ハルシネィション(4)

「なんでだよ! 被害者の八戒がどうして 『保護室』 送りなんだよ! 」
 悟浄は叫んだ。あっという間に、同僚の看護師数名に取り押さえられる。
「八戒! はっか……」
 八戒を守ろうと、腕を伸ばして駆け寄ろうとして、悟浄は周囲に阻まれた。凄い力で四方八方から取り押さえられる。
八戒は数名の看護師によって、手早く服を着せられさらうように連れ去られた。悟浄の視界から、その痩躯そうくが瞬く間に消える。
「ふざけんなよ! ちくしょう! 」
 獣のような唸り声を上げて、悟浄は怒鳴る。助けられなかった。あの、幸薄そうな綺麗な人を。あの儚げな美人さんを。あのひとが笑うところを、ずっと見ていたかったのに。
 まだ、何も始まってもいないのに、こんなところで引き離されてしまうなんて。
「院長命令だ! おとなしくしてろ! 」
 看護師の一人が悟浄に押し殺すように囁いた。
 それを聞くなり悟浄は力任せに、その看護師に肘鉄を喰らわせ、逃れようと取り押さえられていた躰をひねった。
 そこを大勢の力で無理やりに腕を逆さにしてじ曲げられ、殴りつけられて床に抑えつけられる。完全に多勢に無勢だった。悟浄は怒りを込めて言った。
「院長命令だかなんだかしらねぇけど、こんなことってあるかよ! 」
「まぁまぁ」
 そのとき、ひとりの男が悟浄の前に立った。
 白衣を着たぬえのような姿だった。冴え冴えと整った横顔、漆黒の夜に例えるべき髪の色、知的な癖に底の見えない虚無を抱えた、どこか濃い死の香りのする男。
 閉鎖病棟を担当する医師の你健一だった。
「悟浄くん……だっけ?  もう、無理だよ、だって八戒ちゃんはもう、こっち側のヒトだからね」




 保護室とは、精神病院において、自傷、他傷の恐れのある患者を隔離、保護するための部屋である。その作りは限りなく独房に近い。
 そもそも保護室とは誰のものなのだろう。保護されるのはそこに入れられる患者か、それとも周囲の人間達か。それには恐らく誰も答えてはくれないだろう。

 看護師達によって悟浄と引き離された後、八戒は閉鎖病棟の保護室に引きずっていかれた。
 そうした荒事に慣れきった看護師達が数人で八戒を取り囲み、担いでいく。
 閉鎖病棟の二重に掛かった古い鉄格子の扉が嫌な金属音を立ててきしむように開いた。
 今まで八戒がいた新設の開放病棟と異なり、閉鎖病棟の方はもう築三十年以上は経とうかという、古ぼけた建物で凄みがあった。
 如何にも不吉な建物だった。
 八戒は叫んだ。
「待って下さい! 勝手に僕の同意も無しに! 閉鎖病棟の保護室? どうして僕が……」
「暴れるようならセレネ―スでも先生に筋注してもらうか」
 看護師達は取り合わない。患者が暴れるなどよくあることであるし、なにより院長命令は絶対なのである。
「どけ」
 そのとき、看護師達の後ろから声をかけるものがいた。
 三蔵だった。白衣をひるがえして近寄ってくる。最上位の天使のように華麗なくせに冷酷な姿だ。
「僕は承知してませんよ! こんなこと! もう僕は退院するんです。僕は……」
 八戒は三蔵に向かって喚いた。三蔵が口端を釣り上げて笑う。古い遺跡のレリーフに刻まれた邪神を連想させる嗜虐しぎゃく的な微笑みだ。
 しかし、話す口調は実に慇懃いんぎんだった。
「猪さんの今の状態は危険です。急性期と呼ばれる状態に現在ありますね。我々にはあなたを保護する義務があります。また、今まであなたに対して行ったテストやカウンセリングの結果をみますと、DMSという観点からみて人格障害系の疑いがあります。自傷、他傷いずれかの可能性があるでしょう。なにより衝動的な人格があり、いわゆるDepersonalizationへと悪化する可能性すらあります……」
 三蔵は如何にも医者らしく、とうとうと説明をした。
「何を言ってるのかさっぱり分かりませんよ!」
 八戒が血相を変えて叫んだ。
「うるせぇ」
 三蔵の口調ががらりと変わった。
「同室の野郎を誘惑しておきながら、てめぇ淫乱症の自覚がなさすぎなんじゃねぇのか? 俺がお前に相応しいところに招待してやろうってんだよ」
「……信じられませんよ。あなたみたいな医者がいるなんてね。人権委に訴えて……」
 八戒は最後まで喋れなかった。
「セレネ―ス 」
 三蔵が言った。看護師の方を一瞥いちべつすらせず、絶対者然とした調子で片手を突き出した。その手にすぐさまうやうやしい仕草で太い注射器が渡される。まるで最初から用意されていたかのような手際のよさだった。
 八戒はそれを見て、途端に逃げようとめちゃくちゃに暴れたが、すぐに看護師達に押さえつけられた。
 屈辱的にも下履きを無理やり引き落とされて、き出しにされる。一瞬、腿に三蔵の冷たい彫像のような手が触れた。
 通常の注射の数倍は痛い筋肉注射の強烈な感覚の後、殴られるような麻酔薬の眠気が八戒を襲い、意識を失った。



 悟浄は目の前の、どこか死の香りのする不吉な男を鋭い目つきで睨み上げていた。
「なんだよ、あんた! 」
「まぁまぁ」
 你は相変わらず悠揚迫らぬ口調だった。人の悪い笑みに唇を歪めたまま、看護師達に取り押さえられている悟浄を上から見下ろしていた。
「要するにね、八戒ちゃんは、院長によって『治療』の必要ありと判断されたんだよ」
 そのままでは話しにくいとでも思ったのか、長い脚を折りたたむようにして、你は床に這わせられた悟浄と目線を合わすようにして座りこんだ。
 悟浄の真摯な紅い瞳と、你の虚無的な黒い瞳がぶつかった。
「だからってなんで 『保護室』 なんだよ! 相当重病の患者を入れる隔離室じゃねぇか」
「考えてもごらん。性的暴行未遂なんかにあったんだもん。普通のヒトがされたって充分衝撃的なことをされたんだよ。ただでさえ精神的に情緒不安定なんだから、今の八戒ちゃんには外界からの『保護』が必要でしょ」
 それは、もっともらしい説明だった。
「……」
「だから、院長の判断は間違ってるとはいえないよね♪  」
「でも、本人が望んでないのに突然閉鎖病棟の保護室にブチ込まれて、入院延長なんて許されるのかよ! 」
「その点については、何も問題ないよ」
「何?! 」
「君、何にも知らないの? 看護師のクセに精神健康保健福祉法も知らないわけないよね? 都道県知事の命により、指定医二人の認可によって措置入院はいつだって可能だよ」
「指定医って」
「ボクと院長♥ 」
 你は、持って生まれた皮肉で虚無的な性質を、無理に打ち消すかのように微笑んだ。
 しかし、そんなことで彼の人の悪さは完全には払拭できなかった。
 それは、無理のあるどこか不自然な笑顔だった、アイロニーにも人格があって、笑うことができるならこんな風に笑うだろう、というような空虚で皮肉な笑みだったのだ。




 閉鎖病棟、保護室。
 頭上にある蛍光灯にまで鉄網で覆われ、窓には鉄格子が嵌まっている。ドアは厚い鉄の板だ。内装は何もない。
 コンクリートでできた殺風景極まりない部屋だった。
 部屋の隅にみすぼらしい蒲団が畳まれて置かれている。家具調度といえばそれくらいだ。
 そんな部屋で、どのくらい気を失っていたのか。八戒に時間の感覚は既になかった。
 彼が目を覚まして目にしたのは。鉄格子の嵌まった殺風景な部屋。保護室という名の檻だった。
「ここは」
 八戒は呟いた。悪夢のようだった。極めて閉鎖的な場所だった。
 身を起こそうとして、両手に皮製の拘束具が嵌まっているのに気がついた。
 もっともこの場合、柔道着のような拘禁服まで着せられなかったのが不幸中の幸いといえるかもしれない。代わりにごく普通の入院用の病衣を着せられている。
 八戒は両手が利かないのに不自由しながらも、なんとか立ち上がった。どうしてもこの部屋から出たかった。
 自由の利かない両手を振り上げて、鉄製のドアを力一杯叩く。びくともしなかった。鍵が掛かっている。
 しかも内側からはノブすらない。要するに内側から開けることなど想定されていないつくりなのだ。
完璧に人を閉じ込めるためだけの部屋。

ヒト用のおり

「誰か!」
 叫べども誰もこない。部屋の印象は一言でいうと 『家畜小屋』 だった。非人間的なところだ。こんなところ、誰だって入れられればおかしくもなるだろう。
「出して下さい! 誰もいないんですか! 」
 八戒がなおも呼ばわると、暗い廊下の向こうから低い声で応えがあった。
「うるせぇ。ぎゃあぎゃあと喚くな」
「……あなたは」
「目が覚めたか」
 三蔵だった。鉄のドアを開けて保護室の中へと入ってくる。その告死天使のような姿を見た瞬間、八戒の全身の血が怒りで逆流した。
(自分はだまされたのだ)
 八戒は突然自分の立場を理解した。自分はこの男に騙されたのだ。それは説明不可能な本能的な直感だった。
 三蔵が殺風景な部屋の中へと入ってくるなり、八戒は両手が不自由なのも構わず、三蔵に蹴りかかった。この男のことが許せなかった。
 端麗な美貌にそぐわぬ、慣れた仕草で三蔵は八戒の蹴りを見事に避けた。
 軽くかわされてバランスの崩れたところに無駄のない動きで三蔵に脚払いをかけられる。
 そのまま、八戒は無様に転がるように床に倒れ込んだ。苦痛の呻き声が八戒から上がった。
 注射された麻酔剤の副作用でひどく喉が渇き、頭は鉛でも入れられたようにまだどこかぼんやりしていた。
 八戒が倒れ込んだところに三蔵は素早く圧し掛かった。八戒の躰を床に抑えつけて、嘲笑う。
「虫も殺さねぇような顔してるわりに、結構気性が激しいんだな、お前」
 確かに、優しい容姿に似合わず、八戒の内面は触れれば切れる刃物のような激しさを持ち合わせていた。
 追い詰められて初めて見せる八戒の一面のひとつだった。まるで鉱石が角度によってその光輝を変える、一瞬の煌めきにも似た鋭さだった。
 知性とプライドの高さに裏打ちされた激しさ。今の八戒は誇り高い野生の獣によく似ていた。
「離して下さい! 」
 嗜虐的な笑いに唇を歪めたまま、三蔵は自由の利かない八戒の両手を捕らえ、部屋の隅にある蒲団ふとんまで引きずっていこうとした。
 コンクリート打ちっぱなしに近いこの部屋の中で、そこだけが緩衝材で出来ているのだ。
 三蔵の意図に気づいて八戒が悲鳴を上げた。
「何を考えてるんですか!」
「タマってるようだから、また抜いてやる。大人しくしてろ」
 三蔵の整った顔が微かな情欲を滲ませてどこか淫靡に歪んだ。八戒は逃げようと躰を捻った。両手首の革製の拘束具がギリギリと肌に食い込む。
「な……! 」
 恐慌状態になった八戒の耳元に、三蔵が毒のような言葉を囁いた。
「欲求不満なんだろ、お前。俺が抜いてやってからだいぶ経つからな。だからって同じ部屋のアル中野郎と看護師の若いのまでたらし込んでいるとは思わなかったぞ」
 八戒がきらめいて弾けるような強い目つきで三蔵を睨みつける。翡翠が燃えて発光するようだった。
「人権委員会の電話番号を教えて下さい、あなたなんか訴えてや……」
 八戒の頬が高い音で鳴った。三蔵が平手を放ったのだ。
 一瞬気を呑まれた八戒の隙を三蔵は見逃さなかった、しなやかなその躰に手をかけ、病衣を脱がそうと押さえつける。
「うるせぇ、シテねぇから色気過剰になっちまって、こういうことになるんだろうが。反省しろ。てめぇひとりが分かってねぇ、俺が教えてやる。大人しくしてろ」
 八戒の下肢から服を全て取り払うと三蔵は顔を埋めた。
 拘束具に両手を絡めとられたまま、顔色も無く八戒は屈辱のあまり身を震わせた。
月食よいの悪夢が再現されようとしていた。




 それからどのくらいの時が経っただろうか。
 檻のような部屋に、八戒の甘いき声が響き出すのは、そう時間がかからなかった。
「や……ッ……」
 仰向あおむけに押さえつけられ、無残にそのしなやかな脚を割り広げられて、三蔵の口淫を受けていた。淫らな水音が漏れる。
 執拗な三蔵の舌に八戒は追い詰められ、内股の筋を細かく震わせていた。
 何度も、何度も。嬲るようなひどい愛撫を受けていた。
 三蔵の舌は巧みな動きで、八戒の劣情を引きずりだそうとしていた。快楽の極みで残酷に突き落とされるような拷問に近い口淫を八戒は繰り返し受けていた。
 とろかされるように、性器が舐めすすられる。まるで淫らな棒状の飴でも食べるような動きだ。
 八戒の聴覚を、三蔵の口淫の音がいやらしく犯した。八戒の意思と関係なく、張り詰めていくそれを三蔵は指で弾いて、聞くに堪えぬ口調で八戒を嘲った。
 耐えきれないような性的な辱めを受けて、八戒はその身を屈辱で震えさせ、焼くような快楽で紅潮させた。
「あっ……」 
 三蔵の舌が八戒を追い上げる。敏感な雁を吸い上げられて散々嬲られた。
 もう少しで達してしまう、そう思われたとき、三蔵は白衣の懐から何かを取り出した。
 紐だった。それで八戒の根元を縛める。
「ひ……! 」
 八戒は首を振った。まなじりに涙が滲んだ。今にも逐情してしまいそうなのに無粋な紐で無理やりせき止められてしまった。腰奥が熱く疼いて狂いそうだ。それでも熱いほとばしりを開放することができない。
「あ……とって……やぁ……」
 拷問のような行為だった。八戒の前は達することも出来ずに、粘性のある液体をだらしなくよだれのように滴らせていた。
「とって欲しければ『俺をずっと待っていた』って言え」
 三蔵は八戒の後孔を指で突付きながら嬲った。八戒の躰ががくがくと痙攣けいれんして波打つ。
 夢中で八戒は首を横に振った。男に陵辱され、好き放題にされようとしている。
 理性の飛びかけた躰だったが、それでも三蔵への憎しみは張り付いて離れるわけがなかった。
「『俺をずっと待っていた』 って言え。月食の夜から抱いてほしくてしようがなかったって言え」
 思えば、月食の夜に三蔵に自慰を見つかって嬲られたときから、八戒はこうなることを恐れて、三蔵を密かに避けていたのかも知れない。
「ふざけ……ん……な……っです……」
「肉便器が。生意気な口叩くじゃねぇか」
 達することを許されないため、射精感をずっと引き伸ばされるような拷問に似た甘い疼きに腰を焼かれている。
 腰をくねらせながら、八戒はそれでも三蔵に抵抗した。
 三蔵は軽く口元を歪めた。もっとも、用意周到な調教師よろしく、八戒のような誇り高い獣がすぐに服従するとは、露ほども思ってもいないのに違いない。
 八戒の返事には答えずに、三蔵は後孔へと舌を這わせた。途端に八戒の躰が跳ね、制止を求める悲鳴のような甘い声が被さった。
 無視して舌をおどらせ、潤すようにして嘗め回してやると、感じすぎたのか、声も出せなくなって、八戒は躰を仰け反らせた、前が限界を訴えてびくびくと跳ねる。
 紐は、痛みを感じる一歩手前の残酷な快楽を味わえるように調整してあった。両手も、精神も、性器までも三蔵に拘束されて、八戒が身悶える。
 ひくひくと卑猥に震えるそれに三蔵は長い綺麗な指を走らせて愛撫した。
 三蔵は淫らな八戒を目に焼き付けるように上からその痴態を眺めた。想像以上に艶めかしい姿だった。しどけない肢体に誘われるように、その舌を粘膜の中へと挿し入れた。
 八戒が快楽のあまり、左右に躰をくねらせる。八戒は、その脳髄を焼くほどの淫らな感覚から逃れようとするが、無理だった。
 三蔵をののしろうと口を開くが、意味をなさない狂おしい淫らな喘ぎ声しか出てこなかった。闇に八戒の甘いき声が響く。
 三蔵が低く笑った。
「すげぇいいみたいじゃねぇか。やっぱり、やりたかったんだろ」
 屈辱的な言葉に八戒の目に光が戻り、三蔵を睨みつけた。どんな男でも、ぞくぞくするような目つきだった。
 三蔵はまるで我が意を得たりとでもいうように笑うと、潤滑剤を取り出した。
「犯してやる。実は待ってたんだろ。ずっとそうやって無意識に誰かが網にかかるのを待ってたくせに。俺がひっかかってやるよ淫乱」
「やめ……! 」
 八戒の制止の声など聞いているのか、いないのか。三蔵は、音も卑猥に八戒の後ろにチューブをあてがい、潤滑剤を塗り込める。
 半端な量ではなかった。あっという間にチューブが空になり、床に落ちた。
 なんともいえない滑るような感覚が内部でおきて、八戒が鼻梁びりょうに皺を寄せる。ひどく不快な感覚だった。
 しかし、それも三蔵が自分の熱さを宛がうまでのことだった。
 恐怖で身が竦み、身をいざって逃げようとするが羽交い絞めにされていて許されない。熱く質量のあるそれが緩々と円を描くように捩じ込まれようとしていた。
「……ひ……! 」
 悲鳴を上げたかどうかも意識になかった。硬くて太いそれに内部を抉られて、八戒は全身を硬直させた。初めての感覚だった。
「力抜け……ずいぶん狭い……っつ、弛緩剤でも使うんだったか……」
 眉根を寄せて三蔵が八戒の内部の動きに耐える。
 加減を未だ知らない八戒の粘膜がきつくきつく三蔵に絡みついてくる。快楽で締め付けるのとは違い、恐怖で収縮する初心初心しい動きだった。
 三蔵は思わず腰を引いた。食い千切られそうな八戒の内部に動かずにいられなかった。
 八戒本人といえば、加えられた行為のあまりの衝撃に、呆けたように目を見開いて人形のように躰を揺すられている。
 そんな八戒を躰の下に敷きこんでいると、如何にも犯しているという満足感が湧き上がり、三蔵の嗜虐性を充分に満足させた。
 それは、綺麗な蝶々の羽をもいでアスファルトへと叩きつける行為に似ていた。
「や……だ! 」
 八戒がしばらくして呻いた。男に汚されることに対する抵抗感がやっと戻ってきたのだ。
 自分の内部を好き勝手に蹂躙じゅうりんされ、陵辱されている。生理的な嫌悪感が湧き起こった。
 人としての尊厳も誇りも何もかも踏みにじられ、徹底的に汚されている。
 三蔵の先走りの液体が自分の肉筒の中で潤滑剤と混じりあい、より一層抽送ちゅうそうは滑らかに淫らになった。
 おぞましい行為。三蔵の性的なけ口にされて八戒はひたすら惨めだった。
「イイ……狭すぎてもたねぇ。一回出す。受け止めろ」
「あっ……!!」
 内部で三蔵のが一度ふくれて弾けるのが分かった。白濁する液体に肉筒が汚される。
 三蔵は自分が達する前に、八戒の縛めを解いたので、同じくして八戒も前を弾けさせていた。
 前も後ろも精液に塗れさせて八戒は惨めな、しかし脳のしびれるような快感に躰の芯を焼かれていた。骨身までぐずぐずになって蕩けそうだった。
「う……」
 驚くことに、三蔵は一度達したというのに、足りないとでもいうように、未だに八戒の躰を穿うがっていた。
 射精しながら貫かれて、八戒が声を上げる。肉筒に精液が奥へと突き刺さる眩暈のするような淫らな感覚がする。
 首を振り、犯し尽くそうとする男の躰を押しのけようとして許されず、抱き潰すように腰を引きつけられ、より奥へと咥えこまされた。
「あっあっ……ひ…あ! 」
「凄い。イイ、たまらねぇ」
 三蔵が抜き挿しながら、八戒のまなじりにじんだ涙を舐める。
 繋がり合っている箇所から、白濁した液体と潤滑剤が混じって、滴り落ちていった。

 八戒は獣にまで還元されるようにして無残に犯されていた。



 悪夢のような陵辱の宴は随分と長く続いた。
 三蔵が八戒を解放したのは、ポケベルでの病棟スタッフからの呼び出しによってだった。
 陰惨な場に似合わない、どこか軽快な電子音が鳴るのを忌々しそうな様子で眺め、舌打ちをひとつすると、三蔵は八戒の顎を捉えて言った。
「また、すぐに来る。楽しみにしてろ」
 八戒は気息奄々きそくえんえんたる有様で、床に倒れていたが、三蔵のこの言葉を聞くと、その瞳に光が戻った。
「僕はあなたを絶対に許しませんよ……」
 八戒は立ち去る三蔵の背へ、低く呟いた。
 一瞬、動きを止めて三蔵はそれを聞いていたようだったが、そのうち無言でドアを閉めた。
 破れた服と、ひどく乱れて汚れた寝具が拡がる狭い惨めな部屋で、八戒は人知れず涙を流しはじめた。
 三蔵の放った精液で、躰の外も中も汚され尽くしていた。八戒は拳を作って床を叩きはじめた。悔しかった、惨めだった。
 そのうち、病棟廊下まで、八戒の押し殺すような泣き声が漏れ始め、それは陰惨に闇の中に反響して響いた。三蔵の放った精液の匂いが、時間が経つとともに強く匂いはじめた気がして八戒はより一層、惨めに感じた。
 だけど、
 この夜のことはまだ地獄のほんの始まりにしか過ぎなかった。




「地獄への道は善意で舗装されている……か」
 唐突に你健一は呟いた。
「え? 」
 悟浄が聞き返す。
「君がやったことだよ。まぁ、あのヒトの思う壺だったのかもね。ヨーロッパのことわざだけどね」
 你は白衣のすそひるがえし、謎めいた言葉を残して、悟浄の前から去った。悟浄はいつまでも湧き上がってくる胸騒ぎを消すことができなかった。



「ハルシネィション(5)」に続く