜り泣きの声が喘ぎに混じる。凄艶過ぎる懇願を三蔵は無視して、ひたすら抱いた。額に快楽の汗を浮かせて、情欲に取り付かれた院長は陶酔しきった表情で八戒を味わい尽くしている。
「許して……さん……ぞ! も、……もう……あ、ああっ」
 前も後ろも同時にひどい快楽に達して、しかし達しきることを許されず、八戒は悲鳴を上げていた。達し過ぎて、極まりすぎて、もうおかしくなりそうだった。脳も、精神も蕩けて狂って正常に戻らないかもしれない。そこまでの深い悦楽に嵌まりこんで、八戒は泣き出した。
「あ……ぅ……ひぃ……ぅ……ッ」
 唇からは悩ましい声が絶え間なくこぼれ落ちる。三蔵はわななく唇をそっと自分のと合わせて、舌先で舐め上げた。
「すっかり、男なしじゃ過ごせねぇような、やらしい躰になっちまったな。八戒」
 脳まで犯すような低音の声が甘美に耳元で響く。
「俺なしじゃ生きていけねぇか? これじゃ、……もう、俺に抱かれなきゃ一夜だって過ごせねぇだろうが」
「あ……あっ……ん……」
 八戒が首を振るたびに革の首輪がその存在を主張する。付属の銀の鋲がきらきらと輝き、倒錯的な飾りのように八戒を引き立てていた。三蔵は突き入れたまま、その首輪と肌の境目を舐めた。もう、何をされても感じてしまう、恍惚境に陥っている八戒が躰を突っ張らせて硬直した。
「あ……ぐぅ……ッ」
 前から後ろから、三蔵に舐められる首筋から、惑乱するような快美感が腰奥へ集中する。
 それは快楽の中枢を焼き、八戒の神経を寸断して白く染め上げてゆく。感じ過ぎて動けなくなった躰を執拗に穿った。快楽で硬直している躰は淫らだった。四肢が快美のあまり、動けなくなっても、三蔵を咥えこんだ粘膜だけは、ひそかに淫らに蠢いていた。肉筒は三蔵に絡みつき、きつく締まった。
「……すげぇ、しゃぶりついてくるな。お前のココは」
「……! 」
 張り出した亀頭をぎりぎり先端まで抜くと、次の瞬間勢いよく深く埋め込んだ。
「あ! ああぁ! あっ……ッ」
 八戒が白目を剥くようにして、淫靡な快楽に耐えた。もう、限界だった。閉じられない唇からのぞく舌先までもが、拷問のような悦楽にわなないて震えている。
 それでも前から汁をこぼす淫らな屹立は、三蔵の手でせき止められ、爆ぜることを許されない。八戒は狂うしかなかった。きゅう、と三蔵が抜きかけたときに、窄まりが締め付け、三蔵の肉冠をめちゃくちゃに絞り上げる。
 あまりの淫乱さに三蔵が口端をつりあげて嗜虐的に笑った。
「なんて、淫乱な犬だ。てめぇは」
 言葉とは裏腹に優しい所作で、三蔵は八戒に口づけた。
「……俺が仕込んでやる。俺がずっと抱いててやるぞ……八戒」
 自分の昂ぶりが、八戒の中でもみくちゃに絞られ形を変えるほどに絡みつかれる感触に、三蔵が喜悦のあまり、その精悍な眉を寄せた。
 もの凄い快感だった。
 貫くたびに、八戒の精路には白濁液が満ち、噴出する先を求めてひたすら腰を悶えさせている。
「ああ、あっ……あっ……」
 俗にいう、『イキっぱなし』という状態になった八戒が官能の海に溺れ、三蔵に助けを求めて全身でしがみついた。
 怒張に肉筒が絡みつき、無意識に揉みしだくたびに、八戒は三蔵のオスの容を直接的に確かめてしまい、その感覚は焼けるように淫らで、八戒を更に一段と深い喜悦の奈落の底へと叩き落とした。
 悲鳴をあげて仰け反って痙攣しだした。
「『トコロテン』 ……のひどいヤツか。俺のが入るたびに……イッちまうのか。すげぇな」
 八戒の耳元で低音の声が卑猥に囁く。
「こうすると……」
 三蔵は腰で捏ねるような動きをした。円を描くようにして、八戒の細腰を攻め立てる。
「あ……あ! 」
 たちまち、前の屹立から、白い蜜液があふれてくる。三蔵の指によって押さえつけられている精路の隙間から淫液は滴り、八戒をつかんでいる三蔵の指をしとどに濡らした。
「……そんなに……イイか……すげぇ、やらしい……こんなに汁出しやがって」
 くっくっくと三蔵は心地よさげに笑った。ひとを一段と深い性の恍惚境へとひきずりこんでおいて、美貌の院長は反省もしていないらしい。
 いや、これこそが三蔵の待ち望んでいたことなのだろう。
 夜毎、八戒が自分を求めてよがり泣くようにしてしまうことこそが、院長の調教の目的なのかもしれなかった。
「一緒に……な……」
 三蔵は腰使いを激しくしていった。それに合わせるようにして、八戒も腰をよじりまわし、喘がせる。
ひときわ深く奥を抉り、突きまわしたとき、八戒の屹立から指を離した。
「あッ……あ、ああっ…………! 」
 快感の痙攣を起こして、八戒は前を爆ぜさせた。白い濁液が飛び散る。くねらせ、震える腰を引き寄せるようにして、三蔵も達した。熱い奔流が八戒の中に放たれる。
「……ッ」
 悦くてしょうがないとでもいうように、院長は舌先で自分の唇を舐めた。
 息も継げぬほどに感じきって、喘いでいる八戒を躰の下に敷きこみ、見下ろすようにして、その達する様子を仔細に観察していた。
 白い八戒の肌は上気して、桜でも全身に散らしたかのように染まって美しい。快楽の汗で額に黒髪が張り付き、実に艶めかしかった。喘ぎ抜いて閉じられぬ口の端からは、淫らな唾液がとろとろと滴り落ちて、シーツに染みを作っている。ぴくんぴくんと痙攣する躰を三蔵は愛しげに抱いた。
 そして、
 深く付け根まで突き入れていた怒張を揺するように腰を振った、八戒がその淫らな感覚に思わず呻き声をあげた。
 その反応に満足するかのような笑みを片頬に刻むと、三蔵はゆっくりと自分を抜き、引き出した。
放出した白い粘液が肉筒をねっとりと滴り、下がってくる妖しい感覚に八戒が狂った。背筋を焼くように淫らな感覚が走り抜けて、思わず噛み締めた歯の間から鼻に抜けるような甘い吐息を漏らす。
 すっかり抜き出すと思わせて、その張り出した亀頭の先端で少し外まで漏れた精液を掬って押し込めるような動きで三蔵は再び穿った。
「あう……ッ あ、ああっ……やぁッ……やめ」
 太い部分が、内部に放たれた濁液を掻き混ぜるように押し戻される。空気が入り込んで、卑猥で露骨な音が立った。
「こういうのも……スキだろうが」
 一度、放出されたとはいえ、まだ十分に硬い三蔵の怒張が注ぎこんだ精液をかきまわし、すりこむようにして捏ね回してくる。
 八戒はもの凄い刺激にほとんど叫んだ。
「いや……! やぁッ……! 許してぇッ……! 」
 首を横にむちゃくちゃに振って逃れようとしたが、当然許されなかった。三蔵の飼い犬である証明の首輪が甘美な汗で濡れて光を放つ。注ぎ込まれた三蔵の白濁液は、八戒の体温で温められ、肉筒の中で沸騰しそうになっていた。惑乱するような妖しい感覚の連続に八戒は今度こそ、気を失いかけた。
 それにかまわず、三蔵は抽送を激しいものにしていった。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を接合部で立てて、八戒を再び犯す。
「ああ、ダメ……も……さん……ぞ! 」
 とろとろと、前から白い汁を吐き出しながら、八戒が痙攣する。腰を悶えさせ、絞るようにして、三蔵の与えてくる凶暴なまでの快感に耐えようとした。きゅうきゅうと三蔵を、注ぎ込まれた淫液ごと、締め付けてしまう。痙攣と、収縮と、弛緩を繰り返して、極みに達し続けている。
「……八戒」
 注ぎ込まれた快楽の飛沫は、八戒の肉筒を焼き蕩かすようだった。もう、意味をなさないうわごとを吐きながら、八戒は三蔵の下で翻弄され、腰をくねらす獣にまで堕ちていた。
「あ、あぅ……も、やぁ……」
 そんな、八戒を三蔵は許さなかった。
 整った顔に、苦悶と歓喜の表情を交互に浮かべて恍惚境で彷徨う八戒を、三蔵は抱きつづけた。
 行為の激しさのあまり、漏れた淫液が捏ねまわされて、泡立つほどになっている。一突きするごとに、性の深い喜悦に陥って、イキ続ける痴態を晒す八戒を愛しげに院長は抱きしめた。
「……もう、離さねぇ。お前の飼い主は一生この俺だ。いいな」
「あうッ……」
 八戒は嵌められた首輪をさらして仰け反るとそのまま、三蔵の腕の中で一度、気を失った。
 それでも、解放されることはなく、その夜は三蔵の腕の中で狂態を晒し続けることを求められ、うつつとも思えぬ快楽の狭間で、八戒は夜が明けるまで、三蔵に抱かれ続けた。



「ハルシネィション11へ続く」